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2004年06月23日

[キュービタル] 情報のヴァーリトゥードと雨のコントロール

ネットって面白いなと日々思う。
画面に向かっていると時には無駄な時間を過ごしているという自責の念に駆られる時もある。それでもゲームよりは数段に面白い。常に何かが画面の向こうに待っている、ような予感がある。

いろいろなサービスが恐ろしいスピードと加速度で日々誕生している。
こんなことは現実世界ではあり得ない。
完全に無制限というわけではないけれど物理的な制約がないというのはこういうことなのだろうか。どんなサイトをつくるのも自由だ。それが法に反するかどうかは別としてつくること自体は自由だ。何でもありのヴァーリトゥードである。

日本では法律の制約があるためネットラジオで楽曲を流すことは難しい。
しかし国が違えば事情も変わる。
先ほどmixiの友人日記で下記のサイトを知った。

http://www.digitallyimported.com/

アクセスしてオススメされていたmodern jazzを聴いてみる。
悪くない。(上記のサイトの音楽は無料である)
こんなサービスがあったら有線放送で音楽を聴かないだろうな。
と考えると優先ブロードネットワークスが早々に事業モデルをブロードバンドインフラ企業に切り替えたのは英断だったのだと思う。経営者の意志決定というのはスゴイものだ
。松井証券が店舗営業を廃止しネット取引に特化することで現在のポジションを築いたのも似ている。

企業の意志決定の方向が有効であるならそれがドラスティックであればあるほど企業の未来はユニークなものになる。

勿論、規模の問題があって数千人を要するような大企業が質的な部分でドラスティックな変化をとげることは難しい。人間、自転車、バイク、車、バス、船、飛行機などなど規模が大きくなればなるほど方向転換は大変になる。

それは企業や組織も同じで組織もでかくなると小回りがきかなくなるから恐竜化して衰退する、という意見はわりによく目にする。

企業の遺伝子という言葉がある。
製造業を主幹業務としてきた企業においてネットワーク事業が主体になる、ということは少ない。ソニーの研究者が「僕はネットワークとかソフトウェアを研究しているけれどそれがソニーという会社のメインストリームになることはないんですよ」とぼやいていた

細胞が集まって組織ができ様々な組織の集合体として人間ができている。
10年位前にはやったパラニューロンという考え方によればそれぞれの機関は脳という司令塔によって統率されているわけではなく内臓は内臓で情報を処理するなど小機関毎に意志決定が行われ、それらは脳の統率の外にあるとのことである。

我々が行っている意志決定はそうした様々な機関の意志決定と無縁ではない。
なんらかの形で影響はうけている。

ここから先は僕の心証だが「制御」という考え方で情報を処理すると規模の限界がある。
制御ではなく非制御による制御という概念で意志決定を捉え直すと組織の意志決定において大切なものが何なのかが見えてくる。
(雲を制御することは難しい。しかし制御とは別のアプローチをとるならばそれも可能かもしれない。そういえば東京都は水不足の時に雲の生成装置を導入し人工的に雨を降らせることを試み成功したとされている。詳細はこちらの東京都議会・都市・環境委員会報告を参照)

ホーリスティックな視点とも少し違う。
というのはホーリスティックなアプローチはフェノタイプ(表現型、この場合は現象という意味で)として発現するまでに時間がかかる。速効性があり、なおかつホーリスティックな結果へとつながる方法論。

統治や経営、組織、個人の意志決定への別なアプローチがあると僕はおもっている。
まずはシンプルな方法論によって概念をはずし、ソフト的に立ち位置をゼロクリアすることがスタート地点だろうか。

投稿者 TKM : 2004年06月23日 17:59

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