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2004年05月01日

[エッセイ] ある名前と開けた関係とシネカノン

ビックカメラの8Fにいきなり極上の映画空間が誕生した。

有楽町シネカノン。
素晴らしい劇場である。
銀座で一番映画を観やすい環境だと直感した。
スタッフの気遣い。
やる気。
椅子の快適さ、映画を「観る」ことに集中できるように配置された傾斜。
どの席からみても画面が「映画をみているぞ」を実感できるような迫力。
銀座映画館のトップランクを与えたい。
リーさん(シネカノン代表)ありがとう。

明日から「パッション」が封切りである。
今日は「殺人の追憶」が上映されていた。
韓国映画あなどれず、の感を強めた。
この映画、決して幸せな気分になる映画、ではない。
これも劇場の力なのだろうか冒頭の田園風景の遠景が妙に鮮明で奥行きがあり、のっけから引き込まれた。カップルで観る映画でもないだろうし、友人同士で見に行く映画でもない。韓国人の友人がいれば一緒に行って、離れた席に座り、終わった後で話をする、という鑑賞にトライしてみたい、と思った。

ただ映画館にいって映画を観て、帰る。
そうした鑑賞の仕方が10年後も続いているとは思わない。
別な見方が開発される、と感じた。
ワールドプレミアのようなイベントは何も映画俳優の為にだけある必要はない。

ソーシャルネットワーク(gree等)が独自にオフラインイベントを開催して成功している。ネットマスメディア(ネットらしくないメディアの雰囲気)好きの人々の集い、と僕は思っているのだが本来コミュニケーションを補足するためのメディアとして機能するはずだったSN(ソーシャルネットワーク)が逆に主体になり手段がテーマ化し、主役化している。しかし、それ自体を否定するつもりはない。それもOKなのである。

僕がいいたいのは手段であるはずのSNでさえ人と人が知りあうきっかけになれるのだから映画みたいにそれ自体が「面白い」コンテンツがコミュニケーションのメディアとして機能しないはずはない。技術的な部分でネットと映画の関係性がどうなるかを予測するのは難しいけれど人と人の知り合い方はネットワークによって拡張されていく。その流れは映画の見方やあり方へも影響を与える、と僕は思うのだ。

例えば毎回上映後にシネカノンがサロンを開いていてそこでクラスが開かれていたら映画鑑賞と映画教室が一体化したサービスというものもありうるだろうし、同じ映画をみた人同士は全く知らない人同士よりも少しだけ人と人の距離が近いと思う。特にシネカノンのようにテーマ性の強い映画を選んで上映している劇場の場合は。

人と人が知り合う。
ある人を知っている時と知らない時とではその人の行動が同じでも自分が受け取る意味は違ってくる。知り合いが酔っぱらっていると楽しそうにみえるが知らない人だとただの酔っぱらいだ。知り合いが電車に乗っていると「あっ」と声をかけたくなるが、知らない人が乗っていてもそれはただの同乗者である。

僕は友人とよく話す。

「アジアにいくと人と話やすいよね。話しかけやすいっていうか、知らない人にでも声をかけやすいし、向こうも声をかけてくる。あれってなんなんだろう」

昨日ふと思ったのだが日本の都市だとそれが難しいのは何故なのだろう。
コミュニケーションへの「恐怖」が根底にあるのだろうか。
誰もが他者との間に見えない防壁を強固に築いている。
僕もそうだ。
独り言をいってる人や叫び声をあげている人をみると「コワイ」と思う。

飲み屋で会社員の集団に囲まれると一種異様な「コワサ」を感じる時もある。
しかし、本来はみんな話し合えるはずなのだ。
何が原因で壁ができているのか。
何故、閉じてしまうのか。
反面、内に対してはフルオープンなのは何故なのか。

と考えているうちにこう思った。
ネットワークとテクノロジーがいまよりも進んでいくことでこうした閉じた環境を「開く」あるいは「開かれた」ものに変化させていくことはできないだろうか。僕や友人がやろうとしている、やっていること、仕掛け、事業は「開かれた」環境を現実化していくためのものではないか。そう思った。

いままでの仕事や生活は極論すれば「面白さ」が評価の中心にあった。
それは今後も変わらないのだがその理由ができた。
「開かれた」環境。
人と人がベストな状態で知り合える環境。
偏屈(都市に住むほとんどの人は自分の外に対して偏屈である)ではなくオープンな関係性。それを実現するために仕事や生活ができること。そう思った。


++++++

シネカノンを後にし、前田さんのオフィスを訪ねた。
来週のハッスル3のチケットをもらいにいったのだが頂いたチケットをみてかなりびっくりした。スペシャルリングサイド、いわゆるSRSである。至近距離でゴールド・バーグvs川田、小川、高田総帥らと対面である。

「就職しようかと思ってるんですよ」

と前田さんに相談すると「鳥でも食うか」と絶品焼き鳥の「さくらや」に誘われた。さくらやのオジさんは相変わらずのノリで軽妙である。味は。もちろん絶品だ。内蔵系が最高でレバーやモツのおいしさは別格である。

「最近飲んでるか」
「いえ、それほどディープにはやらなくなりました」
「そうか、オレは一昨日やっちゃったな」

へーと話していると前田さんがディープに飲った人というのがどうも気になった。でいろいろ話をきいていったらなんと7年くらい前にかわいがってもらった電通の及川さんであった。ネットイヤーに移籍されてからは連絡をとっていなかったので突然名前をきいてびっくりした。兄貴分というか広告業界のことなど何も知らなかったのに何かと声をかけてもらった。最近、マッキンゼーから電通にもどられたとのことだった。

話をきいているうちに霧が晴れていくのを感じた。
僕はああいう柔らかく謙虚で頭脳明晰な人が好きだ。
及川さんのHPにあった論考を思い出した。

僕は何が好きとか何がやりたいということはほとんどない、と思っていたがメディアの考察、情報論、社会の考察といったことが好きだったことを思い出した。そしたら気分が軽くなった。ふとした単語から気分が開けていく。

日々、楽しいことはあるものだな、と思った。

投稿者 TKM : 2004年05月01日 09:16

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