« 2004年11月 | メイン | 2005年01月 »
2004年12月31日
正月な映画
アソブログの方で正月にみたい映画というのをカネコと二人であげてみた。
あえてメジャー系のみという縛りをいれてあるので知名度の高い作品ばかりだがあと30本くらいオススメがある。後ほど追加するとして、下記はエンターテイメントとして損のない何本かです。
●ミシシッピーバーニング
![]() |
ミシシッピー・バーニング Amazonで詳しく見る ![]() |
南部を舞台とした映画で人種差別がテーマの刑事ドラマ。
ウィレム・デフォーがFBIのエリート捜査官役、相方の地元の刑事役はジーン・ハックマン。南部で起こった黒人民主活動家殺人事件の真相を暴いていく。
人種差別問題という重いテーマを扱った映画だがミステリーとしての脚本も俊逸なので飽きさせない。刑事物の傑作。
●イヤー・オブ・ザ・ドラゴン
![]() |
イヤー・オブ・ザ・ドラゴン おすすめ平均 ![]() DVDの恩恵 あ!港にランボルギーニ・カウンタックが 色あせない迫力のアクション映画Amazonで詳しく見る ![]() |
師匠のバシが「大好きなんだよね」といっていた一本。
一番印象的なのは恋人とのラブシーンの途中でパンツいっちょで立ち上がったミッキー・ロークの靴下のマヌケっぷりが素晴らしすぎる。ストーリーはハードボイルド調のNYのチャイナタウンを舞台に麻薬組織との攻防を描いた刑事ドラマ。
●駅馬車
![]() |
駅馬車(字) おすすめ平均 ![]() 大切なメッセージが数多く散りばめられています 『七人の侍』の予習として見てみるのも良いのでは・・・ 映画はここから始まったAmazonで詳しく見る ![]() |
図書館で借りてはまった一本。
ジョン・ウェインが素晴らしすぎ。アメリカ的いい男の理想像が描かれている。月並みな言葉だが映画の中のジョン・ウェインは本当にカッコいい。印象的なのは彼が最初に画面に出てくるシーン。その瞬間に世界がパっと変わる。このシーンを観るだけでも価値がある。ストーリーも王道的で飽きさせない。駅馬車に乗り合わせた男女が次の町へつくまでの物語なのだが。ダイナミックなアクションシーンの連発。インディアンの襲撃やそれぞれが抱える人間模様などが織り交ぜられ最後まで全く飽きさせない。現代では絶対につくることができないと思われる絶妙なバランス感覚が素晴らしい。名作。
一番好きな西部映画の一本。
●ミラーズ・クロッシング
![]() |
ミラーズ・クロッシング スペシャル・エディション Amazonで詳しく見る ![]() |
大学時代の恩師、カサネイブ先生に勧められてみた一本。いは有名になってしまったコーエン兄弟の映画。夢遊病者の夢の世界のような色彩感覚が良い。ストーリーはいたって単純で二人のギャングが一人の女性を巡って争うというオーソドックスなものだが問題はモードである。ギャング映画というカテゴリーには絶対に入らない。舞台はギャング世界であるけれどこの世界観はオリジナルである。
何せガブリエル・バーンのセリフが最高にカッコよかった。うろ覚えだがボロボロにやられた状態で
「痛めつけるぞ」
みたいな脅しセリフの後、
「mentally? or physically?」
と答えるのだが全編がこのトーンで統一されているのだ。
セリフのセンスが素晴らしすぎ。
●トップガン
![]() |
トップガン おすすめ平均 ![]() トム・クルーズがかっこよすぎ! 好きです戦闘機Amazonで詳しく見る ![]() |
正月というと久々にこの映画がみたくなる。トム・クルーズの出世作。ストーリーは説明する必要もないだろうけれど、トップガンと呼ばれるエリートパイロット養成機関での訓練生達の奮闘を描いた作品。
僕が好きなのは基地の町での酒場でのナンパシーンだなやはり。
「エクスキューズミー」
と友人が声をかける。
マイクを持ったトム・クルーズがすかさず振り返り、
「You never close your eyes..」
と歌いながら口説き始める。あのバカっぷりが最高でカラオケで何度もマネして遊んでいた。
(この辺で出発の時間が…きました。メジャー系でもあと30本くらい紹介しておきたいのに)
●処刑人
![]() |
処刑人 おすすめ平均 ![]() これ以上足すことも引くことも不可能です! the boondock saints 神との含蓄Amazonで詳しく見る ![]() |
ミシシッピーバーニングのウィレム・デフォーつながりで少し尖っているけれどこの一本も正月に楽しめるのではないだろうか。銀座でみたんだけれど、久しぶりにやられたなあ、と思った。あの遊びっぷりはスゴイ。
なにせウィレム・デフォーにあそこまでやらせるのだから。
現場でいきなりクラシックを大音量でききながら恍惚とした表情で推理を開始。後半では女装までしてるし。全編ハードなアクションの連続なのだがデファミリアライゼーションが効いていてグラングランと世界観がふりまわされる。新世代エンターテイメントな一本。10代ならぜひ観て欲しい。
アイルランド出身の兄弟がマフィアとの抗争の果てに神をみるといった素晴らしい内容。
あの脚本を書いた監督がうらめしい。
投稿者 TKM : 17:02 | コメント (0) | トラックバック
格闘技の夜
書きたいことは山ほどあって一日に12時間くらい書いていたら最高なのだが今日は我が人生のただ一つの嗜好といってもいい「格闘技」の祭りの日である。
昨年は舞台監督さんからチケットをいただいて埼玉スーパーアリーナでPRIDEを現場で観戦していたのだがK1を録画したため猪木祭りを見逃し、伝説的な「ヒョードルのフックがかすっただけで永田がカメ状態でKO」をアラハマ先生からのレポートされかなり悔しい思いをした。
今日は大阪からオカダが戻ってきているのでオカダハウスで観戦会が催される。
6時スタートということでそろそろでかける時間だ。
実家で観戦の予定であったが雪だったのと仕事が山積みということもありオカダハウス@都内となった。2005年の予定はまだ未定だが。
明けて決まっているところでは
・東京海上の石井理事長とのミーティング
・Skype開発者へのインタビュー
・アソブ研主催の凧揚げ大会
その他、プランは目白押しというわけで来年は世界に広がってるネットワークを稼働させ、仲間のクリエイティブというか「面白い」を感じる力みたいなものを集中させていこうと思うのであった。自分のネットワークをみまわしてみたら面白い人ってたくさんいすぎだ。寝る間が惜しい。
バカになれ、というわけでそろそろオカダハウス行きの準備を開始します。
投稿者 TKM : 16:32 | コメント (0) | トラックバック
2004年の総括その1 ~党首の力、やまけん力について~
昨夜、というか今朝方にモロイさんとSkypeで話すと党首やまけんがどうやらカゼらしいとのことだった。昨夜、集計作業を終えて食い倒れグランプリの結果を送ったのだがリプライがなかったので寝込んでいるのではないかと心配したら果たしてその通りであった。
午後にメールがきて、熱を出したとこのことだった。
基本的には野生児で丈夫が取り柄なので問題ないと思うがカゼの場合は内面から穿ってくるので辛さのモードが骨折などの外傷とは大きくことなる。熱のために真っ先に食事がマズくてしかたなくなる。
人間生きていて食事がおいしければ身体はだいたい問題がない。
食べるというのは生きる基本だ。
何せ世界中の人が欠かさずやっている。
中には食べるをやめてしまった人もいるけれど100%に近い数の人間が毎日何かを食べている。
これはいつも思うことなんだけれど「味わう能力」が高い人というのは「幸せ力」が高い人だ。
(エントリを投稿してからテーマについてはもっと深く考察したくなった。味わうというのは感じることでよりよく味わうとはつまり外の何かではなく自分の感覚を信用してやらないといけない。評論的にでなく個人がダイレクトに関わるポイントといったらいいのかな。食べているその人しかその味はわからないのだ。なんていったらいいかな。「食べる」には個人の創造性がより強く要求される。ウマイという感覚は外じゃなくて内側により強く存在するんだなおそらく。なのでウマイを感じる力は誰かに頼んでも高まっていかない。逆に自分がちらっと変われば劇的に変化する。ウマイものを求めようとして不味いモノを食べないようにするというアプローチはおそらく間違っているのだ。そうではなくウマイをつくり出す能力を高めていくことでウマイが集まってくる、というのが僕の感覚だ。そして同じことは生活や人間関係、音楽でも映画でもなんでも様々なコンテンツ、仕事、生きるなどなどに共通している。といっても自分マンセーで生きろといってるわけではないし、お気楽に生きるべきといってるわけでもない。手法というかアポトーシスなアプローチでいくのがいいと思うのだ。アポトーシスというのは例えば人間というのができてくときに指なんかは段々と生えてくるものだと思われていた。ところが研究がすすんできたら全然違っていて、ドーンとまず手の原型みたいなものができてそこから指の形に細胞がきえて手がでちていくのだ。僕はこういう概念がビジネスでも生きる上でも重要だと感じている)
