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2003年09月30日

人を変えようとしない

そうだ、最近忘れていた。

「人を変えようとしないこと」

その人が変わろうとしなければ人は変わらない。
だから人を変えようとしてはいけない。

「何故、こうしないの?」

とキンキン声で叫ぶ人達をたくさんみかける。
人を変えようとしてストレスを貯めたり、怒りを覚えたり、ということは酷く不毛だ。

人生の時間は有限だ。
ならば怒りやら不満という思考で時間を浪費するのは無駄ではなかろうか。

「そりゃ、わかってるけどさ。でも、人って喜怒哀楽があっての人じゃない。」

という説もたくさんきかされた。けれど、そんなことはない。怒りやストレスや、不満、羨望はできるだけない方がいい。全く無くすることは難しいけれど、悦びを増やすために智恵を使った方が幸せだと思う。

投稿者 TKM : 13:49 | コメント (3) | トラックバック

コンテンツ論のテーマ

今朝も朝である。
一つ仕事をこなす。
二つ目の仕事は夜にスタートする。

江渡君オフィスで打ち合わせ。
wikiとコミュニティについてデザイナーの大岡さんも交えて話し合う。
ネットワークと人の関係。
ウェブとメールの関係。
クローズドコンテンツと2chの類似点。
コンテンツの変貌。
それらの未来体験について3人で議論する。
内容の濃い時間を過ごした。
こうした時間が毎日2時間くらいあるべきだ。
モチベーションがあがる。
何のモチベーションということではなく意味もなくやる気がでる。

江渡君が芸大でやっている様々な実験についての話が面白かった。
それらの事例や考察をコンテンツ化して書籍にしたら面白いと思う。
勝手に企画書をつくろうと思う。

キュービタルとコンテンツの関係も考察すべきテーマだ。

ヤサカさんともオンラインミュージックというくくりで事例と考察をまじえたコンテンツをつくる相談をする。音楽もネットワークによって聴き方、作り方に様々な変化が生じているはずだ。

経済誌のForbsで初めてしったのだが二つの曲をまぜあわせて聴く「マッシュアップ」とよばれる音楽の聴き方がある。
これも一つの未来体験であろう。

コンテンツという視点で

・コミュニティとwikiの甘い関係
・ネットワークからこぼれる音~オンラインミュージック・創聴~

というテーマでまとめてみたい。早急に企画書作成である。
自分はコンテンツを考察するのが好きなのだ。

投稿者 TKM : 05:36 | コメント (0) | トラックバック

2003年09月29日

英雄とコンテンツの関係、そしてグノーシスから未来のTV

プラトーンにでてくるウィレム・デフォー演じるエリアスのような人物像が好きだ。
正義感たっぷり、というわけでもない。が、いいようのない信頼感がある。こういう人と飲みたいな、と思わせるような雰囲気である。
あのキャラは自分の中にあるヒロイズムの一つの原型である。
ロードオブザリングのアラゴルンにも同じものを感じる。
これらを何と呼べばいいのか僕にはわからないのだがある種のパターンのようなものがある。
「いい男の条件」みたいなものだ。
クラッシャー・ジョウのジョウもそうだし、もののけ姫のアシタカにも通じるものを感じる。
ナウシカだったらクシャナにも同じものを感じる。
他にもあの気配はたくさんある。

あの気配。ヒーロー的ということ。
あれは何なのだろう。
あれが何なのかを毎日考察していくことにした。一日に15分。

++++++

この間、鏡リュウジさんに「グノーシス」について2時間も話をきいた。
いろいろな理解や定義ができるのだろうけれど、僕がピンときた部分だけを書いておく。

[グノーシス部分]
・自分が異邦人であるという感覚
・自分は何者なのか?いまというこの自分は本来の自分ではない。
・未来の少年のイメージ
・自分の中の「得体の知れないもの」(言葉にできないもの)
・混沌が持つ力を無視しない(上記の言葉にできないもの→混沌→デジタルが切り捨てたもの→キュービタルとの接点)
・反転させる
・宇宙の外側に出る(秩序の外側に出る)

[心理占星術部分]
・宇宙に意味を感じようとすること、それが占星術という考え方の魅力
・深淵という言葉

[言葉]
・響くこと。「グノーシス的でないものは僕の心には響かない。世界は秩序だけではない。秩序の手前のもの。混沌。そして深淵。」
・アレクサンドリアはいまはリゾート地になっている
・反転という手法
・感受性である。感じること。
・違和感
・羽ばたきたいけれど、閉じこめられている感覚
・わけのわからなさ
・イギリスの音→マイナー感、原初的な悲しみ→ケルト
・自分の中にある全くの他者性によってしか出会えない
・稲垣足穂(次の日に松岡正剛が講義で使うといっていた。僕は読んだことがなかったが調べるとこんなページがあった。何故、この人を知らなかったのだろう?)

上記は講義ノートである。
これらに関して話していくだけで2時間はかかる。

++++++

スタジオでの収録をながめながら考えていた。
これでいいならオレでも番組つくれるし、自分の方が面白い。
バシ師匠と二人でいったのだが作り方次第ではバシ師匠と自分の二人でやった方が面白いだろう。
違いはメディアだけだ。
僕たちが使えるのはネットワークだけだ。
TVモニターに流すこの電波は使えない。
しかしTVモニターがネットワークとつながるのはそう遠くない、と言われている。
いまだにそうなってはいないわけだが。

TVモニタへコンテンツを配信するのにネットワークが使われるようになればコンテンツは様変わりする。
ホームページをつくる手軽さで人々が番組をつくりはじめ、経済活動が入り込めば、新たなマーケットがたちあがる。ブラウザという極めて不便かつPC依存のインターフェイスによってしか視聴できないコンテンツ。それが現在のネット上のコンテンツである。

未来をイメージしてみればわかるが。
無限にチャンネルの存在するTVコンテンツが出現するのは目に見えている。
いまの視聴のイメージでとらえるからコンテンツがつまらないだけで視聴の仕方からイメージしていけばそこでのコンテンツのカタチが明かになる。

短期的にはオンデマンドとフローが融合する。
コンテンツがフローであること。つまり、流れて消えていくことは拘束条件を発生させるので人を引きつける。これは本能的な反応である。

ローカル、マイナーとメジャーの差はそれほど大きくない。
というのは重要性がトーンやモードにシフトするからだ。
クオリティの高い、お金のかかった映像は無く成りはしない。
別なマーケットが立ち上がるのだ。
それが自然の流れだろうと思う。

TVという言い方がもう変わってくるだろうから、ノンパッケージ映像コンテンツにも起こる、といった方がいいだろうか。
ウェブサイトと同じようなことがTVにも起こる。
お金のかかったサイトなど僕はみない。
極端にいってしまうと友人のサイトしか僕はみない。
映像もそうなる。
全部が全部変わるわけではないけれど、埋もれていた映像が人々に伝わり始める。

どんな名画よりも自分の子供が描いてくれた絵の方が価値を持つ時もある。
作品の絶対価値のような指標は確かにあるだろう。
しかし、それは確率的な価値であって、絶対のものではない。
作品の評価が時代によって変わるのもそのあらわれだし、観る人によって感じる価値は異なる。
価値は確率的にしか存在していない。

確率的な価値が一般化していく未来があると僕は思うのだ。

そこでコンテンツがどう振る舞うか。
それが僕の関心事である。

おそらく既存のフレームが反転するシーンがあらわれはじめる。
しかし、それも確率的な価値の反転でしかない。
同時に両方が存在する、という状況が生じる。

AでありBである、という状態である。
そして両方とも正しい。
問題は観察者の側にシフトするだろう。

コンテンツを取り巻く諸要素をもう一度整理することからまずははじめてみたい。

++++++

話がズレた。
ヒロイズムの事例の話からスタートしたのだった。
ストイックさ、というものがどこかでキーになっている気がする。
ヒーローは最後の最後でストイックなように見える。
特に戦いの場が舞台の場合はそうだ。

最新号のアニマルで「ベルセルク」の主人公ガッツの目が変わるシーンがある。
あのシーンでの目の変貌が印象的だ。
人間の心が開く瞬間を見事に描いている。
しかもたった一コマの絵によってである。

