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TKM Journal

mixiの広告が酷いことになっている



結構、ショックを受けたので紹介したい。
上記、mixiの足跡画面に出てきた広告である。

小中学生の頃、少年ジャンプの最終ページにどうしようもなくインチキ臭い「背が伸びるブーツ」だとか「運がよくなるヒ○ンヤ」とかどっからどうみてもインチキな商品の広告が載っていて辟易したがmixiのコレも系統的にはかなり近い印象を受けた。

自分がお金を出して使っているサービスではないので文句を言えた義理ではないが、この種のどうしようもないゴミ広告はプレミアムユーザになったら消してもらえるのだろうか?

自分の家にいきなり異物が発現したかのような感覚に頭がクラクラした。
mixiは広告収入によって運営されているサービスなのでこうしたゴミ広告を載せることで収益を得るという構造は理解できるけれどなにもオレのページにコレを出す必要はないはずだ。
(実際、全く逆効果だ)

という話をすると、「だから、より細かいターゲッティングが重要」という方向に話が向かいがちだがより根本的な解決法があるように思えてしかたがない。

同じソース(情報)をよりインテリジェントに文脈を自己生成して情報化するような装置ができそうな気がするのだが。まあ、その為にはユーザーのプロファイルをより細かくとらなければいけない、とかいろいろ複雑化しそうな問題もあるのだがアドホックな感じでその場だけユーザをプロファイリングしてくれるローカルな機能があって、そいつらが連携するとか。(なんか10年前の理想的な未来のコンピューティングみたいな話なってきたのでやめよう)

実際にはそんなに複雑ではなくもっとシンプルな解法があると思うのでちょっと考えてみたい。

話はちょっとずれてしまうかもしれないけれど

「広告を消す権利の販売」

というのは成立するのだろうか?

上記のmixiの例でいえばこの種のゴミ広告を自分の目に触れる場所から一切消し去ってくれるのであれば

「mixi広告なしオプション」

というものに月に500円くらいだったら払ってもいいかな、と思う。まあ、この金額だと嫌だという人がいても広告を出した方がサービス提供側にとっては利益が大きいので出し続けるのだろう。では、いくら払ったらゴミ広告を消してくれるのだろう?

例えばこういうのはどうだろう。自分がアクセスするサイトでゴミ広告を見たくないユーザーが10万人集まっているとして、この人たちがひとり1000円、毎月広告を排除してくれるサービスにお金を出してもいいとする。

といっても、月間で1億円なのでまだ小さいか。

じゃあ、

「あなたがアクセスした時にサイトから広告を排除します。排除にはレベルがあって、広告A群レベルを排除する場合は1000円、B群の場合は2000円、C群の場合は500円、D群の場合は100円」

という感じで広告でお金を取るのではなく広告を出さないことに対価を支払ってもらうという形でどんなサイトも売り物にしてしまう、とか。

無料のブログサービスの場合はこういうやり方が顕著だけれどより細かく

「この広告はOKだけれど、こういうのはイヤ」

とか設定できたら、100円くらいはみんな払ってもいいと思うんではないかと思う。
特に○○ーバなんかは広告がベタベタなのでどうにかしたいと思っているユーザーが多いのではないだろうか?

それにしても広告以外の形をどうにかつくれないものだろうか、と日々思う。

というのも広告費は製品の価格に反映されているので「安い!」という広告そのものが製品の価格を押し上げてしまっているあたりに矛盾を感じのである。

作品としての広告の善し悪しはおいといて、それが製品の値段に上乗せされるのをどうにか回避できないものだろうか。

思索は続く…。

Written by TKM

3月 15th, 2009 at 11:20 pm

Posted in エッセイ

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