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2004年07月17日
[読書日記] 自省録/中曽根康弘 本を書くよりも大学で伝えるべし
数年前、月島の飲み屋で知り合った青年実業家が中曽根氏と縁のある人で一緒に会いにいこうと誘われたことがある。ビジネスに必至になのは理解できたのだが自分とは方向性が異なるのを感じて丁重にお断りした。その後もいろいろと開発の案件を紹介されたがどうしてもモチベーションのギアが入らなかった。
最近になってようやくわかったのだが僕はコンテンツの開発には興味があってもシステムやプログラムの開発統括には興味がない。いや違うか。案件がどんなものであれ「全力」「本気」で走ってよくて、なおかつそれが歓迎される(正確に評価される)ならOKなのだ。
案件を紹介されたり、相談されることがある。
これまでは稼がなければならない、という抑制下で仕事をしていたがどうにもギアが入れ違っている感じがしていた。理由は簡単でいってしまえばそのチームで「情」とか「気質」みたいなものを共有できるかどうかということである。
「よりいいものをつくっていく」という気持ちで立ち向かってもOKなものでないと結局は時間を浪費することになる。だからいまは本気でやっていい案件しかやらないことにしている。
※仕事の充実度は結局はコミュニケーションによる。いい仕事をする能力は誰にでもある。たいがいの場合、欠けているのは仕事を正しく評価する能力である。これかなり重要だと思う。
自省録だが全体の90%は読まなくても良い。
巻末で今後の外交の方向性について触れている5ページ分くらいの部分を読めば内容全体を把握できる。中曽根氏が体験されてきた政治の舞台裏はあえて読む必要はない。過去にひきづられれよりクリエイティブな政策をつくるさいに脳が抑制される懸念がある。
大局観について要所要所で言及されているが自身の大局観は具体的には言及されていない。もっとイメージできる言葉で伝えないと人には伝わらない。これは政治家に限らず擬態性難解症が引き起こす大きな問題だ。そうだ冒頭で小泉首相が引退勧告をつげに中曽根事務所に来たときの様子を描写するシーンがある。このシーンだがこんなことを言われる時点で時流と大局を読み違えていることの証である。
とはいえ長年の経験は伊達ではないだろうからその経験と視点は伝えられるべきである。
ゆるい本など出版せずにそれこそ大学の政治学部でバリバリに教えるなどして欲しいものだ。
最も有効な人材活用とはそういうものであろう。
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投稿者 TKM : 2004年07月17日 21:26
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