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2004年09月29日

問題は常に関連し続ける

ohori.jpg

仕事をしているとやまけんから電話があった。
昼にメールのやりとりをして、もし僕が夜、家にいるようならばジーマミー豆腐を渡す約束になっていた。さてどうデザインしようかと思案していると電話がなった。

「いまかちどき橋をわたっているところ」

しばらくしてベルが鳴った。
ドアをあけると驚くことに「さわやかバージョンのやまけん」がそこにいた。いつもは黒かネイビーのTシャツなのだが今日は紺地にボーダーの入ったポロシャツであった。やけに爽やかである。パっとみたかんじ3~5歳くらい若返った感じだ。

忘れるといけないのでまず桂家から預かってきたジーマミー豆腐をやまけんにわたす。(まちがえて預かってきたやまけんをジーマミー豆腐に渡すと書いてしまって読み返して笑ってしまった)
結構な量である。ついでにうちに忘れていったお茶の筒をわたす。中には高級なお茶の葉が入っているのだが僕はお茶を入れないのでそのまま残っている。

ライブドア社長日記にやまけんのページが紹介されていたのでアクセスはどのくらいふえただろうね、と話していたらじゃあみてみようかという話になり、やまけん愛用のThinkPadにイーサケーブルをつないでチェックしてみると5000アクセス強。いつもよりグッと増えている。

この調子で党員も増えてくれれば更に食い倒れ情報が集まりやすくなる。しばらくして、「かぼすを貰う約束になっているので魚仁で待ち合わせよう」という話になり、議員秘書をされているモロイさんを紹介される。

「モロイさんはプロサッカー選手を目指してブラジルにわたり活躍していたんだよ。背が高くて190cmくらいあるんだぞ」

と話をしつつ待っているとモロイさんが到着された。確かに長身である。きけば192cmとのことで思わず「猪木と一緒だ!」とわけのわからないところで感心していた。

その後、三人で政治について語り合う。
モロイさんはさすがに現場の方だけあって話のひとつひとつに「リアル」がある。僕が政治について話すことは自分の視点での議論であって現場がどうなっているかはまったくわかっていないのだと思った。
やまけんは農業について、モロイさんは現在の政党政治と今後の動向や問題点などについて話してくれた。きいていると様々な分野、部分で政治に関わる問題には共通項があるのだ思った。

既得権益層が老害化していること。メディアの問題。法の問題。視野の問題。活気の問題。様々な問題が浮かび上がる。政治システムが現実に対応できていないことも原因のひとつだし、様々な要因が関連しあって問題が問題化している。これらを何か一つの解法で解決することは難しいだろう。

別な位相で問題を捉え治す必要があるのだろう。
問題意識の欠損という問題もある。かといって教育だけですべてが解決するのかといったらそうではあるまい。

重要なのは問題が単独で存在しているのではなく、それらは構造的・関連的に問題同士が連鎖し、そして相互依存の過程と結果としてそこにあるということだ。逆にいえば一点をとらえ解決することができればそれは全体にも伝播していく、ということであるのかもしれないが。

僕自身、日々感じているのは緊張感の欠損である。しかしそれを悪しとするのもどうかと思う。それが憂鬱の先端であるのだとしても、常に成長していなければならないような国のあり方というものには疑問を感じる。かといって停滞が奨励されるわけでもない。ようはバランスなのだろう。バランスが崩れたから反発してこの何十年かがあって、だとしたらまたバランスが傾きかけているならそこから揺り戻す逆の力も生じるのではないだろうか。

これは私見だが。
国益みたいな考え方が現実から離れてしまっているように思う。

世界中に国は分散して存在しているけれど全体では個というか群に向かってるように思う。
それは大きな流れだ。

どこを押すとどういう作用があるのかを予測することは難しい。
いきなり石油がいらなくなったらアラブ諸国の王様達の生活は変わるのだろうか。
急には変わらないのかもしれないし、全然かわらないのかもしれない。

なんといったらいいのかな。
物事は単独では存在しておらず、必ず何かしら関連してるのだ。
僕が思うのはこの考えを大前提にした政治の考え方である。

政治に勝ち負けなどあるのだろうか。
誰か、あるいはどこかの国や地域が負ける(負けるといのは勝負にという意味ではなく何らかの失敗をする、そして被害を被る)ならそれは人類全体にとってマイナスだと思う。勝った、負けたと一喜一憂するがそこに勝ち負けが成立するならその時点ですでに僕たちはシステム的に負けを宿命づけられていることになる。

野球の問題もどこかしら相似していて、どの人や団体がどう勝とうが負けようがその構造が成立してしまっている時点でマイナスが発生している。これは視点の問題だ。うまくいってるようにみえることや正しいと思うこと。そういうのが危ないのだ。

時間の要素が入り込むと意味はぐるぐる回転してしまう。
ある一点で世界が停止するならそんなことはないけれど残念ながら世界は回転している。時間も止まらない。

政治にかぎったことではないがベストの人がベストの方法で選出されベストの働きをすることがベストの政治だと思う。けれどそのベストはどの時点でのベストなのか。どの視点でのベストなのか。それを考えはじめると「人は何のためにこの世界にあるのか」という哲学的な問題にかえってくる。

答えは一定ではなくつねに揺らいでいる。
それをみていると「コレ」とか「ソレ」といったものではなく幅のある確率のようなもの。パターンのような、そういうイメージなのかもなとも思う。

この分野、政治という分野もかわっていくのだろう。
形はよそくできないが視点のドライブが生じることを僕は願う。

++++++

明日は人として尊敬するバシ師匠と前田さんにお会いする。
楽しみだ。

投稿者 TKM : 2004年09月29日 04:13

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コメント

渡してくれてありがとう。じーまみー豆腐、ではなくて「じーまーみ豆腐」なんだって。やまけんに言われちゃった。

じーまーみ豆腐は昨夜も食べたけれど、作り立てのあのぷるぷるとした感触にはやはり叶わなかったなあ。
でも十分いけましたが。

投稿者 志乃 : 2004年09月29日 11:12

へー、「じーまーみ」なんだ。
知らなかった。

投稿者 かがや : 2004年09月30日 01:20

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