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TKM Journal

バスと床屋の夢


バスと床屋の夢を観た。

小川直也がやっている床屋にいった。
髭をそってもらっているとブドウさんを紹介しますよ、と言われた。
誰だろうと思って顔を向けると石井館長であった。

挨拶をしてしばらく話をした。
それからオフィスに向かった。

オフィスのテーブルに新聞やチョコやエンゼルパイやコーラが並んでいた。
チョコがまぶされたお菓子を食べた。
176キロカロリーであった。

近況について話をした。

ある不思議な小説について話した。
その小説の30ページ目くらいにこんな記号が書かれている。
「●→」これが世界を構成する分子として小説の中で意味を構成していた。
この記号群を俯瞰すると意味が現れた。
歯車が二つ組合わさって意味をつくりはじめた。
縦書の小説であった。

テーブルでカードゲームをやることになった。
食に関するカードゲームであった。
どうやるのかわからないので取り敢えずカードを並べていった。
ジュニアカードというのがあってこれを使うと逆転できる、と書かれていた。

しばらくしてゲームの意味を理解した。
物語構成カードであった。
茅ヶ崎カード、寿司屋カード、タクシーカード、サーフィンカードなどがあった場合、茅ヶ崎にサーフィンにいって寿司屋で食事をしたら眠くなったのでタクシーで帰りました、というように揃えて場に出すことで特典になるのである。
ジュニアカードは負けそうになった場合に出すと相手の子供になりすべての得点をシェアできるというものであった。

カードゲームを終えて駅に向かった。
バス停でバスを待つ。
いつまで待ってもバスはこない。

オジサンがバス停に自転車で乗り込んできた。
彼はこのあたりでは有名な無法者である。
どう立ち会ってもルールを無視するので迷惑な相手として認識されており、タクシーの運転手も警官も扱いに困っている。
彼は近くの喫茶店に行った。
こうした人物にどう対処したものかカミヤさんとしばし議論した。

バスがなかなか来ないので喫茶店の2Fにいくとみんなが休んでいた。
夏の午後である。
友人の娘がいたのでバスの時間を尋ねると後からパパが送ってくれるはずなのでここで待つ、というそれもそうだな、と答えて二人で漫画を読んだ。

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2月 18th, 2013 at 10:00 am

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携帯ゲーム機と神社の夢


携帯ゲーム機と神社の夢を観た。

ツダくんとクロサカ氏が新しい携帯ゲーム機をみせてくれた。
中国語バージョンである。

クラウドファンディングで作成された筐体の上面と横面には液晶での表現がなされていた。
DSを角ばらせて1.5倍くらいにしたサイズである。
黒を基調にしており、外面はLEDで中国を感じさせる派手目の色合いでサイネージっぽい。
面白いのは書籍の背表紙のように側面の小さな部分にもLEDが仕込まれており、そこにタイトルやら様々な情報が表示されている。

筐体を開くとメインの画面はモノクロの液晶になっており、あらゆる音楽コンテンツへのフリーアクセスが実現されていた。
しばらく筐体について議論してから神社に向かった。

神社は山の上にある。
外は暗い。
チゴノくんの案内で山道を歩いている。

夜なのでお参りは控えた方がよい、という話なった。
チゴノくんの終電の時間を調べてから中華料理店に向かった。

同級生が営む中華料理店は山頂にあって十階建ての立派なビルである。
お店に入ると同級生が対応してくれた。

メガネをかけたおじさんがおばあさんを案内していた。
彼がこのお店のオーナーである。
屋上にお風呂があるので入って行きない、と言われた。

屋上に向かうと立派な公園であった。
このお店でしか売っていないチューブ石鹸がおいてあった。
これは名物でここにくるとみんな購入していくのだそうだ。

その石鹸を間違えてパーカーの頭のところに塗りこんでしまったのでパーカーごと洗った。

お風呂のお礼をいって店をでた。
近くの宴会場で法事がおこなわれている。
宴会場は公園の近くにある。

100人くらいは入ることができる宴会場である。
廊下を歩いていると声をかけられた。
某企業のボードメンバーの方々である。
席を用意してあるのでよって行ってくれ、と言われた。

廊下を挟んで彼らの座が用意されており、右側のテーブルの座布団に座った。
これから彼らの年次総会がおこなわれるのだという。

妹に頼まれていた漫画を探さなければいけないのを思い出したので途中でコンビニに向かった。
特集号は分厚く、コロコロコミックくらいあった。
犬が話す漫画であった。

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2月 14th, 2013 at 9:08 am

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レンタカーとラーメン屋と夜の引力の夢


レンタカーとラーメン屋の夢を観た。

マツムラさんを迎えにいくのに車に乗った。
レンタカーである。
バックで車をまわす。
あぶないよ、そう言われて車が縁石ギリギリのところを弧を描いてバックしてたことに気づいた。
タクシーとすれすれのところで展開し道路にでた。

