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2004年08月26日

能率と効果

能率をあげるにはどうすればいいのか?
日々考える課題である。能率をあげるには気分ややる気をあげていけばいいのだがこれらは目に見えない感覚的なものなので自分がいまどういう状態にあるのかを把握することが難しい。

同じことをずっとやっていると集中力が途絶えてきて「段々ペースが落ちてきてるなあ」と感じる。一度そうなってしまうと集中力を復帰させるには何らかの処置をしなければならない。身体を動かす、音楽を聴く、休憩する等々。しかしそれらがどれだけの効果を持つのかは定かではない。

どんなに美味しい料理でもお腹が一杯になれば食べたくなくなる。それと似ているのかもしれない。だとすれば適度な量でありながら常に枯渇している状態をキープするということが解決法なのだろうか。

仕事に限らず何かに集中しているときその集中度合いにもよるけれど波があるのを感じることがある。ゲームでも本でも「これは面白い!」という気持ちで集中しているのは全体の20%くらいの時間なのではないだろうか。

映画でも本当に集中してみているのは全体の3分の1くらいの時間であるように思う。作品によっては全体の100分の1の時間を作り出す為に99%の時間が割かれる場合もある。

僕は家でひとりで仕事をしている。フリーランスの人間はだいたいの人が同じ環境だろう。インターネット環境やPC環境は改善され個人が利用する環境も会社の環境も違いはほとんどない。ネット環境に関してだけいえば自宅に光ファイバーの回線が導入されていれば個人の環境の方が上の場合もある。

しかし仕事と集中力ということに関していうと会社の持つ「場」の力について考えないわけにはいかない。自宅でやっていると独りなものだから緊張感が薄れる。さぼろうと思えばいつでもさぼれるし、部屋にいるだけでは偶然何かが起こるということはない。より高度な自己管理と主体性を持って行動することが求められる。

ところがこれがなかなか難しい。以前、仕事を始めたばかりの頃は目にするもの全てが新しかったのでどのような仕事に対しても最高のモチベーションで向かうことができた。

どんな映画や小説にも当てはまると思うのだが一度目と二度目では一度目の方が面白い。マンガも最初の一回は面白いが何度も読めば飽きてしまう。

仕事にもこれと似ている部分がある。最初は面白かった仕事も一度やり方を覚えてしまうと同じことの繰り返しになっていく。特に製作に関してそう思うことが多い。だったらそこに「よりよくしていこう」という「クリエイティブの悦びを発生させればいいではないか」という考えもある。勿論それは正しい。

が、必ずしも正しいことが簡単にやれるとは限らない。そもそも何故それをやっているのかという理由をわかっていないとやる気は喚起されない。

なるほど書いていて思ったがやる気や集中力を高めるにはそもそもそれを「何のために」やっているのかという部分を心の底から理解することがまず必要なのだ。

さて自分は何の為に仕事をしているのだろうか。生活の為、自分の為、面白いから等々、理由はいくらでもつけることはできるが自分が本心で納得している理由はそこにあるだろうか?

遠回りなように見えるがここをしっかり納得させておかないといつまでたっても前進はない。

++++++

とここで集中力が切れるわけだがこのテキストは後ろに埋もれていってしまう。これはブログの時系列表示という形式によるものでここでテキストが切れてしまうから続きのテキストが書けなくなる。長い文章を書こうとする場合、ブログというツールは形式的にあっていないのだ。なるほどツールによって思考の方向性やクリエイティブの志向が影響をうけるのはとても面白い。逆に利用すれば物語をつくりやすいアプリケーションやフォーマットも開発可能になる。

投稿者 TKM : 2004年08月26日 19:45

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コメント

イキナリこんには。

「モティベーション」という言葉は、ポテンシャルとか意欲に近い意味でよく使われますが、本来は「動機付け」という意味。
動機がなくても、意欲がわく場合もあるでしょうが、おそらく多くのシーン、とりわけ遊びや趣味ではなくビジネス要素のあるシーンでのモティベーションを上げるには、「動機づけ」が必要。というか、多くの人にはあった方が上げ易い。ので、作ってあげましょう。ということを、よく企業の中で議論されますよね。

「楽しいから」という動機が、単純だけど最強!なんですが。

投稿者 M@shipo愛読者 : 2004年08月27日 06:38

コメントありがとうございます。
「楽しいから」というのは大きな動機ですよね。
極限の楽しさというのはつきつめていくと極めて狭い範囲、つまり個人という部分に集約されていくのだと思います。

しかし自立と相互依存のバランスがたもたれないと独善に陥ってしまうわけで。そうはならずに様々な関係性の糸の中にあっても個人と全体がベストパフォーマンスを保てる環境なりシステムというものがあるのではないか、と考えている次第です。

投稿者 かがや : 2004年08月29日 19:05

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