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2005年01月17日

ビルの中でからみあう世界と心のカタチは愛の嵐

ビルの螺旋階段を登っていく。
吹き抜け構造のビルである。
といってもフロア毎の床面積はそれほど大きくはない60㎡くらいだ。

上階への移動を確認してから振り返る。
外では車がまっている。
これからカネコと釣りにいく約束になっている。

路地が京都になっており、視界にひびがはいっていく。
地震が視覚的にみえているのである。

車で待機してくれるように父に頼んでビルへと移動する。
ビルの入り口で女性と待ち合わせをしていたのを思いだした。
屋上近くにある模型屋の入り口に腰掛け話をする。

別な世界のルールが人のカタチになったのが自分なのだ、と彼女はいう。
なるほどそうかもしれない。
二人の間に会話はない。
そういうスタイルの話し方なのだ。

沈黙が気まずいかどうかは二人の関係性による。
知らない同士のが沈黙を維持すれば気まずい沈黙となる場合もある。
この場合は別な種類の沈黙であった。
心地よさに身をゆだねていたら時間が来た。

海にでかける時間だ。
波はまだ高い。

彼女とのエンタングルペアを維持したまま外にでて車を呼ぶ。
川向こうの道に止まっているのが見える。
方向転換してこちらに向かってくれるようにもみえるし、待ちくたびれて出発しようとしているようにも見える。

おそらくその両方の可能性が同時に視覚化されているのだろう。
車は曖昧な意味を表現している。

海沿いの教室に移動するとゲンとキタというおじさん二人が議論していた。
トイレの構造についての議論であった。
曰く、オープンであることの意味はあるがそれは水の存在が前提になっているはずだ。とのことであった。 議論は白熱しており外野である自分が介入するには専門的すぎた。

ビルであった女性の事を思い出していた。
彼女の隣には自分もいる。
ここにいる自分と彼女と一緒にいる自分は同じ自分なのだろうか。

同じらしいということがなんとなくわかった。
というのも彼女もゲンさんもそこにいるようだったし、二人の間には会話があった。

会話の重要性を感じた。
会話は何も言葉のみをつかっておこなわれるわけではないのだ。

模型屋のドアの前に立ち、炎に包まれた箱・アタッシュケースを階下へ投げ捨てた。
階下では他の誰かがそれを目撃するだろうか。

上階へと向かう僕たちを人々はフィルターごしにみているはずだ。
彼らの視点もまた同時にその場に存在したし、僕には彼らがつくりだす拘束された意味の存在が感じられた。

これが世界の一部なのだろう。
彼女と階段を登っていくと螺旋階段に橋がかかっていた。
橋をわたるとビルは沈黙に包まれた。

橋の向こうは地上につながっていた。
ドアをあけ、空を見上げた。
ビルの脇の路地に僕たちは座っていた。

父の車で釣りに出かけなければ。
彼女を連れて車の方に歩き出した。

投稿者 TKM : 2005年01月17日 13:09

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