銀座に車を走らせる。
途中、幾度か坂道を通った。
オーバーパスである。

道は大きく坂になっている。
車はマニュアル車である。

幾度目かの坂道で角度が60度を超えていた。
ほぼ垂直に思えた。

サイドブレーキを使って発振しなければ難しい。
なんとかクラッチをミートさせ垂直の壁を登った。

タケヤマ先生とオサムと合流し、キャンパスの階段を降りた。
階段の途中で建物の間から雪山が見えた。
ヒマラヤである。
荘厳な姿にしばしみとれた。

インスタグラムで写真をとるために幾度か前後にポイントを探した。
階段を降りきった所でオサムが塗料の入ったボックスを運びます、といって去っていった。
箱は重そうなので手伝う、といったのだが大丈夫ですといってかれは歩いて行った。

ラーメン屋の開店時間が近づいている。
ラーメン屋に入って休むことにした。
店にはソファーがある。

奇妙な男がいろいろと手伝ってくれる。
終電前の次官にオオタニが来て、足りないものはないですかと言って走って駅に向かっていった。
ちょっときてくださいというので駅の階段のところまでいくとリュックやらなにやらたくさんの荷物を階段において、明日の予定について話はじめた。

オオタニのリュックは階段と階段の間の溝の上におかれていた。
オジサンがやってきてそのリュックをのけようとしたので我々は荷物を片付けた。
そこは暖をとる人々にとっては重要な通風口になっていたらしい。

明日の朝また来ますそういってオオタニは荷物を幾つかまとめるとこちらをみて、そして電車へと向かっていった。

店にもどる途中、円錐のニューロヘッドフォンがはいったケースを運んでいることに気づいた。
物理法則が集約されていく印象を受けた。
ケースは砂を有しており、中には引力が入っていた。

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2月 11th, 2013 at 8:10 am

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ドラえもんのゲームの夢とトンカツと鏡餅


ドラえもんのゲームの夢を観た。

奥行きのあるマリオのパチものっぽい木でできたステージである。
そこに線画が浮かんでいる。
ドラえもんとのび太を操作し、線画のシルエットに彼らを合致させるとその面がクリアになる。

奥行きがあるので3D空間での操作になる。
Bダッシュは使えない。
ドラえもんの道具も使えない。

操作の先々で彼らは立体化しアニメ化される。
マリオに似ているが否なるものである。

ゲームをプレイしながら電車に乗った。
駅弁を食べようとしたところで次の面へと進んだ。

次の面は船であった。

家に帰ってこたつに横になった。
夜である。

ナカノさんが50mは学校で一番はやかったですよ、というので外で競争することになった。
クラウチングスタートのポーズをとったところで気づいた。
ストレッチをやっていないので筋肉を痛める可能性がある。
ちょっとまって、ストレッチする、といってアキレス腱を伸ばした。

それから位置について走った。
その刹那、ゴールに着いていた。
正確にはゴール地点でうつ伏せで眠っていた。

二階で眠った方がいいので二階にいった。
起きると冷凍ミカンの袋があった。
これ美味しいですよね、と言われた。
一欠片だけ食べて眠ってしまったようだ。

キタさんが相談にきて来月の展示会ではトンカツでいこうと思うがどう、と効かれた。
トンカツも悪くないけれど、と答えようとするとオカダくんが、オレ昨年まではKISSのアドバイザーやってたんですよTシャツもつくりましたね、と言われた。

なるほどじゃあトンカツでいいのではないか、とキタさんに答えた。
キタさんいわく、5人が乗れる鏡餅であれば問題ないんだよ、とのことであった。
面白そうな展示会だ。

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2月 10th, 2013 at 9:05 am

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日本刀とコンビニの夢


日本刀とコンビニの夢を観た。

日本刀を買った。
大小である。

二階で大刀を手にとった。
下に降りてきて刃を眺めた。
刃には天啓をうつす機能があった。

噴水のところでマサソンが講演をしている。
ホログラフィである。
マサソンの話に感銘を受け屈んで拍手をした。

それから短い刀を確認しに部屋にもどった。
こちらは小刀ではなく仕込みの刀で長さは10cm程度であった。
母が書籍として読みたいというのでマサソンと刀という本を貸してあげた。
俯瞰したものが欲しかったからちょうどよかった、といって喜んでいた。

