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2005年04月22日
大人のDSトレーニング
■大人のDSトレーニング
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20050421/ndt.htm
なるほどこういうソフトを出してくるとは。 京セラの長渕剛のCMっぽくつぶやいてしまった。
「やるなDS、こうきたか」
さてDSだがなんとなく予感はしていたけれどこの端末、ゲーム機というよりはハンディタイプのコンピュータっぽい。 ペン入力を使っているせいかカフェなどでDSを操作していると傍目には熱心に仕事をしているようにしかみえない。 これはDSの持つ大きなアドバンテージだと思う。
DSは筐体がそれなりに安っぽいのだがその「オモチャ感」が結構すきだったりする。この端末、 なんでもありなんではなかろうか、みたいな気分になるのだ。この感じは初期のMacintoshの自由さに通じる。 あのLCシリーズが最新鋭だった頃のMacにはハイパーカードが標準でインストールされており、コンピュータというよりも 「オモチャ」に近い感覚だった。
MacのMacらしさを初めて感じたのはフロッピーの出し入れの時だ。画面にあるフロッピーの絵をゴミ箱にいれると「ガシャコン」 という音とともにフロッピーがはきだされる。いまでは普通だけれどその時の衝撃は大きい。ペットを飼っているような気分になったものだ。 Windows機やUNIXマシンとはずいぶん違っていたので当時は
「Macで論文を書くと文体が変わる」
という説まででまくっていた。
DSに話をもどそう。
「大人のDSトレーニング 」のようなソフトが出てきて
「ああDSってこういう使い方もあるんだな」
と目からウロコな感覚であった。これをゲーム機だと思う必要はないのだ。ペン習字の練習につかったっていいし、 ケータイ電話であってもよい。 僕の持論なんだけれど任天堂をはじめとしたゲーム関連の企業の真価は彼らがその能力をインターフェイス開発能力だと再設定することであきらかになっていくと思う。
任天堂がケータイ電話をつくったらいま巷にでまわっているケータイ電話なんかと比べて遙かに「楽しい」ものを出してくると思う。 これはAppleも同じだろう。iTunesやiPodのモードを継承した端末を想像するだけで楽しくなる。
形体としてのデザインはもちろん大切なんだけれど、価値がシフトしていくのを感じていて、何かを買ったり、 したりするときに自分が何を重要視しているかというと、インターフェイスの心地よさや気持ちよさ、楽しさみたいなものを求めているんだな、 と思うのだ。
飲食にしてもそう。
人が「接する楽しさ」への志向はあらゆる分野で強まっている。
投稿者 TKM : 2005年04月22日 02:12
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コメント
先日はドウモ!
キヨです。
人が「接する楽しさ」っていわれて、ハッとしました。
そういう「楽しさ」を作っていくことが、自分にとって
イチバンやりたいことだなぁと。
もっと広いエリアで、考えていかねば。
投稿者 KiYO : 2005年04月23日 13:52
先日は四角ゲームでお世話になりました!
「接する楽しさ」は「コミュニケーションの楽しさ」と言えるかもしれません。
人にとって最大最高のコンテンツは「人」だと僕は思います。例えば「キレイな女性」とか「カッコいい男性」ってのはそれだけでもう十分なコンテンツになってると思うんですね。
その感覚はどこからきているのか?
そこが重要なのではないかと思うのだけれどどうでしょう。
ブレストやりたいですね。
投稿者 かがや : 2005年04月24日 13:11
亀レスでスミマセン…
コミュニケーションの楽しさ、は確かにそうですよね。
最近立体のオモチャが売れなくなっていてカードのほうが子供たちには受け入れられているという状況があったりするんですが、立体に詰め込まれた情報量とカードという紙ッペラに詰め込まれた情報量は圧倒的に異なっているんですよね。
情報量が多いカードの方が友達とのコミュニケーションをとり易いというのがあるかもしれません。。
ちょっと話がずれましたが、コミュニケーションの楽しさを得るためにはどうしたらいいのか、を考えると割と次につながるネタが出てきたりするんですよねぇ。
コンテンツは「人」という考え方はかなり共感デス!
コンテンツを作るのは結局「人」ですし。
その「人」=コンテンツ、というのは自然な考え方なのかも。
是非ブレストしましょうっ!
投稿者 KiYO : 2005年04月29日 15:50
「コミュニケーションエンターテイメント」という考えて方もあっていいと思っていて、人ってコミュニケーションに一番おもしろさを感じてるんじゃないかと思うんですね。
いい作品をつくってもそれが誰の目にも触れないならその作品の価値は最大化せず、結局は価値提供の機会を失ってしまい全体にとってマイナスになる、というのってもたいないなとよく思います。
いくべきところにいくべき情報がいく、というコンテクストをつくるのがエンターテイメントの役割じゃないかと最近おもうわけです。
コンテンツ、コミュニケーション、エンターテイメントにからめてブレストやりましょう!
投稿者 かがや : 2005年05月05日 00:53



















































































