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2004年07月21日
スカの大群とライブ力、変通性
今日の茂木さんの日記。
自分が言いたいことを代弁してくれている。
いま売れている本の9割9分は来年はブックオフで100円だし、10年後には再生紙だ。それをよしとするメディアの論調はどこか歪んでいる。
売れれば何でもいいのか、という議論は売れるものが作れないマヌケの遠吠えだ、という意見もある。おそらく微妙なのだ。良いものが売れるわけではない。かといって売れないものがいいものであるというわけでもない。
要は「スカ」が大手を振って「どうだ」といってる裸の王様なんだけれど都合が悪くなるとコンテンツの出来不出来に商業的な基準を持ち込むからおかしくなる。何がスカで何がそうでないかは受け手の状況によるとはいえどうしようもないくらいにスカなコンテンツがベストセラーになるのはもう出版やらTVやらが終わってることの証明に思える。かといってネットのコンテンツがいいのかといったらそんなこともなく、さらにスカってるのがほとんどなのだが。アクセスの多いサイトでスカってないものはみたことがない。どれもおちゃらけかウケねらいでせいぜい「蟻」が「羽蟻」になったようなものだ。形はあっても本音はない。Voyagerの萩野さんなら「まがいもの」と一喝するだろう。
社会的なジレンマが拡大浸透している感じだ。
食も場も何もかもがそう。
中には万に一つくらいマシなものもあるとはいえそのほとんどがスカである。
たいしたことのないものだ。
それをありがたがって悦に入るのはメディアの影響なのだろうか。
本当に心底、それをいいと思ってるのか?とオレは問いたいのだが。
などといってる暇があるなら自分がベストのコンテンツを楽しめばいいのだから、楽しむ方法を考えろ、という意見もある。が、とここでことわっておきたいのはダメなものはダメっていった方がいい場合もある。自分さえ関係なければなんでもいいというわけではあるまい。
「学問のすすめ」ってほとんどがそういう話なんだけれどだとしたらあの本はたわごとまみれのあってはいけない失敗作なのだろうか。少なくともあの本はいまだに面白いし、DVDに焼き込まれた最新のソフトよりもファミコンミニの方がコンテンツ面白いのは何故だ?
コンテンツの本質はそういう部分にあると思う。
関係ないが先日いったライブもよかった。ライブという場はまだ死んでいない。
盛り上がるライブはスカではない。
ライブの場にあっては人は感覚によってスカとそうでないものを判断する。
しかも的確に。
スカなライブはそれがどんなものであっても。メディアがどんなに力を入れても。意味がどんなにあっても。パフォーマンスが悪ければ盛り上がることはない。
ここに可能性を感じるのである。
ライブ力。
今力と変通性。
そういえば教育もライブである。
投稿者 TKM : 2004年07月21日 02:09
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コメント
こんにちは。
以前ロンドンで「レ・ミゼラブル」「ミスサイゴン」のミュージカルを二夜続けて見に行った事がありましたが、何十年も満席なんですよね。何度も見に行く人も居て、私は見に行く前は「何故?」と思っていましたが、何となく理由がわかるような気がします。
でも、最近は食べ物でも何でも「エセこだわり」が多いので困りますよね。
メディアの力を頼って煽っているだけの商品が非常に多く、すぐにブームは去ってしまいます。本当に売れるものは、今でも良く売れていますが・・。
投稿者 つだ : 2004年07月21日 11:21