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2004年05月14日
[エッセイ] 梅田望夫さんと環境とドライブ感
梅田望夫さんのオフラインミーティングに行くことになった。
何か質問を書いたらしいのだが思い出せなくていたがハっと思い出した。
確か感覚のドライブと環境についての質問だったと思う。
思い出してみると、そうそう、そうだそう、と急に記憶が鮮明になる。
そういえば自分は感覚のドライブについて考えていたのだ。
感覚のドライブの気持ちよさと忘我感は人の行動の根本部分とリンクしている。
でも、どうやってドライブ感を引き出すのだろう。
僕は思うのだが「こいつすごいヤツだな」という人はこのドライブ感を自分流のやり方でマネジメントし、自在に引き出しているように見える。できる人とそうでない人の違いというのは基本的な能力の差というよりもドライブ感の引き出し方にあるように思えるのだ。
会議のプロという人が世の中にはいる。
ファシリテーターもそのひとつだろう。
彼らがやっているのは学習者の感覚をドライブさせることだ。
気持ちいい人というのはその人といると感覚がドライブしていく人のことではないだろうか。にぎやかだとかパワフルだとかそういうこととは別にその人と空間を共有すると自分の中にあるやる気が発動し、無意識にやってみたい、やってみよう、やってみる、とだんだんと自分が活性化し、自分の気持ちを加速される。そんな人がたまにいる。そういう人に出会うと一日が全く違ったものになり、世界が変貌して見える。
これを何と呼んだらいいのだろう。
力は力だがあれは何なのだろう。
僕がいま一番興味があるのはこの「引き出し力」である。
複雑系の言葉を使うならば「引き込み現象発生力」。
おそらく業種や職種は関係ないだろう。
人間力の一部なのだと思う。
恋愛においても社会的活動においても、個人として生きる場面においてもあらゆる場面で人間力が問われるようになってくる、と僕はかんじている。何になるかということではなくてどんな「人間」になりたいか。
「13歳のハローワーク」は「どんな職業があるのか」についての本だが。
本当に必要なのは「どんな人間がいるのか」ではなかろうか。
最後はそこに行き着くと思うのだ。
だったらそこからはじめるのが一番の近道。
というのが僕の考えである。
投稿者 TKM : 2004年05月14日 16:11
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