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2004年08月02日

地と図 ~傷つくことは悪くない~

睡眠もまた多分に心のありようと関連している。

信用、あるいは信頼とは裏切られる覚悟をきめることでもある。
裏切られてもかまわない、それを含めて信頼する。
コミュニケーションとはこうした信頼にもとづいて行われなければならない。

傷ついたと感じる時、人は嘆いたりかなしんだり、辛く途方にくれるけれどそれは大きな飛躍のチャンスでもある。心の揺れは方向がどうあれ人の深部に働きかける。

自己の心のありようは事象とは本来関係がない。
何をどう感じるかは自分次第である。

付け加えるとダメージが大きければ大きいほど飛翔は高くゴールは近い。
傷が深ければ深いほど心は豊かになるチャンスを得る。
ばからしいほどに単純な話であるけれどこれはおそらく正しい。

地と図の関係である。
生きている限り全ては磨き砂である。
何事も起きないことが幸せなのではない。

感情がゆれないことは不幸なのだ。

幾つかの方向性があるけれど信頼ベースで感情がうねりの咆吼をあげるとき人の感覚はドライブする。
そして人と関係性を活性化させる。

問題視しなければならないのはうねりや揺れではなくダイナミズムの停止なのである。

投稿者 TKM : 2004年08月02日 05:08

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コメント

昔読んだ本で主人公が恋に悩むシーンがあったのね。で、苦しむ主人公にある人がこう言いました。
「苦しいのが嫌だったら人を好きにならなければいい。
自分の中に閉じこもっていれば苦しくなることはない。
だけど、人を好きになるあの誇らしさを得られることもない。」

っていうのと同じね。

投稿者 志乃 : 2004年08月02日 14:05

藤原惺窩は「虚空への跳躍」といってたけれどやっぱりね人と人が分かり合おうとすればどこかでリスクをこえなければならない。なんだってそうなんだろうけれど価値とリスクは等価なんだろうね。

これと似たようなので面白いなと思ってるのが「恐れ」。例えば知らない人に声をかけるのは恐いし、恋愛の例でいえば気持ちを伝えるのは「恐い」わけじゃない。じゃ、何が恐いのか、といったらそこはあんまりみんな考えない。仕事でもなんでも人が絡むことはコミュニケーションの問題とリンクしていて、「恐れ」とその向こうにあるもの。このあたりが創造とつながっているように思うんだよね。

投稿者 かがや : 2004年08月03日 03:38

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