« 沖縄Days vol.1 -朝の空- | メイン | 良い飲みの条件とテキストの後ろのテキスト »
2004年09月18日
船木誠勝の叫び -抑制された情報の澱-
土曜日、午前8時。
目覚める。
メールをチェックすると30通のスパムメール。
「明日からまた生きるぞォォォー!!!」
と叫ぶパンクラス設立者・船木誠勝を思い出す。あの試合で船木はバス・ルッテンの掌底を真っ正面からもらい幾度もダウンした。ダウンする度に会場には重い空気が流れた。観ている誰もが「船木、もういいよ。もうわかった。だからもう立たなくていいよ」そう思った。ルッテンの打撃はそれほどに壮絶であった。
船木の鼻は形が変形していた。
顔もグチャグチャになっていた。
それでも倒れる度に船木は立ち上がった。
当時、パンクラスではポイントシステムが採用されており、自分の持ち点が無くなるまで試合は継続された。
船木は『負けっぷり』の選手である。
ヒクソンとの試合(結果的に引退試合となる)も壮絶な負け試合であった。
勝ったのはルッテンであり、ヒクソンだった。
しかし、観ている我々の記憶により強く印象づけられるのは負けていった船木の姿だ。
ルッテンとの試合の後、船木は叫んだ。
「明日からまた生きるぞォォォォー!!!」
その叫びは自分の心に深く響いた。
あそこには確かに生々しい『生』の姿があった。
「ハハハ」と笑ってすませすことのできない得体の知れない闇と光の境目があった。
僕たちはあのドロリとした感覚を意図的に封印して生きている。
しかし我々の本質とは船木があのリングで叫んだ言葉に共鳴してしまう生の躍動にある。
それは確かに我々の内部にある沸々としたエネルギーである。
ネットに溢れるブログやホームページ、人々の言葉をみていたらこみ上げてくる想いがあってそれは焦燥に近い感覚でもあるし、捕らわれた獣がオリの中で咆吼をあげるような悲痛さでもある。そういう感覚を抱くのは自分だけなのだろうか?
僕たちが日々接している情報環境、情報社会はあの日の船木の叫びとは大局にある。
それは遍在する言葉であり、抑制された情報の澱だ。
傷つくことはないが心に迫ることもない。
無害だが無能な情報の蔓延である。
![]() |
コロシアム2000 船木誠勝VSヒクソン・グレイシー 発売日 2000/07/05 売り上げランキング 8,238 Amazonで詳しく見る ![]() |
投稿者 TKM : 2004年09月18日 08:24
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kagaya.com/mt3/mt-tb.cgi/3507