絵にはあの変容を一瞬で伝える力がある。
言葉とは異なる効果を持つ。

投稿者 TKM : 04:45 | コメント (1) | トラックバック

2003年09月28日

放送メディア

明日は11時に渋谷。
NHKで収録である。
といっても僕はギャラリーだけれど。
TVなどほとんどみないくせに現場はワクワクする。
スタジオにいくのは何年ぶりだろう。

もう10年もあっていない友人。
彼はいまフジテレビでディレクターかプロデューサをやっている。
学生時代に二人でよく海に飲みに行った。
文章のとても上手なヤツで、アメフトのディフェンダーだった。
あいついまごろどうしてるのだろう。
時々、思い出す。

鎌倉で彼が駐禁をとられた時に身代わりで警察署にいった。
警察署について婦警と一緒に手続きをしていると「あんた酒くさいわね」と言われた。
当たり前だその数時間まえまで由比ヶ浜で飲んでいたのだ。

しかし、飲酒運転ではない。
僕は運転していない。

そういえば英語の先生のオフィスアワーにいったら帰国子女の一期生がいて(自分達は2期生である)

「オレ、走り屋なんだよ。走り屋ってわかる。(態度が「オレが話してやってるんだよ。めんどくさいのに暇つかってさ」みたいでムカついた。しかし、それは照れなんだろうな、とも思った。だって、面倒ならこなきゃいいじゃん、ボランティアなんて)」

でここからさき英語で

「この間、スピード違反で捕まって警察署いったら。友達がいたんで、ナンバープレート交換してくれて、それでかえしてくれたぜ。オレらはそんな感じで警察とは関係なく走ってる」

といわれた。そういうものなのかなあ。憤慨もせず納得してしまったが。やっぱりそんなものかな~、と納得してしまえる空気は褒められたものではないだろうな。

投稿者 TKM : 03:59 | コメント (0) | トラックバック

オレの幸せ論

唐突だが日々はハッピーだ。
まず生きている。
それだけでかなり幸せだ。
ご飯がおいしい。
それもかなり幸せだ。

家がある。
これは相当に幸せだ。
どのくらい幸せかは家のない生活を送ってみるとよくわかる。8年前の5月。僕は月島にあったアルバイト先の会社から公園に寝に帰っていた。僅かな期間だったけれど家がないというあの時の生活に比べたら屋根があるだけで天国である。ということをいまのいままですっかり忘れていた。

人は忘れる生物である。

幸せは何をやったかとか、何があったからとか、こうだからとか、そういう理由で幸せなのではない。
幸せを感じるかどうかは自分の問題である。
決して他者ではないし、出来事でもない。
それらは幸せに気づくきっかけにはなるけれど、幸せを感じるのは自分の意志、心だ。

最上の幸せは人に優しくできることだと僕は思っている。
人に優しく接する自分でいられるなら幸せそのものだ。
考える必要はない。
「なんで」とか「こうだから」はいらないのだ。
あなたが「優しくしたい」と思うならあなたは幸せな状態にある。

特別な出来事があるわけではない。
だから気づかないかもしれない。
それでも人に優しくしたいと思えるなら、それは最上の幸せなのだ。

人は関わりの中でしか幸せを感じることはできない。
幸せとは人の心の状態ではなく、自分の心の状態なのだ。

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2003年09月27日

眠れないので思索した

朝である。
8時だ。
まだ起きている。

考えているような考えていない時間を過ごしている。
昨夜は鏡リュウジさんの話をきいた。
ほぼ向かい合ってと2時間。
トランスパーソナル学会の理事とはしらなかった。

神田から歩いて月島に帰った。

聖路加の前で川と空を眺めた。
リバーシティの明かりをみながら雲をみていた。

10分くらいウトウトすると目が覚める。

立ち位置。
ポジション。
コンテクスト。

自分は「優しさ」というものの価値を信じる。

人は自分に対してだけ「優しさ」を向けがちだ。

大抵はそこで止まる。
けれど止まる必要はないのである。

幸せは不幸ではない。
しかし、安易な幸せよりは独りの方がマシだ。

思われること思うこと。
そして自己。
うつろい消えていく。
時間は偏在している。

まぶたの上に指の関節が触れる。

信じる。
何を信じる。

コミュニケーション。
言葉。
通じるもの通じないもの。
伝わるもの伝わらないもの。

何故、伝えたいと思うのか。

閉じながら開くこと。

イメージ。

無思考。

どれも内部思考である。
対話がなりたたない。
なりたちにくい。

何故だ。
それを考える。
考えるのを止めるのも方法の一つだが思考による脱構築もまた一つの方法だ。

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2003年09月26日

ザ・焼き肉

月島仲間のタケと待ち合わせて「凛」にいく。
凛は有名な焼き肉屋なのだが8年も住んでいていままで一度もいったことがない。
タケもいったことがないというので二人でおそるおそるモスの間の路地を抜けて凛に向かう。

マンションの一階にひっそりとその店はあった。
帽子を脱がないとどやされる、とか。
子供は入店を拒否される、という噂ばかりきいていたのでおっかなびっくりである。

ところが店は普通の店でおばさんもまんぷく苑と違ってフレンドリー。
「相席ですみませんね~」と入口近くの席に案内される。
何が有名だったのか忘れていたので取りあえず一通り頼むと店のおじさんに「タン頼んだっけ?頼んでないの。タンいきなよ~」と言われて勢いの押されタンを頼む。

お通しでチヂミとキムチとナムルが出る。
店はごく普通の街の焼き肉屋である。
炭火でもない。
小さなガスバーナーと鉄の網である。

しばらくしてタンが運ばれてきた。
タケと二人で顔を見合わせた。
円形の分厚い塊が皿に乗っていた。
厚さは優に1cmはあるだろう。
みただけで美味そうだ。
というよりも色つやが全く違う。

「焼いていいんだよな?」と二人でおっかなびっくり焼き始める。
おばさんが見に来て、「これね、周りがまーるくなってふくらんでくるからそしたらネギのせて食べてね」と教えてくれる。待つこと数分、「いいかなそろそろ?」。

タケと二人で分厚いタンを口に含んだ。
その瞬間、二人とも顔を見合わせた。

「なんだこれ?」

触感、旨味、油加減、実に力強くウマイ。柔らかい。味がある。食べているという実感と幸せ感が脳を直撃していく。
そう「ザ・焼き肉」な味なのである。ウマイ。ウマイ。

「ウメーよこれ。ウメー。」

と二人で騒ぎながら食べる。顔はもちろん笑顔である。

第一部ここまで。

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2003年09月25日

個人的プランニング方法論

マーケティングコンサルタントの仕事についてヒヤリング。
現場の話と実際のケースをつかって詳細に講義を受ける。
これまでの自分の仕事をコンサルタントの仕事のフレームに置き換えて考えてみる。
自分の仕事の核になっている部分をどう商品化するかのめどがついた。

プランナーの仕事は企画をつくることである。
僕がやっていることは企画というよりもコンセプトやフレーム、物の見方を見つけることである。僕の専門は「見方」の発見であり、商品企画という企画や番組企画とは異なる。コンテンツの企画を請け負うこともあるがそれは自分の専門ではない。僕の専門はコンテンツの考え方を考察することにある。コンセプトプランニング。それが僕の専門である。

コンセプトプランニングのやり方にはいくつか方法がある。
ゼロ視点からのプランニング、それが僕の手法である。
モノの考え方とらえ方として情報という概念を潜在意識に練り込む。
人と情報の関係、人の感情がどう動くのかを肌でとらえる。
そしてバイアスをかけない状態での自分の感じ方をモニターする。
バイアスをかけないで自分の感じ方をモニターするには思いこみを捨てる必要がある。
「こんなんだ」という思いこみがあるとバイアスがかかってコンセプトが曇る。
そうなるとイメージは人に伝播しない。
コンセプトは伝わらなければ意味を持たない。

僕の基本姿勢は考察である。
物事がある。
それは何だっていい、この世界にある何かを何かとしてとらえる。
そこからはじまる。
それが何なのか。
それと人の関係はどうなっているのか。
何故なのか。
を思考する。思考して思考して、そこから全部崩れてパっと広がる。
関係性の網の目の中に一瞬だけイメージやパターンがあらわれる。
そのイメージを写し取る。
それが僕のコンセプトプランニングのやり方なのである。

