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2003年08月29日

編集本

松岡正剛の本は何冊か持っている。
どの本も面白いと言えば面白いのだが毎回買うときが一番楽しい。お、面白そう!楽しみ!という感覚で買う。ところがいざ買って読み始めると過度に編集され過ぎな感があり、大抵途中で読むのを止めてしまう。

壁際に並ぶ本の中にもまだ読んでいないのが一冊あった。
「空海の夢」という本である。
タイトルといい、序文、パラパラとめくった感じ、全てが好感触なのだがこれもいまだに読めずにいる。本の内容が問題なのかそれとも本を読めない自分に問題があるのか。読めない本ばかり増えていくのであった。

でも、がんばって昨日は「新ネットワーク思考」を読んだ。
といっても30分ほどだが。
銀座にある美容室でいつも行列ができている店があるのでそこはどんなサービスを提供しているのか試すことにした。実際に体験しにいってみると30分ほど待てといわれたが5分くらいで席に通された。なんだ直ぐだな、と思ったら大間違い。店内に並ぶ席にまず客を通し、安心させてそこで延々と待たせる。店舗を有効に使っているのだ。何故そんなに待つのか不思議に思って店舗を見回すとカットのできる人が一人しかいない。しかたないので、待っている間に赤のボールペン片手に冒頭の「新ネットワーク思考」を読んでみた。

銀座のその店はShampooというのだがいってみて驚いた。まるで床屋一番だ。床屋一番というのは湘南台にあった格安の床屋で僕は恐くて一度もいったことがない。タドコロによれば右と左が素人目にみてもズレてカットされることが多々あるそうだ。

客に対してはサービスという感覚はなくほぼ作業。
ブロイラー状態でガンガンカット専門のオジサンスタッフが切っていく。
サービスは一切ない。
写真だと店舗は綺麗に見えるが店舗はそれなりに汚れている。
スタッフの服装もそろいのTシャツをきているが厨房で働いてるのか?と疑うほど汚れている。おそらくカラーリングの客が多いせいだろう。

が、カット自体には問題はないので1800円という値段を考えるとこんなものかな。
と納得してしまう。でも、僕は二度と行かない。
ああいう空気の場にいると心が疲れる。
働いている人達の顔をみれば分かるけどあんまり楽しそうではないのだ。
ただただ作業。
野菊の墓だ。

でも、収穫もあった。
料金が安いことをウリにしたサービスの場合、コストを下げる部分は徹底的にコストを下げる。それはいい。どんどんやってもらってかまわない。結果として提供されるサービスが同じならその方がこっちは嬉しい。けれど、これだけは守らなければダメだというポイントがわかった。料金が安いからといって対人サービスがおろそかになると料金の安さの優位性など全く無意味化するのである。それも回復不可能なほどに。

料金が安いのをウリにしているサービスの方が接客に気を遣わなければならないのだなあ、と実感した。
料金が高くて接客がいいのは当たり前。普通。だから印象に残らない。
けれど、料金が安くてなおかつ接客もいい、とこうなれば好印象度は全然違う。
そうなれば簡単に評判をつくれる。実に驚くほど、あっけなく簡単にリンクが広がっていく。

どうせなら「料金がやすい、でも接客もいい、またきたい。来て良かった!」というサービスを提供した方が楽しいと思う。安いは安いなり、というあの方式もそろそろ終わりかなあ、と思った。

「安いでも気持ちいい」というのがベストなはずだ。

ユーザの視点で体験しないとわからないことってたくさんある。
僕自身は何のプロフェッショナルでもないから特定の仕事を受け持つ就職しての仕事とか請けの仕事にはあんまり向いていない。
けど、その素人視点が意味を持つ場合もある。

キュービタルな視点が価値をもちはじめているのだ、と思った。

投稿者 TKM : 2003年08月29日 03:22

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コメント

ここでお使いになっている、キュービタル、ってどういう意味ですか? 英語のcubitalとは違うのでしょうか。すみません。

投稿者 Beryl : 2004年03月31日 13:35

こんにちは。
キュービタルというのはQubital(量子的)という意味で石井威望先生の造語です。キュービタルおよびパラレルリアリティについては石井先生のページに詳しいのですが。簡単にいうと既存の世界がリニアな形のシングルリアリティという視点であるとするならば、21世紀という世界の世界観はキュービタル的なパラレルリアリティなものになるだろう、という考え方です。
事例としていうと錯視という現象やある人を二つのカメラで一つは全体が映るように、もう一つは寄りだけが映るように設置します、二つのカメラの映像を一つの画面に表示させたとき、そこで僕たちがみているのは何なのでしょう?
二つは同じものですが違うものでもある。これがキュービタル的な視点の一番プリミティブな事例です。マルチバースなどの量子論についてはマイケル・クライトンの「タイムライン」でわかりやすく説明されているので一読をおすすめします。

投稿者 かがや : 2004年04月01日 00:58

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