広場にいくとツダくんが外国人をゲストにトーク番組をやっていた。
金髪の女性は世界中で白いカバンを集めるのが趣味で部屋はカバンでうめつくされていた。

TSUTAYAにいくと閉店セールを行なっている。
店内の商品は昨日より3割減で閉店が近いことを伝えていた。

DVDを購入するとポイントが256あると言われた。
明日はもっと商品数が少なくなると思われる。

食べ物でも買おうと棚を探した。
バケットを割った上にチリビーンズがトッピングされたサンドイッチがあったので手に取った。

それからハワイに向かった。
ハワイに着くとある家族が論争をしていた。
ビルの屋上に設置された論争用のスタジオである。

彼らの論争をきいていた。
ヤマダ電気で60インチのTVが30%オフなのでそれを景品としてつけるとかつけないとかで論争していた。

遠くの方に群生した椰子の木の未来形があった。
天空まで伸びている。
高さは1kmくらいはあるのではないだろうか。
SFの世界を思わせた。

ツチヤくんがゆっくりとプログラムしたいです、といっていたのであの木のてっぺんまでいってみれば、と伝えた。
20人くらいの集団で巨大な木々の前を通り、沖縄へと向かった。
途中で、お菓子の袋をもらった。
食べようとすると論争ファミリーの一人が袋を手にとった。
彼に袋をあげた。
彼はあいさつもせずに歩いて行った。
緑色のカーゴパンツの青年であった。

歩きながら企画がおこなわれている。
道の左手からパチンコ玉が放られ、それが途中の3m程度の長さの棚を通り削減され、何個の玉が次のゲートへと到達するかを物理法則を用いて検証するという企画であった。玉は坂を利用して棚へと吸い込まれていく。

しばらく歩いて行くと白いテープで封鎖された駐車場のあるコンビニに着いた。
先導しているのはオダユウジでこのコンビニのおばあさんとは仲がよいとのことである。

コンビニに入ると真ん中にレジがあった。
まずはお酒かな、と思ったので奥に向かう。
カゴを手にするとすでにカゴの中には食べ物や飲み物が入っていた。
新手のリコメンドサービスを展開しているようだ。
感心してしまった。

Written by TKM

2月 8th, 2013 at 9:13 am

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Wii U雑感 〜気持ちよさと間の悪さの混在〜。


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昨日、新年会のゲーム大会でneurowearチームが健闘しWii Uを獲得した。今日からGoogle Street Uがスタートとのことだったので早速、チームメンバーで試してみた。

なるほどよくできている。
普段から見慣れているはずのストリートビューが加速度センサーに応じて手元のコントローラーの画面上で仮想空間として展開され別なものに感じられた。
こうした体感をつくるだすデバイスとしてのWii Uは非常に面白いと感じた。

一方、どうしようもなくストレスを感じたのはファンクションが切り替わる際のレスポンスの悪さである。
アプリケーションに切り替わってからのパフォーマンスは申し分ないだけに切り替えの際の遅さが気になって仕方がない。

具体的にはネット系のアプリを立ち上げる、ダウンロードをする、などiPhoneやiPadで普段使っている機能にアクセスしようとすると切り替えの際に数十秒の待ちが発生する。

この切替の「間の悪さ」が非常に気になった。
とはいえ3万円以下でこれだけの体験を提供するのは並大抵のことではないし、アプリケーションに切り替わってからのパフォーマンス申し分ない。

それだけに各種IDの登録時のストレスや間の悪さが目立ってしまうように思われた。
どうしてこの「待ち」あるいは「間」ができてしまったのだろう。

Written by TKM

2月 7th, 2013 at 10:44 pm

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脳ドライブの夜


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今日は感慨深い瞬間を得たので久しぶりにエントリーを書く気になった。

iPhoneマガジンのロケの後にオフィスに戻りある作業にとりかかった。
昼に行なっていた作業の続きなのだが作業用のシステムにバグがあり再作業を余儀なくされた。

何のためにどんな作業をしていたかはおいおいこのブログでも伝えていきたいが、今回、我々、neurowearが取り組んでいるのは「音楽」である。

実に7年ぶりに音楽関連サービスを進めている。
前回は津田くんや石川さんとの挑戦であった。

今回は全く別の属性を持つ多様なメンバーでオンライン音楽サービスの大きな課題に取り組んでいる。
発表は3月のSXSWを予定している。

興味のある方は連絡いただければプレビューへとご招待したい。

そうそう、久しぶりにエントリーを書きたくなった理由だがさきほど数時間ある作業をおこなっている時のことだ。
脳に回路が定着するような懐かしい感覚があった。

この感覚は久しぶりである。
脳がドライブする感覚といったらいいだろうか。
“necomimi”をやっていた時とは異なる感覚である。

“necomimi”における最も重要な瞬間については講演などで幾度か触れている。
あれは新しい何かに接した時の「ヘウレーカ」な感覚であった。

さきほど感じたのはそれとは異なる。
意識の拡張感のようなものであったように思う。

この感覚を記録しておかなければ、と直感した。
だから久しぶりにエントリーを書いた。

言葉としてここに固定しておかなければ意識をすり抜け、消えてしまうであろう気配のような存在。
それを感じたのである。

聴くという行為が情報との対話へとつながる可能性といったらいいだろうか。
身体の拡張ではなく、感覚が開けていく、しかも無限に、を感じた夜であった。

Written by TKM

2月 5th, 2013 at 11:57 pm

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2000年代のブログのタイトルと著者名への違和感とオンラインテキストメディアの変移