投稿者 TKM : 08:44 | コメント (0) | トラックバック

2003年09月24日

楠木正成の像

夜の風が気持ちよかった。
有楽町のビックカメラでバスペールエールを買い、そのまま皇居前の公園へ向かう。
ベンチに座って空を見上げると曇っていた。
風は少し肌寒い。
時々、夜の皇居前の公園にきて空を眺める。
人々が芝生でたたずむ昼間と違い夜の公園はひっそりとしている。
ベンチには誰もいない。
この世界に60億の人がいる。
日本にも1億2000万人の人がいる。
しかし皇居前の公園で楠木正成の像をみているのは自分だけだ。

丸ビルの明かりが見える。
丸ビルのわきに建設中の大きなビルがある。
来年にはあのビルも完成しているのだろう。

何とはなしに思考を巡らせる。
実際には何も考えていないのだが。
風が木々を揺らしザーっという音があたりを駆け抜けていく。
風に意識を集中してみる。
空をみあげるが月は見えない。
意識が集中しては拡散していく。

風はそれほど強くはない。
ゆっくりと空気が循環する。
心地よい時間である。

30分ほどそうしていたらすっかり気分が良くなった。
頭痛もとれた。
それから新宿に向かった。

投稿者 TKM : 14:36 | コメント (0) | トラックバック

2003年09月23日

Moon struck

「戦場のピアニスト」を観る。
蒼い夜にピアノの音が響いていた。
歩きさる時の将校の目が忘れられない。

夜、ゴミを捨てに外にでた。
見上げると北東の上空に三日月が見えた。
月の明かりに照らされて運河が光っていた。

橋を男女が歩いていた。
女性は酔っているのだろうフラフラしていた。
新聞配達の青年が自転車で駆け抜けていく。
橋は中央が少し小高くなっているので歩いていた二人には突然青年が飛び出してきたように見えたのだろう。
二人はヨロけた。
フラフラと左右に。
それから笑いあった。

歩調の遅い二人はまだ坂の途中である。

もう一度月を見上げた。
小学校の校舎の上に月が輝いていた。

「幸せに」

笑いあう二人に心の中でいった。

投稿者 TKM : 04:57 | コメント (0) | トラックバック

2003年09月22日

Happy Together

上海まで船でいってみようと思った。
大陸には海から上がってみたい。
調べてみると片道2万円だった。
便は大阪からしかでていない。

本当はそんなことを書こうとしたのではない。
ノートを手にとって、何かを書こうとして…。

そうだ、思い出した。
さっき突然Gentle landの歌詞とメロディーが頭をよぎって、2年前にみた辻人成の復活ステージがプレイバックしたのだった。あのCDは確か中学生の頃に友人の今村君(イモッチ)が貸してくれたのだ。MP3のファイルを探す。

この曲だ。

電車に貼られた広告が
その日の話題じゃ寂しすぎる
胸をはって歩いたい
Spirits of gentle land

午後は過ぎていく。

みずほ銀行のATMの前でママは現金をおろす。
3歳くらいの少年が「オシッコでるゥ」といった。
振り返ると少年は困ったような笑顔を僕に向けた。

風が少し冷たく、ペースをあげすぎたせいか息を吐くと息苦しかった。
前から自転車が一台こちらに向かってくるのが見えた。
ベビー用の椅子には子供が乗っている。
前に男の子。
後ろには女の子。
3人乗りでママが駆け抜けていく。

制服を着た会社員の女の子が買い物袋を風になびかせて歩いていく。
川の方に目を向けると大きな魚が2度跳ねた。
バシャン、バシャンと空高く舞っていた。

唐突に曲が頭の中で流れ、佃大橋から聖路加へ降りる階段の踊り場から堤防へと飛び降りた。
走り抜けて、かちどき橋が見えるあたりまで来たところで60代の夫婦が前から歩いてくるのが見えた。
前からくる彼らと僕は何気なしに同じように川に目を向けた。

バシャン。

50cmくらいの流線型の影が波間から水面に跳ねた。
大きな水しぶきを上げて2度姿を現し、その魚は川底へと消えていった。

「イルカかな」

愉快そうに夫がいった。妻の声も弾んでいた。

「はじめてみたわ。あんなの。なんて魚かしらね?」

知り合いではないけれど三人の笑顔が交差した。

右足で半分、左足でもう半分。最後の階段を片足で跳び登ると「ゆばと豆腐」の引き売りの女の子と目があった。

風が心地よかった。

投稿者 TKM : 17:20 | コメント (0) | トラックバック

台風と朝とサンドイッチと潜水艦

台風が去っていった。
風の強い朝だった。
サンドイッチを買いに外に出た。
上着を着ても少し肌寒い。
秋の風である。

ふとひらめいて昨夜は鍋をつくった。
昼間の間はずっと焦燥感でイラついていた。
夕方になるとギシギシとした重圧が薄れていた。
なんてことはない。
重圧やプレッシャーには原因などないのだ。
過去や未来を勝手につくりあげ、今という時をイベント化しようとしているに過ぎない。

一日に3度くらい頭の左の上の奥の方でクラっと空間がねじれて広がる感覚がある。
快でも不快でもない。
実体とリンクしていない未体験の感覚である。

ラグビーの練習中に一度なったことがあり、「ハイ状態」とはこういうことを言うのではなかろうか、と思ったがそのまま走り続けていたら10秒ほどでもとにもどった。

++++++

昨夜遅くにソ連の原子力潜水艦がメルトダウン直前の事態に陥る。という実話をもとにした映画を観た。1960年代。冷戦のまっただ中の出来事である。
核ミサイルの存在を知らしめる試射実験の任務を終えた原潜。しかし、任務の途中で原子炉が故障する。
破損した原子炉を修復しようと乗組員がかわるがわる溶接の為に原子炉に入っていく。
修復ができない場合はメルトダウンをお越し、ヒロシマの原爆の2倍規模の爆発が生じる。
仮に爆発が生じた場合、核攻撃との誤認の可能性があり、モスクワおよびロシアの主要都市は核の脅威にさらされる。

ロシアの原潜は装備不足で防護服がなく、化学戦用のゴムのカッパしかない。乗組員はほぼ裸の状態で放射線のまっただ中に突入し、修理を行う。そして乗組員は死んでいく。次、次、次、と放射線は乗組員を溶かしていく。

「放射線を浴びると原始がイオン化され、生体組織や遺伝子が破壊され活性酸素(酸素分子から電子が1個失われたもの)が生じて生命活動をさまたげる。放射線を浴びただけ、修復しきれない傷が増えていく。 」

人が放射能によって破壊される理由である。
今日まで知らなかった。

++++++

現在の時刻、午前8時は普通に朝である。
人々が起き出す時間である。
電車が混み出す時間でもある。
そして自分が眠る時間でもある。
地球の反対側でブラジルが夜になる時間でもある。

投稿者 TKM : 08:14 | コメント (2) | トラックバック

2003年09月21日

脳内風景

頭上の時計が逆方向にぐるぐると回転していく。
上下左右から光の風船が現れては消えていく。
それぞれの風船にはドロリとした重さのある風景が揺らめいている。
風船と泡の洪水に翻弄されながらゆらゆらとしていると、激流に頭をからめとられ左右に大きくバウンドしながら天井近くに落ちていった。

投稿者 TKM : 20:17 | コメント (0) | トラックバック

2003年09月20日

マコロンの味

おとといの夜、マコロンを食べた。
数年ぶりに食べた。
古ぼけた甘さが淡い印象を残す。
マコロンの味である。

投稿者 TKM : 22:55 | コメント (2) | トラックバック

ミロとスプーン

一日が過ぎていく。
焦燥感が強まっていく。
一本の線の上を歩いている。
右、左に振れそうになる。

夢の中で20本くらいスプーンを曲げていた。
鏡の中に飛び込んだ。
歪んだ世界が泳いでいた。
壁際に跳躍すると20メートルくらい飛んで落ちていった。
永遠の落下である。

夜、ミロ美術館の番組をみる。
番組で流れる音楽を聴いていたら涙が流れた。
ミロと美術学校の友人達の逸話が語られる。
この人達に逢いたかった、そう思って泣くのである。
こういうことがよくある。

