2009.7.4 9:15PM 夜の銀座でボヤ騒ぎ消防車26台が出動

2009年7月5日


昨夜、通りを歩いていると人だかりと消防車の姿が見えた。どうやら火事らしい。通りにはビル から退出させられた従業員や客が溢れていた。26台の消防車が出動する騒ぎだったが火 事自体は大事にはならなかった模様。
詳細記事は下記。

夜の銀座でボヤ、150人避難 ビル6階の中華店

花火に翻弄させる青年の面白さについてしばし考えた

2009年7月5日


FIREWORK NUTSHOT FAIL – Watch more Funny Videos

上記の映像、GIGAZINEでも紹介されていたので既に視聴している人も多いと思うがこの種のハプニング映像としてはバツグンに面白かったので紹介しておきたい。

ズボンに刺さって以降のリアクションはどうしようもなくインパクトがある。

ネット上にはこの種の映像がたくさんある。例えば下記、

(Break上の映像が再生できないようだったので上記はYoutubeのコピー)

この映像も面白くて何度もみてしまう。
この種の偶然やハプニングを捉えた映像の面白さの正体はなんなのだろう?

「希少性」は一つのカギなのかもしれない。

希にしかその現象や事象が起きない場合、それを記録した映像には情報的な価値がある。
その映像自体に価値があるのではなく「希」というコンテクストが情報に価値を与えるのである。

と書いてはみるが改めて花火動画を見直してみると映像自体のインパクトも相当なものである。
これに勝てる映像を意図的につくるのは困難だ。
なにせ「パワー」が違う。

人間、地でやってる時、ナチュラルな行いはそれがハマればとてつもないパワーを引き出す。
あらゆる人がその人がもっているパワーを時々でもいいからナチュラルに開放する時間を一日に5分くらい持つことができたら世界はより面白くなるのではないかと僕は思う。

iPhone 3GSのファーストインプレッションをiPhone 3GSの動画機能を使ってYoutubeにアップしてみました

2009年6月26日


本日発売されたiPhone 3GSですがパフォーマンスは「素晴らしい」です。
早速、ファーストインプレッションをiPhone 3GSの動画機能を使ってYoutubeにアップしてみました。
録音、録画機能ともに簡単なレポートとしては十分な印象を受けます。
Wifi環境がない場合も単体でアップロードできるのでEye-Fiよりも活用場面が広がるのではないでしょうか。
あとはqikのリアルタイム中継(生放送)がiPhone 3GSに対応すれば動画機能はひととおり揃うことになりますね。

黄昏の空にガンダムが起動した瞬間! それと情報とコンテクスト情報の話。

2009年6月24日


ずっと気になっていたお台場の実物大(全高18m)のガンダムを見に行ってきました。

いや、これは必見です。

何がスゴイってガンダムを目の前にすると笑ってしまうというか 、自然と笑みがこぼれます。

アニメの中のキャラが現実に飛び出してきたのに違和感がない。
前にバンダイミュージアムでみたガンダムとは違う印象でとにかく嬉しさがこみあげてきます。そこまでガンダムの熱狂的なファンではない自分ですらウキウキしてきます。

集まっている人々の表情も一様に明るく、老若男女、サラリーマンから怖そうな人までとにかく笑顔。こんなものをつくった人々は本当に偉い。素直にいい企画だなあ、と思いました。素晴らしいです。

帰り道、木々の間から見える勇姿を振り返りながら

「このガンダムは日本の、とくに、東京湾に面したこの雑多な場所に立っているからいいんだよな。諸外国の他の場所だとこの縁日感って出ないよな。」

と改めて思いました。

では、詳しくはYoutubeの動画レポートをご覧ください。

追伸:カネコ君に教えてもらったんですがメイキングビデオがYahoo!で公開されてます。

メイキング映像を独占無料配信
http://recommend.yahoo.co.jp/silverlight/gundam/

■情報とコンテクスト情報の話

映像をみると霧と発光の仕方など富野由悠季さんがしっかり関わってるようです。
プロデューサーの方が前田日明っぽくてこちらもよい感じ。
実物をみた後だとこのビデオも見え方が変わってきますね。

