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2004年02月19日

「蛇にピアス」のつくりだす時間感覚と夜中のファミレスのリーマンズ

「蛇にピアス」を読む。
小説である。
ギミックのない小説。
読後感が映画みたいだ。
映像的であるのだがそれだけではない。
時間的なのだ。
言葉がつくりだす世界の時間を漂っていた。

表現とは削ることである、という言葉をいつだったかどこかの本で読んだ。

・「蛇にピアス」はエンターテイメント作品である。

とメモしておきたい。

ついでにマネーの虎の堀之内九一郎の本もパラパラと読む。
口述なんだろうなと思いながらパラパラとめくる。
成功したとされる実業家が書くビジネス書はどの本も同じことを言っている。
コンテクストが違うだけだ。

美術手帳をパラパラとめくると草間弥生の特集であった。
表紙だったかな縮尺がガリバーサイズの作品の隣たたずむ彼女の姿があった。

築地にもどって「終戦のローレライ」の続きを読む。
ひたすら長いのだが流れにのると引き込まれる。
場外市場の角にできたジョナサンが最近は夜のオフィスである。
今宵は大学生の集団が会合をしていた。
総勢15人くらいだろうか。
彼らのガヤガヤは全く気にならない。

1時間くらいしてサラリーマン二人が迎えの席に座った。
38歳くらいのと30歳くらいだろう。
No.38がずっと話している。
時々、机を叩いて力説しているようだ。
センスは悪そうじゃないのだが話の中身はほとんど職場や仕事のこと。
自らの仕事の話をずっと熱く語っている。
愚痴ともとれるし改善案とも思える。
ただひとつだけ言えるのは「楽しそう」ではないということだ。

日産とトヨタの広告をひきあいにだし彼は声を大きく張り上げる。
聖路加に関係しているのだろうか。
話をきいていると「手術室の回転率をあげるんだよ。こっちで手術が終わった、そしてこっちで待ってる。私はくわしくはわからないがおそらく手術とはこうなってる。つまりシステムだ」という感じで彼は99:1くらいの割合で若手に向かって話す。
「渡辺さんが社長であるということはね。つまり...」
「だから。使いやすい人間になる。使いやすい人を探す。それじゃないんだ。自分が使いやすいと思ったからこっちのプロジェクトにください?違うんだよ。自分で探してくる。」
文字にしてみるとスマートに聞こえるが彼は向かい合う同僚ではなく自分に向かって話しているようにみえた。気色ばんで話す人間はほぼ例外なく他者ではなく自分に向かって話している。

彼は家でもあんな話をずっとしているのだろうか。
その人がどんな人であるかはその人がつくりだすあらゆる音に反映される。

投稿者 TKM : 2004年02月19日 05:21

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コメント

芥川賞ニュースのその足で、両受賞作を実は買って読んでましたよ。「インストール」は2年前「文芸」誌上で読んでたしね。
どっちが△でどっちが×かという議論はさておき、ほどほどに細く長くはやってほしいね。あんまりまわりがとやかくゆうのは、可哀想。
まあ、なんとなく貴乃花とか、イチローとかがもてはやされたそう遠くない過去の頃の「期待論」を聞いているようで、それはそれでそっとしておいてあげてって感じ。
両作品とも映画化はしてほしくないけど、「蛇」はどちらかというとそれ向きで、「背中」は絶対にやらなくて正解。(と言いつつ「インストール」は映画化決まったみたいね)

投稿者 むら : 2004年02月22日 22:24

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