ブエノスアイレスのサントラから「Prologue」を聴く。
短い曲である。

投稿者 TKM : 22:46 | コメント (0) | トラックバック

六本木会合終了。第二次大戦の時の関東軍を思い出す。そして敗因は一杯のビールにあったと気づくが時、既に遅し。

今日で六本木ヒルズでの会合も最後。
いろいろあったが会合を通じて友達がたくさん出来た。
それは素直に嬉しい体験だ。
学校を卒業していらい組織に属したことがなかったので会社の楽しさみたいなものをちょっと感じた。

面倒も多かったし、(まだイベントは終わってないが自分のステージはほぼ終了)主体が決まっていない、誰がやりたいのかもわからない、という状況で組織ができそうでできなく、機能しそうでしない、そんな感じで物事が進んでいくのを実体験として経験したことはラッキーだったと思う。

主体がないというだけで(つまり強制力がない)これだけ面倒なのだから国をつくるのは全く別の視点とかやり方じゃないと無理なのだろう。(ゼロからシステムをつくっていった時の政治家は偉いと思う。元手は心意気と信念だけだ)

あのレベルの人数のイベントで物事を決めていくのは普段、仕事としてやる場合はなんてことはない。一瞬ではないにしても簡単に進んでいく。企画を決めて、予算を決めて、スタッフを集めて、まわしていく。結婚式のパーティと人数と場所が違うだけでやっていることは同じなのだ。
単純な話、拘束されてない状態で立場が曖昧だとプロジェクトは進行しないのだろう。

まわりださない、まわりづらい理由は簡単で主体の不在にある。
実行委員会なりなんなり専任の組織が核として機能しない限り、拠を持たない集団である自分たちは拘束条件がないため機能を発揮できない。いまもこの部分は不明瞭なままだと思う。

はっきりいってしまえば誰も主体という役回りはやりたくない、というのが本音だろう。教授も大学の人達も学生もオレたちも。このすくみの構造がうまい具合に機能している。だから軋むのだ。

核がないと物事は進まない。自律分散で進行が可能なのはヴィジョンという核を共有している集団においての話であって万能にみえるオルフェウス・プロセスはヴィジョンの共有なしには機能しない。

こういう体験は極めて稀だ。ルールが異なる未体験ゾーンである。それだけに考察として最高に面白い素材だ。集まってる社会人の人達は組織でもそれなりに上にいて、人をつかって仕事している。使える人が集まっているのにブレーキがかかってうまくまわらない、というこの現象には理由がある。責任がないから拘束もないのである。リスクゼロだ。もし、一人一人が額に関係なく働きに応じて賃金をもらう契約関係にあったら拘束と責任が生じスムーズに全てが進んだ、進む、だろう。

と、ここでいきなり話は飛ぶが、イベンターが存在しないイベントというものもありだと思う。おそらくそれがVersion2.0だ。Version2.0はプロセス自体が面白くなると思っている。予想不可能性が介入する。自律分散的に成立するイベントの面白さである。非管理の管理。非制御の制御。

++++++

今日もいつのまにか朝だ。

唐突に恐ろしく平和だ、と気づいて慄然とする。
昨夜の会合にしても、自分が書いてるこの文章にしても、実体はない。
あと何時間かしたらやっぱりみんな昼ご飯を食べたり起きて動いたりする。

これは何なんだろう。

みんな変わりなく普通にご飯を食べ、眠り、起きる。

問題というものは世界中にいくらでもある。この問題とその問題でどちらの問題の方がより重要であるか、という絶対値は存在しない。問題の重要度とは主観的な判断によって決まる。

この世界の本当の問題はそう多くない。
ほとんどの場合、問題とは「暇」によって導き出される脳の戯れだ。

おそらく思考の元には何もない。

そして、唐突にまた閃いた。
なんでいままで一回もビールのみながら会議やらなかったんだろう。
たった一杯のビールがあるかないか。
問題の本質はそんなところだと気づいた。

六本木アカデミーヒルズ。
都心の魔界である。
ビールのパワーが見事に封印されていたとは。

投稿者 TKM : 05:16 | コメント (0) | トラックバック

2003年09月19日

騎馬武者

信じられないかもしれないがこの武士は僕の親友である。
僕の実家のある相馬地方では年に三日間、「相馬野馬追い」という祭が行われる。参加する人々は国宝を身に纏い馬に乗って行列を組み、戦国時代の言葉を話し、最終日には600騎の馬が東京ドームが5~6個くらい入る原っぱで軍事訓練と称した「戦闘」を行うのである。祭の間、参加者「○○さん」などとは呼ばれない。それぞれの呼び名は「○○軍者」など戦国時代の呼び名そのままである。

こんなタイムスリップな三日間がごく普通に何百年もの間、我が相馬地方では平将門の時代から続いている。

自分の街の祭なのに高校を卒業するまでは別世界の出来事だとずっと思っていた。

10年前、社長と知り合って一緒にこの祭に参加するようになって祭の意味、そして面白さ、ケとハレを知った。
祭は無意味ではない。
祭は地域興しのイベントではない。

人間の根本部分を揺さぶってくる神話的な時空間である。

投稿者 TKM : 00:25 | コメント (2) | トラックバック

質問票

ある会社の新入社員歓迎会によばれた時に書いた新入社員への質問票だ。
二人ともいまはその会社にはいない。
僕がつきあいがあった頃、その会社は面白い人ばかりだった。
それから少し大きくなって人々が入ってきては出て行くようになった。
会社の面積は大きくなったが人は小さくなった。

投稿者 TKM : 00:19 | コメント (0) | トラックバック

A room with a view

「眺めのいい部屋」という映画を観たのは大学1年生の時だった。
2年前に住んでいた部屋から撮った写真だがあの日は本当に空が蒼かった。
トリトンスクウェアや林立するビル群が出来る随分前。
僕の住んでいたマンションの一階には不思議なコンビニがあった。

24時間ビールが買えた。
フロントはロビーになっていて24時間ずっとホテルマンのような人が在中していた。
真夜中に小銭の両替をよく頼みにいった。
いまはあのマンションはどうなっているんだろう。
よく屋上に登ってビールを飲んでいたのだけれど数年前からは立ち入り禁止になって鉄条網が設けられていた。
それでも気持ちのいい朝焼けをみたい時は14階建てのマンションの高さにビビリながらよじ登っていった。東京タワーが根っこまで見えるのが気持ちよくて真夜中に登っていったこともあった。
いまは川沿いのマンションに引っ越したので目の前に障害物はない。
空が開けており、カーテンを開けると満月がぽっかりと浮かんでいたりする。

来年はどこでどんな空をみてるんだろう。

投稿者 TKM : 00:00 | コメント (0) | トラックバック

2003年09月18日

mask

暗闇の向こうから迫ってくる記憶と思考。
ディストーションとモラルの断片。
左から、
右から、
前後にゆさぶられ、
そして、ネットワークがつながる。

投稿者 TKM : 23:43 | コメント (0) | トラックバック

awaking

何に目覚めたのかは覚えていないけれど。
この写真を撮った夜、僕は何も考えていなかったと思う。
遠くまででかけなくても世界はすぐそこにあったし、いまもあるんだろう。

投稿者 TKM : 23:38 | コメント (2) | トラックバック

遊学

昔つくった背景画像を見つけた。
何でこんなのつくったんだろ?
思い出せない。
でも、なんでつくらなくなったのかは思い出した。
ブロードバンドになった途端につくらなくなった。

投稿者 TKM : 23:35 | コメント (0) | トラックバック

Version2.0

「SFC卒業生同窓会Version2.0」

という企画はどうだろう。

何かやろうとするとすぐに学校がネックになる。あれはダメ、これはダメ、自由がない。だからつまらない。楽しくない。ということは学校抜きで同窓会をやればいいわけだ。受付とインフォメーションのページはこっちで用意するので日取りを決めて今回の幹事会で知り合った人達にメールを回してもらう。100人くらいは集まるのではないだろうか。都内で場所を押さえて、会費制で3000円くらい。子供さんを連れてくるもよし、奥さん同伴もよし。

久しぶりに船に乗るってのもあるね。
これならみんな楽しくやれるんじゃないかな?

