« [夢] 空から降りてきた時間 | メイン | [雑記] 自転車野郎 »
2004年04月09日
[雑記] 選挙と位相空間と
外からがなり声が聞こえる。
近くではないがこちらまで聞こえてくる。
選挙の演説のようだ。
この声を聞く度に政治は終わってるという念を強める。
どの演説も似ている。
問題を声高に訴えているといえば聞こえはいいがやっているのはグチに過ぎない。
「こういうことをやりましょう」という提案が皆無なのである。
こんな面白いことがあるですけどやりませんか。
という話をききたいのだが聞こえるのは「がなり声」。
政治。
三流であるとかないとかそういうレベルの話ではない、と思う。
システムの問題、でもないと思う。
実体がこうなのだ、というのが僕の考えである。
ベースが変わらないなら実体も変わらない。
ゴミ。
街をあるけば必ずゴミが捨ててある。
空き缶、ペットボトル、食べ終えた弁当がはいったコンビニの袋。
そこら中に捨ててある。
制度を変える。
ゴミ箱を増やす。
というのはシステム側からのアプローチである。
けれど根本的な解決はもっとシンプルである。
「ゴミを捨てない」
これだけだ。
たったこれだけの簡単なこと。
しかし実行できる人は驚くほど少ない。
全ては関連している。
些細なことも大きなことも何らかの形で人が反映された現象だ。
昨日、奇妙なものをみた。
食事を終えてその店をでようとすると、背中に「イラク派兵反対」とフェルトで縫いつけられた黒い長尺のベストをきたオバサンとその集団が入店してきた。彼等は彼等の荷物を方々において陣取った。でも4人しかいない。二つのテーブルはいらないよな。4人ともひどく顔に精気がない。しぼんでいる顔である。ジョナサンの妖怪みたいだ。(築地にジョナサンに現れる妖怪のようなオバサン。土曜の深夜に入店すると必ずいる。必ずである。)この人たちをみて心底コワイと思った。佐藤愛子風にいうならこの人たちは憑かれている。
犯罪者や異常者の怖さとはことなる種類のコワサである。
映画「もののけ姫」に出てくる、
「おまえ達破滅連れてきた。生き物でも人間でもないもの連れてきた」
というセリフがよぎった。現代は微妙に原始の影が薄れているけれど人は人でどこまでのこの種のコワサ。薄ら寒い淀みや澱が無くなることはない、ということなのだろうか。
偏執狂、異常者、変な人。
それらに共通するのは自己を客観視する能力の決定的な欠落である。
故に彼等は公共性を持たない。
経済的な二極化と人間のソフト面での二極化が急速に進んでいるように見える。
そしてソフトの二極化はパラレルに進む。
だから関係性はより複雑に絡み合いもつれ合う。
分類からのアプローチだとそうなる。
が、それを超えた部分でフィーリングとしての二極化も存在し。
それは「むこう側とこちら側」といった抽象的な言い方しかできないのだが2010年頃にはこの傾向がより強まるのだろう、と思う。いろいろな位相でこれが生じた結果、総体として大きな流れができていく、という感じだろうか。
銀河のように渦まいているイメージがちらつく。
投稿者 TKM : 2004年04月09日 13:31
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kagaya.com/mt/mt-tb.cgi/3939



















































































