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2004年09月29日
問題は常に関連し続ける

仕事をしているとやまけんから電話があった。
昼にメールのやりとりをして、もし僕が夜、家にいるようならばジーマミー豆腐を渡す約束になっていた。さてどうデザインしようかと思案していると電話がなった。
「いまかちどき橋をわたっているところ」
しばらくしてベルが鳴った。
ドアをあけると驚くことに「さわやかバージョンのやまけん」がそこにいた。いつもは黒かネイビーのTシャツなのだが今日は紺地にボーダーの入ったポロシャツであった。やけに爽やかである。パっとみたかんじ3~5歳くらい若返った感じだ。
忘れるといけないのでまず桂家から預かってきたジーマミー豆腐をやまけんにわたす。(まちがえて預かってきたやまけんをジーマミー豆腐に渡すと書いてしまって読み返して笑ってしまった)
結構な量である。ついでにうちに忘れていったお茶の筒をわたす。中には高級なお茶の葉が入っているのだが僕はお茶を入れないのでそのまま残っている。
ライブドア社長日記にやまけんのページが紹介されていたのでアクセスはどのくらいふえただろうね、と話していたらじゃあみてみようかという話になり、やまけん愛用のThinkPadにイーサケーブルをつないでチェックしてみると5000アクセス強。いつもよりグッと増えている。
この調子で党員も増えてくれれば更に食い倒れ情報が集まりやすくなる。しばらくして、「かぼすを貰う約束になっているので魚仁で待ち合わせよう」という話になり、議員秘書をされているモロイさんを紹介される。
「モロイさんはプロサッカー選手を目指してブラジルにわたり活躍していたんだよ。背が高くて190cmくらいあるんだぞ」
と話をしつつ待っているとモロイさんが到着された。確かに長身である。きけば192cmとのことで思わず「猪木と一緒だ!」とわけのわからないところで感心していた。
その後、三人で政治について語り合う。
モロイさんはさすがに現場の方だけあって話のひとつひとつに「リアル」がある。僕が政治について話すことは自分の視点での議論であって現場がどうなっているかはまったくわかっていないのだと思った。
やまけんは農業について、モロイさんは現在の政党政治と今後の動向や問題点などについて話してくれた。きいていると様々な分野、部分で政治に関わる問題には共通項があるのだ思った。
既得権益層が老害化していること。メディアの問題。法の問題。視野の問題。活気の問題。様々な問題が浮かび上がる。政治システムが現実に対応できていないことも原因のひとつだし、様々な要因が関連しあって問題が問題化している。これらを何か一つの解法で解決することは難しいだろう。
別な位相で問題を捉え治す必要があるのだろう。
問題意識の欠損という問題もある。かといって教育だけですべてが解決するのかといったらそうではあるまい。
重要なのは問題が単独で存在しているのではなく、それらは構造的・関連的に問題同士が連鎖し、そして相互依存の過程と結果としてそこにあるということだ。逆にいえば一点をとらえ解決することができればそれは全体にも伝播していく、ということであるのかもしれないが。
僕自身、日々感じているのは緊張感の欠損である。しかしそれを悪しとするのもどうかと思う。それが憂鬱の先端であるのだとしても、常に成長していなければならないような国のあり方というものには疑問を感じる。かといって停滞が奨励されるわけでもない。ようはバランスなのだろう。バランスが崩れたから反発してこの何十年かがあって、だとしたらまたバランスが傾きかけているならそこから揺り戻す逆の力も生じるのではないだろうか。
これは私見だが。
国益みたいな考え方が現実から離れてしまっているように思う。
世界中に国は分散して存在しているけれど全体では個というか群に向かってるように思う。
それは大きな流れだ。
どこを押すとどういう作用があるのかを予測することは難しい。
いきなり石油がいらなくなったらアラブ諸国の王様達の生活は変わるのだろうか。
急には変わらないのかもしれないし、全然かわらないのかもしれない。
なんといったらいいのかな。
物事は単独では存在しておらず、必ず何かしら関連してるのだ。
僕が思うのはこの考えを大前提にした政治の考え方である。
政治に勝ち負けなどあるのだろうか。
誰か、あるいはどこかの国や地域が負ける(負けるといのは勝負にという意味ではなく何らかの失敗をする、そして被害を被る)ならそれは人類全体にとってマイナスだと思う。勝った、負けたと一喜一憂するがそこに勝ち負けが成立するならその時点ですでに僕たちはシステム的に負けを宿命づけられていることになる。
野球の問題もどこかしら相似していて、どの人や団体がどう勝とうが負けようがその構造が成立してしまっている時点でマイナスが発生している。これは視点の問題だ。うまくいってるようにみえることや正しいと思うこと。そういうのが危ないのだ。
時間の要素が入り込むと意味はぐるぐる回転してしまう。
ある一点で世界が停止するならそんなことはないけれど残念ながら世界は回転している。時間も止まらない。
政治にかぎったことではないがベストの人がベストの方法で選出されベストの働きをすることがベストの政治だと思う。けれどそのベストはどの時点でのベストなのか。どの視点でのベストなのか。それを考えはじめると「人は何のためにこの世界にあるのか」という哲学的な問題にかえってくる。
答えは一定ではなくつねに揺らいでいる。
それをみていると「コレ」とか「ソレ」といったものではなく幅のある確率のようなもの。パターンのような、そういうイメージなのかもなとも思う。
この分野、政治という分野もかわっていくのだろう。
形はよそくできないが視点のドライブが生じることを僕は願う。
++++++
明日は人として尊敬するバシ師匠と前田さんにお会いする。
楽しみだ。
投稿者 TKM : 04:13 | コメント (2) | トラックバック
2004年09月27日
雨の日はザギンでグーフー
カーテンをあけると外は雨である。
パラパラという梅雨時の雨ではなく。
本ぶりの雨である。
友人のやまけんはデートにいって雨に降られたことがないと豪語する究極の晴れ男である。確かに一緒にいるとあたりが雨でも間一髪で雨を逃れるということが多い。
そういうこともあるのかもしれないなと思いつつ今朝の雨を眺めた。
僕は雨の日が嫌いではない。
静かに部屋で仕事をすることができる。
本に集中することができる。
気持ちが落ち着く。
など案外たのしいことも多い。
キャンプやバーベキューのような屋外イベントには向かないが一人で、あるいは誰かと過ごす雨の日は悪いものではない。
雨の日と晴れの日をうまく楽しむことで気持ちに余裕ができ、遊び心がドライブしはじめる。どちらか一方に偏れば偏屈になっていく。
どんなにうまい寿司でも毎日食べていたら嫌になる。
「バランス」とはうまい言葉をつくったものだ。
陰陽の図、太極を示す図がある。
リアルタイムで自分の太極のバランスがどうなっているのかを教えてくれるサービスがあれば人はもう少し賢くなれるのだろうか。
夕方は銀座で打ち合わせである。
昔、編集王というマンガがあって第一巻かな、漫画雑誌の編集者が「ザギンでグーフー?あるいはヤーキニークでもいいぞ」というセリフがある。あんまり型どおりの「さかさ言葉」だったのでおもしろがって使っていたら仲間内で定着してしまった。
まだ20代前半。
僕は湘南から月島に引っ越してきたばかりの頃だ。
越してきた次の日に散歩にいったら歩いて銀座にいけることにびっくりした。
湘南から出ることが少なかったのが夜は銀座につれていってもらうことが増えた。
とはいえつれていってもらうだけで店なんかほとんどしらない。
そのころのタドの日記のタイトルに「ザギンでグーフー」という回があって、その言葉だけやけに明瞭に記憶している。
メールに返事を書こうとしたらふと思い出した。
投稿者 TKM : 13:10 | コメント (1) | トラックバック
「痛快さ」を忘れてないか
忘れないようにメモ。
先週の大まかなコンテンツ履歴。
「モモ」
「ガジュマルの樹の下で」
「夫・青木雄二―ナニワの異端漫画家の真実」
「投資情報のカラクリ」
「知識資本主義」
「プロ野球買います!―ボクが500億円稼げたワケ」
「悪戯の流儀」
「考えるヒント」
「ノーザンライツ」
「ヴィレッジ」
「鋼の錬金術師9」
「東京原発」
「燃える男」
++++++
「痛快さ」という言葉がある。
ここ最近、耳にしていなかった。
いま欠けているものだ。
「粋」という言葉もある。
こちらも長いことお目にかかっていない。
「気持ちだよ」
沖縄についた初日に友人がいった言葉である。
投稿者 TKM : 04:29 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月25日
老害は信号機か?