投稿者 TKM : 18:48 | コメント (3) | トラックバック

同窓会HPこんなかな

SFCのイベントはてなーどうするか、と案を練っていたら朝になってしまった。みんなに相談しようと思ってもどうもネガなメールになりがち。メーリングリストもオープンになったんでなあ。

けどここはプランナー対策を考えました。

HP構成案は

こんな感じかな。

○参加します・同窓会やります連絡帳

コピー「キャンパスを使って同窓会をやりませんか?好きな教室をお貸しします。」

・同窓会受付窓口をつくる。グループなら何でもOK。申し込めばグループページが完成。事前登録なし。個人参加もOK。
・同時にそれらのページが個別に掲示板的に展開
(スレッドのたてかたは。どこに何時に誰がくらいの情報でOK。サンプル書いておいてそれにならってやってもらう)
・参加者、参加グループをメイン情報にして公開

以上。あと自律分散で集まればOK。そんなんでいーんじゃない?10周年。

投稿者 TKM : 04:35 | コメント (2) | トラックバック

同窓会考察2、閃いたが遅すぎた…

このエントリーでも触れられているのだけれどSFCの同窓会企画がどうもすんなりすっきりいってない感じなんだな。理由の根本は簡単すぎるくらい簡単。キャンパスまでいかなければならないこと。これが六本木とか銀座とかだったら何も問題ない。来たい人は来るし来ない人はこない。どうやってあの陸の孤島まで人を呼ぶかってことに問題がシフトしちゃってるんで強制力を働かせなければならなくなってるわけだな。例えば友達10人で集まろうって時に湘南台にはいかないじゃない。都内で会うよね普通。湘南台まで出張るにはそれなりの理由が必要になる。

なんかの大会がある、とか。
サークルとか研究室でBBQをやる、とか。

なので楽しくする方法は簡単で「10月11日に卒業生の同窓会やりましょう。パーティ会場は都内のココです。」これだけでOK。往復葉書で出欠とって場所おさえて、会場は東京国際フォーラムあたりにして時間は午後3時くらいから3時間。会費は3000円くらいかな。で、飲み放題、食べ放題、立食方式。スピーチする人5人くらい、開会、閉会、抽選、ビデオ、現在のSFCの紹介、などなど。あとは部会で分かれて2次会。この流れで一発解決だと思う。

飲み物と美味しい食べ物と音楽と場所だけあればそれでOKなんだよね。
今回は昨年のやり方を踏襲しつつ場所は陸の孤島に限定されてしまったのが面倒が先にたつ一番の原因。
この時点でアレンジを加えていくとしたら、東京・新宿の各駅から200人分のバスを走らせるとかそういうバスツアーにしてしまうくらいかなあ。なにせ問題の根本はイベントの内容じゃなくて場所にあるわけで。
どうせイベントないんだからそれも面白いと思うんだけれどなあ。

そうだよ!
告知の葉書が往復葉書になってて出欠と託児所の有無なってれば事前登録も何にもいらないじゃん????
やっぱり考える時間、プラン錬る時間が分散しすぎ、そして少なすぎ。
なんでいまごろになって思いつくんだ??

どう思う?

投稿者 TKM : 01:24 | コメント (4) | トラックバック

2003年09月17日

コンテンツ論とフランスでNo.1はやっぱりドラゴンボール

昨日、山ほど渡された薬が効いてきたのか体力・気力が徐々に回復してきている。
耳鳴りの音量もこのくらいなら仕事もできそうだ、という微妙な進展をみせつつある。

今日は横浜は桜木町。
日石ビルでシンポジウムに参加。
みなとみらい地区を今後どう発展させていくか、というのがテーマ。
パネラーの役人さんや東急の人の話、みなとみらい地区の都市開発の人の話は全くといっていいほどつまらない。僕だけがそう思っていたのかと思ったら帰りがけに寄ったスターバックスで隣あった二人の役人らしい人達も「今日の話、面白かったのは大学の先生だけだったよね」と話していた。

大学の先生とは浜野保樹さん。公式HPを探したけどなかった。コンテンツ語る人が公式HPを持っていないとは驚きだ。だいたい浜野さんの得意なのは映像メディアとビジネスの関係を独自の文脈で語っていくという点。一橋の米倉先生がビジネスやベンチャーを語るときに経営史というフレームで現在と過去をうまくリンクさせ未来を感じさせるように話していくのと似ている。

浜野さんは昔SFCでゲストできたときに小教室で話をきいたのだがその時はいまほど有名じゃなかった。
デモ映像をつくっててゴジラがマリオンをガシャーンと踏みつぶすんです、といってた。話の方向性、文章はとても面白かったけどその後、マルチメディアで議論が止まっていてネットワークコンテンツの話がないのでずっと本は買っていない。映像コンテンツ、特にパッケージものとビジネス、社会的立場、状況、みたいなものに興味が集中しているのだろう。

僕は浜野さんに「ほしのこえ」のように個人がつくる映像コンテンツの行方、発展していくとどういう未来があるのか、みたいな話をききたいと思ったが今日は時間なしであった。

浜野さんの話でおもしろかったのは

「フランスで一番有名な日本人は誰だか知ってますか?(辺りを見回す。200人くらい人がいるがTシャツは僕ひとりで他の9割の人はスーツにネクタイ。50歳くらいかな。官僚っぽいファッション。目立たず、それでいて不快感をあたえずというやつ。パトレイバー2で自衛隊情報部の荒川さんだったかがいうセリフのあれである。)おそらく半分以上の人は名前を知らないと思いますが。鳥山明さんです。小泉さんでもSONYの井出さんでもありません。トヨタでも日産でもありません。また、infoseekという検索エンジン。で世界で一番多く検索されている言葉って知ってますか?Dragon Ballです。」

やっぱりなー。と実感であった。ここ(ページでドラゴンボールと検索するとあります)でも書いたけどバルザックも有名だがやっぱりドラゴンボールだと思ったのだ。

オリビエとマリレンという研究者二人が「ドラゴンボール、ホントに有名ネ。フランス人、みんな知ってる。誰でも知ってる。ワタシモーオリビエも歌える」といってたのは本当だったのだ。

というわけで現在日本のコンテンツ、特に映像コンテンツは世界市場で注目の的なのだそうだ。未来潮流というNHKの番組の取材で浜野さんはフランスに取材にいって実感したという。街にはマンガショップがたくさんあり、以前は左開きだったものがいまは右開きに翻訳されて棚にならんでいる。さらに、原語で読みたいというファンの為に日本語の商品も多数ある。

日本のマンガ・アニメファンだという若者の家に取材にいくと

「以前はハリウッドやアメリカ系コンテンツのポスターに日本の家電だったのがいまは日本のコンテンツのポスター、韓国の家電。そう変わってきているのです。産業構造として日本=工業製品という位置づけがもうなりたたない。世界市場に通用するのはコンテンツに変わってきています。」

データをみせてもらうと世界のコンテンツ産業の総額がおよそ100兆円。その中で日本が占めているのが12兆円。アメリカが54兆円くらいだった。日本のコンテンツ産業が世界のコンテンツの1割弱を占めているというのはびっくりした。

そして、今日の本題「都市と映像コンテンツ」というテーマなのだが残念ながら時間の関係で一言しかなかった。

「勘違いされているんですが。ありがちなものでハコをつくって、そこで受注産業を育成しようという姿勢では全部失敗します。受注産業は構造上、東京周辺にしか存在しえません。制作機能を持ったオリジナルをつくれるスタジオを誘致するという方法しかありません。人的なインフラがなかったらコンテンツ産業はなりたたないんです。」

確かになあ、と実感であった。
ところで「ジブリ美術館」だが定員制を設けているのに年間で60万人の来場者があるそうだ。あんな遠くにあるにもかかわらずである。コンテンツのパワーといったところだろうか。

考えてみればスターバックスやその他のカフェ、タリーズやドトールにしてもあれってコーヒーそのもののおいしさというよりもそこでコーヒーを飲むという行為がパッケージ化された一つのコンテンツなんだよな、と帰りにスターバックスでアイスラテを飲みながら思った。

