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2004年04月01日

[コンテンツ] ポリフォニーとキュービタル

数年ぶりでR社につとめる友人と話をした。
徹夜明けだったせいか頭がぼーっとしていた。
アドレナリンのせいか気分はハイなのだが気分に脳がついていかない。


しばらく話して電話を切った。
写真が楽しみだ。

ぼーっとしていたがソニービルでリブリエの現物をチェックした。
リブリエの実機をみたいと係の女性に告げる。
丁度、準備しているところだったようだ。
少し手間取っている。

Σブックに比べると大分軽い。
しかし、つくりは華奢な印象をうける。
特にボタン周りの質感はいまいちで商品としての魅力を落としている。
期待の電子ペーパーの方は「まあまあ」といったところだ。
前評判では素晴らしい出来とのことだったがそれほどの感動はなかった。
むしろ、携帯電話の液晶の方が数段上に見えた。

マンガの画像を確認したかったのでお姉さんにデモ画面を出してもらう。
水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」の画面が表示された。
見られないというほどではないがマンガの良さが打ち消されているような印象を受けた。
不思議なことにあのスタイルだと既存のマンガが微妙にしっくりこないのだ。

ΣブックがいいというわけではないがΣブックを見直したのも確かである。
液晶の反応速度さえ速ければΣブックの方が僕は好きだ。
東芝のSD-Bookへの期待がふくらむ。

ソニービルを後にし、日比谷のドコモショップでFOAM900シリーズをみせてもらう。
驚いた。
あっというまにここまできたのか、というほどにインターフェイスがリッチになりCPUが高速化されている。日本においてはPDAよりも携帯電話の方が高性能なのだと再認識した。FOMAをみにいったのは友人のクリエイターから携帯用コンテンツについて相談をうけたからである。携帯のFlashでどのくらいまでできるのか。それを見定めるのが僕の役割である。FlashPlayerの出来をチェックすると予想以上に高速である。
これならば…とうなずく。
しかし現在FlashPlayerが搭載されているのはごく一部の機種でそれ以外の携帯ではJavaでくまれたプログラムによってコンテンツが開発されている。ここから先はコンテンツの問題ではなくプロデュースの問題になってくるのだがはたしてどのプラットフォームでどのメディアを対象にコンテンツ開発を仕掛けていくべきか。これが自分の専門である。

コンテンツの核となる部分に力があればメディアを問わない、という意見もある。
以前はそうだったと思う。
しかし現在のコンテンツ開発は変容している。
ワンソースマルチユースという考え方は既に廃れている。
最初からパラレルな形でコンテンツをプランニングしていくのが現在のコンテンツ開発の主流である。バフチン風にいうなら「ポリフォニー」。師匠の言葉を借りるならば「カーニバリスティック」(この言葉は師匠の造語である)なプランニングが要求される。

石井先生のいうキュービタルな感覚はこうした潮流を的確に捉えたものだと思う。
改めて先生の慧眼にさすがとの念を強める。

投稿者 TKM : 2004年04月01日 11:25

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コメント

はじめまして。
TKM Journalは昨年12月から拝読しております。

ここで紹介される映像作品や本などは
ときどき買ったり見に行ったりしてます。
いつも面白いこと書かれてるなあと感服してます。

で、唐突なんですけど

>「キュービタルな感覚」
>「パラレルリアリティ」

コレの意味がわからない。
このブログによく出てくる、
コレを自分の言葉で表現できないのかな、
と思ってます。

説明している文章や紹介されているサイトを
読んでも、うまくイメージができないのです。

でも、コレはすごく重要なコトバだ、と
ずっと心と頭に引っかかっています。
だから、このブログを毎日読んでいるんですけど。

>バフチン風にいうなら「ポリフォニー」
>師匠の言葉を借りるならば「カーニバリスティック」

そうしたら、こう来た。
ますます、難解なので困ってしまいました。
私の理解能力を超えているってことですが
恥を忍んで投稿させていただきました。

「カーニバリスティック」の補足がいただければ
幸いです。
授業料は芋焼酎でも送りましょうか?

投稿者 nagahama : 2004年04月01日 18:45

長浜さん、こんにちは。

カーニバリスティックは故江藤淳
先生の造語です。

研究会でバフチンをやっていた頃に先生が言われた言葉で、登場人物それぞれが勝手に動き回り(カーニバル的)ながら全体ではひとつのカタチを成す、というようなイメージです。

このイメージは情報論でいうところのwindows of orderの感覚と非常に近いものがあります。それぞれが統率されたコントロール体系を持っていないのに物事は徐々にある種のパターンをつくりだしていくような振る舞いをするときがあります。僕が好きなのはこのイメージなんですね。

近著だと「ティッピングポイント
」という本が扱っているような現象が好きなんです。

キュービタルは社会・経済・国などを考える上でも重要な考え方になってくると思います。既存の価値指標はそのほとんどがシングルリアリティ(単眼的視点)におっています。しかし、現実の世界はパラレルリアリティです。

パラレルリアリティの基本には「マルチバース」(並行宇宙)という考え方があります。これは現在の宇宙論の最先端の考え方で量子力学の基本概念でもあるのですが理論的には世界が並行的に存在している、ということは証明されています。

http://www.nikkei-bookdirect.com/science/page/magazine/0308/another.html

などが参考になるかと思います。また、クライトンの「タイムライン
」はこのイメージを上手にストーリで説明してあります。

投稿者 かがや : 2004年04月02日 11:13

早速のご説明ありがとうございます。
ご紹介の本やサイトはこれから調べてみます。

話を伺えば伺うほど、キューピタルに惹かれます。

投稿者 nagahama : 2004年04月02日 12:44

先ほど、キュービタル研究会の友人とも話していたのですがキュービタルの概念についてはどうしてもテキストでの説明が難しく、体験して理解するしかないのではないか、という話になりました。

提唱者の石井先生もそのようにいっておりました。次回の東京海上のフォーラムもおそらくウェブで配信することになるかと思いますのでその際はお知らせします。

追伸:プランニング秀巧社には以前、一度いったことがあります。もしかすると野知さんは共通の友人なのかな。

投稿者 かがや : 2004年04月02日 15:28

東京海上フォーラムのWeb配信は楽しみです。
お知らせお待ちしております。

以前、このブログで紹介された
ICCの「FUTURE CINEMA」出品作品のひとつ
藤幡正樹+川嶋岳史<フィールド・ワーク@アルザス>は
その没入感を体験したくて1月ごろ行きました。
あの多数の窓があり、時間軸と空間軸が交差する空間は
キューピタル的なものなのでしょうか?

人が死ぬ刹那、一生の出来事を走馬灯(死語ですね)のように
見てしまうという、あの空間にはそんな印象を私は受けました。

野知さんとはまだ一緒に飲んだことがないので
知人レベルです。
出会ったのは、けっこう古くて
1991年に中国前衛美術家展という展覧会をやってる時だったか
中国の現代美術シーンに詳しい人が来てるってことで
お会いしました。

加賀谷さんが当社を訪問されたのはいつ頃ですか?
というか、どんな用件だったのでしょうか。

なんで自分が逢うチャンスが無かったのか
すこし残念な思いです。

投稿者 nagahama : 2004年04月03日 18:43

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