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2004年03月03日

[マンガ] 「アドルフに告ぐ」手塚治虫 言葉の揺らぎが世界を覆う

「アドルフに告ぐ」は中学生の時に一度読んだことがある。
近くに住む幼なじみのいずる君の家に泊まりにいった時に読んだ。
彼のお母さんは家の隣に私設図書館をつくってしまうくらいの本好きで彼がひっこしてきたばかりの頃に遊びにいくと奥の座敷の壁が全面本棚になっており、子供だった僕たちはまだ本が入っていなかった本棚をジャングルジム代わりによじ登り飛び降りたりして遊んでいた。

いま思えば不思議なのだが僕は高いところから飛び降りるのが好きで実家の屋根からもよく飛び降りていた。刑事物のドラマや映画で犯人を追跡する刑事がショートカットして犯人の先回りをするときに階段の踊り場から飛び降りるのがカッコよくて真似をしていたのだ。

いずる君のことは良くも悪くも兄貴分として慕っていた。
彼には小学生の頃からよくキャッチボールをやらされた。
彼は野球が得意で中学生に入ると野球部のエースピッチャーになった。

そういえば小学生の頃から彼は壁に一輪車を立てかけそれをキャッチャー代わりにして毎日練習していた。しかし一輪車相手だとやはり感じが違うよで暇さえあると僕がキャッチャー代わりを努めることになった。
しかし、小学生の頃には既に70キロ以上の速球を放っていた彼の相手をさせられるのだからこちらはたまったものではない。大砲のような迫力でボールが眼前に迫ってくる。思わずよけたくなるがよけると危険なので覚悟を決めてとりあえずつかむことに集中する。

ズバンという音とともにボールはミットに収まる。
ところがキャッチの時にうまく網に入らないと手がジーンとしてしばらく痛い。
剣道でのかかり稽古で下手な相手にしたたかに打たれるのを想像してもらうと痛さの度合いがわかってもらえるのではないだろうか。

いずる君は研究熱心だったので野球マンガを見て変化球を研究していた。
その実験をやりたいという。
嫌だなあと思いつつも「じゃあスライダーからやろう」と言われてミットを構えると剛速球が飛んでくる。しかもギューンと曲がるからつかむのはほぼ無理。とにかく身体に当たらないようにミットでガードするのが精一杯である。

僕の野球嫌いはそんなところからきているのかもしれない。
(あとは楽しみにしていたアニメや水曜スペシャルなどが野球で延期になったりするのが一番の理由だと思う)

話が脱線した。
いずる君の家にはステレオとたくさんのレコードがあってよく音楽を聴かせてもらいに遊びにいっていた。ご飯をごちそうになって、お茶を飲みながら二人でレコードをきいていると本棚にマンガの本があった。いずる君の部屋にはたくさんマンガがあったのだがそのマンガは少し雰囲気が違っていた。
へーと思って

「これ面白いの?」

ときくと「面白い」というので読み始めた。
手塚治虫というとどうも子供っぽいマンガでどんなマンガを読んでも必ずキャラが一緒(ひげ親父とかお茶の水博士とかたれ目の悪人とか)で肝心なところでつまらないダジャレをいうのでいまいち好きになれなかった。

「アドルフに告ぐ」もそんな感じだろうと思って読み始めた。
確かに全く必要のない間抜けなジョークもあるのだが物語は予想していたものとは全く違った。当時はやった川尻徹という慈恵医大の医師が書いた「ノストラダムス暗号書の謎」という本にホロコーストについての記述を読んだことがあった。また、落合信彦の歴史的トンデモ本「20世紀最後の真実」にナチスの所行について説明があったので知識としては知っていた。

※脱線するけれどノビー(落合信彦によればアメリカ時代に彼はそう呼ばれていたらしい)の「20世紀~」は最高のエンターテイメント読本である。ヒトラーが南米で生きていて、難局ではネオナチが第4帝国を密かに計画、UFOは生き残ったナチスが飛ばしている、という驚愕の内容なのである。

手塚の「アドルフ」はそれらの本とは似ても似つかない作品だった。
役者が違うというのだろうか作家のもつ想像力とはこういうことをいうのだろうなと思った。3人のアドルフがすれ違いながら戦争、日本、ドイツ、当時の世界、時代を描いていく物語に一気に引き込まれ読み終えると既に12時過ぎだった。

それから二人でマンガや音楽について話した。
学校の事や高校にいったらどうなるのかなどいろいろ話した。
いずる君は高校にいっても野球をやるといっていた。

「でも、野球部って坊主じゃない。嫌じゃない?」

ときくと

「しょうがないよ」

と言っていた。
僕の「アドルフに告ぐ」の記憶はそこで止まっており、3人のアドルフの記憶はあったのだがアドルフに何を告げるのかという部分はすっかり抜け落ちていた。
一昨日、全巻を通して読み返してこの話が現代にはじまり現代に終わる話だったことを知った。当時は3人のアドルフの数奇な運命のすれ違いばかり追っていたが今回よみかえしてみて一番、印象的だったのは何かというと登場する「悪役」のギョロっとしたタレ目でやぶにらみのキャラの役割である。