どんなものを食べても「ウンチク」ばかりで味わうことができない自称食の達人が多すぎる。ウンチクをいって食べることに意味はない。どれだけ美味しく味わうことができるかがポイントなのだ。
うちの党首の場合はそのあたりがズバ抜けていて、というか抜け落ちていて、とにかく食べ物を美味しく食べてしまう能力が桁外れに高い。
「食い倒れグランプリ2004」へのコメントをみていると党首の大食に対する賛辞が多い。しかし大食なんてものは聖書でも大罪とされてるくらいだから大して褒められたものではない。なので僕があえて宣言しておこう。
うちの党首の凄さは決して食べる量ではない。
「美味しく食べる能力」
この能力がおそらく世界的なレベルにあるのだ。
実際、世界中どこにいっても美味そう食べると思うよ。
美味そうに食べる能力があればとりあえず食には絶対に困らない。
食べ物というのはお金と似ていて美味そうに食べる人のところに集まってくるようにできている。なので美味いモノが食べたいと思ったらまずは目の前にあるものをどうやったら美味しく味わうことができるかということに集中したらいい。
一歩目がうまくいけばあとは簡単だ。
向こうからどんどん集まってくるようになる。
これはビジネスや人間関係も一緒だ。
内容はそれほど重要ではない。
それを味わうことができるかどうかが全てだ。
感じる力といった方がより近いか。
ともかく何でもいいのだそこにクリエイティブを発生させればいい。
「より良くやるには」とか「より面白くするには」「より速くやるには」そこに意識を集中させていく。外観や世間体やどう思われるかは閑な時だから重要に思えるだけだ。集中にはいってしまえば相対的な価値はほとんど意味を持たない。自分の感性、価値観、感じる力が前面にでてくる。幸福とか豊かさというのは本来こちらに属する指標なのだ。
他者に価値の主軸を渡してしまったら何も楽しいことなんてない。
つきなみな言い方だが目の前にある仕事に全能力を出し切る、仕事にとりかかる時はイヤイヤでもそう決めてやっていくと、終わる頃には自分は天才なんじゃないかと思えてくる。集中状態をキープし、あるモードに一度入ると脳がノってくるのだ。
これを自在につくりだせるようになれば人生も何もかもがあれよあれよと転がりだす。
問題はそこに入りやすい環境とそうでない環境があっていつでも自在に集中状態をオンにできないことだろう。
そこでオススメなのが自分が「ああオレっていま集中してるかもしれない」と感じたり、ある仕事や作業を終えたあとで「なんかいいなこの感じ」と思ったら、それがどんな時で何をやっていたのかどこだったのか、などを詳細に記録していく。そうすると自分がオンに入りやすい環境というのがおぼろげに見えてくる。
これは僕の場合だがコンディションに最も影響を与える外部要因は「人が動いているかどうか」である。今日は大晦日で多くの人は休みだ。街は静かで穏やかである。こういう状態は僕にとってベストで感覚ややる気が一番ドライブする。また外国や知らない土地への移動というのも集中状態をオンにする大きな要因になる。
脳は慣れてくると怠けるのだ。
移動でもなんでもいい活性化させていくと目覚めてくる。
プランニングに才能なんてものはいらない。
特別な才能はない。
要は極限まで集中状態を高めていけばいい。
それが簡単にできる人とそうでない人がいるだけだ。
アイディアは絞り出すわけじゃない。
パっとでてくる。
そこを勘違いしている人が多い。
人に見せる形にしたり、視覚的なイメージで伝えられるように変換する作業に時間がかかることはあっても、
アイディアが出る瞬間だけ切り出せば一瞬だ。
おそらく1秒もかかっていない。
その1秒にいきつくまでに時間がかかるのを長い時間をかけて考えたアイディアとかいうわけだがバカバカしい。全てはパッと出てくる。そっちが真実だ。
僕はプランニングの仕事は夜にすることが多いのだがそれにも理由はある。
夜は他にすることがないから集中状態をつくりやすい。
逆のアプローチで脳を活性化させるのである。
人が起きて活動している時間帯は街のざわめきというか人の意識がはいってきてしまい集中が分断される。
というわけで雪降る大晦日。
最高である。
素晴らしく幸せだ。
iTuneではオリジナルラブの曲がかかっている。
サンシャインロマンスを聴いたら学生時代に仲間のバンで毎週通った箱根への道を思い出した。夜の西湘バイパスを帰路につくと海が見えた。海の上には月が輝いていた。白い光が海面に反射してキラキラと輝いていた。あの時もこの曲が流れていた。
時間をリアルに感じた記憶はいつまでも鮮やかだ。
投稿者 TKM : 15:56 | コメント (0) | トラックバック
2004年の出来事 その1・アソブラボ発足!
「食い倒れ日記」とのコラボレーション企画だった「読者が選ぶ食い倒れグランプリ2004!」の集計が終了した。集計結果にはドラマを感じた。肝心の順位は…なるほどこうなったか。「食い倒れ日記」での発表を待たれよ。
「食い倒れ日記」で結果が公開されたら集計中の様子もレポートしたいところだ。
2004年は後半、11月半ばからカネコと二人でアソブラボを立ち上げて活動してきた。カネコとは夏からずっとブレストを続けていてストーリーマンガをつくろうとしていたのだがなかなか進まずにいた。
写真素材を使うアイディアはブレストではでたはいたが実際に何をやったら面白いのかがわからなかった。11月上旬のある日、二人で東京海上研究所に石井先生の話を聞きにいった。そこでSkypeをつかったプレゼンテーションに感銘をうけ、同日、Skypeの導入実験の実施を決めた。その足でヘッドセットを購入後、帰りに銀座のスターバックスでブレストをしていた。
ドラえもん博士のカネコは「ぼくドラ」の最新号をもってきていた。そこに実写とマンガのコンプレックスのページが2ページだけあった。題材は藤子先生との旅行記でそうした表現はこれまでもみたことがあって知っていたが現物が二人の目の前にあるとイメージしやすい。
「こんなでいいと思うんだけれどな。カネコ、この感じだったらつくるのってどのくらい大変?」
「これかー。これだったら結構すぐできるぞ。絵をかかなくていいからな。演出と脚本はわりとすぐにつくれるんだよ。絵が一番大変なんだ」
とにわかに盛り上がり、
「じゃあ撮影すっか?」
といきなり撮影大会を開始した。するとベルセルクにでてくる使徒にそっくりでボクサーのバター・ビーンを倍にした感じのアメリカ人がつかつかとよってきて、
「メーイタイ。ヤメテクダサイ」
と怒鳴られた。その外人が私はこの場の主という面持ちでこちらに向かってきたのが気に入らず、かなりムカついたので、バカヤロウ、テメーの存在がイテーよ、そんなバカみてーに喰ってっから使徒みてーな身体になんだよ、とぶつくさいいつつフラッシュをオフにして更に撮影。いやホントにアホかお前?というくらいの量をスターバックスで喰っていたのだ、彼は。(これもいま振り返るとひどい偏見なんだけれど人のコミュニケーションってそのくらい危ういのだと僕は思う)
「使徒だよなー」
「だよなー。あれまるっきり使徒だ」
と二人。そんな事件もあったのだがその夜から早速、制作が開始された。翌日、ラフがあがってきた。デザイナーのつくる洗練されたフラッシュ作品とは全然違って荒削りなんだけれどこれが予想外に面白いのだ。はっきりいって爆笑であった。おっかなびっくり石井先生にも報告を入れると
「先生も大変よろこんで何度もご覧になられておられました」
と秘書のナオイさんからメールが届いた。
この一通のメールがカネコとオレには励みになった。
そうかー。
石井先生が楽しんでくれたのか。
そこで早速ドメインを取得し、アソブラボをスタートさせた。
Skypeを体験してから24時間後のことであった。
投稿者 TKM : 02:30 | コメント (1) | トラックバック
2004年12月30日
協創 Sleepy…Zzzz
唐突だがさきほど午前5時過ぎ、仲間の大切さをしみじみと思った。
誰といたわけでもないし、何があったわけでもない。
仕事の合間にふと思ったのだ。
世の中にはいいヤツもいれば悪いヤツもいる。
切込隊長こと山本一郎さん推薦の「繁栄と衰退と」の1500年代のオランダ独立戦争のあたりを読みながら帰ってきた昨日の電車の中の風景を思い出した。何があったわけでもない。
男性は3分おきに鼻を鳴らしていた。赤ら顔の男性であった。35歳くらいだろう。普通に働いている善良な人、だと思う。
僕は正直いってその男性が異物に見えた。多様性を差異に置き換えてしまうことは危険な思考ではある。けれどその時はそう見えた。
男性と入れ違いに別な男性が大門から乗車してきた。
