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2004年11月22日
インドの父に会う
ゴッドファーザーの影響が強かったのか今朝も夢をみた。
インドの父に呼ばれて自転車でインドに向かった。
自転車は新橋に向かっている。
高架をくぐる手前、ドンキホーテのちょっと前で空腹に気づいた。
待ち合わせには時間があるので小諸蕎麦に入る。
はなまるうどんでかまたまを食べようとしていたが目の前の誘惑には勝てなかった。
列にならんでいるうちにカレーうどんが食べたくなった。
カレーうどんの(小)とおばちゃんにつげて外のテラス席に鞄をおく。
しばらく待つがうどんがはこばれてくる気配はない。
中年のサラリーマン達が早朝の店でうどんを食べている。
うどんがはこばれてきたと思ったら隣の女性のものであった。
中国人らしき店員がテーブルを片づけている。
カレーうどんがはこばれてきた。
麺が3本しかはいっていない。
187円であった。
食べようとするとテーブルを片づけていた中国人ぽい店員がお盆の下に丼を隠して持ち去ってしまった。不可解な行動であるがそういうものなのだと理解した。おばちゃんに187円を払う。食べてなけど払うよ、というと驚愕し、「天ぷらを全部のせるから食べて逝きなさい。点心とカレーうどんはよくあうのよ」と言われた。
時間がおしているので店を後にしたが心ないことをしてしまったと後悔した。
橋をわたるといまは亡き友人が話しかけてきた。
小学校の頃の友人達がまわりを歩いている。
道は下り坂で左右には青々とした木々がおいしげっている。
道の右下を清流が流れているようだ。
しばらく談笑していると家についた。
お城であった。
日本の城ではない石の城である。
中庭へと続く道を歩いていく。
インドの父が受付テーブルに待っている。
帰りをまっていたよ、と子供達に声をかける。
10人くらいの列になっている。
みていると挨拶をした子供は相撲の勝利者がもらう報償のような紙包みを手渡されている。順番がきてあゆみよると
「日本の子供はお前だけだ。
さあ話せ。」
といった意味の聞き慣れない言葉ではなしかけられた。話すといっても何語で話せばいいのだろう。はじめてあう母に
「英語でいいのよ」
と言われる。英語に切り替えて「この場所にまたこれてうれしい。なんといってもここはふるさとだ」みたいなことをいったら偉く歓迎され、学生時代の思い出話などされた。これが意外に心をうつトークだったもので急に話がききたくなりそのままインタビューをはじめた。
聞けば、彼はインドとして日本に暮らしたのだそうだ。
タイガー・ジェットシンというよりは踊るマハラジャに近い風貌のインドの父。
気むずかしい人ではなさそうだったが全身にはいまだムンとした力がみなぎっているようで少し恐い。
「で、お前は?」
と聞かれて
「それはそうとこうして話をきくのが自分は得意なようです」
と英語で話しているとアワアワと口の動きがゆっくりになり、小さく自分の声が聞こえた。
投稿者 TKM : 2004年11月22日 13:29
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