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2004年11月23日
メモ:党首の名言
食い倒れ党党首推薦のタイ料理屋にいきタイ料理を大いに堪能した。食後、党首のリードで恋愛エンタングルトークを炸裂させていると前触れもなく、
「だってな、メシを食わないオレはただの人だよ」
と党史にのこる名言がとびだした。覚悟ができていなかったせいかそれとも素晴らしすぎたせいか党員は無意識のうちに各自3~4回、上記のセリフを復唱していた。
復唱後、それぞれの視点から党首のこの一言に対してブログでエントリーを書くことが課せられた。それで僕も書いているのだがこの一言はすばらしかった。党首にとってこの世の事象は食のメタファーでとらえられた食卓であり、生きるとは食い倒れることである。
その帰り、党首と大江戸線のホームで電車をまっていたときのこと。
電車がはいってきてさて乗り込もうかと前をみるとみなれた顔みえた。
ナント、大学時代の寮なかまのタカダがたっているではないか。
こんなところであうとは。
ここにもエンタングルが生じている。
石井パワー恐るべしであった。
やまけんにタカダを紹介し、次の電車まで少しはなし再会を約束してわかれた。
タカダは現役バリバリのマーケットアナリストだ。しかし、ミネボールでみた彼のボーリングの投球フォームは10代の青年とはおもえない独特の渋みがあった。
ボーリングのことは全然関係ないのだけれどあのタイミングであの場所であうということが可能性としてありうるのだということがわかり、それが衝撃であった。
党首の名言の話にもどそう。
彼は食の人である。そして大食の人である。大食は聖書では罪のひとつであったが党首の大食はどちらかという供養に近い。食に対するラブというか虚数空間の実装である。
党首は農業のプロであるけれど基本にあるのは食だ。生活の全て、存在の全てが食とともにある。党首のいきざまとはその食いっぷり、そしてライブな食いを共有することでしか理解し得ない。農の道よりはじまった食の道。そこに人を極めんとするその姿勢こそ食い倒れ党党首のあろうべき姿である。
しかし、名言の影には不断の努力があるんだろうな。
投稿者 TKM : 2004年11月23日 05:10
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