2005年07月04日

夜も素麺

今度はゴマダレです。これも悪くない。

食べ終えての感想。
粗食だけれど満足度は高い。
というか美味しいです。

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2004年12月28日

リアルドンキーコングがモチつき?!

RIMG3891.jpg

これをぜひご覧じろ。
昨日のベストショット。
(きねの使い方については盟友のやまけんのブログに詳しいのでそちらをどうぞ)

投稿者 TKM : 01:26 | コメント (2) | トラックバック

2004年12月24日

おい、ペ!とユカちゃんの声

昨夜は仮ペ様と一緒であった。
ペ・ヨンジュとは完璧に同一ではないがそれでもモードはかなり似ている。
というわけでI崎さん、似てます。

投稿者 TKM : 02:51 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月20日

カバンの冒険・レポート編 ~『ショルダー』ですね~

「カバンの話はどうなった?」
「カバンはどうだったんだ?」

という問い合わせが多く。先ほども党首より「書け」との要請もあり、まずはカバンの件からレポートしていくことにしよう。

事件は金曜日の夜から土曜日の朝にかけておきた。
その夜は某プロダクションの忘年会だったのだがちょうど量子力学の本が面白くなってきたところだったので「今宵、いくべきか?いかざるべきか?」と悩みつつあった。

また外も冬空で肌寒く「今夜は寒いしこの続きを読みながらディスカバリーチャンネルの宇宙ステーション特集のDVDを観よう」と思っていた。バシ師匠は当然、出席されるはずだから様子をうかがってみた。少しおくれていくつもりだとのことだったので僕は2次会から顔だけだしてさっと帰ろることにした。
そこであらためて忘年会の案内のメールをチェックすると、

「当日キャンセルは全額負担!!」

という一文があることに気づいた。
この瞬間に自動的に絶対参戦が決定した。

僕もよくパーティなどイベントのしきりをやっていた経験に照らすと、この手のイベントの時はお店との間で最低補償金額を決めておき、当日は参加した人数を双方で確認し、最後に人数分の費用を支払うというのが普通だ。でないと人数の増加に対応できない。また具合の悪い人だって出る可能性もある。なのでこの一文には眉をひそめた。

バシ師匠より一足先に永田町についてテクテクと店まで歩いていく。
最近、自分は「いい人」であるとの印象が強まっているらしいのでじゃあたまには気を使わないで素でいってみるか、そう思った。
目指す韓国料理に到着し挨拶をしていると、バシ師匠から

「店どこだっけ?」

と電話があった。挨拶もそこそこに師匠を迎えにいく。ただ迎えにいくのもなんなので薬やの店舗の影にかくれて通り過ぎたら腕を捕まえて連行しようと通りの向かいのガラスにうつる影をみつめる。まもなく、師匠の影がみえた。

「ハイどうもー」

と勢いよく捕まえようとすると相手に驚いた様子はない。
ニンマリとして

「なーんか、もの凄い殺気でわかっちゃったよ。なんかでてる感じしてさ、ハハハ」

と勝ち誇ったようなゆとりの声。かなり上機嫌である。
納得がいかない。

二人で店にはいって挨拶などして酒席に加わった。師匠の同僚のアラマハさんも同席しており、着席後1分でフルスロットル状態。はやくも楽しくなってしまいいきなり盛り上がる。あたりまえといったらあたりまえなのだがこのメンツがそろってつまらない時はない。

なにせ酒席でのアラハマさんのトークが素晴らしいのだ。自虐的でありながら、ツボを押さえたフェイクトークを入れてくる。絶妙のタイミングであらゆる場面に切り込んでくる。このトークにはいつも感心させられる。

そんなわけでウダウダいっていたわりにいちばん忘年会を楽しんでしまった。二次会も適度に楽しみ(いや実はここにもかなりのドラマもあったがそれはまたの機会にでも)、我々3人は赤坂を後にした。

その後、師匠がいきつけの渋谷の店にいきたがっていたので連れて行ってもらう。僕は一年ぶりくらいでいったものだから歓迎されてしまい、こうなるとライブと同じで場の力でそこにいることが楽しくなってしまう。