スターバックスとかのスゴイのは喫茶店ではなくて「カフェで飲む」というイメージをパッケージしてしまったところだと思う。喫茶店には喫茶店の良さがあるけれど、違いはある。あの会計システム、あの雰囲気、やっぱりコンテンツだ。

成功している飲食店、バーのチェーンなども似ていて、料理が特殊だったり美味しかったりするわけではない。そのお店で飲んだり、食べたりする時間がパッケージされたコンテンツなのだ。

「じゃあ、ネットワークの場合は?」

というのが僕のチームで考えるべきことだろうな。

投稿者 TKM : 19:47 | コメント (0) | トラックバック

New PowerBook

そういえば昨夜、新しいPowerBookが発表された。
新しい15inchのPowerBookは少し重くなったようだけれど文句のないスペックだしデザインも美しい。LaptopマシンでWebサイトをつくりたいとは思わないがモノとしてはかなり魅力的である。

Appleのデザインは素晴らしい、と感心してしまった。
外観だけなら現存するどのPCよりも魅力的に見えた。

投稿者 TKM : 01:46 | コメント (2) | トラックバック

United Peopleと宮島さん

宮島さんがUnited Peopleというサイトを始めた。きっかけは宮島さんが試みているPeople Productionというプロジェクトである。世界中の人々にデジタルカメラを配り、日常生活を撮って送ってもらおう、という企画である。すでに30カ国くらいにカメラは発送されている。

中東からもいくつかの写真やメッセージが届いたそうだ。メッセージは「家の近くで自爆テロがあった」という短いものだった。宮島さんはテロをする側、された側の両方にカメラを配っている。宮島さんのもとには双方の意見が届いた。

さっき、宮島さんからIMが入って、「シリアのカメラマンから下記のURLが送られてきたんだ」と教えてくれた。

Here you have all live facts about the bloody War

自分が生きている同じ時代の同じ世界の出来事には見えなかった。
TVや新聞の報道とは違う、現場の視点がサイトに並べられた写真にはあった。

数週間前から宮島さんは「人連」という人と人のつながりをベースにした場をつくりたいといっていた。United Peopleというサイトはいまは小さく情報は何もない。しかし、なんだってはじまりは小さいものだ。ウェブサイトも企業がPR目的につくるもの以外は最初はほんとうに小さなものからスタートしている。

僕は宮島さんの活動を応援したいと思った。
もし他にもそう思った人がいたら一緒に宮島さんを応援していこう。
年配の人でも若い人でもいい。
少しでも感じるモノがあったらメッセージを送ってあげよう。
できることをちょっとだけやる、それでいいはずだ。

投稿者 TKM : 00:32 | コメント (0) | トラックバック

2003年09月16日

心の言葉

その言葉は偶然目にとまったある一言。
静かに僕の胸に響いた。
力強くしなやかに吹き抜けていく。
心に風がふいた。

こころ‐いき【心意気】
1.生れつきの気性。気だて。
2.心のいきはり。意気地。気まえ。
3.(歌舞伎などで) 心持を身振りや表情で表すしぐさ。

こうありたいと心の奥底から思った。
自分はどんな人でもなくただ心意気のある人間でありたいと思った。
ヘンな話だがこの一言をみた瞬間に身体がフッと楽になった。
いろんなものから解き放たれ心がフワリと宙に浮いた。

気づかないうちに日常に取り込まれ、心の世界を忘れていた。
環境がどうあれ、自分がどうあれ、世界がどうあれ、心意気は心意気だ。
善悪とヒロイズムの魅力が無関係であるように。
成功や失敗という指標と自分の心意気は関係ない。

人は心意気のある人でなければならない。

投稿者 TKM : 20:53 | コメント (3) | トラックバック

病院へ

宮島さんに手配していただきこれから耳鼻咽喉科の専門病院へ。
こうした温かいフォローはとても励まされる。

こうなってみるといろいろなことに気づく。

投稿者 TKM : 12:09 | コメント (1) | トラックバック

耳鳴りで頭の中が倒れる

昨夜は神経が高ぶったのか耳鳴りでまだ眠れない。
眠れないのは耐えられる。
眠らないのも耐えられる。
耐え難いのは安らぎのないことだ。
頭がおかしくなる、というよりもすでにおかしい。

24時間頭の中で蝉が鳴いてるようなものだ。
起きている分にはどうにかなるが目を閉じるといきなり音が襲ってくる。
一睡もできないというのがまたプレッシャーになる。
仕事や趣味で徹夜しているのとは根本的に異なる。
神経系のプレッシャーである。
一つにはこの音が一生続くのではないか?
というプレッシャー。
一瞬でいいから止まって欲しいというプレッシャー。
全部がプレッシャーになる。
何故、通常の耳鼻科にいってしまったのか?
ノーマルな耳鼻科では耳鳴りの治療、診察は出来ない。
いろいろな情報があったはずなのに何故?
何故、時間があったのに先週いっていないのか?
さらに、その前の週も何故いっていないのか?
理由がわからない。
体力は回復したし、疲れもない。
にもかかわらず音はかわらない。
脳神経の問題に発展している場合は問題はより深刻化する、という記述がまたプレッシャーになる。
どうしてこの国の病院は土日・祭日・お盆には休みだったなのだろう。
コンビニのような病院や医者があってもいいと思う。
相談したらどこにいきなさい、と教えてくれるサービスがあったらいいと思う。
何故ないのだろう?
様々な何故が交錯する。

8月に東京にいなければいまも普通だったろうな、と思う。
何故、お盆に実家に帰らなかったのだろう?

神経質とかそういう問題ではない。
耳鳴りは痛みを伴わないがその苦痛はなってみなければわからない。
物事は大抵そうだと思う。
なってみなければ、体験してみなければわからないことがほとんどだ。

壁に頭を打ち付けても、冷蔵庫に側頭部を叩きつけても何も変わらない。

投稿者 TKM : 07:08 | コメント (0) | トラックバック

2003年09月15日

松井最高

「もみじの葉っぱで2億円」というキャッチにひかれてクリックしてみると起業関係のHPだった。

女性起業家の事例をぱらぱらとみていく。
ウワッ、みんなオレと同じ歳だ。
スゴイなあと感心した。
感心したポイントを書いていこう。
短いインタビュー記事を読んでの感想だけれどみんな仕事が好きそうだ。あるいはよく言われるように好きなことを仕事にしたのか、どっちが先なのかはわからないけれど仕事と自分がリンクしている。

次に事例として出ているのが割とサステイナブルな事業であることが面白い。

業種として同じであってもトーンが違う。直感的なのか分析のうえなのかはわからないがマーケットサイズと合致した事業になっている、と僕は感じた。これはとても面白いと思う。
あとはネットワークの力を使っている点。
ネットワークといってもコンピュータネットワークの話ではなく、人間と人間のつながりの方のネットワーク。みんなこれをうまくつかっていて、創業時に自分が持っているネットワークのサイズでビジネスをはじめているように見える。このやり方はとても女性的な印象を受ける。見習うべき点だ。

僕はこうしたマーケットサイズの変化、小さいマーケットでもサステイナブルな状態を維持しつづける、というモデルに注目したい。その方が人が豊かになるケースもあるんじゃないだろうか。おぼろげに未来の経済のイメージがよぎった。もう王様はいらないのではないだろうか。

高校生の頃から疑問に思っていたことがある。
一つは国はどこにいくのか?ということ。
「国家百年の計」という言葉があるけれど初めてきいた時からこの言葉に対して底知れぬ違和感を感じていた。百年の計を錬って人はどこに向かっているのだろう?ビジョンの無いまま国家をこうじてもどんな意味があるのだろう?ずっとそれを思っていた。誰もビジョンはない。百年後にどうしたいのか、どうなってたいのか、誰一人ビジョンはない。他国との関係性を説くばかりでビジョンはどこにもない。もう何十年もずっとそうだ。仮にあったとしても大抵楽しくない。

もう一つ、ずっと疑問に思ってたことの一つが企業である。企業は大きくなっていくことが目標で常に前進を続けていく、のがいい企業ということになっている。どんどんどんどん、大きくなっていく。しかし、その先はどうなっているのだろう?それが僕の疑問だ。無限に大きくなることは恐らく不可能であろう。じゃあ、何を目標に企業は存在しているのだろう。ここが僕の疑問の根幹だ。

成功し、成長し、それはいい。けど、その先はどこにいくんだ?
それがわからない。どこにいこうとしているのだろう。規模を拡大し、マーケットを拡大し、その先はどこなんだ?

