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2003年12月12日

新庄バット、それは最高のコンテンツ論

今朝も6時に目覚める。
ベッドに入ったのが4時頃だから眠っている時間は少ない。
このところ朝の散歩が日課になっている。
午前6時の川沿いを散歩しながら思索する。
この時間が一日で一番充実している。

歩きながら考える。
気分は哲学の道である。
最近、人と話すのが下手になった、と感じることが多い。
相手からその人の持つ面白さをどれだけ引き出せたか、るか、ということが僕にとって対話・会話の成否の基準になっている。充実した会話は楽しさと比例しており相手、そして自分が新しい何かを得た実感があるような対話が僕が好きだ。

話の合う人、合わない人、というのはある。
合わないというよりもつまらない人と面白い人かな。
自分にとって一番の苦痛は話のつまらない人の話を面白そうにきかなければならないこと。
あるいはつまらない話をきかなければならない状況にあってそこから抜け出せない時。

相手から面白さを引き出そうという姿勢があればその対話は実りあるものになるのだがそもそも空っぽのところからは何も引き出せない、ということもある。そんなことないかな、と前は思っていたのだがやはり話のつまらない人は存在する。いや、違うな。僕にとっては話のつまらない人なだけで他の人が話をしている時はそう感じていないかもしれない。

昨夜放送されていた新庄のドキュメントをさっきまでみていたのだが最後の5分くらいが切れていた。
札幌ドームに入って、新庄がまとめの一言をいう、まさにその瞬間に番組がブチっと切れていきなりプロレス中継の録画に変わった。しばし呆然としてしまった。

気を取り直して新庄について。
はじめて長時間新庄の話を聞いた。
そしてはじめて奥さんの姿をみた。
奥さんに手を振る新庄の表情はこれ以上ないくらいにカッコよかった。
あの表情ができる人はそうそういない。
(自伝で読んでどんな人なんだろうと思っていたが奥さんも素敵な人だと思った。ああいう人をみると豊かな気持ちになる。スタンドから新庄に手を振る奥さんの目が全てを語っていた。)

番組全体で一番印象的だったのはメジャーリーグで初ホームランを打った後のバットの軌跡である。
3秒くらい打球を目で追う。
そしてこれでもかというくらいに美しいフォームでバットを放り投げる。
1塁くらいまで飛んでいったのではないかと思うほどの高度である。
地面と並行にバットが飛んでいくその絵は芸術を越えている。
エンターテインメントやアートを超越している。
それは宇宙のシステム。
ホームランを打つ選手はたくさんいるだろう。
しかし、あれほど美しくバットを放り投げることができる選手は世界中で新庄ただ独りであろう。

翌日の練習風景を観ていたらチームメイトが新庄の近くにやってきて「ハックション、ハックション、ハックシンジョー」とおどけていた。そして昨日のバット投げはやはり素晴らしかったのだろう、何度も新庄の
バット投げをまねていた。

その間、僕はずっと爆笑だった。
素晴らしい。
野球はそれほど好きではないが新庄のバットは好きだ。

それからこれも驚いたのだが新庄の身体。
自主トレをやっているシーンでユニフォームではなくTシャツでバットを振る新庄の姿があった。
その身体たるや総合格闘技の選手よりもグッドシェイプである。
腕の筋肉には思わず見とれた。

新庄、これからも応援だ。
北海道に試合を観に行ってもいい。
生まれてはじめて野球を観に行きたいと思った。

++++++

新庄を観ていると勇気とパワーが出てくる。
この感覚を湧き起こさせられるかどうか。
これこそコンテンツの本質なのだ。

投稿者 TKM : 2003年12月12日 10:16

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コメント

札幌行きましょうぞ!!食い倒れ大魔王と一緒にいくってのもありだな(笑)

投稿者 : 2003年12月12日 17:12

おう、札幌行こう行こう!
加賀谷、そのビデオ消さないで今度貸してくれ~

投稿者 やまけん : 2003年12月12日 19:00

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