気づけば更にメンツがぐるぐると入れ替わり、話はつきない。店はほぼステージ状態で異様なテンションになっていく。時計をみると4時頃だった。そこで師匠が

「カガヤくん、オレ、もうだめだぁ~」

と限界宣言をする。二人で店を後にして駅へと向かう。電車はうごいている時間である。二人で歩いていたらバシ師匠がなにやら歌を口ずさんでいる。気持ちのよい風であった。
「バッシー、その曲なに?」

という問いをしたような。
二人で1時間ほど歌うこととなった。
これが異様に楽しかった。
バシ師匠はボーカルをやっていただけあって歌の盛り上げが素晴らしい。
エンターテイナー・バシタカが炸裂であった。

時刻は朝6時。
TSUTAYAの前あたりで別れてお互い帰路についた。
気持ちの良い朝だ。

と、このあたりで僕の記憶は消えている。
以後は断片的な記憶だ。

・半蔵門線のホームで電車を待っていると次の電車まで9分あった。
・トイレにいきたかったので階段をのぼってトイレにいった。
・次の記憶は青山一丁目で大江戸線に乗り換えようとした。
(本来は半蔵門線で永田町にいき、そこから有楽町線に乗り換えるのがベストなのだが)・大江戸線のホームで電車を待つ間に少し座った。

「ハッ!」

気がつくと青山一丁目に向かう大江戸線の逆側の車両に乗っていた。

「あれ、何でこんなところにいるんだ?月島は?」

と逆方向の電車に乗ろうとすると何かが欠けていることに気づいた。

「あれ、カバンは?あれ、どこいった?」

そう。カバンがないのである。iBookをつかっていた頃に運搬用に買い求め、以降、仕事の時に持ち歩いていたA4サイズの黒いカバンが忽然と消え失せている。あり得ないことだ。これまでの人生でどんなに酔っても記憶が飛んでも電話とカバンを無くしたことはない。それがあっさりと消え失せていた。記憶を辿ろうにも覚えているのは前述の断片的なものだけだ。

異様な喪失感につつまれる。
身体はガタガタであったが気力で駅員に

「カバンをなくしたみたいなんですけれど?」

そう訪ねると

「いつですか?」

「うーん、この一時間くらい」

「ではもう車両はいってますね。それぞれ一度、光が丘か都庁前に向かうことになっておりますので改札の方できいてみていただけますか」

と丁寧な対応をされた。改札で事情を話すと

「こちらが連絡先ですので光が丘か都庁前に連絡してみてください」

と言われる。「しかし、渋谷の可能性も捨てがたいので半蔵門線のホームもみたい」と伝えると改札を通してくれた。そのままいってくださいとのことだ。

渋谷について一応、記憶の断片を辿ってみるがカバンの痕跡はない。そうだよなー。と一応、こちらでも半蔵門線の忘れ物の連絡先を教えてもらう。

そしてまた青山一丁目に戻って大江戸線に乗って月島に向かう。考えてみればここで有楽町線に向かえばよいのだがそのあたりの頭が働いていないようだ。

青山一丁目で電車を待ちつつ、

「なんかこのあたりに座ったような気がするなあ。でも、なんで逆側の電車に乗ってたんだ?」

と自分の過去の行動を推測してみるが答えはまったくみえてこない。不明である。空白の時間が横たわる。自分は何を?そしてカバンは?

疑問は消えない。月島までの各駅のホームを通過する際に外をみつめる。カバンがありそうな気がしていた。

自分はこれで何を無くしたのだろう?
少し考えた。無くなったものは仕方がない。大したものも入っていない。手帳とDSとデジカメと本とヘッドフォンとそのくらいだろうか。そうだ、電話もはいっていた。明日は電話を止めなければ。

陰鬱な気分というよりは徒労感の方が強かった。
そのくらい疲れていた。
何故カバンに発信器がついていないのだろう、と何度も思った。
愛着のある機器もあった。
なくなってもいきていけるけれどいざなくなると面倒くささばかり気になってしまう。
電話を止めること。
本をもう一度買わなければならないこと。
DSにささっているソフト。
どれもこれも復帰させることはできるけれど二度手間である。
やらなければならない作業がちらついてどっと疲れがでた。

