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2005年01月23日

チューニング

感覚が鈍っている。理由はないがなんとなくそんな感じだ。
いや、理由はあるのだが明確ではない。

先週からガンダム(ファースト)を見直している。
四半世紀ぶりにみてみるとアニメというよりもテキストを読んでいるような気分になった。セリフがいちいち心情の吐露になっており、 それが映像の印象を薄くしている。

映像が言葉とリンクしているのだ。

と書いてみるがどうもモードが「オン」にならない。
自分にもこういう日があるのだ。

書くという作業はどこかこのあたりとかそのあたりにエネルギーがあってそれを取り込んでカタチにする、 みたいなことをやっているだけなのではないかと思うことがある。

クリエイティブな事象は創るというよりも 「やらなくて済むならばやらないでいたかったけれどどうしてもやらなければ生きていけないからやった」とか 「やらなきゃおかしくなりそうだからやった」という場合が多いように思う。悦びよりも苦々しさの方が理由としては妥当である場合もある。

うまくいえないがこの時空には「フロー(流れ)」があってそれを変換する作業が全般的にクリエイティブと呼ばれており、 その回路をひらく方法はたくさんあってどちら側からはいっても変換行為であることに変わりはない。 けれど僕らはそのプロセスに対して意味づけをおこなってしまう。アウトプットをプラスとマイナスに単純化していくことで理解しようとする。 結果、本質からは遠ざかっていく。

パワーというものは自分がその分野の素人であろうとプロでろうとそんなこととは無関係に相手に伝わってしまう特性を持もっていてどうごまかしても否応なしに伝わってしまう。 環境が感覚を鈍化させていてもどこかで分節化できない「ん?」という記号がはしっているはずだ。

経過する時間が記憶をぼやかすので感覚や意識は次の事象にチューニングされてしまう。

深部からくみ出された表現がもつエネルギーに触れると蘇ってくる感覚がある。

その感覚に触れることは僕にとって最も大切な時間であり、その時、 対峙する忘我的自己は自分の探しているあるモノへの入り口であろうと思う。

投稿者 TKM : 2005年01月23日 03:07

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コメント

>クリエイティブな事象は創るというよりも 「やらなくて済むならばやらないでいたかったけれどどうしてもやらなければ生きていけないからやった」とか 「やらなきゃおかしくなりそうだからやった」という場合が多いように思う。

↑これ。すごい納得。
魂の命令。って、ロバート・キャパも言ったそうな。

投稿者 ねじゅ : 2005年01月23日 15:54

コメントありがとう。
素直にうれしいね。

あるラインがあってその周辺というのはとても微妙なんだけれど「カチっ」っと入るその手前がすごくこう無防備にならざるえないような、ワクがぐらつく時間があって、そこなんだよね、オレが興味もってるのは。

そうのって入る手前は結構「コワイ」わけで、けれど、それは何の恐さなのかとか。おそらく慣れるとかは永遠にないと思うんだな。毎回毎回同じ道のりがあるように思う。逆に必要なのかもしれないし。そういうことって何なのか、それに興味があるんだよね。

投稿者 かがや : 2005年01月24日 01:45

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