この間、道を歩いていてふとおもったこと。
「年配の人を敬いなさい」「目上の人を敬いなさい」といわれる。
なるほどそうだよなと思うのだがちょっとまって欲しい。
その前に大前提として彼らは「敬われるにあたいする目上の人、年配の人」である必要があるはずだ。
はたしてどれだけの人が敬われるにあたいする大人あるいは年配、年上の人であると言えるであろうか。
さらにもうひとつメモ。
「日本停滞の一因は老害によって引き起こされている」とする議論。
これも至極イメージしやすい問題提起である。
適切な意思決定ができない老人が組織の上の方にいつまでもいることが組織にマイナスとなり、それが日本のいたるところで「信号」として機能してしまっている、という見方はたしかに説得力がある。
組織とか日本という場の停滞とか構造問題というのはまあわかりやすい理由ではある。
けれどそれらは些細な問題でヤバイのはありきたりすぎて僕らが気づかないところにある危機だ。
現在、人が活動できるステージは世界に広がっている。
日本だとか中国だとかアメリカ、ヨーロッパ、アジアという枠でとらえるから堅苦しくセコくなり思考が縮小してしまう。けれど実際には笑ってしまうくらいにエキサイティングな状況にあるんじゃないだろうか。
にもかかわらず問題をローカルに還元して考えようとしてしまうからおかしくなり、その姿勢がセコい考えを導いてしまう。
この際、誰が悪くてもそんなことはかまいやしない。
気にくわなければ何もウジウジと地元の悪口やグチなどいっておらず、新しいグローバル文化をつくっていったらいい。(おっさん二人が月島西仲商店街の主らしくイベントのグチを延々と話しているのをきいていたらそう思った。よく思うのだが話し合いというのは無駄話であることが9割ではないだろうか)
なんなら国をつくってもいい。
とさえ思う。
野球の問題にしても何にしても視点が狭すぎる。
いつまでも国家がいまの形であるという前提はグラングランに揺れている。
地球儀にひかれた線に人はこだわるけれどそれもここ数百年の出来事でしかない。
星にいけるようなったら線の価値はだいぶかわるはずだ。
触れることのできる範囲でいいから現実を見る。
メディアは基本的にきらびやかなネオンのようなもの。
あれも一つの「信号」である。
※ここで僕が使っている「信号」はシグナルという意味での信号ではない。昼間の都市部を自転車で歩くときに体験する不必要に多い信号機とブレーキ頻度という意味での信号である。
投稿者 TKM : 23:37 | コメント (6) | トラックバック
2004年09月24日
タイトロープと間合いの取り方
目覚めると午前11時であった。
2時間半くらい眠ったのか。
あまり眠った気がしないが頭は起動しているようだ。
何かに集中したあとは眠りが浅くなる。
夢の中でも思考が継続しているのだろう。
中高生の頃に上級生から呼びだされることが幾度もあった。
対決に向かう放課後までの時間は今日はどうなるだろうかとずっと考えていて気もそぞろであった。ああいうとき人の意識の重みは変化し身体に影響を与える。内蔵が重くなるような感覚があってあればかりは対立の前後にかならず直面しなければならない痛みだ。
バトル・喧嘩自体は大したことはないのだがその手前の重い空気が苦手だった。
じきに慣れていったのだろうけれど楽しくはなかった。
彼らが何故、絡んでくるのかはなんとなくわかった。
その大部分はコミュニケーションへの欲求の裏返しだ。
無視していたわけではない。
チャンネルが違ったのだろう。
およそ人と人の関係にはそういうタイトロープな時間が存在するものだと理解している。人と人が正面から向き合えばどうしたって対立は避けられない。
ではどうすればいいのか。
もう一歩進んでつばぜり合いの距離までつめよるのも一つの解法であろう。
その逆でもいい。
相手と自分が拮抗するポイント。
弛緩ではなく適度な緊張。
ようは間合いなのだ。
これは親密さとは別の問題でどのような関係にある二者も間合いを間違えれば「クリティカルな一撃」を与え合う位置に立つことがある。
自然と同じく人も絶えず変調しており、常に同じ状態にはいない。
そうした変化を感じ取り相手との間にベストの間合いをつくることができるかどうかが問題だ。ベストの間合いとは相手が最も「活きる」間合いである。
これができれば人に関する問題は減っていく。
タク、キッペイと名護の夜に話したのは言い換えればそんなことだったと思う。
投稿者 TKM : 11:39 | コメント (0) | トラックバック
仕事に適した時間帯って?
ふと思うのだがコンテンツ系の仕事って徹夜というか明け方の効用が結構重要で寝ないでやってると段々と思考がズレてきてハイになるというか眠さの深度があるレベルでブチっと切れて急に目が冴えてくる。
するといろいろと関連する物事が思い出されつながっていくというのがパターンとしてあるような。これが朝3時~5時かあるいは5時~7時くらいに起きやすい気がしているのだけれどこれにもなんか意味があるのだろうか。
どうなんだろう。
頭痛がしたり、なんかいまいち冴えないなぁと思いつつもそこで粘ってると段々「もしかして面白いかも。いやなんかいまやってるのって面白いぞ」みたいな変化があらわれ、気づくと時間を忘れて集中していたりする。でも夜から朝にかけてじゃないとこのスイッチは入らないないわけで清田くんもいってたが多くの人が眠ってる時間に起きているというのが関係しているように思うのだ。
僕は午前10時頃から午後6時くらいまでの東京時間に仕事をするというのが苦手だ。
ブレストや共同作業ならOKなのだがひとりで何かやろうという気にならないのだ。
投稿者 TKM : 07:09 | コメント (0) | トラックバック
「冨永 愛」という技
「英語でしゃべらナイト」の録画をみる。
久しぶりに冨永 愛をみた。
相変わらずのナチュラルな話しぶりは健在である。
この間合いはどこかでみたなあと頭の中で検索してみる。
以前、合気道の高岡氏のところに撮影でお邪魔したことがあるのだがその時、高岡氏がいっていた「かかる」「かからない」という言葉がぴたりと合致した。
冨永 愛は「技」である。
富永愛が「かかる」と人はガチっと引き寄せられる。そういう時、彼女は力をつかわずにサラリとやってのけるのだろう。逆にかからなけれければ相手は反発するか素通りする。そういうことなのだと理解した。勝手な解釈だが自分の中では至極合点がいったのですっきりした。
それまで彼女のような存在感をうまく解釈できていなかったがなるほど彼女は技なのだ。そう考えるとなるほどなあとひとり感心した。
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投稿者 TKM : 03:55 | コメント (2) | トラックバック
燃える男/A.J. クィネル
「燃える男」読了。
先日、本屋に平積みされているのをみかけた。
表紙にデンゼル・ワシントンの写真をみつけたので手にとってパラパラと最初の10ページくらいを斜め読みする。
そういえばこの本が面白いと言われていたっけと思い出した。「燃える男」を間違えて「熱い男」と覚えてしまったと伝えると笑われた。
翌日、借してもらって読み始める。イタリアが舞台なので風景はイメージで思い浮かべるしかない。けれどもストーリーはダイレクトに伝わってくる。村上龍の言葉をかりると「穴に落ちてはい上がる物語」となるのだろう。
物語は人と人の関係を描くところからはじまる。その時間が長いため自然と感情移入していた。劇世界に意識が浸っていく。
しかし自分がこの世界で最も忌むべき存在だと考える「弱者に対する暴行」によって物語は急転する。それは唐突に訪れる。
映像という表現を用いる映画とは全く異なる。
肩すかしをくらったかのような唐突さが逆にリズムをつくりだしている。
良くも悪くも。
物語への感想はいろいろといえるが自分は作品の中心に据えられているもう一つの柱として「男性からみた理想の女性像」の存在を感じた。女性からみてああした女性像は可なのか不可なのか知りたいものだ。
