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2004年03月19日

[本] かくれさと苦界行/隆慶一郎 ~痛快時代劇と物語のゲノタイプ~

やまけんに教えてもらった故隆慶一郎の傑作時代小説「かくれさと苦界行」を読む。
見たことのない日本の過去。
江戸・吉原の姿がぼんやりと浮かび上がる。
それは実在しない世界であり自分にはその時代の江戸や吉原がどのような姿だったのか皆目検討がつかない。時代劇の映像をベースに想像してみるが細部は曖昧なままだ。
しかしそれでも面白いものは面白い。

読んでいて気がついたことがある。
小説には二種類の小説がある。
文章が面白い小説。
文章は面白くないが物語が面白い小説。
(確か村上龍は穴に落ちる話と穴からはい上がる話と書いていたと思うが)

海外の小説について考えてみるとわかりやすい。
翻訳という変換作業の過程で作品の持つ情報の一部は失われる。
しかし核になる面白さは伝達される。

どうしてそんなことが可能なのだろう?
学生時代、僕はこの問題について考察し続けた。
そのベースにあったのは「秩序である言葉をもって何故に混沌であるところの心を言いあらわすことができるのか?」という問いだったけれど。

「かくれさと苦界行」を読んでいる時にぼんやりと大学時代に読んだ小説の事を思い出した。
アルフレッド・ベスターの「虎よ、虎よ!」である。この小説の翻訳は最低といってもいいほど読みづらく、読んでいて「ハァー」とため息をついた。しかしつまらないのかといえばこれが全くそんなことはなく面白い。じゃあ何が面白いのだろう。そう「話」が面白いのである。小説の持つ物語性、ストーリーの面白さなのである。

翻訳により言葉の持つ情報の一部が失われても文章が伝えようとしている核なる部分は全く同じ形ではないがある程度のズレを有した相似象として伝わる。僕はここに言語の本質を感じる。

先ほど「かくれさと苦界行」を読んでいる時に書いたメモである。

 「巧い言葉に価値はない」

ふと思い浮かんだのでノートに書き留めた。雑誌や本を眺めると巧い言葉が溢れている。上手だなあと感心する。しかしそれらの言葉で覚えているものはほとんどない。綺麗であり巧みだが次の瞬間には消えていく。反対に心に残る言葉の多くは独自の言葉である。巧みではない。しかし「響き」がある。

途中ボンヤリと考えていたのだが、これだ、と思ったのだ。
言葉は巧みである必要はない。
しかし響かなければそれは言葉ではない。
文字であり記号だ。

文章を考える時に記号性や構造で対象を規定しようとする考えもあるが僕の立場は異なる。
あんまり書くとフォルマリズムがどうのこうのという話になりそうだがそうした規定云々に関する議論をするつもりはない。僕の興味はそこにはない。言葉の可能性、面白さについての議論なら幾らでもつきあうがそれが何であるかとか正しいとか正しくないという議論はおよそ意味がない。それらは議論の為の議論であって僕とは目的が違う。僕の興味は言葉の面白さであってカタチではないし、そもそもそのカタチも自分ではない誰かが考えた借り物の知識でしかない。

僕のコンテンツ論の中核をなすのはこの思考だ。
フェノタイプとゲノタイプという枠で捉えない限りコンテンツの本質は見えてこない。
コンテンツはフェノタイプとしての面白さとゲノタイプとしての面白さの二つの面白さがある。

「かくれさと苦界行」からだいぶ脱線してしまった。
読後感について触れておきたい。

終盤近く、登場人物達がそれぞれの道を歩み、解脱というべきかそれぞれがそれぞれの姿を知り、世界を開いていく様は読んでいて涙が出そうになった。小説っていいな、言葉って可能性があるんだな、と思った。読んでいるのは文字の塊である。そこから鮮やかな世界がたちあらわれる。時間の流れがあり、人物はそれぞれ自律的に生活している。それらの相互作用の所産として物語が描き出される。優れた物語は物語のぎこちなさがない。それは書かれたというよりも世界が勝手に動き出し、描きだされた軌跡のようなものである。

ハリー・ポッターが世界中で読まれたのはあの作品に含まれる物語としてのゲノタイプが優れていたことの証であろう。あらゆるコンテンツに共通するゲノタイプのパターン。と、ここまで書いて思った。アートにもアートのゲノタイプが存在する。

++++++

ブログは日記や記事、雑感を書くには適しているがこした考察のまとめには全く不適切な手段だといま感じている。手段が思考に与える影響は小さくない。ブログには結論は存在しないし、ある問題について思考を深めていくような書き方も難しい。

投稿者 TKM : 2004年03月19日 05:38

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