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2004年07月08日

[エッセイ] 慶應大学でアジアの安全保障について考える

■久しぶりに慶應大学@三田

10年ぶりに大学の講義に出た。
テーマは

「東アジアの安全保障」。

月島から慶應大学三田キャンパスまではなんと電車で一本。
赤羽橋で降りて少し歩くとキャンパスについた。
とはいえこの猛暑の中数分歩いただけでも汗が噴き出す。

同じ慶應でもこのキャンパスで授業を受けるのははじめてなのでいまいち勝手がわからない。図書館で塾員用の入館証を発行してもらい、売店の場所をきいてから教室に向かう。
購買部はキャンパスの外れにあり、古びた感じがする。
来週から試験がはじまるからだろう校内は学生でごったがえしている。

教室についてひといきつくと授業がはじまった。

■東アジアの安全保障

先週からベトナム戦争直前のアメリカ外交政策について調べている。
今日のテーマはアジアの安全保障となっているが北朝鮮問題では核が関連しているため朝鮮半島、アジア地区のローカルな問題からグローバルな問題へと発展してる。そのためアメリカの外交政策がアジア地区の安全保障に対して大きな影響力を持ってくる。

争点の一つはイラクの核保有問題と北朝鮮の核保有問題の違いである。
北朝鮮にとっての核は現体制を維持することが主たる目的であったがイラクの核保有は中東での影響力の強化が目的である。この点において両国の核保有問題は目的を異にする。

よってイラクへの軍事介入と北朝鮮への軍事介入の可能性はわけて考えられなければならない。イラク戦争が開戦された背景としてはいくつかの要因があるが軍備的な側面としてはイラクがイスラエルを射程圏内とする核兵器を保有していなかったことがあげられる。もしイスラエルがイラクの核兵器による攻撃の危険にさらされていたならばイラク戦争はなかったであろう。

そうした背景を考えると北朝鮮が東京、ソウルを射程圏内とする核兵器を保有しているならば北朝鮮への軍事介入は難しい。

外交についてだが現ブッシュ政権以前のアメリカは対北朝鮮外交にたいして積極的でブッシュ政権が成立していなかったならば、つまり、ゴア政権が誕生していたならばクリントンの平壌訪朝があったはずだ。

その場合、日本はどのような事態に陥ったのだろう。
日本と北朝鮮との間には国交が回復されていない。
それを飛び越える形でアメリカが北朝鮮との間で友好関係を結べば日本としてもそれに追従せざる得ないわけだがそのためには懸念の拉致問題を解決しなければならない。

クリントンの訪朝があった場合、世論は下記のように二分化され日本国内は収拾のつかない事態に陥ったであろう。

1.日本も遅れずにアメリカの対北朝鮮政策についていく
2.国際関係がどうであろうとまずは拉致問題を解決する。それまでは動いてはならない。

また、93~94年の頃に生じた北朝鮮の核危機で先制攻撃が行われていた場合も当時の政権にはプランが用意されていなかったため混乱は必至だったと思われる。

■日本と中国と北朝鮮

中国と日本の対北朝鮮外交政策はどのような違いがあるのだろう。

総じて日本の外国政策は「出来事に対する対応」というスタンスで行われる。
事が生じた後に関連諸国の状況をみて政策決定をする「仲介外交」「バランサー外交」である。

一方、中国の場合は国家目標が政策決定の指針となる。
具体的にいうならば現在の約10%という経済成長率を維持しつづけることが政策決定の要因となる。中国の急速な経済発展については様々なメディアで報じられている。しかし、経済成長率、発展ともにその大部分を「外資」に依存しているという実情についての報道は少ない。

これは中国の対北朝鮮外交を考える上で重要なポイントの一つである。
つまり北朝鮮での軍事的な紛争が発生することは、中国の経済発展の基盤となっている外資の引き上げを意味する。その場合、経済成長率は大きく低下する。

更に北朝鮮の核保有問題はアジア諸国での核開発を再燃させる恐れもある。例えば台湾が核開発を開始した場合の混乱などを考えてみれば北朝鮮の核保有問題は中国とも無関係ではない。

■考え得るシナリオ/本当に大切なこと

というわけで問題の行方は次の六カ国協議に持ち越される。
そこで考え得るいくつかのシナリオとしては

1.初期合意達成(一気に核完全撤廃とはならない外向的に有効である以上、核廃止は段階的に行われる)
2.協議が決裂し安全保障理事会に付託
3.現状維持で中途半端な状態がつづく

更に日本の外交の選択肢としては

1.核問題協議と日朝交渉を連結し国交正常化・拉致問題の完全解決
2.軍事緊張をともなう経済制裁という方向
3.強硬論による単独制裁

「1」へ向かうのが望ましいとは思うがそこには拉致問題という厄介な問題がある。確かに拉致という人道問題は解決しなければならない。報じられていないだけでアジアの緊張は遠い未来ではなくすぐ目の前にある。自国のポジションを明確にし国家間の関係を見直し目前にある危機を解決した後にその他の問題は解決するというオプションをとるべきだというのが自分の考えである。
発展的解決の道を模索しなければ問題はいつまでも解決しない。

※この考え方に関しては「国交正常化が実現した場合、北朝鮮が拉致被害者を消滅させるおそれがある。よって拉致問題の完全決着なくして国交正常化などもってのほかである。」という反論がある。これらの反論に対しての僕の考えは山本氏のこのエントリーに同じである。

「3」はないにしても現在の強硬姿勢を維持するならば「2」の可能性は十分ありえるわけでそれは発展的な解決にはつながらない。

核の廃絶によるアジアの安全確保が第一に考えられるべきで人道的観点や心情を基盤にした強硬路線は遠からず悲劇の拡大につながる。

考えなければならないのは核や戦火の恐怖を取り除くことであり、発展の基盤をつくったのちに議論はなされるべきなのだ。

投稿者 TKM : 2004年07月08日 13:54

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