彼は男性にしては長髪であった。飯野賢治、いや、宅八郎くらいの長さの髪といったらイメージしやすいだろうか。彼はベージュと茶色のチェックのジャケットをきていた。柄は大きめの格子にも見えた。中央の座席に座ると彼は斜め上空をみつめた。
そのまま笑っている。視線の先には何もない。何もない空間をみている。
ニヤニヤではなくねっとりとした笑いである。
刹那、自分が取り憑かれてしまうのではないかという思いがよぎり慄然とした。
僕の隣の席には外国人の男性が座っていた。
英語の雑誌を読んでいる。
単語が目に入った。
最近よく目にする名詞だった。
部屋に帰ってPCに向かうとカネコからメッセージがきていた。
アソブ研のパートナーでもあるカネコが以前、面白いことをいっていた。
「ネットワークに接続されたPCだと作業ができないんだよね」
そう言われてハっとした。
仕事という名目で僕は「創る」と「処理する」の二つの作業をしている。
二つの作業は同じPC上でおこなわれるけれど別なものなのだ。
ネットワークに接続された環境だと「創る」にブレーキがかかる。
メッセンジャやSkypeは直接的だがメールやウェブもマイナスに働く。それらは調査やコミュニケーションという側面では素晴らしく有効だがこと「創る」に関する作業には不必要な場合が多い。
何かを紡ぎ出す作業は他者ではなく自分との対話によってなされる。きっかけはコミュニケーションにあっても最終的に創出させる作業は個人的なものだ。一本の鉛筆を二人で握っても絵が上手にかけるわけではない。連弾がいいとも思わない。
昨日、久しぶりにトオヤマに会った。
彼も優秀な男でいまは博士課程にいる。
「仕事ってなんでしなくちゃいけないんですかね」
と彼がいう。言われて一瞬考えた。
「働かなくても生きていける人が多いってのはそれだけ国がパワーあると思うんだけどな」
とカワマタ君。僕は仕事が嫌いではない。もとからそうだ。
システムのエラー、セコさ、気持ちのなさ、みたいなものを漂わせている空間や人が嫌いなだけだ。
自分でも自分が喧嘩好きではないことを自覚している。議論やディスカッションは好きだが陥れるとか不善というものが苦手だ。悪意をダイレクトにぶつけてきて平気な人間やキンキンした雰囲気が嫌いだ。
そういうものはどこから来ているだろうかと時々考える。
世界では争いがなくならない。
オランダ独立戦争の記述を読んでいたらほんとうにそう思った。
けれど、人の意識なんてのはあてにはならない。
ゆとりがあると人はロクなことをしなかったりする。
自己の保守が最大の関心事に変わっていく。
意識が自動的に保全モードに切り替わるのだろう。
危機に陥ると人の心は優しくなる場合もある。
自分の弱さが前面にでるから、人に対してオープンになる。
相手を変えようとする気持ちなどどこかに消えていく。
風が気持ちいいとかそういうことで幸せを感じたりもする。
弱さによって心がほどけていく、ということもあるのだ。
その逆で期待していた未来。こうあるであろうと思いこんでいた未来が裏切られることに人の意識はいまだ対応できない。
「アァー?!」
という声の出所は大抵、そうした期待の裏切りにある。裏切りは人の自己保全欲を顕在化させる。たかが食事やお酒ごときで喧嘩することさえある。この平和な国で飢えと無縁であっても食事で喧嘩する。
ならば。
自分の深部と強くリンクしている事象や対象、人があろうべきでない形に変容する、あるいはさせられた時、人はどのような感情を抱くのだろう。
電車に乗る前にしばらくそのことについて考えた。
自分の中にグツグツと憤怒の感情が湧き出す。
言葉が溢れる。流れのような言葉である。
それをひとつづつほどいていく。
これを怠れば意識は言葉の流れにひっぱられていく。
一度その流れが生じると行動もその影響を受け、事態はダイナミズムを得る。
けれどそこには「想い」がない。
シビリアンコントロールを失った軍隊のようなものだ。
破壊が目的化してしまう。
様々な人が様々な仕事をしている。
いいヤツもいればそうでないのもいる。
本気のヤツもいればそうでないのもいる。
「ゆるいな」と思うことが多々ある。
自分も十分に「ゆるい」のだがそれでも大きな違和感を感じたり、相容れなさを感じる時もある。
風呂上がりに腕立てをやったら身体がやたらとダブついているのを感じた。重量にすれば5kgに満たない贅肉だろう。しかし感覚的には30kgくらに感じられる。自分は太っているわけでもないし、痩せているわけでもない。わかるのは3年前に比べると身体は「ゆるく」なったということだろう。
肉体改造ではなく人間改造だな、眠い目をこすってプランを考えようとした。
投稿者 TKM : 05:29 | コメント (4) | トラックバック
2004年12月29日
Evolution Cafe エヴォリューションカフェ
先日、F15の現役パイロットの方とのミーティングをアレンジしてくれた友人のiwtkから来年行われるエヴォリューションカフェというメディアアート関連のイベントのリリースがおくられてきたのでお知らせです。
来る2005 年2 月18 日より3 月15 日まで、IT革命以降の21 世紀らしいライフスタイルのかたちをアートとデザインの新世代の担い手が作品を通じて提案する展覧会、「Evolution Cafe 21 世紀のライフスタイルを進化させる新しい世代のアート」を、横浜臨海都心部に新たに誕生するBankART Studio NYKにて開催致します。(詳細PDFファイル)
出品作家は下記の人たちとのことです。
http://coolstates.com/evolution/
投稿者 TKM : 14:29 | コメント (0) | トラックバック
マリオインターフェースと宇多田ヒカル
二人で任天堂DSを起動し、ゲートに向かう。
ゲートの向こうがゲームの世界だ。
ぱっとみには遊園地の出入り口に似ている。
ゲートセブンとゲートワンのどちらかから入らなければならない。
最初はアクセスの関係でゲートワンから入った。
セブンは空間ゲートになっており、神田駅の後方にある。
ゲートを含むゲーム空間の出入り口は空母のカタチに似ている。
地下鉄の構内マップのようなものが画面に表示され、300倍に拡大され空中に照射されている。
とりあえずゲートワンでいくことにしてカネコとお互いに「ユーハブコントロール状態」でスタートする。
スタートしてすぐの画面でマリオは階段をのぼっている。
ジェットコースター乗り場にいく感じとにている。
「とりあえずBダッシュだな」
と打ち合わせて左方向のコースにはいる。コースは幅10メートルくらいの高架下世界である。現実世界が入り込んできているのでやけにリアルだ。マリオのインターフェイスで現実世界を自分たちが移動している。
しばらく進むと分岐ポイントにきた。ジャンプアクションで右のコースを選択し、フロアを移動する。上階への移動を確認したあとで
「カネコ、次の面ってなんだっけ?」
ときくと
「たしか歌舞伎だろう」
「そうか。あの面か。じゃ、クッパはまだ先だな」
「いやー、クッパ小気味いいぞ」
などといっているまにフロア(面)がかわった。
階段を走り降りていくとゴルフコースに出た。
一面、緑である。
通常のゴルフコースの場合はフェアウェイとラフ、バンカー、池、グリーンで構成されるがこのゴルフコースは構成がキュービタル化しており、
フェアウェイがラフに。
ラフが砂利に。
グリーンが芝生と地面との混成。
という構成であった。宇多田ヒカルがパットの練習をしている。
「カネコ、これパットはやっぱりペンでやるべきだよな」
「これは手書きインターフェイスの出番だよ」
二人で交互に打ってみる。ボールはグリーンを転がる。しかしカップ近くで画面上のグリーンの色が橙色に変色し、摩擦効果がゼロになることを示す黒いボールが10個ほどあらわれる。
「ヤバイ」
そう思ったので本体を傾けると地面が揺れた。
カップ近くにボールが移動していた。
宇多田ヒカルはまだパットの練習をしている。
これでこの面も終わりだ。
グリーンの向こうの空間が扉のように開いていく。
世界の一部が絵になっているようだ。
グレイの通路が続いている。
スターウォーズにでてくるデススターの内部映像のようだ。
「次、3面だよな」
「うん、たしかそうだけれど駅逆じゃないか?」
そう確かに駅が逆側にはいってしまっており神田側にでてしまっている。
「これじゃ抜けられ無くない?」
「うーん」
とやっていると突然画面にドカンが現れた。
「マリオ土管だ!!」
マリオ世界では土管は別面へのワープポイントなのでそのまま二人で土管に飛び込んだ。土管の中に入ると3Dビューが変化し、自分を含む全景をバートビューでみている。凄まじいスピードで土管の中をマリオ(自分たち)が流れていく。
流れている自分の視点とそれを見ている神の視点が共存している。
「これ、どうなるんだ?」
「いやー、わかんないな、とりあえずワープっぽくはあるけれど」
ぐんぐんスピードが上昇していく。土管は上下にくねっている。左右にはまがらない。途中、岩下志麻が正座して生け花の練習をしている風景を抜けた。