※映画版では「マイ・ボディーガード」と改題されている。またストーリーも少し異なるようだ。原作テキストがみせる心情と心象風景の描写を映像で表現することは難しい。というのもそれはテキスト化されていない「間合い」だし、映像化してしまえば消えてしまうからだ。小津安二郎が自身の映画の中で「涙」や「泣く」の映像を使わないのと同じと言えばわかりやすいだろうか。
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投稿者 TKM : 03:19 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月23日
夜の散歩と宮古島の空
友人の送別会で渋谷へ。
会をはやめに抜けて渋谷を散策する。
昨夜の渋谷の街は少し静かでゆきかう人々には怒気がなく穏やかにみえた。
電車で帰るつもりだったのだが合流したいとの連絡があったのである店で待つがなんだかバラバラに。結局、渋谷の街にとりのこされる。
どうということはない。歩いて帰ればいいだけだ。
久しぶりに渋谷から月島まで歩いて帰る。
二時間弱あれば着く。
夜の散歩である。
帰り道は思索の時間である。
お酒もさほど飲んでいないので素面である。
考えることといっても大したことではない。
何故、自分は歩いているのだろうとか。
人との関係についてとか、仕事についてとか。
つらつらと考えているうちに皇居までたどり着く。
皇居がみえるといつも安心する。
皇居から月島までは40分~50分ほど。
道がわかっていると気分も明るい。
楽しいわけではないけれど暗くなる必要もないし感傷的になる必要もない。
たんたんと歩く。
「底」の状態でこそ人の本質が現れる。
最近はどうということはない。
底にいるときこそ心のゆとりと温かさを持たなければならない。
親切にされたり大切にされたから優しくしたり温かく接するというのは出来てあたり前のことである。そんなあたりまえのことができたところで面白くもなんともない。自分が底にいるとき、荒れて当然という時に温かさや優しさ、ゆとりを持つのは難しい。が、難しいことをやるからやりがいがあるし何かが得られるのだろう。
そんなことを考えながら歩いた。
そして部屋に帰ってきてシャワーを浴びて慄然とした。
考えに至ったのはいいが自分は2時間あまりの思索の時間、全くそんなことばかり考えるだけで何一つ夢や遊びについて考えていなかった。
世の人々が心で動かなくなってしまったのは信号のせいだが自分もそれに従う必要はまったくない。
仕事もひっくるめて基本的に生きてること自体が大きな俄である。
信号の為じゃない。
これもあれも俄なのである。
日比谷にさしかかるあたりでふと子供について考えた。
信号理論にやられた大人といる子供はかわいそうだ。
彼らは相手の気に入るように生きねばならない。
子供は親の為に生きてるわけではあるまい。
そうだ、二日前のお昼過ぎに月島小学校の角で幼稚園児をつれた奥さんたち3人くらいが自転車を降りて談笑していてその中の一人がこれまであったことがないくらいにカッコよく温かいお母さんであった。ああいう人を素敵な人というのだろう。
自信があふれているというか横顔にオーラが輝いていた。
子供への信号のおしつけはなく、この人だったら無人島でもこの笑顔でやれるんだろうなと思った。女性をみてそのくらい感心したのは久しぶりであった。
町中にも素晴らしい人がいるものだ。
++++++
昨日、沖縄の友人からメールが届いた。
メールには宮古島の写真が貼付されていた。
携帯で撮影された写真だったが白い砂浜と淡いく透明なブルーがきれいでしばしみとれた。図書館の新刊書コーナーで「ガジュマルの樹の下で」という本をみつけた。読んでいたら沖縄の人たちの言葉を思い出して懐かしく思った。
メールによれば彼女達は明日から宮古島にいくそうだ。
天気がいいとよいね。
写真楽しみにしてます。
投稿者 TKM : 04:42 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月22日
営業マン特集と時間泥棒

久しぶりに「ガイアの夜明け」をみる。
営業マンの特集であった。
ヤマダ電機、積水ハウス、プルデンシャル生命の営業マンを追ったドキュメントである。
ドキュメントもつくりものとはいえ演出のしすぎなのでは、と思うシーンが多かった。
気になったのはプルデンシャル生命の営業マンを追ったパート。
プルデンシャルでは週に三つの契約を取ることを「3W」と呼び、それを50週続けたワタナベさんが会社で表彰されるシーンがある。
オフィスのホワイトボードには営業成績を示すのだろうかブルーと黄色の丸い磁石がグラフのように並べられている。マネージャー格の男性が入社1年目のライフプランナーワタナベさん(33歳)を称え、
「特別にメッセージが届いています」
部屋の後方にあるスクリーンにはワタナベさんの奥さんの映像が映し出される。
おめでとう、あなたはスゴイ人だと思ってました。仕事がんばってください。というメッセージが流れる。ワタナベさんは感極まって少し涙ぐむ。
ふと僕は考える。
保険とは一体何者なのだろう。
それは何かを生産しているのだろうか。
顧客から保険金として資金を集め、集めた資金を種銭に投資事業を営む。
それが保険会社のビジネスだと理解しているがだったら保険そのものはあまり意味はなく単なる集金の手だてということなのだろうか。
プルデンシャルでの営業はいわゆる王道の営業スタイルとされる「口コミ・紹介」がメインである。上にいけばいくほど収入が大きくなる。
しかし全員に売り切ってしまって、入る人がいなくなったらどうするのだろう?
思想や細部は違うのだろうけれど海外で行われる大仰な社内表彰イベントや涙を誘う演出など宗教系の集金術やネズミ講やマルチと姿がかぶる。とはいえマーケットは存在するわけでそれがなくなるまでは続くのだろう。
僕は国保以外には保険というものに入っていない。
タイで出会った村人も保険には入っていないだろう。
1000年前の人々も保険には入っていなかったと思う。
200年くらい前の日本人も保険には入っていないはずだ。
つらつらとそんなことを考えていると数十年後に保険というものそのものが存在しなくなっていてもおかしくないなと僕は思ってしまう。
保険というものは役に立たないことが最も価値を持つ特性を持つ変わった商品だ。
もし保険が役にたったらその時は負けである。
保険会社は保険が貯蓄の変わりになるというが貯蓄と保険は異なる。詭弁というか煙にまくというかうまい集金口実をつくってくるものだ。それともともとシンプルだったはずの保険がライフプランナーとされる専門家がバリバリに専門知識で解説しないとベストの保険商品を買うことができないところまで複雑化しているのはどう考えても不自然だ。
もちろん不自然な複雑さにはわけがあり、仕組みの複雑さが商品価値とすり替わる。
こうなってくるとほとんど制度や法律と同じだ。
便利さや快適さを保証するはずが逆転して負荷になってしまう。
同じ番組でやっていたヤマダ電機の営業研修も結構なものであった。
自分だったらあの接客で迫られるよりはネットで買うな。
お客様の為といってはいたけれど結局は売り上げなわけで。
あたりまえといえばあたりまえだけれど「よりよい商品」と「相手が求めている商品」は違うわけで。僕は大手量販店にいってもあまり店員さんにきいたりはしない。大体の場合は店員さんに相談する必要なんかなく。最初から質問の答えは知っているけどちょっとだけ背中を押されたくて質問するんだと思う。
売れ、売れ、売れってのはやっぱりどっか不自然だよ。
逆に無理して売らなくてもいい世界にすべきだと思う。
問題の根本は偏りや歪みにある。
エネルギーだけでもフリーになったらだいぶ事情は変わってくるはずだ。
「それじゃあ働く意欲がなくなってしまい怠惰を助長するだけだよ」という意見もあると思う。けれど世の中のコンテンツなんてのはそのほとんどが怠惰からしか生まれてこないんじゃないだろうか?