という問題の解法はこれなんだろうな、と思う。うまく言えないんだけど、こういう空気だと思うんだよな。やられた。

投稿者 TKM : 16:18 | コメント (0) | トラックバック

コンテンツ・そしてプランニングについて


NARUTO (巻ノ1)ジャンプ・コミックス

「NARUTO」を読む。少年漫画を読むのは久しぶりだったのでリズムをつかむのにまるまる一巻ほどかかった。一度、物語の流れが頭に入ってしまえばあとは流れでいくらでもスピードアップして読みすすめることができる。「ドラゴンボール」と「悠々白書」と「るろうにけんしん」を混ぜ合わせたようなストーリーである。最近は忍者ものなど読んでいなかったので充分楽しめた。取りあえず10巻まで読んでの感想だがドラゴンボール同様、大きなストーリーの波が2巻毎くらいに訪れる。一つの試練が終わる頃、新たなな試練の萌芽が見え隠れする。新たな謎、物語の世界観がだんだんと大きくなっていく。

最初は小さな集団の物語だったものがその集団を含む場所の物語になり、舞台は徐々に拡大されていく。そして過去・現在と時間の流れ、一族の物語が付加され、登場人物の増加に伴い人と人の関係性が時間と場所の両方で絡み合い多層的に一つの大きな流れを描き上げる。

本という書籍の特性上、物語は右から左へとめくられるページにそって一つの方向に向かって進んでいるのだが読み進むにつれストーリーにはいくつかのパターンがみえはじめる。「試練・克服」「過去・現在」「伝説・遭遇」「出会い・別れ」等々。何巻からでもどこから読み始めてもどの場所も小さいストーリーとして完結している。ミクロとマクロが相似になっているのだ。ストーリー、物語の王道である。

凝縮した時間の中でこれらの物語を楽しむにはマンガが一番適している。流れがを感じやすいのだ。小説(テキスト)の場合は文字を読み、そこから映像を想起させて、ストーリーを追う、というプロセスを経るのでまどろっこしく感じられる時がある。

さっき、ナルトのリンクをつくっているときアマゾンのユーズドストアというものを初めて知った。オークションとは違い値段をこちらで決めて出店するのだが本を探して、出品ボタンを押すだけで出品できる機能は出品者にとってとても便利だ。

本やゲーム、家電など流通しているパッケージコンテンツに限定しているので可能なサービスなのだろう。下の方にスタッフ募集のリンクがあったので見入ってしまった。応募もメールで履歴書を送るだけなので簡単だ。

ところでコンサルタントやプランナーには営業というものはない。
売り込みにくるようなプランナーやコンサルタントは優秀じゃない、というような認識があるからだ。
僕はある時期を境にプランニング稼業をあまりやらなくなった。
理由はわからないんだけれど、これまでももいろんな波があっていろんな仕事に関わって、いろいろやってたわけだ。これも流れだ。いつかはわからないだが今年かなそれとも昨年かな、それとも2年くらい前だろうか、ベースが少し見えなくなってた。

それまでずっと自分のベース(基本的な視点)があって、そのベースにそってプランニングをやってきた。独自の手法みたいなものだ。よく、楽しむとか、面白いことを考えるとか、閃き、とかいうけれどそんなのは実はプランニングにはそれほど大切じゃない。どちらかというと味付けみたいなものだ。プランニングに必要なのはベースにあるその人の物の考え方だ。それがプランニングの全てといってもいい。個人的な思考の道、みたいなものだ。

広告のプランニングでもコンテンツプランニングでもイベントでも商品でも同じ。商品として、つまり、売り物としてプランニングを行う時は自分の視点があって、自分の落としどころ、持っていきたいカタチがある。そこに向けて作業していく。

企画書という書類に関していうとあれはスタート地点でしかなく、プランニングの本質は企画書づくりにはない。どんないい企画書も転がさなければただの紙だ。つまり、転がせる企画書をつくり、実際に転がさなければならない。

そう考えるとこれまでの自分はプランナーというよりも監督よりだと思う。
ラインとファイナンスの両方をみながらプロジェクトを立ち上げ完成させていく。
それをずっとやってきたわけだ。

惜しいプロジェクトはたくさんあった。
資本規模がデカイものもあった。
けど、それはそれだ。
予算規模とプランニングの出来は全く関係ない。

自分の場合はプランニングに向いている時期とそうでない時期があるように思う。
いまはコンサルティングと呼ばれる動きの方が好きだ。
閃きを追うよりも、人の問題や課題、流れ、転がし方、そういうことの方が好きだ。
自分のことはよくわからないが、人のことや人の問題だけはよく分かるのだ。

おそらくこれは分野を問わない。
どの分野のどんな問題でも自分の視点でみた時に見えるものがある。
それが自分の持つコンテンツなのだろう。

投稿者 TKM : 02:28 | コメント (0) | トラックバック

2003年09月14日

生き残れ

夜TVをつけるとビートたけしの番組の「暗算の天才」という事例で女性が読み上げ算の暗算をやってた。
兆以上の桁の計算をやっていた。
彼女は大学時代の友人、井上さん、だと思う。
ちょっと感じが変わったのと大人になっていたので確信は持てないが、おそらく彼女ではなかろうか。
井上さんはそろばん日本一のAO入学だったと思う。
AO入試で入ってきた人達ってやはり面白い。
卒業生のDBをつくるプロジェクトが進行していて、10人くらいに取材を行う予定なのだが是非、井上さんに取材にいきたいな、と思った。取材ではAO入試で入学した人達を追いかけるのも面白いな。

こうして書いている時間だけ耳鳴りのことを忘れるのだけれどそれ以外の時間は耳鳴りによって相当なプレッシャーを感じる。火曜日に慶應病院にいったら10日ほど休暇を入れる。これは身体から、あるいは心からのサインであろうと思う。

人生にも身体にも心にもオーバーホールが必要だ。

「加賀谷君、とりあえず生き残れ」

先生の言葉を思い出す。そう、生き残ればどうにかなる。生き残れればどこからでも何でもできる。まずは生き残ろう。

投稿者 TKM : 05:27 | コメント (2) | トラックバック

2003年09月13日

幸福論

土曜日。
耳鳴りが気になる。
更に国際フォーラムのイベントに行くのを忘れた。
耳鳴りのダメージは想像以上である。
仕事が出来ない、ということではないが徐々に神経がダメージを受けている感じである。
シーメンスから耳鳴りハンドブックが届いた。
慶應大学病院にいくように、とアドバイスがあった。
火曜日の朝一番でいってこよう。
同じ慶應でも信濃町には一度もいったことがない。

耳鳴りになってわかったが健康で問題がない、という状態はかなり素晴らしく、幸福である。

この音は少しづつ平穏を奪っていく。
この音は他の人には聞こえない。

ついこの間までいろいろな幸福があると思っていた。
静かな夜が普通だと思っていた。
静寂が心地よかった。
いまは全てが歪んでいる。

ある日、パッとこの音が止まるのだろうか。
その時、僕は何を感じるのだろう。

何をすれば治るのだろう。
努力や訓練によって治るならいくらでもやろう。
例えば毎日腹筋を1000回やったら治るなら一日中やっててもいい。

いろんなことがあるけれど幸せはそういうことじゃない。
健康であること。
それが幸せのもとだ。

投稿者 TKM : 23:40 | コメント (2) | トラックバック

2003年09月12日

wikiをはじめて理解する、そして千石ラーメンで背脂の一撃を喰らう

なんか爽快に目覚める。
見た夢も爽快だったような。

野知さんと少しIMで話し江渡君のオフィスに急ぐ。
文京区にある江渡君のオフィスはびっくるするほど巨大なビルの広い一室であった。
窓からは六義園が見えた。

もろもろ打ち合わせ、wikiの理念や事例などを説明してもらった。
目から鱗。
これまでは全く間違えて理解していたことに気づいた。
一番面白かったのは江渡君が芸大で教えている授業の事例でのマネジメント手法が意図せずしてオルフェウスプロセスに乗っ取っていたことだ。一部ではマルチ・リーダーシップと言われてもいるが、僕の中のイメージは10年前に石井先生が授業でポロっと漏らした一言に集約される。
当時、フラクタル理論の解説をしながら先生がこんな風にいった。