「あ、極妻だ」
そういっている間に空間は別面へと近づきつつあった。前方に向かっていたはずなのだが土管は上方向に270度のRを描き後方へと転じている。周囲をみわたすとマリオ世界と現実世界がリンクしていた。移動はマリオ世界のインターフェイスなのだが風景は現実の東京世界である。ただし地表ではなく空中だ。周囲には東京の雑然とした街並みがある。
パッという音がした。
別な面にきていた。
周囲にはハリガネのフェンスがある。
電車の駅の下のようだ。
いつのまにか残マリオ数は0になっている。
「さて、どうやらゲートセブンの方にきたみたいだな」
「じゃあどうするこっちからでてゲートワンから回り込んだ方がいいかな」
「だな、コンティニューがないみたいだからさっきの土管でもういちど4面に向かった方はやいだろう」
そのままミーティングが続いた。土管移動によって五反田と神田の間を地上500メートルで移動したらしいことが段々とわかってきた。とりあえず通路を進むことにした。灰色通路は映画「アキラ」の用水路に似ていた。
しばらく進んだところでウンテイがあったのでマリオで進んだ。
緑色のウンテイがずっと続いている。
ゲームらしくなってきた。
「あ、あそこでスタート画面にリンクしてる。じゃあそろそろゲートにもどりますか」
もういちどゲート外にでてゲートワンに戻ることにした。
先ほどの土管ワープがあまりにも面白くて二人とももう一度やりたくて仕方がないのだ。
それからしばらくして部屋に帰ったようだ。
宇多田ヒカルと土管ワープの攻略法についてミーティングをした。
「だからさあの場面では収容所の方からまわらなければだめなんだよ」
と彼女がいう。
「なるほど。でも、ゲートはワン側からまわらないとセブン側からでは4面にはいけないじゃない」
議論は白熱する。本を読むことにした。確かカバンに二冊の本が入っていたはずだ。グレートギャツビーのペーパーバックと同じ色をしたコビーというA6サイズの雑誌を彼女に渡す。表皮にはhappiと手書きの走り書きがしてある。太めの油性ペンで書いたやつだ。マヌケな書き込みだ。やだな、と思っていたら。
彼女が本をこちらにかえしてよこす。
「いいよ、これ読まないよ」
ん?!
意味不明だ。ペラペラとめくると巻頭の記事は彼女が書いたものらしい。なるほどそういうものか。そう思って雑誌をうけとってもう一冊を手渡した。
++++++
解説:DSとマリオは実際にカネコと僕がDS研究で使っているソフト。宇多田ヒカルの話は昨夜、NY在住の友人と話をした際に米国でリリースされた曲の歌詞が話題になったことが登場の理由であろう。五反田が出てきたのはソニーの本社近くのうまいハンバーガーレストランについて話題にのぼったからだ。
![]() |
スーパーマリオ64DS おすすめ平均 ![]() 本編もいいけど対戦ゲームがオススメ 単なる移植ではない。 64以下でもなく以上でもなく同じでもないAmazonで詳しく見る ![]() |
投稿者 TKM : 11:47 | コメント (0) | トラックバック
2004年12月28日
リアルドンキーコングがモチつき?!

これをぜひご覧じろ。
昨日のベストショット。
(きねの使い方については盟友のやまけんのブログに詳しいのでそちらをどうぞ)
投稿者 TKM : 01:26 | コメント (2) | トラックバック
2004年12月27日
デジタルマンガ最新作! モチつき編アップ!
アソブラボからのインフォメーションです。
デジタルマンガ最新作更新!
アソブ研レポート 「日本の風物詩、モチつき大会でアソブの巻」
がアップされました。
「ニホンの風物詩・モチつき」の魅力とは?
その秘密にアソブ研が迫ります。
お楽しみください。
投稿者 TKM : 23:48 | コメント (0) | トラックバック
やまけんの出張食い倒れ日記 「読者が選ぶ食い倒れグランプリ2004」受付開始!
アソブ研と食い倒れ日記のコラボレーション企画第1弾「読者が選ぶ食い倒れグランプリ2004」のサイトをオープンしました。
やまけん自らが選んだ怒濤の食い倒れエントリ20本がノミネートされておりますので
「一番印象に残っている」エントリかつ、「これをorここで食べたい!」と思わせる力をもったエントリを3つ選んで投票してください。
投票者の中から抽選で1名様にやまけん食い倒れ日記推薦の逸品がプレゼントされます。皆さんふるってご応募ください。
投稿者 TKM : 18:24 | コメント (0) | トラックバック
雑感
昨日は2004年を締めくくるにふさわしき宴を楽しんだ。
予定表には「餅つき」と記されていたのだがその言葉で収まりきるイベントではなかった。友人、仕事、飲み、思考というよりも現実の多様性に興味がつきない。
国とは関係なく人はハートだなと思った。
タドともひさびさにディープにやってしまった。
ながい一日であった。
投稿者 TKM : 04:34 | コメント (0) | トラックバック
2004年12月26日
実体験の面白さ
「悪あが記」終了か。
いいコンテンツだったなと素直に思う。
イベント性があるというのは大事だ。
やまけんの食い倒れ日記もイベントみたいなものだし。
実体験というのは人をひきつける。
我々のアソブ研にしても実体験なので面白いというのがある。
おっと、今週の更新が…。
今日のモチつき大会をレポートしますか→カネコ。
投稿者 TKM : 10:07 | コメント (0) | トラックバック
2004年12月24日
皇帝とバーと香港とG氏の邸宅
ホテルで勉強会が行われている。
酔った状態でいかに効果的なIT施策を実施できるかについての講義である。
下をのぞくとマーケティングの講師の女性がカバンをもってやってくるところだった。緑とブルーのカバン。肩にはけっこうな重さがかかっている。大きめのかばん。
年齢は20代後半だろう。
肩くらいまで長さの髪を軽くたばねている。
彼女はサングラスをかけている。
気持ちのいい笑顔である。
階段をのぼっていく。
階段をのぼる足取りは軽やかだが力強い。
彼女のやる気を感じる。
彼女がこの仕事についてもう3年になる。
前に彼女の授業をきいたことがあった。
こちらの勉強会はさきほど終了した。
ベッドで寝ていると3人ほど係の人が入ってきた。
「いつまでこの部屋にいていいんですか?」
彼らに尋ねた。
「もうとっくにでていなければならないんです。いまは特例だったんです」
それから
「はやく後かたづけをするように」
と促された。
そうかセミナーはとっくにおわっていたのだ。どこかで眠り込んでしまったらしい。身体を起こして下界へと降りていく。ビルの入り口の所で知り合いの女性が待っていた。
「どういう人が好みなの?」
彼女にそうきかれた。
「メジャー感の女の人」
といってからそれってどんなだったかなと考えた。道路の向こうを黄色いコートを着た女性が歩いていく。
「ああいう感じ?」
「いや違う。ああじゃない。オレがいってるメジャー感というのは質感のことなんだ」
そういうと彼女の存在は視界から消えた。
地下鉄の入り口に向かった。
何か飲み物が欲しかった。
ミネラルウォーターとコーラを買おうとした。
駅の中にスーパーが併設されていたはずだ。
白い大理石でできた狭い階段を下りていく。
最後の一段をおりたところが4㎡くらいの小さな踊り場になっていた。
スーパーの回転ドアをくぐろうとすると赤い服をきた人に腕をつかまれた。
よくみるとアラハマさんであった。
「あれ、カガヤくん、なにやってんの?」
「アラハマさんこそ何やってんですか?」
「ン?あー、マナブ君がさサンタやってるんだよ、ほら」
そういわれて入り口の方をみると銀のリースをつけた2mくらいの青い箱がおかれており、その隣に青いサンタ服をきたバシ師匠がいる。ひげは白ではなく黒で、目のあたりもマスク地のようなもので覆われている。
「あれ、バシ師匠。サンタですか?」
「そうなんだよ。撮ってく写真?」
「いえ、飲み物を買いたいのでいまはいいです」
「そう、じゃあね」
そういってバシ師匠は子供に囲まれて箱の中に入っていった。
箱の内部はカメラ構造になっているようでその箱にはいって撮影すると青が赤に黒は白に転じ、サンタとの記念写真が撮影される仕組みになっているようだ。プロデュースはアラハマさんのようだったが詳しくはきかなかった。
飲み物を買ってから地上にでるとモロイさんから
「Skype頼むよ」
と電話がきた。
了解したむねを伝えて目的地に向かう。
香港で待っているからとのことだったのでとりあえずは香港まで電車でいくことにした。
社中、大学時代の同期の女の子が水彩で絵を描いていた。
キャンバスはないのだが空中に固定される種類の絵の具だそうで空間が色彩でうまっていく。
僕は茶色のジーンズをはいていた。ふとみるとジーンズに青の絵の具がたくさんはねている。指でこすると少し滲んだ。彼女の服をみるとおなじように絵の具がはねていた。もうひとり同級生の女の子もくわわりそのまま3人で香港まで電車の旅を楽しんだ。