実際に現場にいるとわかるけれどコンテンツに関しては競争しようにも無理だ。
競争からはいいアイディアなんてのはうまれないし具体的な競争相手がいるわけでもない。
それにコンテンツは基本的に水物である。
鋼の錬金術師のセリフじゃないけれどコンテンツに等価交換の法則はない。
コンテンツが存在しなくても人は生きていける。
しかし恋愛がなくなったら子供は消えてしまうわけで、恋愛って何かといったらそれはやっぱりコンテンツなわけで補完関係じゃないけれど生きるモチベーションがあって手段が必要になってきてと物事は関連し循環しているんだと思う。
そういえば昨夜はじめてミヒャエル・エンデの「モモ」を読んだ。
1973年の作品だが読んでいてゾンワリとした。
いまではしっかりと時間泥棒の世界が実現されている。
「モモ」についてはまた改めて。
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投稿者 TKM : 11:06 | コメント (2) | トラックバック
2004年09月21日
愛情の本質と違和感

夜の街を帰りながら時折感じる違和感について考えることがたびたびあった。
なんでもそうだが不自然に派手さが前にでていると心が薄く感じられる。
表面的なものほど見かけのパフォーマンスに終始する。
そういう行動や行為には違和感が伴うので誰でもわかる。
本当に何かに感じ入ったときは穏やかな気持ちになるものだ。
信頼とは激情ではなくそうした穏やかさの奥にある感情だ。
++++++
人の気持ちを傷つけていいことなんてひとつもない。
けれど自分の感情をごまかしてもいいことなんてひとつもない。
コミュニケーションとは「殺るか殺られるか」という種類の闘争ではないと思う。
自分に正直でありながら人をきづかうこともできるはずだ。
「傷つきたくない」という意思は理解できるが傷つかなければわからないこともある。
踏み込んでいかなかったら自分や相手を理解することはできない。
でなかったら人の世界は殺伐としていくばかりだ。
本音で対峙することは喧嘩ごしでいけということではない。
なにも戦闘的なモードになる必要はない。
角は丸くあればいい。
自己中心的な考えはいけない、とされているが本質は逆なのではないかと思う。
傷つきたくないという気持ちが強すぎて自分以外に中心がいってしまう。
すると自分を中心に捉えることができないから他者に振り回される。
そして他者を気づかうゆとりは消え、刺々しくなってしまう。
自然から離れるとコミュニケーション下手になっていくのではないだろうか。
++++++
夕刻や金曜の夜に隅田川沿いのテラスを散歩するとベンチに座っているカップルをみかける。
僕がカッコいいなと思うのは少し年齢のいったカップルがそれとなくスキンシップをとりあいながら談笑している姿だ。そういう二人の姿には違和感がない。対して蠢くように身体を寄せ合うカップルの姿はどこか不自然だ。※注1
不思議なもので気持ちのいいカップルは空気が自然だ。
無理がないといったらいいのだろうか。
そこには調和がある。
そういう人たちにあうとこちらも気分がよくなる。
話ていても穏やかな気持ちになる。
二人は最初からそうあったわけではないのだろう。
少しづつそうした間合いを育んでいったのだと思う。
信頼や信用、愛情というものは目に見えないものである。
目に見えるような表現は本質にかすりさえしていない。
見えないところに愛情の本質は現れる。
僕はそう思う。
※注1:例えるならばWWEのエンターテイメント性とハッスルのエンターテイメント性の違いとなるだろう。WWEは突き抜けたプロ意識で統一されている。やっていることはつくりもので格闘技の持つリアルさとは無縁だ。しかし彼らは意図的に不自然さを演じておりそれが目的化しているためリングは極めて自然である。
一方、ハッスルの場合は小川・橋本・川田というレスラーたちに必要以上の「照れ」がある為、みているこちらが恥ずかしさを感じてしまう。その不自然さには違和感を覚える。この感覚とテラスのカップル達をみた時に感じる感覚がは似ている。(全員がそうではないけれど)
投稿者 TKM : 12:03 | コメント (2) | トラックバック
沖縄Days vol.2 -沖縄の域-
飛行機を降りて空港に向かう通路を歩く。
南国のムワっとした空気が充満している。
暑さというよりも質感をともなった熱気はタイやベトナムとも微妙に異なる。
東京の暑さは街の暑さだが沖縄の暑さは太陽の暑さである。
久しぶりに飛行機に乗ったせいか少しボーっとしているとすたすたとやまけんが歩いていく。そういえば沖縄では出迎えの人がきているハズだったがどこにいるのだろう。見回してみるがそれらしき雰囲気はない。
当たり前である。
まだ到着ロビーの中だった。
電車ではないからゲートの先にいくまでは乗客しかいないのだ。
到着ロビーからでると人がたくさんいる。
沖縄の空港にこんなに人がいるとはおかしい。
トイレにいったら人が並んでいる。
上の階にいっても行列はかわらない。
とやまけんはトイレの行列に並ぶことにしたらしい。
オレは並ぶのが「大嫌い」なのでさらに上の階、出発ロビーにいってみることにした。エスカレータをあがって驚愕した。
人、人、人。
視界の全てが人である。
まるで終電の後の新宿の地下街のように人が地べたに寝ている。
こんなところまできて人混みをみせられるとは思っていなかった。
こんなところで眠ってるくらいならもう一泊して沖縄で楽しんだらいいのに、と僕は思うがそれを許さない「信号理論」がしっかりと機能しているのだろう。
人は信号に従うことに慣れてしまうとそうせずにはいられなくなってしまう。
生死を分ける問題であれ、信号がそれを許さないならやはり人は信号に従うのだろう。
奇妙な風景を一瞬だけ眺めてすかさず下りのエスカレータに乗り換えて下の階に降りる。土産物屋の軒先で眠っている人々。
更に下の階。
到着ロビーで一休みする。
しばらくして今回、旅の案内をしてくれる大学の同期生たちが空港に到着した。
彼らと落ち合う為にもう一度、出発ロビーへ。
人、人、人。
人の波を間をくぐり抜けてタクシー乗り場、バス乗り場の柵を乗り越え、車を待つ。しばらくして白いホンダの車が僕たちの前で停車した。
男性が車から降り、笑顔で手を振る。
「タク~!」
そう言ってやまけんが走り寄る。運転席の男性は黄色のかりゆしをきている。
僕は二人とも初対面である。
「こんにちは!ヨロシクおねがいします」
そう挨拶をして握手を交わす。
出会いの時はいつも緊張する。
話しが好きなので社交的だと思われがちだが自分はそれほど積極的に人と交わるタイプではない。出会いは必然と思っているし、誰とでも仲良くなるというわけでもない。
最低限の礼儀だけは守るようにしている。
挨拶をするとかお礼を言うとか話を聞くというあたりまえのことなのだがそれだっていい加減にやればされた方はいい気持ちはしない。
人の気持ちを害していいことなどないのだ。
車の後部座席にはチャイルドシートがおいてあった。
「チャイルドシート外すの忘れてたんだって。ちょっとせまいけどゴメンね」
タクがそういう。タクはやまけんの大学時代の同級生だ。石井威望研究会で一緒だったそうである。システムインテグレーション関連の仕事をしている、としかきいていなかったのだが沖縄ツアーについてのこれまでのメールのやりとりからきめ細やかな気遣いを感じていた。
車に乗り込み、さっそく行動開始。
「コイツ、キッペイ。高校の頃からの親友。今回の旅のセッティングをやってくれたんだよ。」
タクが運転している男性を紹介してくれた。
その時、彼が今回の旅の具体的なプランを全てつくってくれたのだと初めて知る。
タクとキッペイの二人は沖縄生まれ、沖縄育ちの沖縄人である。
沖縄の訛りなのだろうか彼らの話す言葉には角がなく、懐かしさを覚えた。
しばらくなんとはなく話をする。
昨夜まで沖縄では台風が猛威をふるっていて飛行機が欠航し、それで空港が大変だったことや。大学時代にどんなだったかとか、キッペイは何をしているのかとか。
まずは昼飯にしようということになり車は首里の方に向かう。
しかし当初予定されていた「首里そば」は観光向けに味が特殊になっているとのこと。
もっと地元な沖縄そばらしいそばにしてはどうだろうかとキッペイから提案があった。二つ返事で
「おー、そいつは絶対そっちにいきたい。いきましょう」
「じゃあ、そっちにしようね。」
と車は一路、沖縄そば屋に向かう。途中、見知った風景に出会う。先回、沖縄にきたときに返しにいったレンタカー屋をみつける。あの時は最終日はひとりだったので閃くままに車を運転し、食事し、一人旅を満喫した。
僕にとっての沖縄の記憶はあの日に集約される。
そんなことを思ながら流れる風景をみていた。
背の高い草が風になびいていた。
空はまだ雲で陰っていた。
キッペイが道路脇の様々な建物について解説してくれる。彼は沖縄県の職員で土木関係の仕事をしていた。そのため様々な公共事業に精通していて裏話をきかせてくれる。
しばらくして「淡すい」という店についた。
(店名から岡田につれていってもらった代々木の「淡水研究所」という飲み屋のイメージしてしまった)
