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2005年05月08日

「半島を出よ」(村上龍) ~下巻読了~

■短い時間と長い時間

半島を出よ (下)  

半島を出よ (下) 」を読み終えた。なんとも長い読書時間であった。 しかし短かった。

矛盾しているようだがこれが感想である。
この作品、文章量は多く、読書時間は長大なのだが体感時間は短い。
ドラマの「24時間」のように二日間くらいの出来事が緩急のある場面展開でソナタ形式にまとめられているイメージである。

愛読している梅田さんのブログでも

僕よりも先に「半島を出よ」を徹夜で読了したid:kunihiroishigurが、 内容をばらさぬよう配慮しつつも僕に一言で言った感想が「凄かった。でも、もっと長くても良かったな」だった。 確かに最後まで読んでみて、その意味がよくわかった。「北朝鮮の反乱軍が福岡を占領する」という シチュエーションにおける日本の姿の描写が、 本書よりもさらに延々と続く今の3倍か4倍の長さの、長い長い小説を読みたかったなという彼の思いには、とても強く共感する。

と書かれているがこの気持ちはとてもよくわかる。僕も強く共感する。
もっと長く読んでいたかった。

個人的な希望を言うとイシハラグループの意味不明な会話や武器説明のシーンを割愛して高麗遠征軍のパートを増やしてもらいたかった。 その方がドラマ性が増ように思う。イシハラが登場するシーンは冗長的で違和感を感じた。

■物語とパラレルなリアリティ

高麗遠征軍のチョ・スリョン、キム・ヒャンモクの二人を中心に書かれたシーンには違和感なく感情移入できた。
文学というよりもエンターテイメントな人間ドラマを感じた。

上記の二つの視点でドラマ全体を捉えた場合どのような作品になるのだろう。

この作品は登場人物がものすごく多い。高麗遠征軍だけでも27人のキャラクターが登場する。 上巻から登場する9人のメインキャラクター(高麗遠征軍側)を個別に認識できるようになるまでかなりの時間がかかった。

その中で4人くらいのキャラクターは大きなシーンで主役を演じる。 各シーンを読み終えていくにつれて自分の中でそれぞれのキャラクターの個性ができあがっていく。 すると同じ出来事を各キャラクター別にみた場合、どのようなドラマ展開になるのだろう、と仮想しはじめる。

書籍という形式の拘束条件がある全ての登場人物の視点を作品に取り込むことはできない。

けれど読んでいる我々は意識の外で各キャラクターの視点の存在を認識している。

「物語を読む」というのは個人的な経験である。
「ここ」からはじまって「あそこ」で終わる物語の構造を持っている作品の場合、 見えないだけで時間軸を共有している全てのシーンに登場人物が存在している。 それぞれのシーンでは描かれていなくても彼らはそこに存在している。

いちいち気にしながら物語を読むわけではないが見えないシーンでも彼らはそこに存在していて、 それを仮想しながら僕たちは物語を読み進める。

この時、各キャラクターはパラレルな存在だ。
僕たちはそれに違和感を感じることはない。
物語という形式はひとつの世界をそこに描き出す。
しかし読んでいる僕たちは同時にパラレルな世界を仮想し、体験している。

「そこに存在しなくてもそれらが同時に存在している」

ことを受け入れることができるのはなぜなのだろう。

■追伸:マチともの語り

プランナーの野知さんがやっているプロジェクトに「マチともの語り」というサイトがある。
「半島を出よ」も街を舞台とした物語だと僕は思った。

上記のサイトには数多くの作品が集まり単行本もでている。
当初、僕もいろいろと議論に参加したりしていたのだが、 最近は編集後記は欠かさず読むものの掲載されている作品を読もうという気持ちになることはなくなってしまった。

これってネットとコンテンツについて考えるうえでもの凄く大きなポイントをはらんでいるんじゃないかと僕は思う。

僕の場合に限ってということわりを入れた上で何故僕が読まないかを思いつくままにメモしてみる。

・読み方がわからない
・形式になれていない
・他に読みたい本がたくさんあるのでネットでは小説を読もうと思わない

とまあ、あたりまえといえばあたりまえのことなのだけれど。もう少し、直感的なことを書くと

・誰が書いているのかよくわからないので入り込めない

というのが大きいように思う。

編集後記だけは欠かさず読むのには理由があって運営されている野知さんは友人だしWATA氏もよく話をきいていたのでイメージがつかめるから知り合いのブログを読むみたいな親近感をもって接することができる。

けれど作家の方はどんな方なのかわからないので距離が遠い。とても遠い。そのため「同人誌」な印象をうけてしまう。
これが大きな理由だと思う。

逆に運営側は各作家とのリレーションがあるから掲載されている作品を読む時にもそれがバイアスになるので「おもしろい」のだろうな。

投稿者 TKM : 2005年05月08日 13:02

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