« 状況マネジメントという考え方 | メイン | 「この杯を受けてくれ~(中略)左様ならだけが人生さ」(勧酒より) ~このあいだ旅先である人が書いてくれた言葉である »

2004年08月01日

孤独の効用

今年も花火の季節だ。
この部屋からは東京湾花火大会がみえる。
今年はPRIDE GPと重なってしまったかと思っていたら一日違いの8月14日が花火大会だった。ベランダにイスをおいてゆっくりと眺めることにしよう。

最近よく思うが孤独というのも悪いものではない。
遅いか早いかだけでいずれ自分も他者もこの世界から消えていく。

安易に友人や恋人といった手近な関係に没していくくらいなら孤独に対峙していたい。
理解やコミュニケーションがないと嘆き、凡庸な安らぎに埋没する。
みためにはそれも悪くない人生だろう。
しかしそれは人に迷惑をかけない、という程度の人生でしかない。
ひと味違う人生をおくるにはひと味違うやり方を見つけ、実行しなければならない。

僕は優しさや思いやりというものは大切なものだと思っていたけれどそれらが自分の人生でどれほどの意味をなしたのかはわからない。好きだからやっているだけで人はそんなものには興味などない。

メディアや人は「楽しめ」とか「面白いこと」をしなければならないと人を追い立てるがそれはまやかしだ。時間には感情なんてものはないし、優しさがあろうと思いやりがあろうと誰が何をしていても地球は回り続ける。

依存が悪いとは思わないがシナジー(相乗効果)は弧から生じる。
自律と相互依存のバランスポイントとはそういうことだと思う。

時間の枠をとりはずしたところにある理解やコミュニケーションの持つ力は絶大だ。
人にとって最大の悦びは「理解」と「コミュニケーション」である。

しかし理解やコミュニケーションがないからといって悲観する必要はない。
マーケティングでいうところの差別化みたいなもので誰にでも理解されるものは誰にも理解されることはない。

だから「理解されない」を経過しない理解は存在しない。

この世界は基本的に与えることに関して自在である。
愛情でも幸せでも与えるのは簡単だが獲得しようとすれば果てしない困難と直面する。

投稿者 TKM : 2004年08月01日 13:27

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kagaya.com/mt3/mt-tb.cgi/3457

コメント

コメントしてください




保存しますか?