どうみても掘っ立て小屋のような店だ。解説によればこの店は建築法に違反しているらしく建築物の検査をする立場にあったキッペイは立場上、店の主と激論になったこともあったそうだ。
そんな話をきいていたのでどれほど恐い店だろうと思って入ったら小ぎれいで感じがよい。注文しようとメニューをみると6品ほどしかない。ノーマルなそばにしようと思ったのだが
「ソーキは沖縄の人にとってはごちそうだからね」
というキッペイの言葉に動かされソーキそばに変更。沖縄ではそばのことを「スバ」と呼ぶ。タクがそのあたりの解説をしてくれたのだが詳細はしっかりと失念。簡単にいうと江戸っ子が「ひ」を「し」と発音するのと同じようなものとのことだった。
そばが運ばれてきた。
さっそくやまけんは撮影に余念がない。
今回の旅で僕はビデオで撮影をしてみた。
食い倒れは動画の方が面白いと思ったからだ。
撮影をしてみて早速気がついたが撮影対象であるやまけんは「食べる」に集中するまえに必ずパシャパシャと撮影するので動画だとどうもタイミングが悪い。感想をいって欲しいのだがカメラをもってどんぶりにがぶりよりという絵になってしまう。こうなると動画作品としては面白くないものになる。
この時点で方向性を変えて僕がレポートするようにすればよかったのだがそれはいまだからわかることであり、次回はどこを改善すればいいかがわかったので良しとしよう。
運ばれてきたソバはシンプルだが好感の持てる外観をしていた。ぼくの中では沖縄ソバはラーメンのようなイメージがあった。これまでもそう捉えていたのでカンが甘いというか味にキレがないという印象があった。
が話の流れでキッペイが
「これはねソバなんだよ。独特でしょ」
といったのをきいたときに認識が変わった。そうかこれは「蕎麦」か。そう思って食べると沖縄ソバが優しい味に感じられ美味しかった。
料理の味そのものは食事を味わう時の3割程度の影響力という話をどこかで読んだがその通りだと思った。静かな光がさしこむ店でゆげのたつそばを食べていると土地の空気が流れ込んでくるようで段々と気持ちが穏やかになっていくのを感じた。
店のおばさんもみためはぶっきらぼうなのだが言葉は優しい。
このファーストコンタクトに沖縄の域が隠されていたのだがこの時はまだそれに気づくことはなかった。
投稿者 TKM : 03:04 | コメント (3) | トラックバック
2004年09月19日
良い飲みの条件とテキストの後ろのテキスト

僕は友人達と語らい過ごす時間が好きだ。
何を話すわけでもないのだが一緒にいると穏やかな気持ちになる。
いや話はしているのだが『語りあう』のとは少し違うように思う。
具体的に何かの問題を取り上げ議論するというような話し方はしない。
何となく伝わってくるし、あうんというのだろうかフィーリングでわかるのだ。
『場』の力というか言葉のトーンや発せられた言葉の意味とは異なるところから伝わってくる。
この感覚を誰とでも持てるわけではない。
僕は『心が開く』あるいは『心が解ける』という言葉を使うのだが自分の心の塗り壁や結び目がほどけ、どわどわと外界が流れ込んでくる一瞬がある。
ああ、別にいいんだ。地でいってオーケーなんだということが言葉ではなく感覚でワーっときたりフワリときたり、じわりと伝わってくるのだ。
『よい飲み』とはそういう状態を指すのだと思っている。
単にお酒を飲んで話しました、楽しかったです。
というのが楽しい時期もある。
けれどそれだと安定して『よい飲み』を実践することは難しい。
安定して『よい飲み』をつくりだすには飲みが自分ひとりではなくメンツとの相互依存によってなりたっていることを知らなければならない。
感情をぶちまけて喧嘩して笑いあってという飲み方はエキサイティングで醍醐味あふれる飲みのようにも見える。しかし大半は酔ってとりとめのないことをくどくどと言っているだけに過ぎない。
「よい飲み」の基本は開きながら相手を想うことだ。
素直になるというと自分の思ったことをダイレクトに伝えればいいだけだと思いがちだがそれは一方的な感情の発信でしかない。
恋愛だって「お前が好きだ好きだ好きだ」と押し寄せてこられたら誰だって退くだろう。感情をぶつけることが「想い」だと考えがちだがそれは相手への想いではなく自分の想いに過ぎない。
自分の想いだけを押し通そうとする人が多いから様々なシーンでディスコミュニケーションが生じるのだ。
人は自分が傷つきたくないから「閉じる」。
世界の中心を自分に固定し、強固な城壁を築き自然と対峙する。
思想といってしまえばそれまでだがツライ生き方だと思う。
地球に暮らしていると太陽が地球の周りを回っているようにみえる。
けれど実際には地球が太陽の周りをまわっている。
人と人の関係もそういうものだと思うのだ。
自分という中心があって、他の人は自分を中心にぐるぐると動いているように見えるけれどそんなことはない。彼らの物語の中では自分が周りを回っている。そういうことを同時に感じること自分と相手の視点を同時に体感するようなそういう感覚。
それを僕は「解ける」と呼んでいてそれは言葉の意味の外にあるフィーリングだ。
コミュニケーションの本質とはこちらにあるのではないだろうか。
何時間もかけて語り合い、心を分かちあったような感覚になることもある。
けれどそこで「満足」や「通じた」や「伝わった」「わかりあえた」といってるものの正体は言葉の意味を交換することで得られた理解ではなく言葉の外にあるフィーリングやトーンが場に浮かび上がることなのではないかと思う。
それは共感や共鳴とも違う感覚である。
通じる、伝わる、わかりあう、とも異なる「言葉の外」がそこにはある。
物語を読んでいるとテキストの後ろにもう一つのテキストが浮かび上がってくる時がある。この感覚ととてもよく似ているのだがそれをなんと説明すればいいのだろうか。
似ているものを探してこんな感じ、ということしかできない。
++++++
どんな面白い本でも映画でも1度目に読んだり観たりする時と二度目の時では面白さが違う。何度読んでも、何度観ても面白いコンテンツというものはありえるのだろうか、と学生時代に思索していた。
空の表情は絶えず変化する。
雲は流れていく。
沖縄の海でみた雲は壮大で水平線の向こうにある巨大な山脈をみているようだった。
自然と向かいあっているんだ、と思った。
あの時僕が感じていた自然とは何者なのだろう。
雲だろうか。
海だろうか。
自分を囲む環境全体なのだろうか。
あそこで僕がみていたものは自分なのではないかと思う。
水平線の彼方にみえる広大さの本質はそこにある雲や空ではない。
それは外的であり同時に内的なものだ。
言葉としての「円運動」ではなく運動そのもの。
あそこに雲や空や海があってそれを観ている自分がここにいて。
感覚がワーっと押し寄せクラリとするのだがそれは不快なものではない。
あの感覚は言葉の意味的用法では表現できない。
意味の裏を使って対象とは別なもので表現する他に方法はない。
村上春樹の小説などはこの手法を用いているように思う。
気配や情報感覚をテキストとして定位するにはそれ以外に方法はないのではないだろうか。さらに適当なことを言わせてもらうと晩年のソシュールがアナグラムの研究に没頭したのもテキストの後ろのテキストの存在と関連していると思う。
投稿者 TKM : 09:43 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月18日
船木誠勝の叫び -抑制された情報の澱-
土曜日、午前8時。
目覚める。
メールをチェックすると30通のスパムメール。
「明日からまた生きるぞォォォー!!!」
と叫ぶパンクラス設立者・船木誠勝を思い出す。あの試合で船木はバス・ルッテンの掌底を真っ正面からもらい幾度もダウンした。ダウンする度に会場には重い空気が流れた。観ている誰もが「船木、もういいよ。もうわかった。だからもう立たなくていいよ」そう思った。ルッテンの打撃はそれほどに壮絶であった。
船木の鼻は形が変形していた。
顔もグチャグチャになっていた。
それでも倒れる度に船木は立ち上がった。
当時、パンクラスではポイントシステムが採用されており、自分の持ち点が無くなるまで試合は継続された。
船木は『負けっぷり』の選手である。
ヒクソンとの試合(結果的に引退試合となる)も壮絶な負け試合であった。
勝ったのはルッテンであり、ヒクソンだった。
しかし、観ている我々の記憶により強く印象づけられるのは負けていった船木の姿だ。
ルッテンとの試合の後、船木は叫んだ。
「明日からまた生きるぞォォォォー!!!」
その叫びは自分の心に深く響いた。
あそこには確かに生々しい『生』の姿があった。
「ハハハ」と笑ってすませすことのできない得体の知れない闇と光の境目があった。
僕たちはあのドロリとした感覚を意図的に封印して生きている。
しかし我々の本質とは船木があのリングで叫んだ言葉に共鳴してしまう生の躍動にある。
それは確かに我々の内部にある沸々としたエネルギーである。
ネットに溢れるブログやホームページ、人々の言葉をみていたらこみ上げてくる想いがあってそれは焦燥に近い感覚でもあるし、捕らわれた獣がオリの中で咆吼をあげるような悲痛さでもある。そういう感覚を抱くのは自分だけなのだろうか?