‎2000年代にブログが流行った。
その頃の著名ブログのタイトルやペンネームはいまみてみると照れくさくなるものが多い。本でいえば「カバーつけますか」「はい」という感じである。
これは何なのだろう、とあらためて考えてみた。

ようは実名ではないのである。

これはこれで一時代をつくった、とも言える。
実に面白いブログもあった。

では、いまそうしたブログをみるのかといえばまったくみない。

ブログというものをほんとど読まなくなって久しい。
これはどういうことなのだろうか。

これはゲームがパッケージ型からリアルタイム&ライト型にかわってきたのと似てるように感じられる。投下できる時間資本が同じであれば単位時間あたりのパフォーマンスがよい情報へと消費傾向は変わっていく。

Twitterやfacebookにおけるタイムラインというあたらしいテキストメディアができてからブログとの接触時間は圧倒的に減ったように思う。

この傾向は個人のプロモーション、メディアの問題ではなく広く情報を伝えるということにおいての大きな変化の入り口なのだろうか。

ブログで切り開かれたプロ・アマのフラット化はあらゆる人を巻き込んでアーキテクチャと価値を変えつつある。1万字の良質なコンテンツと140文字のインパクトを同列に扱うことはもはや不可能である。

それらは同じ文字だが質と価値基盤がまったく異なる。

Written by TKM

6月 26th, 2012 at 1:38 am

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情報と因果の切れ目


あるサービスを使ってみて深く考えさせられた。
写真に音をつけるというのは昔からいろんなところで提案され時々実装されてきたサービスだと思う。
スマートフォンの時代になって同種のサービスが再びリリースされているのをみた。
サンプルを幾つか視聴した。
そこには驚きが全くなかった。

これは良いことなのか悪いことなのか。
おそらくサービス自体はとんでもなく深く考えられ練り上げられたものだと思う。
しかし体験としての驚きがまったく感じられないのである。

これは何を意味しているのだろう?

思想や思考法が正しくともそれが必ずしも正しい結果につながるわけではない、ということなのだろうか。
ことはそう単純ではなかろう。
どこかはわからないがある部分までは明らかに正しいのだ。
しかし何かがズレている。
それがズレている限り人には響かない。
あるいは人か技術が変化するまでは響かない、というケースもある。

どんなものにもすべての関係性が合致しバランスするタイミングやポイントは存在する。
しかしながらそのどれにも法則性はない。

脳に構造として組み込まれた「因果律」がそれを求めるのは理解できる。
だが、現実はその外にあるというのが自分の実感である。

ではどうすれば?

それこそ世界が探し求める情報のひとつであろう。

Written by TKM

5月 27th, 2012 at 9:38 pm

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“necomimi”の一般販売がスタート!


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昨年の5月に発表した”necomimi”だが1年を経て消費者向けの製品として発売することができた。
たった4人でスタートしたプロジェクトがたくさんの人の笑顔をつくれるまでになったことは嬉しい限りである。
思うことは多々ある。
しかし、振り返りはもう少し先にとっておきたい。
ここからが第二シーズンのスタートである。

ニコニコ超会議での先行販売に続き、ニコニコショッピングでのオンライン販売が本日からはじまった。
これで誰でも”necomimi”が購入できるようになった。

この1年、”necomimi”について国内外の様々なメディアにインタビューしていただいた。
繰り返しになるが我々がつくりたかったのは「新しいコミュニケーション体験」である。
“necomimi”が具体的にどう役立つのかを説明するのは難しいのだけれど少なくとも、笑顔をつくること、そして、コミュニケーションのきっかけをつくることはできているように思う。

着けた人とそのまわりの人が笑顔になる、そんな体験と場を”necomimi”を通じてこれからも提供できればと考えている。
取り急ぎ、関係者の皆さん、ありがとうございました!!

necomimi@ニコニコショッピング
http://nicoshop.nicovideo.jp/item/G020000000162/

Written by TKM

5月 3rd, 2012 at 11:42 pm

Posted in エッセイ

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