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2004年04月11日
[映画] KEN PARK(ケンパーク) ~幼年期の終わり、或いはユートピア幻想より~
午後。
「KEN PARk(ケンパーク)」を観る。(ラリー・クラークの映画を観たのは「KIDS」以来だ)
米国の10代の若者のリアルな倦怠と停滞感。
といっても暗くないのは米国だからだろうか。
同じ題材を日本でやると途端に閉塞感で息が詰まるかATG系の自己崩壊へと向かっていくのは何故だろう。
DVDにはラリー・クラークへのインタビューも収録されていた。
若者に「この感覚はわかる」と言われたくてつくった、といっていた。
観てから数時間後。
新橋からの帰り道で思った。(人生の時の時について考えた5分後だ)
ラリー・クラークが言うようにラストで少年(少女)達は解放されて優雅に触れあう。
そのシーンは印象的で映画的な時間と空間の響きがあった。
それは映像と意味のリンクがズレていく感覚であった。
穏やかな音楽、そしてセックスの描写を背景に語り合われる夢。
それは「理解」を伴うコミュニケーション感覚を想起させる。
上手だなあ、と思った。
が、帰り道に思ったのは別なことだった。
ラリー・クラークのインタビューをきいたせいだろう。
「ユートピア幻想」なんだ、と思った。
ラストの解け合うコミュニケーション感覚は若さによってつくられている。
この映画は10代の少年・少女という設定が不可欠な絶対条件なのだ。
20代でも30代でも駄目だ。
そういう意味では現代は「幼年期の終わり」を迎えつつある、のかもしれない。
価値観や関係性がホイップしながら螺旋構造をリンクアップしていく。
案外その方が幸せで豊かなのかもな、と思った。
と書いてみるが。
観てない人には何がなんだかわからない話だろうな。
ラスト近くで主人公(冒頭のモノローグの彼)の目が落ち着き、ゆとりある豊かなまなざしに変わる。あのシーンが好きだ。
投稿者 TKM : 2004年04月11日 04:03
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コメント
はじめまして。こんにちわ。
ケンパーク検索でここにきました。
いろいろと書かれていますね。
またお邪魔します。
投稿者 ssnostalgia : 2004年10月04日 19:27



















































