4人がけの座席のシートは緑色だった。
電車を降りようとすると小学校時代の同級生のタチバナが隣のボックスにいた。
紙袋をガサガサやっている。
「何やってるの?」
「うん。これからこのマンガを卸しに持っていくんだよ」
紙袋の中には豪華版の「キャプテン」やらちばてつや系のマンガがたくさんはいっていた。結婚式の引き出物がはいっているような大きめの紙袋である。持ちあげる時に揺れたみたいで本がグチャグチャになっている。タチバナはそれを整理していた。
「そっか。マンガは香港では価値があるかもね」
タチバナにそう告げて電車を降りた。
電車を降りると迎えがきており、会場に案内された。
そこでSkypeをインストールすべきPCを手渡される手はずになっていた。
会場の教室には教壇とスクリーンが下に設置され、机がすり鉢状にならべられていた。
「話はうかがってます。これがPCです。お願いできますか?」
手渡されたPCは17インチワイドスクリーンタイプのWindows端末だった。
右のスロットには通常のPCカードの倍くらいの厚みのあるアタッチメントがささっていた。
「これは?」
G氏に訪ねると
「香港タイプのワイヤレスアクセス回線です」
と言われた。
とりあえずPCを開いた。
このタイプのカスタマイズははじめてみる。
右半分がMacOSX、左半分がOS9になっており、中央で二つのOSが区切られている。
「Gさん、これはもしかしてOS間でファイルが完全にシームレスに移動できたりするんですか?」
「そうです。香港タイプのPCはこういうカスタマイズが有効なんですよ」
なるほど。関心しつつも。まずはSkypeだ。インストールを試みる。
MacOSに対応しているはずなのでまずは自分のサイトからアソブ研にいって、そこからSkypeのサイトにアクセスする。ライブドアのサイトが提供している日本語バージョンはWindows用だから本家のサイトにいかなければならない。
しかし、この程度のことであればG氏にも十分可能だと思うのだが。自分が呼ばれた理由はなんだろうか?
ダウンロードをしようとしてキーボードがおもうように打てないことに気づいた。
変だな。
よくよくみると机が傾いている。
教室の机は全て巨大なキーボードで30枚くらいが半円を描くように配置されいる。それぞれのキーボード・机もまたJISのキー配列にのっとって配置されているようだった。
机が斜めになっており、文字の突起にあわせて凹凸があるものだからPCを設置するのが用意ではない。前のめりになってしまい、うっかりすると前方に落ちていってしまう。
これはらちがあかない。
教室を出て作業を再開することにした。
G氏の邸宅は広いとはきいていたがこれほどまでとは。
城である。
中国の古城だ。
入り口近くの書斎に入って机に陣取る。
周りには子供達があそんでいる。
ソファーではアジアの男がくつろいでいる。
作業の途中でトイレにいきたくなった。
廊下にでるとそこから望む景色に息をのんだ。
廊下は回廊になっており、柱と柱の間から中国の城下町が見える。
はるか彼方に黒い球形のビルがたっている。
球の中は街になっているようだが詳細はわからない。
ともかくすさまじいスケール感である。
ひとつひとつの建造物は決して高くはない。
けれど一辺が1キロくらいあるだろうか。
平安京を1000倍くらいの規模にした恐るべきアジアンシティーが広がっている。
見とれたまま歩き続けると廊下は外につながっており、美術館ののぼりがみえる。
いってみたくなったがそのまましばらく歩き続けた。
二十歳くらいのカップルが角の売店でアイスクリームを買っている。
彼らの言葉は英語が7割くらいはいった中国語である。
歩き続けていたら運河のほとりに出た。
対岸には高さ100mくらいのタンクがある。
外壁は透明である。
スケール感に圧倒される。
富士山を麓からみあげているかのようだ。
建造物と人の間がズレている。
ここでは意味と現実が逆にはいっている。
地上にいるのに高層ビルの屋上から真下をみているみたいだ。
高低のリアリティもおかしくなっているようでクラクラしてくる。
この街では遠くのものほど近くに見えているのだ。
ともかく一度G氏の邸宅に戻ろう。
きたみちを引き返すことにした。
万里の長城のような石畳の道を歩く。
松の木の並木道を抜けて美術館の方に向かう。
裏手がG氏の門だったはずだ。
ところがさきほどの回廊がみつからない。
風景は似ている。
道を間違えたのか?
しばらくあたりを歩いた。
中国にきていた恋人とばったりであった。
彼女に案内されるままに歩いていく。
美術館の裏を曲がって。
そこまでは一緒だ。
彼女は階段をのぼっていく。と、そこでシダで編まれた茶色の保護色系のぴっちりとしたカーテンをあげた。回廊は保護色によって閉じられていた。さきほどまで空いていた柱と柱の間の空間がカーテンによって閉ざされ、石畳の一部とかしてしまっていたのだ。
邸宅に入ると。
G氏はすでに着替えていた。
僕もスーツに着替えた。
「これから皇帝夫妻が遊びにきます。あなたもいきましょう」
そういわれてバーに案内された。
その店はG氏の邸宅の南外れにつくられていた。
20人くらい座れるだろうか。
カウンターだけの店である。
そこで皇帝夫妻を待った。
しばらくして二人が現れた。
僕の隣にはクニオが座っている。
彼はブルーの学生服をきてボタンを二つまではずしている。
「何かのまないのか?」
彼にたずねると
「もう2杯飲んだから終わり。3杯やると歳をとる」
彼はそう答えた。
皇帝の奥さんが僕の右隣に座った。
その隣にG氏がいて皇帝ははじの席に腰を下ろした。
皇帝夫妻は二人とも20代である。
夫人と話すことにした。
彼女はえらく気持ちのよい人で話しているだけで気持ちが緩やかになっていく。遊び心があるというのだろうか。声に心が癒されるようだ。あまりに楽しく、たくさん飲んでしまった。皇帝を伺うと落ち着いたまなざしで静かにG氏と話している。
ときおり、僕も皇帝に声をかける。
「どうも」
彼もこちらに挨拶をする。
「いつでもきてください」
夫人をみると笑顔で応じている。
こちらを振り返って彼女がいった。
「現在という時間や場のあり方について教えて欲しいのだけれど」
そうそれがこの国の問題なのだ。
自分が呼ばれたのもその問題と関係がある。
OSのカスタマイズされたPCには問題と自分とをつなぐポインタが記されている。
一度、部屋にかえって思考を整理することにした。
夫人が案内するといって送ってくれた。
部屋は10畳ほどで建物の最上階にあった。
といっても地上10mほどだろう。
ただし、外には雲海と町並みがみえる。
飛行船の操縦席と似ていた。
スチームボーイにでてくるスチーム城の操縦席と似ている。
板の床を掃除しようとするとタカシゲが大きな箱をもって部屋に入ってきた。
「じゃ、洗濯機はここにおいておくから。動くはずだよ」
彼が設置した1㎡くらいのサイコロ状の白い箱は最近中国製の洗濯機であった。蓋をあけると配線が向きだしになっている。LSIの基盤もある。コネクタが3つ外れていたのでつなごうとしたがやめた。このまま起動させるのだ。
起動ボタンを押すとサイクロン音が鳴り響き、洗濯機が起動した。
このタイプのOSには視覚的インターフェスがない。
中国スタイルのインターフェイスだ。
つまりこれは「こうなるだろうな」が操作と直結する。
衣類を放り込んで適当にボタンを押した。
キュイーンという音とともに中の機械が高速回転しているのがわかった。
中では微粒子レベルで再構築を利用した洗濯がおこなわれている。
外見のアバウトさ機能の精細さがズレているのだ。
夫人としばらく談笑した。
しかしなぜこの人はこうも会話が上手なのだろうか。
しばらく考えた。
それからG氏のPCを机においてブラウザを立ち上げた。
投稿者 TKM : 16:46 | コメント (0) | トラックバック
おい、ペ!とユカちゃんの声
昨夜は仮ペ様と一緒であった。
ペ・ヨンジュとは完璧に同一ではないがそれでもモードはかなり似ている。
というわけでI崎さん、似てます。
投稿者 TKM : 02:51 | コメント (0) | トラックバック
2004年12月23日
久々に雑記
昼前にやまけんとSkypeでミーティング。
食い倒れ日記、来年は素晴らしい飛躍をみせそうな気配である。
実に楽しみだ。
今朝もよい夢見であった。
丘の上にあるラグビー場にいくにはロッククライミングばりに岩場を登っていかなければならない。仲間はすでに上で練習を開始している。上からベージュの背広の男性が降りてくる。学生時代にバイトしていたPR会社のKタケさんであった。
「あ、わかるわかる。オレもさ、大変だったんだよ、ボールもって登るの」
そういって降りていった。脇の方の岩が登りやすそうだったので移動する。ようやく上まで到達した。みんな練習している。僕も練習を開始した。
ラガーシャツは着ていない。
黒いラバーパンツで走っている。
実際の自分の身体よりも細身だ。
しかし何故上半身裸なのだ?