けれど別な気持ちもあって、
カバンの中身がどれほど大切ということはないけれどそれがなくなると人はこんな気持ちになるんだな、と客観的な自分もいた。

月島について家に向かう。
とりあえず眠ることにした。
カバンをロストしてから散々歩き回り、疲れていた。
寝る前に今日明日で電話が来そうな人にはメールで連絡し、その後、ブログで電話が通じないことを通知した。

起きると頭がグラグラしていた。
メールがたくさんはいっていた。

ペン蔵からメッセンジャーがきて彼特有の久保君を東洋的な魔術系にした感じのものいいで励ましのコトバをもらった。

どうにもだるかったが動かねば。
まずは営団線から電話だ。
40代くらいの男性の声だ。

「あの忘れ物の件でおうかがいしたいのですが?」
「はい。えー、いつ頃にどこの路線でどんなものでしょうか?」

今朝方にカバンを渋谷駅からの電車で忘れたかもしれない旨を伝えると

「カバン?肩からかける?」
「あー、そういえばそうもつかえますね」
「あ、それじゃ『ショルダー』ですね」
「で、中身は?」

とこのような感じで詳細を伝える。あの形状のカバンを『ショルダー』と呼ぶのか、と変なところが気になった。

「ちょっとおまちくださいね」

そしてしばらくまつ。

「あの、灰色のショルダーが渋谷駅にあるとのことです。中身はー。うーんと、傘。ルーズリーフ。電話。サイフ」

「あー、それは違いますね」

とオレ。

「そうですか。こちらにねー。現物くるのがゲーツヨウなんですよ。なのでゲーツヨウの午後にもう一度お電話していただければ詳細わかりますんで。ハイ」

となかなか好対応であった。お礼を述べ電話を切る。とりあえず月曜か。
次に大江戸線の連絡先がかかれた忘れ物受付案内の紙をとりだす。大きく

「土日、祭日は受付は終了」
「2~3日保管して現れない場合は警察に移管します」

と書かれている。かー、これじゃダメじゃないか。大江戸線、使えないなあ。と月曜までの動きのとれない時間を思った。と、そこで

「あれ、そういえば。あのとき確か。こっちじゃなくて『スグの場合は光が丘か都庁前に…』と言われなかったか?」

と思い出した。
そうだ!
こっちにも電話してみよう。まずは順番が上にあった光が丘駅に電話してみた。

「今朝方にカバンを無くしてしまって、おそらく青山一丁目から月島方向に乗ったはずなんですが」

と伝えると。

「カバン?ハンドバック?」

そうきかれたのですかさず

「いえショルダー」

さっきの営団線の係の人との会話でこの言葉が気になっていたのでとっさにでてしまった。
と、受話器の向こうでうなずくような気配を感じた。

「ちょっとおまちくださいね」

しばし待つ。15秒くらい。

「えーと。黒いカバン。ショルダー。中身はどのようなものですか?」

「えー、携帯電話・DS・手帳・デジタルカメラ・本ですね」

「黒いショルダーのカバン。失礼ですがお名前いただいてよろしいですか?」

「カガヤです」

「カガヤさん。ハイ、光が丘ではなくてですね途中の赤羽橋で届いております」

この言葉がやけに心にしみた。
いい口調だったのだ。
彼の声が。

「そうですか!ありましたか!ありがとうございます!」

「では、詳細は赤羽橋の方にご連絡ください。1番の札がついておりますのでそう伝えていただければ大丈夫ですから」

この時の復活感は例えようがない。
どん底状態からいっきにトップレベル、天上につり上げられた感じだった。この世界で再開することはないであろうと思っていたわが分身が突如、実体を持つリアルな存在としてよみがえったのだ。

僕は駅に電話して話をしただけだ。
そこでの言葉のやりとりがいまのこの至福感と感謝の悦びをつくりだしている。それが不思議であった。現実がかわったわけではない。カバンは僕が電話する前もそこにあったはずだ。