話はかわりますがヤフーのレポート動画を観た後、僕がお台場で観た映像の意味が自分の内部でだいぶ変化しました。
コンテクスト(文脈)によって情報の意味が変わってしまったのです。

僕はコンテクスト情報による「意味の変化」に興味があります。
例えばYoutubeには結婚式を撮影した動画が山ほどアップされています。
それらの多くは興味をそそられる映像ではありませんが、友人の結婚式の動画だとぐっと惹きつけられます。
同じような内容の動画でもコンテクストによって意味ががらりと変わってしまう例として結婚式の動画を出しましたが同じ情報が立ち位置によって別な意味を持つという現象は様々な場面に見受けられます。

現象や情報自体の価値とそれらの情報に意味付けを行うコンテクスト情報はそれぞれ別な価値をもっていて、これまでコンテクスト情報はパッケージ化されず、属人的に存在する影の存在として扱われていたように思います。

しかし、Twitterの登場や、Tumblrによる個人の「選択」の情報化(ちょっと前のソーシャルタギング等とは異なる)をみているとコンテクストのパッケージ化へと向かっているような印象を受けます。また、モバイルデバイスの情報発信機能(特に情報発信を意識せずに情報を発信していく方向への進化)なども、コンテクスト情報のパッケージ化の一部なのではないでしょうか。

世の中全部がある日突然ガラりと変わって見えてくる、かどうかはわかりませんが、モノや出来事やヒト、場所の価値というものはそれ自体が有している情報とそれをドライブさせるコンテクスト情報によって決まります。

コンテクスト情報はパッケージ化されていないことが多いので情報として扱うことが難しかったかと思いますがこれからは価値を持つ情報として扱われるようになっていくのだろうと思います。

ある情報を知っていることで別な情報の価値が変質してしまうような情報。
これが価値を持つようになる。

このように書くと2年前に石川さんたちとアミューズでやっていたプロジェクトのコンセプトそのままなんですがあの考え方は間違ってなかったと思います。タイミングが合っていなかったのでしょう。


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iPhoneのアプリケーションへの雑感 〜小作品としてのアプリとウェブのインターフェイスとしてアプリ〜

2009年6月16日

iPhoneを使い始めて随分たつ。

手元にあるiPhoneには仕事の都合などでアプリケーションは100個くらい入っている。
しかし、頻繁に使用するアプリケーションは10個に満たない。

参考までに紹介すると

・Qik
・NatsuLion
・乗換案内
・食べログ
・Safari
・メール
・Googleカレンダー

上記のアプリケーションがiPhone利用時間の9割を占めている。
ゲームのたぐいはほとんどやらない。
調査のためにハイエンドと思われるゲームタイトルを購入してみたがやりこむには至らなかった。

映像の視聴に関しても同様でiPhoneで動画コンテンツを観ることはほとんどない。
移動時を除けばiPhoneで音楽を聴く時間は一日に30分以下である。

では僕はiPhoneで何をやっているのか?

「メールの確認」
「検索」
「Twitter(ソーシャルストリーム)」
「Qik(リアルタイム配信&動画撮影)」

など刻々とかわる情報に関する受発信作業を行っているように思う。

ゲームなどのスタンドアローンで稼働するアプリケーションはダウンロードした段階で満足してしまい、2〜3度起動するとあとはただの置物である。

と考えていくとAppStoreで配信されているアプリとしてゲームやエンターテイメント系の作品がメディアで取り上げられることが多いけれど、それらのアプリケーションは実際のところそれほど稼働していないのではないかと思う。

派手さには欠けるがTumblrやTwitterといったウェブサービス用のクライアントアプリケーションの方がはるかに利用時間、利用機会とも勝っており、なにげにプラットフォームとして生活に欠かせないものになってきている。

