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2005年05月11日
「思考は現実化する」のか?
すごいタイトルの本である。
何年か前に本屋にいった時のことだ。
書棚に「思考は現実化する 」という本がおいてあった。
凄まじいタイトルである。
ナニ?どういうことだ?
思わず手が伸びた。開くと成功哲学本であった。
具体的な方法は記されていなかったので書棚に戻した。
それはさておき「思考は現実化する」についてふと思ったことを書き留めておきたい。
ここに二者がいるとする。
わかりやすいようにこれから卓球の試合をする二者だとしよう。
二人とも「勝つ」という思考で試合に臨むとしよう。
思考が現実化するなら二人が勝たなければならない。
しかし、卓球の試合の場合、システムの都合上、引き分けはない。
この場合、思考は現実化するのだろうか?
基本的な疑問だが「誰の思考が現実化するのか」についてはっきりしていない。
この点は問題だと思った。
対抗する二者の思考が同時に現実化した場合、量子的な世界が概念ではなく現実化してしまう。
ホメオスタシスとトランスシタシスが均衡ではなく両端にふれた状態が同時に成立してしまうことになる。
それをイメージしてみるのだがどうにもパラドクスがねじれるような感覚である。
投稿者 TKM : 2005年05月11日 02:42
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コメント
いまどきの若者の多くは「思考は現実化する」ということを信じられなくなっている,さらには,「希望する」ことにさえ,気力を持てなくなっているとする論があります.山田昌弘さんの『希望格差社会--「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』(筑摩書房)にいわく,「将来、自分の生活がよくなる」と考えている若者(25-34歳)は15%,中学生の70%が「将来、日本は今以上豊かにならない」と考えているとのこと.
この本は,そうした社会システムに対して「のるか/そるか」で選択させてしまうことの危険性を,統計的に明らかにしていくといった内容です.内田樹さんのblog,http://blog.tatsuru.com/archives/000856.php も参考になります.
ぼく自身も,教員として,これからどういう態度で若者たちに接するべきかを悩みます.本音では「勝ち負けはともかく前のめりで死ね」というアドバイスをしたいところなのですが….
投稿者 くぼ : 2005年05月11日 17:40
それはきっと、自分のことしか考えてないという事だと思う。相手がいなきゃ卓球もできない。現実化、より実現化のほうがスタンスとしては柔らかい気がする。
投稿者 akira : 2005年05月11日 23:08
いまどきの若者に対して,dreams come true や win-win relationship の類いの議論をすることは,ほんとうに難しいです.若者たちは,上の世代の自慢話・勝ち組コミュニティ内での自己正当化の主張なんかは,もうとっくに聞き厭きていますから.
伝統としての「システムの都合」を受け入れつつ,それを正統的周辺参加を通じて書き換えてゆくような,守破離での参画のプロセスについて検討する必要があるのではないか,と思っています.
投稿者 くぼ : 2005年05月12日 03:46



















































