ものがそこにあるというだけではそれを実感することはできないのだ。

赤羽橋に電話するとやさしい声の男性が対応してくれた。
名前をつげ、中身の詳細を説明する。

「はい。確認とれました。こちらで保管しております。いつとりにこられますか?」

「ありがとうございます。ではすぐに向かいたいと思いますのでよろしくお願いします」

二日酔いであったが赤羽橋へ向かう電車の中、気分は悪くなかった。
赤羽橋の改札のおくにある「忘れ物あづかり所」という施設の自動ドアをあけた。
中には50歳くらいの駅員さんがいる。こちらに気づくと、

「あ、さきほどの?」

「はい、そうです。カガヤですが」

おじさんは机の上からカバンをとりあげこちらにもってきてくれた。笑顔であった。中身を確認するように言われ、中身を確認する。グレイト。何一つ問題ない。そのままである。

サインをし、お礼をいってカバンを手にとり、肩にかける。
『ショルダー』か。
10時間ぶりのカバンとの再会であった。

投稿者 TKM : 03:55 | コメント (10) | トラックバック

2004年12月17日

実写版ガンダムの持つ意味とは? iPodのCMとは別なカタチの可能性

先のエントリーで書いたCMの関連で。
例えばこの映像。

◆実写版ガンダム・ジェットストリームアタック編http://www.toonamiarsenal.com/php/tdadownload.php?fid=000784

驚くほどチープだがオレやカネコなどには饒舌な文章や洒落た映像よりも1000倍くらい影響してしまう。こういうことなのだ。万人に受ける映像はそれなりでしかない。綺麗な映像もそれなりでしかない。

上記の映像など、かなりきわどい「キワ」にいる。
一歩まちがえば最強の現代アートとさえ差し違える可能性がある。実際にはそうなっていないわけだが違いは単に文脈でしかない。仮にの話だがこの映像を偶然が重なって世界中のオピニオンが無条件に意図的に評価したとしたら、作品そのものはこれでしかないのに意味がガラっとかわってしまい観る人がその文脈の影響を受ける。

どんなにパワーのある論客もオピニオンもメディアにおっている以上、その影響と無縁ではない。
くだらない話だけれど世のモノはそういう風にできている。
外界からの影響を全くうけない評価、絶対的で不動な評価や価値は存在しない。

価値はそれ単独で存在するわけではなく関係性によって変移する数ある可能性の一つとして決定されていく。

投稿者 TKM : 04:44 | コメント (0) | トラックバック

こんなCMが見たい! 高校の先生がつくったiPodのCM

http://hotwired.goo.ne.jp/news/news/20041216201.html

この記事を読了後、噂のiPodのCMをみてみた。
百聞は一見にしかず、である。

このクオリティには度肝を抜かれた。
音楽、リズム、愛情、感性、テクニック、すべてにおいて「好感」を持ってしまう。

こういうものが普通に広告製作とは無関係に生活している人の手によって作成され、広まっていくというその過程には未来を感じる。CMの映像といえば時間あたりのコストが最も高く、映像のクオリティも最高であるとされるわけだが、それに匹敵する作品がこうしてネットを通じて視聴できるということが意味するものは大きい。

「好きな人がつくるCM」は制作者が抱く感覚をダイレクトにつたえてしまう。
「依頼されてつくるCM」とは様相が異なる。
カタチとしてこうして見てしまうと、世のCMというものの多くが頭でつくられたものなのだなと感じてしまう。

メディアはその大きさによってではなく時間軸をもつエネルギー、ダイナミズムの有無によって価値が変化していくようになる。

この映像の映像自体の持つ価値はそれほど大きくない。
しかし、そこからインスパイヤされる近未来のプロモーションのあり方、方向性、こちらには凄まじい変化とダイナミズムを感じる。Googleを超える次の波の姿がおぼろげに見えたきがした。

※メモ:Googleも中間業者。

投稿者 TKM : 04:01 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月11日

「元警察トップに職務質問」、された本人がサイトで克明なレポート

昨日は夜遅くに久々に面白い記事をみつけた。
アラハマさんならこの記事を絶賛・激奨するであろう。
そのくらいすばらしく面白い記事であった。
事件の意味は後ほど考えるとして、まずは記事を一読することをおすすめする。