この傾向はますます進んでいき、iPhone自体がコンテンツやサービスを提供するというよりもオンライン上のサービスのインターフェイス(例えば僕の印象ではiPhoneとは「実体化したブラウザ」である)としての利用へと向かうのではないかと考えている。

iPhoneの画面にならぶアプリケーションのアイコン群を眺めていると小作品としてのアプリケーションとウェブのインターフェイスとしてアプリケーションという異なるタイプのアプリケーションが同列に並んでいる。それはそれで面白いが不便でもある。なにかこのあたりにも工夫ができそうな気がしている。

まだモヤモヤしているので引き続き、考察を続けたい。

「空手超バカ一代」石井館長の語り口が面白すぎる!

2009年6月14日


格闘技ファンなら必読。
特に前半の語り口が面白すぎる。
事件についてはほとんど触れられてませんがオススメです。
石井館長の復活を心待ちにしていただけにこうした書籍を偶然手に出来て嬉しい限りである。
空手超バカ一代 (Bunshun Paperbacks)

UIが衝撃的に使いづらく、たたき壊しそうになった

2009年6月12日

昨日、1年ぶりに携帯端末(いわゆる日本の携帯)を1時間ほど使ってみた。

使い始めてから数分後。
UIが衝撃的に使いづらく、たたき壊しそうになった。
(しかし、1年前は普通にPHSを使っていたのである。慣れとは恐ろしい)

カメラを起動してからムービーを撮影(画面サイズをVGAに変更)するまでに必要なキーコンビネーションが多すぎて使い物にならない。

なんでもかんでもテンキーで操作しようとするからこうなったのだろうか。
とにかく使う側が機械に合わせなければならないことが不愉快でならない。

コンテンツも幾つか試そうと思い噂の「釣りスタ」というゲームをやってみた。

これまた衝撃を受けた。

確かにUIはシンプルでわかりやすいし、オンラインの要素の取込かたなどうまくできている。

しかし、これが大ヒットしているとは…。
(おそらくソーシャルゲームとしての面白さがわかるレベルまでやり込まないと面白さがわからないのであろう)

上下の操作キーで画面を移動する「ブラウザ」がほとんどの携帯電話端末で稼働しているわけだが全般的にウェブブラウザ全盛の時代にNiftyやAOLの専用ソフト(その昔、フォーラムをみるためのそんなソフトがあったのだ)が気を吐いているような印象である。

とにかく不便極まりないUIに衝撃を受けっぱなしであった。

けれど「やっぱりiPhoneだよね」というのもどうかと思う。

というのはiPhoneを買った当初は「こんなものが電話として使えるか!」と日々憤っていたからだ。

使ってみるとわかるがiPhoneの電話系のUIは例えるならば「左利き専用の器具」(左利きの人にとっては右利き専用の器具)である。

日本の携帯電話の場合、通話ボタンが左で切断ボタンが右に配置されている。
しかしiPhoneの電話系UIだとこれが「逆」なのだ。

通話が「右」、切断が「左」に配置されている。
最初の数週間はこれに慣れることができずかかってきた電話を取ろうとして通話ボタンを押したつもりが「切断」ということが多発した。

ところが脳が学習したのか3週間目くらいからは何事もなかったかのように電話機能もスムーズに使いこなせるようになっていった。(携帯のUIも慣れるとこうなるのかもしれないが過去に戻っているみたいで気分が悪い)

こうなると、もはやテンキーで上下移動する通常の携帯電話のUIには戻れない。

テキストのやりとりに関しては現状の携帯電話の操作系でも問題ないのだろうが動画やその他の表現を含む情報のブラウズにおいてはテンキーで上下移動するタイプのUIに未来があるとは到底思えない。

もう数年で機械や通話機能はどれでもよくなり、サービスも端末から解放され、「ウェブブラウザだけあればOK」みたいになってたりするんではないかと思う。

話は飛ぶけれどバッテリー10倍、スピード10倍、回線スピード10倍のiPhoneがあったら高いお金を出してでも買いたいという人はそれなりにいるんじゃないだろうか。

また、価格による「クオリティの格差」が通信サービスのメニューとしてあってもいいんじゃないかと僕は思う。

last.fm使ってますか?

