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2003年11月28日
書くときは何も考えていない
モチベーションという言葉をはじめてきいた時「なんだ餅みたいでマヌケな言葉だな」と思ったような。
まあそれはおいておくとしてモチベーションである。
はっきりいって自分にはモチベーションが無い。
全くない空っぽもカラカラ。
何もない。
何の為に勉強してるのかもわかってないし、何のために本を読んでるのか、何で情報を探しているのか、何にも理由がない。目的指向で動いていないのである。これは一般に効率が悪いやり方、といわれるであろう。
おカネの為でもなく、名誉の為でもなく、精神的な満足の為でもなく、なんだか分からないままにいろんなものを探したり触れたり、びっくりしたり喜んだり、笑ったり、悶々としたり、冴えないなあとぼんやりしたり、脱力感に包まれたり、そういうことを順繰りと繰り返してる。
あるとしたら「面白い」とか「楽しい」とかそういうことなんだろうか。
何で文章を書いているかというとこれまた理由がない。
誰かに向かって書いてるわけではないし、書いている時は何も考えないから書いている、というのが理由だろうか。
考えないで書くというと不思議だが僕は書くときに考えない。書きながら考えるというのともちょっと違うかもしれない。絵を描くことに近い。画面やノートを記号で埋めていく感覚なのである。僕はこの一文を書くこの瞬間に認識しているのは10文字くらい前のテキストあたりまででそれ以前のテキストはあまり意識していない。考えていない、と感じるのはこの為だと思う。
立ち止まる、ということもない。
書いていて文字が止まることはあまりない。次にどう書こうか、と考えることもない。なんだかしらないけ記号が左から右に流れていく。この感覚が好きだから書いているのだと思う。目が痛くならないならずっと書いていると思う。何時間でもこうやって書き続ける。それは全然苦痛じゃない。メッセンジャーを使っているといつのまにか2時間も3時間も過ぎていることが良くある。
僕がエディタに向かって書くのとメッセンジャでテキストをやりとりしている時とでは書いているスピードに大差がない。
シームレス感覚というのかな書いているという認識が薄い。チャットという通り、書いているのにどちらかというと話ているのに近い。僕は書いているのだがこれは対話だ。
10~20文字くらい前のテキストと僕は対話している。
自分で書いてテキストだけれど次の文字が現れる時、それらは既に他者のようなものだ。
(洗濯が終わったので中断)
(再開)
考えていないけれどこうやって別なことで中断されると思考はもう消えている。もう一度さっきと同じ状態にするにはやっぱり同じように書き続けていくしかない。
投稿者 TKM : 2003年11月28日 10:58
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