「いやー、僕は思うんですけれど。これからはなにかなー。その雲みたいな。そういう制御しないことで制御するようなそういうシステム論がありうると思うだよ」

非制御による制御。僕はこの言葉が好きでずっと覚えていて、機会あるごとに使わせてもらっていたが、まさか今日という日にその実例を見るとは思わなかった。江渡君とのセッションでは対話の随所にキーワードを見つけることができた。それらを想起できただけでも僕は一日ハッピーであった。本来、僕がやりたいことってこういうことなのだ。知らないことを知る。そして、思考をドライブさせる。未来体験である。江渡君の話も相当面白く、久しぶりに対話というものを楽しんだ。

ハッピーついでに帰り道、六義園を散歩した。
六義園の真ん中あたりに六義峠みたいな名前の岡がある。
この岡に登ると六義園全体が見渡せる。
岡のてっぺんにベンチがあり。
そのベンチに座っているうちに暑さで少しフラっと来たので眠ってしまった。
5分くらい眠って目をあけると青空が段々と夕方の空に変わっていくところだった。

池にかかる橋の上でおばさんが鯉にエサをやっていた。
のぞいてみると30cmくらいの亀が30~40匹ものすごい勢いでエサに群がっていた。
鯉はその脇で口をパクつかせている。

通り過ぎてから振り返るとおばさんは同じ姿勢でしゃがんだままエサをまき続けていた。
六義園のチケット売り場でチケットを買うとき、係の女性がスゴイ美人だったので一瞬見つめてしまった。帰りに通ると違う人だった。池の脇を歩きながら、毎日2時間くらい一人でしゃべり続ける練習をしようと思った。

帰り道。
せっかくきたので千石自慢ラーメンでもやっていこうと思い。
巣鴨駅の方に歩いてみた。
店は少し綺麗になっていたが相変わらず立ち食いスタイルである。
スープの表面には豚の背脂が1cmくらいの層になって浮いている。
それだけみると偉く濃そうだが、勇気を出してレンゲを油膜の中に投入しゴクリとスープを飲る。
微妙に存在感をアピールする背脂の触感とスープの旨味がたまらない。3秒ほど味わって、もう一口。
見た目とは違って味はそれほど濃くない。濃さでいったら福岡の「秀ちゃん」がいまのところ一番である。あの濃さは最高だ。飲んだ後にはこたえられない。
太めの麺は背脂とスープにしっかりと絡み、一気にすするとスープの味と麺の食感が口内で市場の喧騒のように広がっていく。この瞬間が一番うまい。看板には濃すぎるくらいのコクが売りとあるけれど、そこまでのコクはない。とはいえ、普通のラーメンに比べればかなりのコクであることは間違いない。「秀ちゃん」との比較してしまうからノーマルに感じるのだろう。

頼んでから失敗したと思ったのはネギの増量を忘れたことだ。
たっぷりの背脂層をおいしく楽しむにはネギのアクセントが欠かせない。
ネギの味で脳をシャキっとさせ、すかさず背脂のパワフルな騒々しさを楽しむ、それが千石ラーメンの味わい方だ。

千石ついでにとげ抜き地蔵とやらに初見参してみた。
いきなり浅草の仲見世のような商店街が広がって焦った。
帰りの三田線は何故か10分ほど遅れていた。

投稿者 TKM : 01:44 | コメント (0) | トラックバック

2003年09月11日

ゴミヤロウカテゴリー

眠ろうともしていないが今日もいい感じで眠れない。
起きていたい時はすぐに眠くなるのに眠ったほうがいい時は眠れないものだ。

昼間に自転車で銀座にでると日本は信号の国だな、と思う。
フラフラと歩く人々。
何故この人達はこうもグラグラしているのだろう。
ゆらゆらと歩く人々をmm単位ですり抜けて自転車で道を急ぐ。
ブレーキは5秒に一回。
そして、タイミングが悪いと数十メートルおきに信号で止まらされる。
信号、信号、信号、信号、信号。
勝どきからマリオンまで13個の信号がある。
昼間だとその信号ごとにギリギリでタクシーがつっこんでくる。
路駐も殆どがタクシーだ。
この都市の道はタクシーで埋め尽くされている。

信号を渡ろうとするときに横断歩道の半ば、あるいは全体を埋め尽くすようにタクシーが止まっているとイラつくことがある。タクシーに限らず都市部の車社会はストレスとプレッシャーの縮図で日本の闇かと思ってしまう。どこも彼処も舌打ちとクラクションで溢れている。

何故こんなにタクシーが多いのだろう。
多いなら多いで価格を自由化して競争でもしてくれればいいが規制と保護がそれを阻む。
パラサイト国家という言葉をどこかで読んだ。国自体が人にたかっている。たかったカネで下らないものをたくさんつくる。

都内の道路工事はもう止めてもいいのではないだろうか。どんなに工事をしても渋滞は消えないし、道路にはタクシーが溢れている。みんな道路にゴミやら缶を捨てて歩くが、あれはゴミ箱の数が圧倒的に少ないことも理由の一つであろう。NYだってブロックごとにゴミ箱くらいあったな。

こういうの書いたところで何も解決しないのもわかってる。しかし、どうやったら解決するのだろう?
ゴミ箱問題だけでもいい。何でみんなポカスカごみを捨てるのだろう。ゴミ捨てたら罰金や禁固などの拘束が必要なのだろうか。

わからん。
何故バコバコ、ゴミを捨てられるんだろう?
ランニング途中に落ちてる空き缶を拾ってゴミ箱捨ててるオレの方が恥ずかしく感じるのはなんでだ?
これって些細な問題なようだけれどゴミを適当にどこにも捨てられるメンタリティってかなり末期でヤバイ。空き缶は、草とか木と違って風化したりしない。

隅田川沿いに限らず、どこでもいい、2kmくらい散歩してみて欲しい。必ず、空き缶が置いてある。ポコって感じで。あれを置いていくのは誰なんだろう?

空き缶を道ばたにおいていく人々は全く異なる属性だろうけど、あるカテゴリーでは驚くほど似通っているのではないかと思う。政治も大きなくくりでみてくと大抵はどうでもいい議論ばっかりだ。それってやっぱり、ゴミヤロウカテゴリーをしっかり反映してるような気がする。

投稿者 TKM : 04:42 | コメント (0) | トラックバック

イグアスの滝とブエノスアイレス

数年ぶりで「Happy Together」を聴く。

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映画「ブエノスアイレスHAPPY TOGETHER / 春光乍洩」のサントラに入っている。
このCDは当時はやったCDエクストラと呼ばれるものでQTなどの動画ファイルがPCで再生できるようになっている。それをみていたらイグアスの滝のシーンがでてきた。

友人にナガミさんという女性がいる。
彼女はパラグアイと日本の両方の国籍をもっている。
彼女のパラグアイの家はとても大きくプランテーションをいくつも所有している。
「パラグアイにいた頃はよくドラドを釣りにいったよ」といっていたので、じゃあ、オレはピラルクを釣りたいなと言ったら「だったらイグアスの滝まで家からそう遠くないから一度いくといいよ、当分はパラグアイに帰らないけど家の人にいっておくからいつでもいいよ」と言われた。

いま、イグアスの滝にいきたいな、と思った。
ナガミさんはいまどこで何をしていることだろうか。
お遍路にいくんだ、といって東京を去っていらい音信不通だ。
ナガミさん、オレ、イグアスの滝いきたいんだけど、この声きこえてる?

投稿者 TKM : 03:47 | コメント (0) | トラックバック

フラットなつながりと浮遊感の不思議、そしてキュービタルワークスタイル

昼間コメントしたら文字化けになった、というエントリーを書いたら夜にそのもとになった物書きという職業についての所感 maskinさんから「文字化けなおしておきます」とコメントが来ていた。

驚きだ。
ブログを使っている同士だとなんというか人と人の間がフラットなんだなあ、とかなり感銘を受けた。これはこれまではなかった楽しさで