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2004年06月23日

[格闘技] UWFとの再会

■一冊のパンフレット

岸崎さんが鞄から取り出したブツに目を見張った。かなり初期のUWFの試合パンフである。

第1次UWFの試合はTVで放送されることはなかった。僕がUWFの試合を初めて目にしたのはもう10年以上も前のことだ。

神奈川県藤沢市六会のTSUTAYAのスポーツコーナーの外れにみかけないビデオシリーズがあった。気になったので借りてみることにした。
画面をみて驚いた。
若き日の前田や佐山が殺伐とした雰囲気の中でガチガチのファイトを繰り広げていた。
それが僕とUWFとのファーストコンタクトであった。

その後、UWFは新日本プロレスに出戻りの形で参戦。新日本プロレスとの軍団抗争を経て、再びUWFが設立される。第二次UWFの誕生である。ここではじめてUWFの名前が表舞台に登場する。

■第二次UWF

第二次UWFにはそれまでのプロレスとは決定的に異なる特徴があった。
プロレスのリングではピンフォール(ワンツースリーというカウント)あるいはギブアップで勝敗が決定する。ところがUWFのリングではフォールは存在しない。

ロープエスケープやダウンをポイントに換算し、持ち点から減算していくポイントシステムによって試合の勝敗を決定するという画期的なルールを導入したのである。これによってそれまでのプロレスとは全く異なる「格闘技色」が強くスポーツ・アスリートの要素を取り込んだ次世代のレスリング興業スタイルが誕生したのである。

ここで確立された「打・投・極」というファイトスタイルは今日のK-1やPRIDEの原型といってもいいだろう。

受け取ったパンフをめくるとまだデビューまもない山崎一夫の顔がある。
まだ若くあどけない。
この山崎が後の第二次UWFでは藤原、前田、高田と並んで四強と呼ばれるまでになる。

僕が最初にみた第二次UWFの試合は船木のデビュー戦だった。
海外遠征から帰ってきた船木(パンクラス創設者)に新日本はジャッキー・チェンとのエキシビジョンマッチを提示していた。一方、師匠である藤原からは「自分は前田の設立したUWFへ行く」と暗にUWFへの参戦を打診されていた。ジェッキー・チェンとのエキシビジョンマッチは試合の是非はともかくプロレスとしえ考えるならば一生に一度あるかないかのビックイベントである。

しかし船木はこの提示を断りUWFのリングを選ぶ。

船木のUWFデビュー戦。
相手は師でもある藤原喜明だった。

黒髪に銀のジャケット、緑のリングタイツとリングシューズでUのリングにあがった船木は幕末の志士の姿を彷彿とさせた。

投稿者 TKM : 2004年06月23日 06:54

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コメント

トラックバック(初)させていただきました。
なんか文字化けしてるんだけど、何でだろう・・・。

投稿者 kissh : 2004年06月23日 10:39

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