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2003年11月23日

ブラームスとコンテンツと二日酔いの意味論

電子出版とコンテンツについてちょっと考えてみた。

吉野屋の店舗でフレンチのフルコースを食べたら味は同じでも印象は大分違うだろう。
人がおいしいと感じる時味そのものが締める割合は30%くらいだとどこかで読んだ。
70%はコンテクスト、環境、状況によって決まるらしい。

登山にいって山頂で飲む水と部屋で飲む水では味が違う。
釣りにいって船から水平線にのぼる朝日をみながら食べるコンビニのお握りと昨日映画館で食べたコンビニのお握りの味は違う。

酒を飲んだ後に食べるラーメンの味としらふで食べるラーメンの味は違う。
二日酔いの昼に「トンカツを食え」と言われたら絶対に断る。

先日、鎌倉に行くとき横須賀線にのった。
僕は肩を骨折しているからまあいいだろうとシルバーシートに座っていた。
隣の老夫婦が座った。
上品そうな夫婦だったが旦那さんがスーパーの袋のような包みを持っていた。
二人が座って10秒くらいして猛烈に吐き気がしてきた。
餃子の匂いがあたりに充満していた。
老人の持つ袋の中身は餃子であった。
ウマイはずの餃子だが二日酔いの身には毒薬である。
また料理店で嗅ぐ餃子の匂いは悪くないが電車に充満すると毒ガスと変わらない。

僕はコンテンツの本質も上記の例と同じだと考える。

「コンテンツの良し悪しの70%はコンテクストに依存する」

ブロンソンの映画は最低につまらない。
しかし、あのセリフと妙な動きに注目するとバカ面白な映画に変わる。

実は猪木の試合にはしょっぱいものが多い。
しかし、時折みせる妙なパフォーマンスでしょっぱい試合が最高のエンターテイメントに変わる。
猪木はコンテクストを逆転させるのが天才的にうまい。

本にしてもそうだ。
シャーロックホームズの現行をコナン・ドイルが出版社に持ち込んだら、全部断られた。
それが米国で出版されてイギリスに逆輸入されると爆発的に売れた。

最近ではあまり名前をきかなくなったが「りんぐ」「らせん」「バトルロワイヤル」も編集者の机の中でずっと眠っていた原稿である。編集者にとってはつまらない原稿だったのだろうか?

ブラームスもそうだ。

(とまた結論できないのでwikiへ)

投稿者 TKM : 2003年11月23日 14:38

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