僕たちが日々接している情報環境、情報社会はあの日の船木の叫びとは大局にある。
それは遍在する言葉であり、抑制された情報の澱だ。
傷つくことはないが心に迫ることもない。
無害だが無能な情報の蔓延である。
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投稿者 TKM : 08:24 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月16日
沖縄Days vol.1 -朝の空-
終わらない夜と眠れない朝

出発の日の朝はいつものように徹夜だった。
仕事を終えたのが午前4時。
那覇に向かうANAの飛行機の出発時刻は午前8時。
やまけんとの待ち合わせは午前7時に羽田。
時間に間に合うようにするには午前6時15分に勝ちどき駅発の大江戸線に乗らなければならない。
旅の準備をしていると時刻は5時過ぎ。
あと1時間で出立しなければならない。バタバタと荷物をリュックに詰める。いつも迷うのはどの本を持っていくかなのだが今回は何故か「意識の本質」(井筒俊彦)。今持って何故その本を手に取ったのかは不明だ。やまけんに貸そうと思って「ガンジス河でバタフライ」(たかのてるこ)も詰め込む。それからCD。レンタカーを使う日が一日ある。レンタカーにはCDが欠かせない。これも考えてみれば不思議なことだがここで選んだ一枚が後に強烈なインパクトをもたらすこととなった。
ふと外にでてみたくなった。
こういう感覚は何かを伝えていることが多い。
外に出て我が目を疑った。
美しいピンクとブルーが東の空をつつんでいた。
空の向こうの方がみたくなって廊下にでて窓をあけたが地平線はビルの彼方に隠れていた。

しばらく空をみていた。聖路加の前からだったら見えるかもしれないと思って一階に降りて自転車で外に出た。しかしその頃にはすでに空は明るくなりはじめていた。
空の向こうはみえなかったけれど夜が朝に変わるその一瞬に遭遇できた幸運に感謝した。
部屋にもどって作業の続きをはじめた。
向こうではPCが使えないので仕事関連のメール処理を全部やっておく。するともう時間である。ガスの元栓を閉めてエアコンの電源を切ってドアを出る。
大江戸線はいつものようにすいている。
浜松町からモノレールに乗り換える。
本当は浅草線でそのままいけるのだけれど野知さんが「かがやくん、なんか空港に向かう時は地上から攻めたいよね」と言っていたのを思い出しモノレールで空港に向かうことにする。確かに早朝の便を使う時は空が見えた方が気持ちがいい。モノレールは適度に混んでいる。旅行客が半分。残り半分は仕事の人だろうか。しかめっ面の人が多い。二十代後半の白いシャツにネクタイをした男性がバーに腰掛けクッキーを食べている。向かいの席に座っているサラリーマン風の男性は外を見つめている。
車中に声はない。
空港についてチェックインカウンターに向かう。
やまけんは初沖縄ということなので窓際の席にした。
海が見えるといいのだが昨夜まで向こうは台風で大変だったらしい。
宇宙飛行士かパイロット
やまけんと合流し搭乗手続きを済ませ機内へ。飛行機は満席の模様である。
やまけんのいでたちはいつもの黒Tである。後にこの黒Tに秘められた秘密を知ることになるのだがそれはだいぶ後の話だ。飛行機に乗るたびにどうしてこんなに座席がギュウギュウとしているのだろうと思う。
東海道線の4人がけの席もそうだ。あと3cm広げたらどれほど快適になるだろう。こうした小さな不快の集積が都市・国レベルで巨大なストレスの層をつくりあげているのではないだろうか。
さっそくやまけんに「ガンジス河でバタフライ」をわたす。
「こういう人も好きだな~。」
「この人。面白いんだよ。『銀座OL世界をゆく』というTV番組にもなってて何せ勢いがある。文章がやまけんに似てる気がするんで貸そうと思ってたんだ。どっかであったりするかもしれないし。なんか合うんじゃないかな」
気に入ってもらえたようだ。
「こうしたパワフルな人と直接会うと陽と陽がぶつかりあって反発することが多いんだよなあ」
とやまけん。なるほど何となくわかる。地と図の関係である。陽が陽として成立するには陰という地が必要になる。やまけんの大食いも我々ノーマルなイブクロ人との対比によってきらびやかうきたつ。
ジェットエンジンがキーンという音をたて飛行機が加速しはじめる。離陸である。僕はこの時間が好きだ。おそらく加速感が好きなのだろう。
子供の頃から空が好きで。
ずっと宇宙飛行士になりたかった。
「虫歯があるとなれないんだよ」
小学校の頃にそう教えられた。
虫歯がなかったら宇宙飛行士を目指していただろうか。
子供の頃に母に何度も聞かされた話がある。
母の教え子に自衛隊のエースパイロットになった人がいたそうだ。
戦闘機のコクピットは前後に二人乗りになっていて両方の席で操縦ができる。彼が遊びにきていうにはパイロット候補の試験ではいきなりなんの予備知識もなくファントムの座席に乗せられ高度数万メートルの地点で操縦桿を渡されるのだそうだ。
そこでパニックに陥ることなくどうにか機体を立て直すことができた者が候補生として戦闘機乗りになる。過酷な試験だが国防の最前線ではそうした感性的な適正の有無が重要なのだろう。
しばらくバカ話をして本を読んでいたら眠くなってきた。
二人ともぐっすりと眠る。
ガタっと揺れがきて起きると「機はまもなく着陸いたします」のアナウンスが流れていた。一時間以上眠っていたようだ。窓の外は雲に覆われており沖縄の海はまだ見えない。
投稿者 TKM : 01:38 | コメント (2) | トラックバック
2004年09月15日
皇居と宴会の類似点
水曜日のお昼過ぎ。
皇居から空を見上げていた。

おなじ東京なのだけれど印象はだいぶ違う。
数百メートル先には普通に車がゆきかう大きな道路がある。
車の音は皇居のお堀と森によってゴーっという音に変換されなかにいるとそこが東京の中心とは思えない静けさである。
小さい頃、実家で宴会がある夜に二階で遊んでいると下の階のガヤガヤとした騒ぎがぼんやりと聞こえていた。
下にいくとうるさいのだが上からだとそのガヤガヤが心地よい。書いていたらそんなことを思い出した。

名護で山羊を食べていた時に志乃ちゃんから「沖縄そば」と「ジーマミートウフ」を頼まれた。
最終日の夕方に那覇市役所の前にあるスーパーで入手し、飛行機に忘れることなく無事持ち帰った。
お昼に市ヶ谷に届けにいったらおいしい蕎麦をごちそうになった。志乃ちゃんオススメの穴子天もりを蕎麦とうどんの両方が盛り込まれたオススメの「めおともり」でいただく。
ウマイ!