簡単に概略をまとめると
発端はこれ

◆白川勝彦元議員、渋谷で違法な職務質問を受ける
http://artifact-jp.com/mt/archives/200412/shiraishi.html

 渋谷でむさ苦しい格好で歩いていたら、4人の警察官にいきなり囲まれて静止させられ、持ち物を調べようとする違法な職務質問を受けたという話。かなりの長文ですが読み応えがあります。
 この話が面白いというか、すごいのは白川勝彦氏は自治大臣や国家公安委員長を経験しており、弁護士でもあるので、そういう人相手に違法な職務質問をしたため、警察を徹底的に追及されるのです。白川氏は警官を連れて、渋谷警察署に話にいこうとするのですが、なかなか一緒に行こうとしなかったり、警察署に行った後でも、対応した相手が国家公安委員長という職務をよく知らなかったり、国家公安委員長であったことを信じなかったりとか。

RSSリーダのタイトル一覧に上記の見出しがあったので何気なく読みはじめた。
これが予想に反して読ませる記事でボリュームもスゴイ。
慶應大学文学部の英語の試験なみの超長文であった。

◆白川元議員による事件についてレポート
http://www.liberal-shirakawa.net/idea/policestate.html

実体験なだけにリアリティがあるというか臨場感がある。当事者がレポートしているのだからあたりまえといえばあたりまえだが、警察署にいってタライ回しにされるあたりまでがーっと読んでしまった。

「スゲーな、こんなこと本当にあるんだ」

と思っていたら、丁度、モロイ夫妻からSkypeコールがあったので記事をおくると、画面の向こうでモロイさんがバカウケであった。

それにしても…こういってはなんだけれどジョークとしか思えない事件である。
自治大臣や国家公安委員長までつとめた元議員に職務質問って普通ありえないだろう。
なんでこんなことが起こりうるのか。

ネタじゃないんだよな、と思い返しつつも、大臣を務めた政治家もモスバーガでシェイク飲んだり、ゴルゴ13を愛読し、自分で銀行に振り込みにいったり(なぜネットで振り込まない?!)していることに新鮮さを感じた。

TVやメディアで個人を認識していなければその人が何者であっても「不審者」に見えることもある、ということはその逆もあるわけでメディアによってつくられた「知っている」感というのはあやういなあと思った。

◆関連記事
「あいつ怪しい」元警察トップに職質
http://www.nikkansports.com/ns/general/p-so-tp0-041207-0004.html

投稿者 TKM : 02:31 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月08日

知らない人の結婚式の二次会に出る?!

デイリーポータルはたまに面白い企画があるので時々のぞいてみるのだがこれにはまいった。

「知らない人の結婚式の二次会に混ざる」

タイトルから電波少年系の痛い企画にオチるかと思ったらさにあらず、デイリーポータルっぽい「ゆるさ」満載であった。時々、考えるが実行するにはかなりの「バカさ」が必要だ。

コンテンツになるという前提でなかったらできない企画でもあるわけだがともかく単独潜入を果たし、レポートを作成してしまうのはスゴイ。しかし、この写真は誰が撮影しているのだろう。気になるところだ。

結婚式の二次会の場合、新郎新婦両方の友人が集まるので片方がもう一方を知らないという自体は十分にあり得る。適当に話をあわせておけばしのげないこともない。新郎新婦両方に同時に挨拶するタイミング以外は問題なさそうだ。

6年くらい前のことだが鎌倉から夜の江ノ電にのって藤沢に向かっていた。
海がみえるあたりにさしかかったので窓から海を眺めていた。
月が輝き、光が水面に反射して白い道を描いていた。
腰越のあたりで電車を降り、海辺を歩いていたらビールが飲みたくなったので134へ出てしばらく歩くとレストランらしき明かりが見えた。表に人があふれている。
聞けば貸し切りのパーティだという。
ビールを飲みたいのだけれど売ってくれないかと頼んでみると

