« [俄] 新井さんとイタリアでパルテノン | メイン | [雑記] armory showとナイキの靴 »
2004年04月19日
[俄] 南米の風
午前5時30分。
朝に目覚める。
夢の中。
かちどき橋のたもとで慶應のキャンプ。
学生が呼んでくれた。
二つのグループがキャンプを張っているが片方はピクニック。
毛布を借りて寝ころんで空を見る。
足下が冷たい。
寒さに身をよじるとそこは現実だった。
布団から足がはみだしていた。
カーテンをあけてそとを眺める。
曇り空。
川向こうの公園のブランコでカップルが話している。
午前6時前。
公園には二人しかいない。
二人はゆらゆらとブランコに揺られながら時折向き合う。
男の子は高校生だろうか。
からだをゆらすとブランコが振り子のように大きく揺れた。
午前6時の街には人の世界がある。
iTuneはランダムで再生されている。
「Inutil Paisagem」というジョビンの曲が流れている。
洗濯機の回る音。
今朝も朝一番にサーキットトレーニングをやった。
眠りの時間は相変わらず短い。
ここ数日長い時間眠れない。
昨夜、道をあるいていたら眩暈がした。
学生時代にラグビーの練習中にボールを持って走っていたら手足が無限に広がるような感覚にとらわれたことがある。その感覚に似ていたのでいよいよ常時ナチュラルハイかと思ったがそうではなかったらしい。
いろいろなことがある、というわけではない。
物事はそこにあるわけではない。
自分がいないならそこには何もない。
iTuneはソフトである。
ソフトは恐ろしいことをする。
今朝は「Oratio super oblata/Utrecht Gregorian」の次に「Push Upstairs/Underworld」という驚愕のつなぎをみせてくれた。これには恐れ入った。世界が一変した。この世界は俄だ。環境はそれを伝えたがっている。
ブログも面白いし、ネットワークも面白い。
つまらないのは人の世界のルールだ。
そもそも何のためのネットワークだったのか。
感覚のドライブ。
それが自分の生涯のテーマである。
感覚がドライブしない生活は生きながら死んでいるようなものである。
一昨日の夜。
やましんと川崎のペルー料理屋にいった。
その晩に何があったわけじゃないのだけれどここ半年で一番の幸福を感じた。
それはおそらくコミュニケーションから生じていた。
ペルー料理屋にいくと驚くほどの盛況で僕たちが入った後はずっと人が並んでいた。皆ペルーの人である。店の中はさながら南米。9割はペルーの人である。その空気が凝り固まった意識をほぐしていくのだろうか。
混んでいるのでなかなかお店の手が空かない。
女性が注文を取りに来たので、
「すみません、メニューをいただけますか」というと。
「ごめんなさい~!持ってきてなかった」と最高の笑顔を見せてくれた。
開けた笑顔だった。
店は混んでいるがひとりとして嫌な顔をする人はいない。
客も店の人もタイ風にいうならマイペンライである。
この開けた感じは驚くほど気持ちいい。
二人で飲み、食べ、満足した。
それなのに料金は格安であった。
そっか、こういうの満足、あるいは気持ちいいっていうんだな、と二人で話した。
飲食店経営がどうこう、成功店云々、という話はどうでもいいなと思った。
およそ9割の店はコンビニと大差ない。
そうではないのだ。
おいしい、満足、もっと払いたくなる、これの方がいいに決まっている。
それから川崎の街を案内してもらった。
道を歩いているとアジア系の人が「こんばんは!」と声をかけてきた。
やましんも「あ、こんばんは」と応える。
きけば知り合いのタイ人だそうだ。
「へー、川崎でよくあうの?」
「いや、はじめてあったわ。川崎に住んでるっていってたんやけど。はじめてあったわ。」
気持ちが開けるとこういうことがよく起きる。
しばらく街を歩いてからミスタードーナツでお茶を飲んだ。
終電まで話し込み有楽町に帰った。
なんてことのない時間なのだが豊かさにあふれていた。
その翌日。
午前から横浜で金子と打ち合わせ。
メキシコ料理屋でストーリーについて話し込む。
料理のチョイスはパーフェクト。
完璧であった。
二人で「満足度高いよな」と繰り返す。
南米、アジア、人が開けると世界はまわりだす。
投稿者 TKM : 2004年04月19日 06:45
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kagaya.com/mt3/mt-tb.cgi/3320