骨折以降、身体がなまっているのでその裏返しだろうか。
意味不明である。
投稿者 TKM : 14:41 | コメント (0) | トラックバック
「MIND GAME」 ~とにかく観ろ、いますぐ観ろ~
久しぶりに映画にやられた。
映画「MIND GAME」は文句なしに2004年に観た映画の中で最も心と身体を揺さぶられた一本である。中盤以降のユートピア幻想な世界は「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」のあの「終わらない夏休み」と同種の世界観を彷彿させるし、何よりテーマとモードのズレが素晴らしい。
この種の逸脱、デファミリアライズ感は庵野秀明監督のアニメ版「彼氏彼女の事情」にもみられる。素晴らしきダイナミズムである。90分という短い時間だったがこの世界に僕は酔いしれた。
文句なしに絶賛である。
押井守の「御先祖様万々歳!! 」をみた時もそのヤラレた感にフワっと意識がブレたが「MIND GAME」の爆発する異化は進化と呼ぶべきであろう。
この疾走感とカタルシス。
手放しで賞賛したい。
似たイメージとして最初「ウェイキング・ライフ」を思い浮かべたが(「ウェイキング・ライフ」の哲学的な語り口とは全く趣を異にするけれど)完成度、作品性どちらをとっても「MIND GAME」のインパクトとは比べ物にならない。
立ち上がって拍手したい。
この作品が人の目に触れずにひっそりと公開されていたということに慄然とした。
世の中はそこまで鈍化しているのだろうか?
あまりにも楽しく、嬉しく、昂揚を感じた。
これほどの楽しさは「ツィゴイネルワイゼン」いらいではないだろうか。
それだけで酔ってしまう。
が、この作品を観るときにはアドバイスしたい。
45分過ぎからは是非、ビールを飲みながら鑑賞すべきだ。
ただし絶対に独りで観なければならない。
これが鉄則である。
ユートピアな世界とそこから先のデファミリアライズ感がドライブされる。
どうせ観るなら作品と同種のモードであるべきだし、その方が100倍くらい作品を楽しめる。
下手な気づかいによって感覚をごまかすのはこの作品の場合、マイナスだ。
いやはや、こんなに愉快な夜はいつぶりだ。
勿論、劇映画としての比較は成立しないのであるがひとこといいたい。
ピクサー?
Mr.インクレディブル?
ハウルの動く城?
眠たいことをいってる場合か?
冗談じゃない。これを観ろってんだ。
いまのこの感覚を誰かと共有せずにはいられない。
近くにおいなければ貸してやる、とにかく観ろ!
日本語ができて良かったと感じるのはこういう時だ。
心からそう思う。
至福の時である。
◆これを観ずして何をみる?
![]() |
マインド・ゲーム おすすめ平均 ![]() 。。。衝撃。。。 最高傑作! これぞ日本のアニメーション。Amazonで詳しく見る ![]() |
◆エントリー関連作品
![]() | ![]() | ![]() |
![]() |
![]() |
|||
投稿者 TKM : 01:24 | コメント (3) | トラックバック
2004年12月22日
壁の家との戦い
◆タドコロ家のトイレが変わった
「引っ越して流れの方式が変わった。前は直結だったのが今はタンクシステムなので流すまでにタメをまたなきゃいけないんだよ」
日曜の朝にビールを飲んでいると友人のタドがそういって入ってきた。確かに方式がかわったらしい。しかし、それは修正可能なはずだが。そう思いながらゴミ箱を片づけていると
「ゴミ箱おもしろいね」
と言われた。黒いプラスチックの硬度をもったビニールで縁取られた紙のゴミ箱を使っている。
「手が切れそう」
「いや、大丈夫なんだよ。柔らかいから。ほら」
そういって縁を折ってみせる。もう関心は別なことにうつった模様である。
「あ、ルービー切れたね。いきますか。サイフとりに戻ってきます」
そういって上の階へタッタッタと走っていった。
◆釣りとトーリュウ
船で浦にでる。わりと大きい船だ。100人くらい乗ることができる。
浦について釣りをはじめる。基本的には手投げである。手釣りだ。
海底には溝があり、そこには障害物がある。だからそこに投げる。
進行方向に向かって大きく投げる。彼の糸にはタイがかかっている。しかし、手釣りなので手が切れやしないかと心配である。僕も真似て投げてみる。遠くに投げたつもりだが根がかりが不安でいまいちベストの投げとはいかなかった。
天気はよい。
海の色もよい。
海びよりな一日である。
お台場のイベント会場には人が集まりつつあった。
ゲストの名前をみると岩竹徹と書いてあった。
「へえ、岩竹先生、こんなイベントでてたんだ」
しばらく会場でまっていると。
「3、2、1。皆さん、岩竹徹先生です」
けたたましい登場の爆音とアナウンサーの声と共に岩竹先生が登場した。
が、先生ひとりではなく100人くらいの他の人々も一緒に登場した。学生がブルー地に白の線のはいったジャージの上に学生服をきて登場した。ジャージの上にスカートをはいている人もいる。
下妻物語のイメージである。
しかし、先生はこれからそこで何をするのだろうか。
曲の発表だろうか。
見守っていると
「若者はいいね」
などといって議論大会をはじめていた。
ライブと演奏は今日はおこなわれないそうだ。
「曼陀羅の演奏は次回ね。ハハハ」
そういってターンし、舞台衣装のようなクロのデザイン系スーツを翻すを繰り返している。
◆剣道の練習
「刀は振りかぶって打つのではなく、振りかぶりざまに刀を研ぐようにこう左手を添え、打つ」
先生はそういって剣術の解説をはじめた。
「しかし小手がねらわれる」
マネしていたタスケの方へ歩み寄るとすかさずタスケの小手を打つ。
タスケは心優しい町人である。
大学時代の同期のカナイ君と似ていた。
「先生、でも、オレっちがやらなきゃいけねーんですよ」
彼は先ほど、トイレにいくといって下におりていった。
板場の上で自殺未遂の人を発見した。
板場は下で水とつながっており時間が流れていた。
時間におちようとするその人を必至に助けようとする。
「何んでそんなことするんでい」
タスケが叫んだ。
「ですからね。あっしだって。グスン、やりたかねーですよ。でも、ですね。野郎たちがやってきてあれですよ」
男は壁の家に現れた一団から剣道の指南を受けたがそれがいきすぎて追い込まれてしまったのだという。タスケは壁の家の一団の頭領との対決を決意した。それであらためて打つことについて考えはじめた。
「しかし問題がありまして。先生、違和感があるんですよ。打つって。こう振りかぶり。打つ。それでいいのか。宇宙を打ってる気がしねえんだ」
先生と呼ばれた里見コウタロウ風の武士は
「なるほどな。打つとは本来振りかぶって打ち下ろすというものではない。このように刀を研ぐように振りかぶりながら右手の平で刃を背から流す。この時にすでに力は刃を落とすようにはいっていく」
タスケはその言葉どおりの動作をやってみた。なるほど力の伝達が全く異なる理論にのっとっているのがわかる。これまでの抜刀と打撃は物理法則の利用によるものであったならなば、このモーションにはイニシエーション的な力が発生している。カタによって呼び込まれる力を感じていた。
「しかしな。この場合、わかっていると思うが左手があいてしまう。そこを打たれる。どうする?」
確かにその通りだ。タスケはそう思った。いま先生にならったやり方では振りかぶりざまに左手があく。カバーするにはスウェーすることくらいしかできない。幾度練習しても左手の問題はついてまわった。
「どうすればいいですか?」
タスケが懇願した。先生はさもあらんという雰囲気を醸し出しつつ
「だからこのように刃筋をかえて使う」
先生の視覚を借りて刃の動きをのぞいてみると刃は正面に打ち下ろされるのではなく、ではなく3次元的な動きをしていた。小手という最大の弱点を克服するにはこの手法しかなさそうだった。
壁の家の前で練習をしていると入れ墨をした男が叫びながらやってきた。
「船がきたぞー」
そういって男は竹刀をメチャクチャに振り回していた。はて、なんとバカなヤツだろう。タスケはそう思った。しかし、これから壁の家にはいっていこうとうしている自分も大差ない。先生の両肩にも高倉健ばりの唐獅子の入れ墨があった。
先ほど習った剣術を復唱しつつタスケは壁の家タワーへと歩き出した。
中からは道場を転がる男達の音が聞こえた。