久しぶりに食べる東京の蕎麦とうどんは洗練された味だった。
沖縄の土産話をしながら食べる蕎麦はなんだか懐かしくておかしかった。
投稿者 TKM : 23:27 | コメント (3) | トラックバック
2004年09月14日
東京Days -銀座のネオンと艶やかな女性達-
一週間ぶりに銀座の街に帰ってきた。
資料を探しに夜の街に出るとネオンがきらめいている。
一路、書店に向かい目当ての資料を探す。
資料をみつけて時計をみると午前0時まであとすこし。
大通りを避けクラブ街を抜けてかえることにする。
新宿あたりだと客引きがうるさくて閉口するのだが銀座では客引きやホステスから声をかけられることは少ない。
久しぶりに銀座に活気が戻っている。
艶やかなドレス姿の夜の女性達が街に溢れ、華やかなことこの上ない。
これでもかといわんばかりにドレスアップした女性達の放つオーラに酔ってしまいそうになる。
おじさん達が日々通うのもわからないではない。アレは日常とは別な世の姿である。
華麗だなあと感心しながら彼女達とおじさんたちの間を抜けていく。
みんな機嫌がよい。
「おっとごめんなさいよ」とか「すみませーん」と道をあけてくれる。
人間、楽しくて余裕があれば人あたりは優しくなる。
けれど人の本質は絶好調の時ではなく底にいるときにあらわれる。
底にいるときこそ温かさとか穏やかさを保ちつつ切れ味するどく攻め入りたいものだ。
夜。
もう少し遅い時間。
モデルさんとメイクさんの話を聞いた。どんな男性が嫌かという話で彼女たち曰く
「例えばさ、振られたとかいって、引きこもるような感じだともうウゲーっとなってしまう。ちょっと、そとでて走ってきなさいよっていいたくなる。」「そうそう。男の人の方が引きずるっていうけど。ホントそういう人いるなあ。あたしはそういうのヤだな。」
「じゃ、どういうのがいいわけ?」
「態度がカッコよい人」
どうでもいい話をしているようにみえて彼女たちの感性はとても鋭い。
まさに言い得て妙だなと思った。
今日はこれからお台場の科学未来館でインスタレーション作品のメンテナンス作業である。ヤサカさんと会うのも久しぶりならば電通テックの堀田さんとお会いするのも久々である。
※沖縄Daysは現在執筆中です。一日に一本づつ10回くらいにわけてアップしていきます。
投稿者 TKM : 13:23 | コメント (3) | トラックバック
2004年09月13日
沖縄Days -終わらない夏休みの記憶- vol.0
たったの六日間だがこれだけ長い間キーボードに向かうこともなく文章を書くこともなく過ごしたのは2年前のベトナム・カンボジア以降はじめてではないだろうか。そう思う。
沖縄での日々は通常の旅行というよりも修学旅行か宿泊訓練のような日々であった。
毎日何かしらのイベントがあって、それらはとりたてて特別な体験ではないのだけれど一日目はこうして二日目はこうだったな、と思いかえしていくと嬉しさと切なさが混じり合った複雑な気持ちになる。
旅と夏は似ていてどちらも切なくはかない。
その時間を永遠につなぎとめておきたいのにそれができない。
夏の夕方に暮れていく空をみていると今日という一日はもうかえってはこないことを実感する。
昼と夜が交差するその時間が好きだ。
それは嬉しさとも違うし綺麗という感覚とも違う。
いいようのない切ない気持ちがこみ上げ、記憶が蘇り未来や今がたたみ込まれて一気におしよせてくる。誰かにそれを伝えたいと思うのだけれど、その方法がわからなくて、左胸のあたりが苦しくなる。
そして自分が生きていることを実感するのだ。
以前はよく「終わらない夏休み」について考えていた。
夏の夕暮れが永遠につづくならば人の世界は変わっていくのだろうか。
それとも慣れていってしまうのだろうか。
++++++
帰りの飛行機で何年かぶりに吉本ばななの小説を読んだ。
彼女が南米を旅行しインスパイヤされた経験をベースにした短編集である。
てっきりエッセイだと思っていたので失敗したと思ったのだが我慢して読み進めると僕が夏の夕暮れに感じた何かと同じ「気配」についてかかれたページがあった。何度か読み返してノートに書き写した。
こんな風に電車や飛行機の中で集中したのは受験生の頃以来だ。
作品がどうこうということではなく集中していることが面白く羽田についてからもずっとペンを走らせていた。
※次回から旅についてのエントリーをアップしていきます。やまけんのページで旅の行程にそって食べ物について扱っているので同じ時間に僕が何を感じていたのか。もうひとつの旅の記録を書いていきたいと思います。
投稿者 TKM : 12:36 | コメント (2) | トラックバック
2004年09月09日
かなりヘビーな行程
シグマリオンで更新の予定だったが通信ソフトの都合で通信ができないことが判明。
このエントリーはタクちゃんの家におじゃましたタイミングで(30分の休憩)マシンを借りて書いている。
さてツアーだが。
かなり濃い。
とはいえ濃厚、特濃な日々。
三日目にしてすでに一週間以上の時間密度である。
さて今晩も炸裂だ。
そして海は綺麗だ。
投稿者 TKM : 16:21 | コメント (3) | トラックバック
2004年09月07日
食い倒れDVDと徹夜でフライト
今朝は徹夜のままフライトである。
朝一番でやまけんと羽田で待ち合わせ。
昨日、準備でバタバタしていたが仕事もバタバタ立て込んでおり自己管理能力のゆるさを自覚する。
問題の一因はモバイル環境が無いことなのだろうな。
仕事柄モバイル環境が必須であることをあらためて実感した。
現地ではやまけんからシグマリオンを借りる予定なのでテキストワークやメールの処理は問題ない。一安心である。
メールに関しては読むだけならばケータイでOKなのだが返信の際にはどうしてもキーボードがないときつい。ブログの方もテキストならばアップできるだろう。PCが一台あれば家にいようと島にいようと大差ないのだから不思議なものである。
タドにDVカメラを借りたので今回は初の「食い倒れDVD」の撮影になる。
戻ってきたらGCFカネコに手伝ってもらって製作となる。
DVの編集は久しぶりだ。
超がつくほど特定されたユーザに向けてつくられるタイトルになるが面白い試みであることは間違いない。楽しみである。
あとは最近の読書・映画録。
村上春樹「アフターダーク」読了。
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ナレーションがラース・フォン・トリアーの「ヨーロッパ」を思わせる。その成果、ナラティブが変わるごとに映画のシーンがよぎる。久しぶりに「エレメント・オブ・クライム」を観たいと思った。
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「ハリーポッター 不死鳥の騎士団 上・下」読了。
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ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 ハリー・ポッターシリーズ第五巻 J. K. ローリング, J. K. Rowling, 松岡 佑子 発売日 2004/09/01 売り上げランキング 2 Amazonで詳しく見る ![]() |
ファンタジーの王道をいく構成。しかし…。長い。長すぎる。そしてハリーが「かわいくない」。この巻のハリーは自分とそっくりだ。自分の嫌なところを指摘されているようで耳が痛い。いや目が痛いというべきか。
とはいえキャラの設定。王道をいく憎まれキャラの描写など物語に引き込む構成力は素晴らしい。外伝でハリーのお父さんの物語ができたら、彼のストーリーは結構ハードボイルドでいいだろうな、と思った。
「誰も知らない」を観る@銀座シネカノン。
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誰も知らない(予約販売) おすすめ平均 ![]() 一部ネタバレのレビューです 救いは多分ある 見る前から結末は分かっていたのにAmazonで詳しく見る ![]() |
主演の少年がなぜああも絶賛されたのかようやく理解した。この映画は虚構の時間に現実の世界の時の流れを取り込んでいる。彼が魅力的なのは映画という限られた時間内で精神的に、生物的に、彼が成長していくからだ。撮影に一年という時を投じ、作品ではその実時間を圧縮しているのだから当たり前といえば当たり前なのだが。それでも見まごうばかりの変化。子供が少年あるいは青年へと変貌を遂げていく様は頭ではなく胸の奥で理解しているような、そう映像を自分の内部で生命力と時間に解体し再構成しているようだった。観ている自分が何歳なのかを全く忘れた。
家においていかれた時のあの気持ちは経験のないものにはわからないだろう。
前述のハリーと似ているが僕には少なからずそうした記憶があるのだろう。それは恐怖なのかもしれないな。と思うが克服すべき感傷でもある。(追伸:前にも話したが僕は映画をみながらその不条理(実在主義の用語の方ではなく)ともいうべきがんじがらめなキプールのような泥沼にずっと「信号」をみていた。この信号は今後数年で巨大化・複雑化し、不可視のうちに人を絡め取っていく。我々がみつけなければならないのは信号の攻略法なのだ)
「ヴァン・ヘルシング」を観る。