「飲み放題なので1000円払ってくれれば好きなだけ飲んでいいよ」

と言われた。彼からコップを手渡されサーバ係の人のところにいってついでもらった。紙コップに並々とつがれたビールを手に砂浜におりていくと犬をつれた男性が月を眺めていた。階段を下りたところに使い古された網が転がっていた。

海に向かって小川が流れ込んでいる。
濡れないように波打ち際の方をまわって向こう側にわたった。
しばらく歩いてからレストランに戻った。
パーティは盛り上がっており、一緒に踊らないかと言われたが電車の時間が近づいてきたので

「ありがとう。電車の時間なので帰ります」

というと笑顔でおくってくれた。
帰り際にもらったビールを飲みながら江ノ電の駅へと向かった。
8月の夜だった。

つめたく冷えた月

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投稿者 TKM : 15:32 | コメント (1) | トラックバック

進化したスカイホッピーの最終形を発見! 「Flybar」の飛びっぷりに驚く

こんなものを見つけた。

僕らの世代だと小学生の頃に一度はやったことや目にしたことがあるのではないだろうか。
スカイホッピーは竹馬にスプリングをつけたような形状をしており、ぴょんぴょんと跳びはねる。
やってみるまではその姿からさぞかしすばらしい乗り心地なのだろうとスカイホッピーを持っている友達をほんとにうらやましく思ったものだ。

まあ、実際にやってみると思ったほどには飛ばず、ドタドタとした感じだったのだけれど。
それでもぴょんぴょんやっている姿は愛嬌があってなかなかに楽しい経験であった。

が、雑誌でみつけたコレは子供の頃にやったアレとは別ものだ。
なにせ2mも飛び上がるらしい。
実際に動画を探してみてアゴがはずれそうになった。
飛距離が違いすぎる。
オフィシャルサイトの映像よりも米アマゾンコムの映像の方が衝撃的である。

これがその映像だ

僕が好きなのは最後の方にでてくる幅跳びの映像で、この距離をひとっとびしたらどんな気分だろうかとイメージを膨らませてしまった。
しかしアメリカ人、ヒーリーズ(小学生がよくはいてた踵にローラーのついた靴)にもびっくりしたが、こういうものを考えさせると絶妙のセンスを発揮させる。日本だとボツ確実なアソビな企画をまじめに実現させてしまうノリと実行力はときどきうらやましい。

◆フライバー公式サイト
http://flybar.com/pages/index.html

◆米アマゾンでは販売もしている模様


投稿者 TKM : 03:46 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月03日

エクセルでゲーム

◆エクセルでアソブ「ディグダグ」
digdag.gif
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Sunnyvale/9554/

[遊び方]
1.ダウンロードしてlzhファイルを解凍します。
2.エクセルのファイルをダブルクリック。「マクロを有効にする」を選択。
3.青い小さい画面が出てくると思うので、それを広げていくとなんと衝撃の「ディグダグ」の画面が!!!

信じられん。
エクセルでゲームつくってる人がいる…。

かなり衝撃…。
マクロってこんな…。

ファミコンミニ ディグダグ

おすすめ平均
なるほど・・ふむふむ・・昔の記憶が・・(笑)
「名作」の一つ
気楽にできる一本

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投稿者 TKM : 12:03 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月01日

実は「Yけんソング」をつくった

実は先週、ガレージバンドというソフトで「Yけんソング」という曲をつくった。
いや40秒ほどの短い曲で歌詞にやまけん関連のワードが出てくるだけなのだがリピートで3~4分くらいはきいていて問題ない。
昨夜、モロイさんとバシ師匠、カネコ先生にはきいていただいたのだがかなり好評、好感触である。ボーカルは僕が自分んちのMacのマイクで吹き込んだ。エフェクトをかけたいがガレージバンドにはボーカル用のエフェクトがなかったのでそのままだがそれでもまあ及第点か。