2009年6月4日

last.fmというサイトをご存じだろうか?

イギリスのlast.fm Ltd.が運営しているインターネットラジオなのだが面白いのはここにSNSが融合されている点である。

もう少し詳しく説明するとlast.fmを利用しているユーザーは自分の聴いている曲の情報をlast.fmのサーバーに送る。last.fmはこれらの情報の海からAmazonのリコメンドシステムのように「オススメの曲」を見つけて教えてくれる。last.fmとはこうしたユーザーの行動をもとにしたリコメンドエンジンが実装されインターネットラジオである。

この種の音楽リコメンドサービスで最も精度が高いのは米国のPandoraである。

Pandoraの場合もユーザーの行動情報を反映させるが特徴的なのは音楽DNAと呼ばれる独自のデータベースに基づくリコメンドエンジンの存在だ。

音楽DNAデータベースとはPandoraの要であり、楽曲毎に人力で200程度の項目で構成されるメタ情報(音楽DNA )を付加していくことで曲と曲の間の関連性を浮き彫りにし、より精度の高い楽曲リコメンドを可能にしている。

ユーザーはPandoraにアクセスし、好みの曲名、あるいはアーティスト名を入力する。
(PandoraのUIはGoogle並にシンプルでわかりやすい)

するとPandoraは

「この曲に似た曲」「このアーティストに似たアーティストの曲」

を驚くべき精度で見つけ出し再生をはじめる。

我々が2年前にアミューズ社で秘密裏に進めていたのはこのサービスを更に推し進め「コンテクストベース」のリコメンドエンジンをつくりだすことであった。

音楽DNA部分を自動化し(AMGやGracenoteがやっているのと似ているけれどミュージックソムリエなどのサービスは精度に問題があった。そこで最高の精度でやろうと世界中の基礎技術をあたっていた)、「意味」(デジタル化されていない音楽にまつわるあらゆる情報。例えば西城秀樹が実はBon Joviの曲を学園祭で熱唱したことがあったなど)と「つながり」(liveplasma.comは外部DBのビジュアライズであって我々は基盤になるDBの構築を進めていた)を加えたデータベースの構築とDRMの呪縛を破壊する一撃をセットにしたサービスだ。

このプロジェクトを巡って業界やら組織との抗争が勃発したわけだがその話はいずれ同プロジェクトを一緒に進めていた盟友の津田君が書籍化してくれることだろう。

上記の構想や構造の核になるコンセプトは不変であり「情報の最適化」「ダイナミズムの拡大」はそこから発展した考え方である。

※ブログとその他のメディアで使い方を変えていこうと考えている。思考のストリームはTwitterへ移行し、ブログはパッケージよりの情報にシフトさせていこうと思う。

BELLATOR(ベラトール)でのトビー・イマダの三角締めに興奮した!

2009年5月31日

4月に旗揚げされた振興の総合格闘技「BELLATOR(ベラトール)」の試合をはじめて観た。
印象的な試合があったので紹介したい。


上記は準決勝でのホルヘ・マスヴィダルvsトビー・イマダ戦。
強烈な印象を残す三角締めである。

この階級の試合はかみ合えば面白い。
BELLATORはPPVを収益源とし、二年目以降で数十億の黒字を見込んでいるとのこと。

日本では携帯での動画配信がもてはやされているが結局はkyteのダニエルさんが言ってたように

“contents is the destination”

というなのだろう。
プラットフォームとしての携帯の優位性よりもコンテンツの特異性を追うべきであろう。
いい加減、スキームから入るのは止めたいものだ。

東京上空に現れた巨大な二重の虹

2009年5月30日


綺麗な円を描く虹のその奥にもうひとつの虹が見える。
こうした風景を眺めていると日常の出来事が些事に過ぎないことを思い知らされる。
この虹のたもとにはどのようなドラマがあったのだろう。
虹を眺める感覚で世界を眺めていたいものである。