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脚本の参考にと思ってみた。思った以上にバランスとテンポが悪いがCGは強烈であった。強引すぎるみせかただ。正直いって見終わっても何も残らない。しかし…。じゃあつくってみろと言われたらあの脚本だってそう簡単には書けないだろう。よく映像化したものだ。惜しまれるのは会話とモンスターの心理描写がチープ過ぎる点である。ヘルシング自身もアニメ版とくらべるとコミカルに描かれすぎだ。もっとダークに「スリーピー・ホロウ」系の抜け方をすれば案外名作になったかもしれないのに。
う…待ち合わせの時間までもう2時間ちょっとだ。
で駅探で調べたら「6時15分 勝ちどき 発」であった。あと2時間もない…。
昨日、野知さんから「マチとものがたり」の相談を受けた。
宮島さんに相談してみることにした。
僕とGCFカネコでやっている「デジタルコンテンツ」とは全く違う方向の「コンテンツ」だがこうしたサステイナブルなコンテンツクリエーションも別な面白さがあるのだと思う。
昨夜も少し話をしたのだが僕の興味は基本的には「異化」を基本とする「創造の源」や人間の感覚・能力のドライブ感にある。そこには様々な問題を解くヒントの結晶がある。
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さてここで曲はアンダーワールドの「Dinosaur Adventure 3D」に変わった。しかし、この状態で毎週大学で授業をやってるとはヤサカ御大、流石である。14日の未来館メンテナンスが楽しみだ。今度こそ我々のポートフォリオにくわえておかねば。と、丁度、作品の作曲者でもある坂本さんの「1919」に曲が変わった。
投稿者 TKM : 04:29 | コメント (3) | トラックバック
2004年09月05日
ムツゴロウの記憶
愛用している無印の無地のノートが切れたので買いにいこうとするが橋を渡ったところでDVDを返却しなければならなかったのを思い出して月島に戻る。
来た道をもどるのは芸がないので聖路加の前を通って帰る。
すると聖路加の前で防災訓練が行われていた。
巨大な緑色の塗装は自衛隊のトラックである。
小学生の頃、コロコロコミックに連載されていたムツゴロウさんの自伝を楽しみにしていた。覚えているのは3つのエピソード。一つはお父さんと鳩を撃ちにいって山ほどの獲物を収穫する話。当時ムツゴロウさんは満州にいた。お父さんは軍医だった。最初ムツゴロウさんは鳩撃ちなんてカッコよくない、もっと派手な狩りがしたいそう思った。でも初心者には鳩が最適なんだ、というアドバイスに従って猟にでることにする。
鳩猟は散弾を使って真下から樹を撃つ。鳩は枝にとまっているので撃ち逃すことがない。しかも一発でたくさんをしとめられる。大量の獲物を手に意気揚々として二人は帰宅する。食卓にはこれでもかというくらいにつくられた鳥料理が並び、ムツゴロウさんは猟の悦びを知るのだった。
あとはお父さんと二人でどこかに出かけて寒くて遭難しそうになったときに「ムツゴロウこれを食べろ」とお父さんは道ばたにあったホオズキをムツゴロウさんに手渡す。囓ってみるとシャーベット状になったホオズキは寒さを忘れさせてくれるおいしさだったそうだ。これをみてホオズキというのはどれほど美味しい果物なのだろうと思って家の周りを探してみた。みつけて囓ってみたらとても食べられたものではなかった。
そして本題。
自衛隊のトラックをみて思い出したのはこんな逸話だった。当時から軍用のトラックはかなりパワフルにできているらしく。ムツゴロウさんのマンガには「30cmくらいまでの水深は走ることができるんだ」のようなセリフがでてくるシーンがあって。トラックは巨大な水たまりに突っ込んでいく。それをみてこっちは「なんてスゴイ車があるんだ!」とえらく憧れた。男の子の特性なのかもしれないが水陸両用車のようなどうでもいい機能がついている車に萌える傾向がある。
さきほど聖路加の前でみた自衛隊のトラックをみていたらそんなことを思い出した。
あのトラックならば確かに30cmくらいの水深ならば楽に超えられそうだった。車幅も通常の車の1.5倍はあった。それとナンバープレートが数字数桁の一列になっていて緑色の車体とその記号からは日本ではないものが感じられた。
月島に帰ってきて買い物をしてから出直そうかと思ったら雨が降り出した。
バイチャンス理論にしたがって図書館に本を返して買い物をしてから家にもどった。図書館はあいかわらず養老院のようだったが最近は調べ物で子供の本のコーナーにいることが多い。こちらは向こうの世界とは別世界でセコセコな世界とは無縁であった。ふと本棚をみると「はだしのゲン」が全巻そろっていた。
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投稿者 TKM : 14:06 | コメント (3) | トラックバック
悪戯と転と展の流儀
夜。
雨が止んだのをみはからって出かける。
帰り道。
すこし力が戻ってくる。
雨はまだ降り続いている。
築地を過ぎたあたりで傘をたたむ。
酔っぱらったおじさんが傘をクルクル回しながら歌を歌って帰っていく。
自転車で脇を通り過ぎようとしたらこちらの方によってきてぶつかりそうになった。
「おっと。スンマセン」
「いえ大丈夫ですよ」
おじさんの声には人の温かさがあった。
空を見上げると雲の切れ目から夜空が見えた。
オレも誰かに必要とされるだろうか。
少しゆらりときた。
もし自分に対して「かわいそう」を感じるようなら注意が必要だ。
それは自分の持てる力を使っていない証拠だし、なまくらに生きているということだ。
倒れるくらいまで力を使い切るようにして毎日を生きていれば円運動の法則によって振り子は一回転して忘れていた躍動が戻ってくる。
人生の秘訣は自分が円運動のどこにいるかを認識し、次の極(ポール)まで生き残る知恵を絞ることだ。なんだっていい、ずっと続くものなどない、ということを時々思い出すことだ。いいときもあれば悪い時もある。それが1年でも2年でも3年でも4年でも円運動の法則はミクロにマクロで機能しつづける。
人というのはそれを時々忘れてしまうのだ。
以前は「今」を変えたくていつもカンフル剤を注入するかのように自分を取り巻く人々や関係性にむかってやり場のない感情のエネルギーを咆吼のように放出していた。時にそれは勢いとうつることもある。けれど実際には絡まってしまい行き場がわからなくなったエネルギーの無駄な発露でしかない。
僕の場合は思考するというよりも書くことで調子が戻ってくる。誰かとの対話でもいいのだがそれができないときはとにかく「書く」。書くことがあってもなくてもこうして書いていると自分の調子、基本に立ちかえってくる。
男女差や個人差もあると思うが自分の基本形にコンディションをもどす方法は幾つかある。ベストは対話である。これが一番はやいし心地よいし転と展を同時に行うことができる。更に両者が開けば相乗効果が生じる。
問題は常にそれができるわけではないことだ。
常にそれができるような人間になりたいと思う。
音楽、絵、移動、場の要素を組み合わせることでも気分は大きく転じる。
簡単なのに人はこれを忘れてしまう。絶え間なく変わり続けるもの。それがこの世界である。そこで生きるには変化に大してオープンでなければならない。揺らがないというのは揺れがないのではなく自らも揺らぎを内包していることだ。
バイチャンス理論もその手法のひとつだ。
的確に使いこなせば毎日は俄的へと変わる。
それもまた愉快な人生だと思う。
世界は変わり続ける。
いや、簡単に変えられるから面白い。
何だっていいのだ。いきなり会う人みんなと笑顔で話をしていったら三日もしたら別な人生の扉が開き始めるだろう。そのくらい物事は柔軟にできている。
物事を避けるのではなくバイチャンス化していくこと。
それ以上の遊び、俄はない。
正しいと正しくないで物事を分類するとおかしくなる。
という話をどこかで読んだ。
確かに「悪戯」のマインドがないのにはロクなのがいない。
投稿者 TKM : 01:49 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月04日
土曜日の雨
夕刻。
出かけようとすると突然、雷鳴がとどろいた。
ベランダに出て空を見上げると街の上空を稲妻が駆けめぐっているのが見えた。自然は壮大であり巨大であり僕たちの社会とは違ったルールにそって動いている。そんなことを考えた。自転車を外におきっぱなしだったのでしたまで駐輪場に移動させるため降りていった。
するとそこには…。
時間というか世界というかこの世界にポッカリあいた不思議があった。
こんなこともあるのだ。
自分でも笑ってしまった。
長いこと留守にしていたあらゆる運が還ってきた。
それからしばらく雨を眺めていた。
いっこうにやむけはいがない。
ドシャ降りの雨。
向かいのビルの軒下で仕事を終えた男性が空をうかがっている。
やがて覚悟を決めたのだろう。
小さな傘を開いて一歩を踏み出した。
稲妻がひかりゴロゴロガシャーンと雷が落ちる。
雨はいよいよ激しさをましてきた。
彼の傘は大丈夫だろうか。
身をかがめるようにして小さな傘にすがりつきながら出て行ったさきほどの男性の背中はいまごろどのくらい濡れただろう。
女性が反対方向から女性が歩いてきた。25歳くらいだろうか。折りたたみの傘は彼女の全身を雨から守るには小さすぎるように見えた。女性はカツカツと靴音を響かせて歩き去った。
駐輪場に行く前に自転車で少しあたりを走ってみた。10mいって戻った。スゴイ雨だ。でもいずれやむだろう。世界は循環しているのだ。
投稿者 TKM : 18:56 |












一部ネタバレのレビューです



