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2004年04月16日
[未来] いまTOYOTAが面白い ~個人的情報移動機械のはじまり~
正直なところトヨタの車にはそれほど良い印象を持っていなかった。
デザインが名古屋くさくてどうにも好きになれなかったのだ。
しかしPMと二代目のプリウスを見てから印象が変わった。
トヨタが「面白い」のである。
PMやプリウスの先にあるものは車なのだろうか?
トヨタは車の会社だけれどつくりたいものは車ではないのではないか。
という印象を受けた。
実体としてヴィークルの形態をとっているけれどその先にあるものは情報の実体化であるように感じられるのだ。個人的情報移動機械とでもいうべきなのだろうか。PCの先にあるものはこうしたパーソナルユースの乗物に近いのではないかと僕は思う。
最近、外にでることが多い。
そこで問題になるのは自分が欲しい情報環境を持ち運ぶ困難さである。
本、映像、通信環境、プライベートで集中できる空間。
これらの多くは部屋という固定的な場所に制限される為、可搬性を持たせることが難しい。
この問題はPCがどれだけ性能を向上させてもついてまわる。
いまのところPCが運ぶことができるのは画面の世界だけでそれを含む空間を持ち運ぶことはできない。
けれど知的創造において最も大切なのは「場」である。
「場」が情報をつくるといっても過言ではない。
情報には情報にふさわしい場がある。
寺や神社にいくと日常とは異なる凛としたそれっぽい空気がある。
学習や仕事も同じである。
ゲーム会社にはゲームができやすい空気があり、代理店には代理店らしい空気がある。
建築現場には建築現場の空気があり、TV局にはTV局らしい空気がある。
デザインオフィスはやはりデザインオフィスな空気だし、築地の市場は市場の空気だ。
築地の市場をデザインオフィスの空気で満たしても活気はでない。
デザインオフィスと築地のターレットの群れが混在しても双方にとってプラスにはならない。
イタリアにはイタリアの空気があり、タイにはタイの空気がある。
東京には東京の空気があり、沖縄には沖縄の空気がある。
情報とは空間に依存し、ある情報がつくられやすい、生じやすい空間や空気というものが存在する。
こうした情報空間のマネジメントという考え方はあまり取り入れられていない。
インテリアデザインや空間デザイン、建築、都市設計というアプローチには情報空間のマネジメントという考え方がすっぽりと抜け落ちている。
創造性のかなりの部分は情報空間に負っている。
個人の能力を常に最大化するような情報空間を携帯する。
これが創造のプロデュース的には最重要課題である。
移動によって生じる感覚のドライブも含めて。
具体的には例えば旅という時空間を考えてみる。
旅という現象、体験。
そこでは感覚のドライブが生じる。
窓を行き過ぎる風景をみている。
これだけで脳はドライブしていく。
情報が常に移り変わる。
新しいもの初めて触れる物や風景。
これは脳にとって新しい体験である。
この新しさが感覚を呼び覚ましていく。
これはなんだ?
無意識が常にそれを問う。
恋愛も似ている。
異性に対する好奇心が最大化し、それまで知らなかった他者の世界が自分に介入してくる。感覚が最高速で動き、世界の風景が変わる。見た目は同じなのに感じる心が変わるのである。常に「恋」と同じ状態をつくることができるならその人は一生を老いることなく過ごしていく。
感覚は時間の長さも変化させる。
この場合の時間とは感覚的時間である。
つまらないものは長く感じ、面白いものは短く感じる。
時間とは客観的な存在であるけれど、主観的に過ぎていく。
情報空間のマネジメントという考え方においては時間感覚も大きな要素である。
と話はあっちにいきこっちにいきしているのだが人は常に情報とともに生きており、感覚のマネジメントという考え方でアプローチしないとよりよい時間というのは過ごせないのではないかと僕は思うのだ。
しかし、今朝、起きて唐突に何故そんなことを考えるに至ったのか。
それはニューヨーク国際モーターショーのこの写真から始まった。
投稿者 TKM : 2004年04月16日 08:58
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