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2003年09月27日

眠れないので思索した

朝である。
8時だ。
まだ起きている。

考えているような考えていない時間を過ごしている。
昨夜は鏡リュウジさんの話をきいた。
ほぼ向かい合ってと2時間。
トランスパーソナル学会の理事とはしらなかった。

神田から歩いて月島に帰った。

聖路加の前で川と空を眺めた。
リバーシティの明かりをみながら雲をみていた。

10分くらいウトウトすると目が覚める。

立ち位置。
ポジション。
コンテクスト。

自分は「優しさ」というものの価値を信じる。

人は自分に対してだけ「優しさ」を向けがちだ。

大抵はそこで止まる。
けれど止まる必要はないのである。

幸せは不幸ではない。
しかし、安易な幸せよりは独りの方がマシだ。

思われること思うこと。
そして自己。
うつろい消えていく。
時間は偏在している。

まぶたの上に指の関節が触れる。

信じる。
何を信じる。

コミュニケーション。
言葉。
通じるもの通じないもの。
伝わるもの伝わらないもの。

何故、伝えたいと思うのか。

閉じながら開くこと。

イメージ。

無思考。

どれも内部思考である。
対話がなりたたない。
なりたちにくい。

何故だ。
それを考える。
考えるのを止めるのも方法の一つだが思考による脱構築もまた一つの方法だ。

投稿者 TKM : 2003年09月27日 08:36

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