彼は正義を邪魔する小ずるく憎らしい人間だとばかり思っていた。
ところが彼は常に体制に忠実に生きており、個人的な感情や善悪の基準で行動しているのではないのだ。彼は忌み嫌われる振る舞いをする嫌なキャラであるけれど制度上は彼が正しく主人公が間違っている。犯罪者として追われるのは常に主人公の方なのだ。

そのタレ目をみていて先日みたドッグヴィルを思い出した。
人は権力の楯を得ると邪悪な部分や攻撃的で非道な側面をあらわにしていく。善良で絶対的な悪ではない小市民的な人々も相手が己より弱者であることを知ると凶暴な攻撃性を見せ、ゆがんだ悦びにおぼれていく。

タレ目はそんな人間の弱さを表しているように見えた。
僕だって困っている時は人の優しさに感動し「絶対にこの人の役に立てるようになろう」と誓うのに、疲れてきたり、自分が面倒だと思いはじめるとそれまで持っていたプラスの感情はどこかに消え失せ「なんでオレが?」とか「アー?」と手のひらを返したように悪態をつきたくなる。

そのくらい人は弱く、絶対的に正義でいようとしてもその正義は簡単にゆらいでしまう。
タレ目はそうした人の持つ弱さを体現しているキャラだと思う。

ブルータスのムックで手塚治虫が自身の作品について言っている。

小学校や家庭などで「手塚のマンガは教育上良い」とか「道徳的である」という言われ方をするけれどそういう見方は間違っている。僕が書きたいのは人のプラスの側面だけじゃない。ジャングル大帝なんかだといい人と悪い人がいて善悪が対決しているような印象をもたれるけれどそれは僕がいいたいことじゃないんだ。人には良いところも悪いところもある。僕のマンガが道徳的だとしたら、その全く正反対の道徳的ではないマンガも読まなければならないし、僕が書きたいのは正義ばかりじゃない。反対の悪の側も同じくらい力をいれて書いているんだ。そうでないと世界をわかることにはならない。

大体こんなことが書いてあった。
あのタレ目のキャラは必ずでてきて必ず嫌な役だったけれど、アントニオ猪木の名言(迷言)にあるように「逆もまた真なりと申しまして。ブーイングが多いってことはこれもまた人気だということなんですよ」ということなのだろう。
僕がギョロ・タレ目のキャラに「なんか嫌だな」と感じるのも彼がキャラとしてパワーを持っているからだと思う。

「アドルフに告ぐ」の読み方はいろいろあると思うのだが今回は「プラスの側面とマイナスの側面」この一点が気になった。

補足:タレ目の彼はゲシュタポならぬ特高の役人で戦時中の日本では(アメリカでもそうだったと思うが)読むことも書くことも制限されアカというレッテルが貼られるとその家系そのものが否定され、個人や共同体から弱者として虐げられる。現代においては道理が通らない理不尽さであるが当時はそれが当然の正義であったのだろう。時代は変わるというけれど同じようにいま当然だと思っていることも10年もしたら全くバカげた思いこみでしかなかったんだな、と思うようになるかもしれない。

「アドルフに告ぐ」で描かれているような対立構造は必ずどこかで悲劇を生む。
それは避けられない道筋、理なんだと思う。
それは「正しさ」を求めてしまうとどうしても誤差を認めないシステムになってしまうからで現実世界は必ず誤差があるから、そのズレが反復増幅し大きな悲劇を生み出していくんだじゃないだろうか。

「正しさ」を求めて対立や理不尽を生み出すという方向じゃなくて。
関係性から物事を考え、封鎖的なシステムによって制御するのではなく、開放的なシステムによって誤差を内包したやり方というものがあるはずだ。いろいろな問題の根幹には関係性でものごとをみることができないために生じるパースペクティブの閉鎖性が根強く居残っている。そのまた根本にはおそらく「言葉」に対する「信頼」の揺らぎがある。
「言葉」をその意味通りに信じることが難しくなっている。
これが現代の最大の問題のひとつであろうと僕は考えている。

投稿者 TKM : 2004年03月03日 09:33

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コメント

全然関係ないんだけど、左上の時計いいね。
今日アキバの路上で時計の電池きれちゃってさ、
交換しようと思ってヤマギワいったけど扱ってないっていわれちて困りながらたまたま通りかかった露天で
電波腕時計のアウトレット売ってたから
買ったんだよね。やっぱぴったりあってる時計はいいな
とか思って机においてweb見始めたらやっぱり
ぴったり合ってる時計がでてきてびっくりした。

投稿者 kawauso : 2004年03月05日 07:52

エントリーにはまったく関係ないけれど、ページ上の時計可愛いね。

投稿者 志乃 : 2004年03月05日 16:30

どもー。
二人ともいいところに目をつけるねえ。
この時計、昨日、とあるブログでみつけたので自分のページにはってみたのです。サイトはこちら

http://www.clocklink.com/

簡単に自分のページにつけられるのでお試しあれ。カスタマイズもできるよ。

投稿者 かがやとものり : 2004年03月06日 01:41

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