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2004年08月05日
グラフィックアーティスト・ジョナサン・バーンブルック氏とのナイストーク+個人ワークショップ
昨日は銀座でジョナサン・バーンブルック氏と話し込んだ。
ジョナサンはグラフィックアーティストで六本木ヒルズのロゴのデザインも彼の手によるものである。その他多数の作品や製品に彼のロゴやフォントが使われている。
明日から銀座グラフィックギャラリーで行われる個展の準備で銀座にきていたそうである。といっても僕は初対面かつ作品についても何も知らないので雑誌などをみながら作品についていろいろ話し込んでいくと、ジョナサンは鞄から使い込まれたPowerBookG4を取り出し作品群をみせてくれた。
いきなりアーティスト自ら個人ワークショップである。
なんとも恵まれた機会である。
図書館にいると電話が鳴ったので外に出てから折り返すと友人からで銀座の喫茶店を教えて欲しいという内容だった。
「もう店に入ったから時間があればどうですか、ジョナサンを紹介します」
誘いは断らない主義である。
そんなわけであのロゴをつくる人とはどんな人であろうかといってみるとジョナサンは優しいイギリス人であった。しかしそのメッセージは多分に政治的であり、かなり共鳴を感じた。みせてくれた作品で印象的だったのは「脳死」という作品。
彼が作成した「脳死」という文字とアンテナ・伝播・TVモニター・コンテンツという内容を配置した作品なのだがこの作品にはグっときた。彼はグラフィックアーティストだが作品の核は「メッセージ」なのである。
「パロディ」あるいは「ブラックユーモア」ともとれる内容にみえるが思想は本物である。ジョナサンが世界をみつめるうえで抱いている問題意識が作品と本人から直に伝わってくる。
この感覚なのである。
「アーティストの持つ感性」という言葉でメディアはごまかすけれど感性とかそういう問題ではないこれは「視点」なのだ。「その人」がいったい何者かといったときそこで問われるのはその人がみている世界、その人の視点である。作品とは彼らの視点や世界が表出し形になったものでありそれは彼らの世界の一部なのだ。
ジョナサンの思想はわかりやすい。
マグドナルドやスターバックス、ナイキといったある種帝国的にモードによって浸透しもともとその場にあったものの気配を薄めていってしまうモノ達に対する反抗である。
ジョナサンはスターバックスには絶対いかないといっていた。
「なんで」ときいたらスターバックスのロゴをつかって帝国モードを批判する作品をつくったら強いクレームがきたそうである。しかしスターバックスの製品には彼のフォントが用いられているのだからこのあたりがまた皮肉である。
そうジョナサンの作品は「風刺的」である。
シンボルはシンプルかつダイレクトだがその背後には膨大なメッセージが織り込まれている。何千枚ものテキストによる批判よりもただ一枚のグラフィックスアート作品の方がより多くの情報を持つ場合もあるのだ。
二日連続で二人のアーティストと話をしたが彼らの作品も価値を持つけれどそれ以上に彼らの思考とモード、視点のようなものこそ価値の本質であり、それに触れることでそれぞれが何らかの「気づき」を体験すること、それが彼らの存在価値なのではないかと僕は思った。
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第219回企画展
Friendly Fire バーンブルック・デザイン展
2004年8月5日(木)~8月28日(土)
http://www.dnp.co.jp/gallery/ggg/
ジョナサンのサイト
http://www.barnbrook.net/
ジョナサンのフォント(購入できます)
http://www.virusfonts.com/
投稿者 TKM : 2004年08月05日 14:31
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