投稿者 TKM : 11:26 | コメント (0) | トラックバック
ファームウェアと意思決定 ~本とファーストフードの類似~
iMacを使ってDVDの作成をしていたのだがディスクを焼く段階でエラーが続出した。
2年前、夏にアメリカにいってからすぐの頃。
現在使っているiMacのスーパードライブをリージョンフリー化するためファームウェアを書き換えた。その為、Appleの提供するソフトウェアアップデートではスーパードライブのファームウェアのアップデートを行うことができなくなっていた。
2倍速以上の書き込み速度に対応したディスクを使用するとディスクとドライブに異常が発生するという問題があるらしいことは知っていた。しかし、再生するぶんには問題はない。またDVDを作成することもなかったのでそのままにしておいた。
いい加減、沖縄の映像データをDVDに落としておかなければならない、と思い立って日曜の夜から作業を開始した。開始して早々に問題に直面した。ディスクが認識されないのである。一枚50円位のノーブランドディスクを使用したことが原因ではないかと思って何枚かディスクを交換すると一枚が認識されたので焼き付けを開始した。
Appleのソフトは実によくできている。iMovieとiDVDの連携は素晴らしいの一言につきる。ただし、最低でもG5のCPUが必要だと感じた。iMovieの方は使えるがiDVDを使用するとG4/800MHzでは使い物にならない。ボタンを押してから数秒後に反応する。まるでLCⅢだ。68030ナンバーのCPUの時代である。漢字トークの頃の使用感に苛立ちを覚えた。
どうにか焼き付けを開始したがiDVD3からは方式がかわったようで作成時にエンコーディングおこなわれる。そのまた異様に時間がかかる。60分の映像を焼き付けるのに3~4時間くらいかかっているのではないだろうか。
どうにか作成できたDVDをWindowsマシンで確認する。
問題なし。
メニューもしっかり機能する。
インターフェイスの出来は素晴らしい。
続いて第2編も編集。焼き付けと続ける。
がここで問題が起こった。
ディスクを認識しなくなってしまったのである。
ファームウェアのせいだろうなとは思ったが先ほどは4倍速対応の物も使用できていたわけだからディスクに問題があるのだろうと思って入れ替えたがダメであった。
ならば国産メーカのものなら問題ないだろう。コンビニでソニーのディスクを買ってきた。割高だが仕方ない。今晩中にあと二編分つくっておきたかった。
部屋に戻ってディスクをセットするとあっさりと読み込んだ。ソニーのディスクは8倍速まで対応していた。iMacのドライブは1倍速なので全く意味がない。これであと3時間くらいはやることがない。仕方ないので眠ることにした。
明けて今日。編集再開。仕事やディスクの仕入れ、「マイ・ボディーガード」のチェックやらもろもろやっていたらまた夜になった。
「さてと続き焼くかな」
iMacにソニーのディスクを差し込みiDVDの「Burn」ボタンを押す。
マシンはうなりをあげる。しかし画面の文字は…
「このディスクはこのマシンではつかえません。エラーが起きました」
なんと昨日と同じ問題が再発である。気を取り直して仕入れてきたディスクに入れ替えてまた試す。今日はラディウスのディスクだ。ところが今度はディスクがスーパードライブに入ったままでてこない。
「喰われた」
そう思った。何をやっても出てこない。仕方なく再起動などを続け、ようやく取り出す。以後、数回、別なディスクで試すがいずれも同じ症状。これはいよいよファームウェアを取り替えなければならない。あきらめてネットで検索をはじめた。アップグレードによって4倍速用のメディアも対応するようになる。
日本語のページにはあまり有益な情報がみあたらなかった。型番のDVR-104を入れてApple、firmwareなどの単語とともにGoogleで検索を試みる。
ドライブの発売元であるパイオニアエレクトロニクスのページが見つかった。
他にもファームウェアがダウンロードできるサイトがいくつかあったのでファームウェアをダウンロードしてダブルクリックをした。
するとクラシック環境(OS9の事)がたちあがろうとする。
ファームウェア用のアプリケーションがOS9用なのだろう。
OSX版はみあたらない。
そういえば数年前に自分でファームウェアを書き換えた時もOS9環境を使った。
とりあえずやらなければならないな。
OSのディスクを探してきてインストールをはじめた。
自分のマシンであの画面をみたのは何年ぶりだろう。
記憶を頼りにインストールを試みるが全くやり方の検討がつかない。
ツールをダブルクリックしてもウィンドウが開くだけで何も起こらない。
やばい。
はまったかもしれない。
隣にあるWindowsマシンでブラウザを開き、海外のパイオニアのサイトを読み進める。
どうにかインストールガイドをみつけた。
読んでみるとDVR-104ドライブのファームウェアをアップグレードするにはOS9環境が必要とのことだった。方法は…
1.OS9で起動する
2.ファームウェアソフトを起動する
3.ウィンドウが開くのでそこにファームウェアファイルを放り込む
というものだった。そういえば似たようなことをやった記憶があった。
指示通りにやっていくとファームウェアが更新されたことを知らせる電子音がなった。ちなみにファームウェアの更新を失敗するとドライブはもう使えない。なので以前はこわごわであった。今回はかなりゆとりがあった。急ぎの仕事があるとこうはいかないので幸いであった。
更新が終了してからOSXで再起動させる。おそるおそる、ディスクを入れるとあっさり認識するようになった。はやくからやっておけばよかった。iDVDを立ち上げ「Burn」ボタンを押す。達成感はあったのだけれど奇跡感の方が強かった。よくあのタイミングでパイオニアのサイトをみつけてファームウェアを更新できたものだ。ディスクを何度も入れ替えていた時、一瞬あきらめたのだ。このマシンのこのディスクで焼くのはもうないんだろうな。そう思った。
結構、奮闘した。そのかいがあっていまディスクはせっせと書き込み作業を開始している。
こんな長々と書いたけれど僕が話したいのはディスクやファームウェアのことについてではない。あの一瞬、もうあきらめようと思った。英文のサイトをいくつかみていたら解決法がみつからないような気がしてきた。Windows版の解説はあったけれどMacでの解決法はみあたらない。iMacのドライブはあきらめて外付けでもなんでも使えるDVD-Rドライブを導入しよう。そう考えた。
ドライブの復活はほんとに微妙なラインだった。
やればできるし、やらなくても悪くない。
細いタイトロープの真ん中であった。
違いはある種の無風状態といったらいいのだろうか。どうせ替えなければならないなら好き放題やってもいいし、まあ最悪壊れてもなんとかなるだろう。いや本当にどちらでもよかったのだ。
それがやってみることを選択した理由だ。
「迷ったらやってみる」みたいな考え方・意思決定をよしとする考え方もある。
しかし自分のはその対極であった。
これはわりと大切だ。
そんな熱い想いはなかったのだ。
ともかくじゃあやってみよう、いや正しくは「やってみっかまーまー面倒だけれど」そのていどのボーっとした考えしかなかった。
それで面倒ながらパイオニアの英語のサイトで探しはじめたた。
するとあっさりと目指す答えの手がかりが見つかった。
導入方法の英文PDFもみつかった。時代がズレているためわかりにくかったが読んでいくとやり方もわかった。前述したように驚くほど簡単であった。
そしてドライブは復活しいまもゴーゴーうなっている。
自分は気になって仕方がないのだ。
あの一瞬を逆側に向かっていた自分もいたはずだ。
もし別な方向に意思決定していたならば、いま自分は何をしていたのだろう。
無駄とも違うし、遠回りとも違う。
なくてもよかった出来事であるけれどさっきまでなかった回路が頭の中にできた快感がある。
この過程について最近考えていたことと似ているように感じたのでメモしておきたい。
読書は自分にとって最高の楽しみのひとつである。
本を読んでいて最近気づいたことがある。
スラスラ読める、読んだ、本は何も生み出さない。
こちらが介入しなければ読み進めることができない本。
簡単か難しいかということではなく、読んでいるときにいままでの自分の人生のデータベースがフル稼働する感じがしている時の読書は感動とも悦びとも異なる印象・質感を与える。
