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2005年10月06日
政治系の議論とか 
改まっていうのもなんだが僕は政治思想に関する議論にはあまり興味がない。
現政権に関してそれぞれの立場から批判をしてみたり、バカにしてみたり、売国奴といってみたり、いろいろな意見が乱立している。
共通するのはどれもが外野の印象論で現場でやってる人の意見ではない。
プロレス会場でヤジってるオヤジと大差ない。意見でも批判でも提案でもない。コミュニケーションが内向きに閉じている。
そういうのってカッコ悪いよな、と僕は思う。
政治の現場を志す人は請われてそこに立つべきである。
それが僕の考えだ。
小学生の頃から立候補という言葉が嫌いだった。
田舎の小学校でさえ生徒会長は選挙によって決定される。
意味がわからない。
10歳くらの小学生が
「清き一票をよろしくお願いします」
とマイク越しに叫んでいた。
これじゃ、ブラックジョークだ。
ベストの人選を行うには別な方法が必要であることは小学生ながら感じていた。
現実の政治システムも大して変わりない。
現行のシステムでベストの人選がなされているとは思えない。
適切な人がベストのパフォーマンスを発揮できる環境を整備するにはどうすればよいか。政治思想や立場を取り上げて議論しても堂々巡りである。
政治思想を越えた認識や目標は存在する。議論はそこからはじめなければならない。
++++++
「できる人」
は案外この世の中、たくさんいる。
圧倒的に足りないのは
「できる人」かつ「できた人」
である。
(AorBでという思考ではなく、AかつBのようにパラレルな方がいいのである。)
投稿者 TKM : 2005年10月06日 07:54
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