読むときに頭の奥が痒くなる感じがない本は読む必要はない。
ファーストフード的な本といったらいいだろうか。
ボリュームの有無は関係ない。
はやくて軽い本は栄養バランスがズレているときがある。
読みやすいかもしれないし、売れるかもしれない。
しかし、価値もそれなりでしかない。
食も本も似ているのではないか。
マンガでも哲学書でも小説でも本の内容はあまり問題ではない。
違いはこちらからの介入度合いだ。力を秘めたテキストや物語を読むとこちらも疲労する。自ら働きかけない限り本はその真の姿を明かにはしない。20年以上も本を読み続けてきてようやくわかった。触れるべきコンテンツを「それ」とか「これ」などと絶対的なものいいで示すことはできない。
けれど自分がどんな本を読んだときに価値を発見しているのかはわかる。
接する自分が介入していくことができる。
新しい視点をつくりだすという作業が必須になる。
ポイントはそこだ。
また、その他のコンテンツにも同じ視点は有効だろう。
そこからみえてくるカタチもあるはずだし。
投稿者 TKM : 05:19 | コメント (0) | トラックバック
2004年12月21日
バッシーの対談を聞く
バッシーがNHKの番組で堀江氏と対談しているという夢を観た。
タイトルがかなりいかしており「私と城壁」とか「私と○○」系なのだった。
バッシーはかなり好印象であった。
番組をみながら教室で机の後かたづけをしていると「いかりやちょうすけ」の意味をまとった先生からハンガーと帽子をわたされた。先生は廊下に備え付けられたえもんかけからその二品をはずしてきた模様だ。
授業が終了すると大学時代の同期のカヲルナカジマが
「そろそろ時間ですね」
などと殊勝な雰囲気をかもしだしはじめた。彼もイケイケキャラではなくなったのだなと感心した。
教室の後部のイスが片づけられ机が上に重ねられ即席のステージができあがっている。おもむろにカヲル氏はギターを弾き始めた。白いエレキタイプのギターである。バックトゥーザフューチャー1のラストの演奏に近いノリだ。
プロっぽいといえばそうだが今風の音ではない。少し古い90年くらいの音だ。と、もうひとり。マンガの編集者をやっている後輩が
「ぼくもやります」
といってギターをとりだす。トランペットのケースの形状をしたギターケースをあけるとそこがどのような構造になっているのか全くわからないがギターが横に4つつながった状態で出てきた。
「スゲー、4っつピックがある」
と、意味不明な感嘆をもらしてしまった。
後輩は巧みに4つのギターを扱っている。演奏には感動をおぼえないのだが段々と場が学園祭的なノリになっていく。
後輩のマツザカ君が
「カガヤさん、これですよ」
といって高校の美術の時間に使っていた油絵の道具箱そっくりの木の箱をあける。と、それは四角い形状のギターになっていた。マツザカ君が演奏をはじめる。これはベースのようだ。しばらく演奏をきいていると彼は僕の腕をつかみ四角いベースの玄に押し当てた。
玄は突然、あやとりの「銀河」のカタチに変わった。
箱ベースが教室の音楽と共鳴し、音を吸収しはじめるのがわかった。
そして指先から場に流れる音楽がバイブレーションとして身体に伝わってきた。
しばらくそうしていた。
授業の感想を述べ、バッシーに挨拶をした。
授業は終了だったがバッシーの番組収録は続いていた。
人道的な活動について話していた。
いつもと印象が違っていた。
城壁すれすれに飛び回って何かの救助をしていたようなイメージがちらつくのだが記憶が定かではない。
「とても立派な方なんです」
と僕は言った。
話はまだ終わらないのだがそのあたりで内閣府に呼び出された。
机の組み立てが途中だったが高校時代の同級生のコンノ君が後をやってくれるというのでその場を後にした。廊下にでてから帽子とハンガーをかけるべきところにネックレス状の装飾具をもどしておいた。
大阪から帰ってきているオカダとカレーを食べることにした。
「明日食べるカレーの盛りはやばいんだよ」
と話していると隣のテーブルに店員のおばさんが「明日のカレー」を運んできた。日曜に本城家でごちそうになった「激ウマカレー」が丸ごと鍋にはいってテーブルにおかれた。
おばさんは平皿に盛られたご飯の上に鍋からカレーを流し込む。鍋は片手で持つ取っ手がついたタイプだ。大したもりではないな、と思ったがご飯にかけられたルーが深めの皿になみなみとしていく。オカダと顔をみあわせた。確かにヤバイ盛りである。あの感じだとルーだけで1リットルくらいあるだろう。
「明日のカレー」恐るべしであった。
内閣府に着くと妹が待っていたのでとりあえず着替えてから広場にでることになった。着替えはじめてすぐにメンバーがそろっていないことに気づいた。何をしているのだろうとロビーの奥にいくとみんなまだ布団で寝ていた。
内閣府のロビーは宿舎もかねている。
僕のポジは入り口付近のパーティション(といっても20畳くらいの広さがある)で他のメンバーは奥の広場を利用している。外には500m2の四角い公園があり砂利がひかれている。
そこにレーザー推進装置をつかった実験用のビークルがおいてある。ビークルといってもフラットタイプで1.5m2くらいの四角いプラットフォームに手すりをつけたような乗物である。これをつかって唐揚げ弁当を買いにいった記憶がある。
実験内容について復唱していたらようやくメンバーが起動してきた。
遅いけれどこの日の任務では一番最初に外にでることが最も重要であったのでそれもまた結果オーライであった。
投稿者 TKM : 12:45 | コメント (0) | トラックバック
2004年12月20日
カバンの冒険・レポート編 ~『ショルダー』ですね~
「カバンの話はどうなった?」
「カバンはどうだったんだ?」
という問い合わせが多く。先ほども党首より「書け」との要請もあり、まずはカバンの件からレポートしていくことにしよう。
事件は金曜日の夜から土曜日の朝にかけておきた。
その夜は某プロダクションの忘年会だったのだがちょうど量子力学の本が面白くなってきたところだったので「今宵、いくべきか?いかざるべきか?」と悩みつつあった。
また外も冬空で肌寒く「今夜は寒いしこの続きを読みながらディスカバリーチャンネルの宇宙ステーション特集のDVDを観よう」と思っていた。バシ師匠は当然、出席されるはずだから様子をうかがってみた。少しおくれていくつもりだとのことだったので僕は2次会から顔だけだしてさっと帰ろることにした。
そこであらためて忘年会の案内のメールをチェックすると、
「当日キャンセルは全額負担!!」
という一文があることに気づいた。
この瞬間に自動的に絶対参戦が決定した。
僕もよくパーティなどイベントのしきりをやっていた経験に照らすと、この手のイベントの時はお店との間で最低補償金額を決めておき、当日は参加した人数を双方で確認し、最後に人数分の費用を支払うというのが普通だ。でないと人数の増加に対応できない。また具合の悪い人だって出る可能性もある。なのでこの一文には眉をひそめた。
バシ師匠より一足先に永田町についてテクテクと店まで歩いていく。
最近、自分は「いい人」であるとの印象が強まっているらしいのでじゃあたまには気を使わないで素でいってみるか、そう思った。
目指す韓国料理に到着し挨拶をしていると、バシ師匠から
「店どこだっけ?」
と電話があった。挨拶もそこそこに師匠を迎えにいく。ただ迎えにいくのもなんなので薬やの店舗の影にかくれて通り過ぎたら腕を捕まえて連行しようと通りの向かいのガラスにうつる影をみつめる。まもなく、師匠の影がみえた。
「ハイどうもー」
と勢いよく捕まえようとすると相手に驚いた様子はない。
ニンマリとして
「なーんか、もの凄い殺気でわかっちゃったよ。なんかでてる感じしてさ、ハハハ」
と勝ち誇ったようなゆとりの声。かなり上機嫌である。
納得がいかない。
二人で店にはいって挨拶などして酒席に加わった。師匠の同僚のアラマハさんも同席しており、着席後1分でフルスロットル状態。はやくも楽しくなってしまいいきなり盛り上がる。あたりまえといったらあたりまえなのだがこのメンツがそろってつまらない時はない。
なにせ酒席でのアラハマさんのトークが素晴らしいのだ。自虐的でありながら、ツボを押さえたフェイクトークを入れてく




あ!港にランボルギーニ・カウンタックが