これはいちどヤサカ師匠にきいてもらうか。

投稿者 TKM : 05:51 | コメント (4) | トラックバック

2004年11月23日

メモ:党首の名言

食い倒れ党党首推薦のタイ料理屋にいきタイ料理を大いに堪能した。食後、党首のリードで恋愛エンタングルトークを炸裂させていると前触れもなく、

「だってな、メシを食わないオレはただの人だよ」

と党史にのこる名言がとびだした。覚悟ができていなかったせいかそれとも素晴らしすぎたせいか党員は無意識のうちに各自3~4回、上記のセリフを復唱していた。

復唱後、それぞれの視点から党首のこの一言に対してブログでエントリーを書くことが課せられた。それで僕も書いているのだがこの一言はすばらしかった。党首にとってこの世の事象は食のメタファーでとらえられた食卓であり、生きるとは食い倒れることである。

その帰り、党首と大江戸線のホームで電車をまっていたときのこと。
電車がはいってきてさて乗り込もうかと前をみるとみなれた顔みえた。

ナント、大学時代の寮なかまのタカダがたっているではないか。
こんなところであうとは。
ここにもエンタングルが生じている。
石井パワー恐るべしであった。

やまけんにタカダを紹介し、次の電車まで少しはなし再会を約束してわかれた。

タカダは現役バリバリのマーケットアナリストだ。しかし、ミネボールでみた彼のボーリングの投球フォームは10代の青年とはおもえない独特の渋みがあった。

ボーリングのことは全然関係ないのだけれどあのタイミングであの場所であうということが可能性としてありうるのだということがわかり、それが衝撃であった。

党首の名言の話にもどそう。
彼は食の人である。そして大食の人である。大食は聖書では罪のひとつであったが党首の大食はどちらかという供養に近い。食に対するラブというか虚数空間の実装である。

党首は農業のプロであるけれど基本にあるのは食だ。生活の全て、存在の全てが食とともにある。党首のいきざまとはその食いっぷり、そしてライブな食いを共有することでしか理解し得ない。農の道よりはじまった食の道。そこに人を極めんとするその姿勢こそ食い倒れ党党首のあろうべき姿である。

しかし、名言の影には不断の努力があるんだろうな。

投稿者 TKM : 05:10 | コメント (0) | トラックバック

2004年11月20日

足でセーブかよ! 最近、ゴールキーパーに注目している

サッカー選手、特にゴールキーパーには常々興味をもっていたのだがこの人もすごい。
この人は誰なのだろう?

以前も書いたけれどキーパーの楢崎選手は俳優の寺島進さんに似ていると思うのだが。

投稿者 TKM : 16:03 | コメント (3) | トラックバック

2004年11月09日

"Intrernet killed the Video Star"をみておおいに楽しむ

先週からTSUTAYAでレンタル半額キャンペーンをやっている。この機会にCDをたくさんかりてきてリッピング作業をしてみた。10枚のCDをWindowsとMacでリッピングすること数十分、10枚分、およそ9時間分の音楽が30分程度の作業で、ダビングとはいわないか、デジタル化完了であった。

不思議な感覚である。時間を得したというかレンタルでCDを借りる場合、中学生の頃はテープに録音していた。テープにもメタルテープとかハイグレードとかいくつかの種類があってそれと録音時にドルビーノイズリダクションという録音形式を選択してかなりの作業量であった。

ドルビーもひとつではなくA・B・Cとか幾つかの種類があった。
確かドルビーCが一番後発でこれに対応したカセットデッキでないと再生できない為、友人にドルビーCで録音したテープを渡すと「オレの対応してねーよ」といわれることもあった。

レンタルCDもそれほど多くなく、FMラジオの番組などを録音していたように思う。そうだ、たしかそういうのを「エアチェック」とかいうのではなかったっけ?

当時、はやっていたのはマイケル・ジャクソンの「BAD」というアルバムでこの曲のパロディに「FAT」というビデオがあって当時はこれが抜群に面白かった。マイケルの決めセリフ「Who's BAD?」が「Who's FAT?」になっていてこれがいい感じにポーズだけは似てるんだな。

そういえばアメリカってパロディには面白い。Atom Filmsで公開されている「Internet killed the video star」という作品がある。

Age of Plastic [Japan Bonus Tracks]

上記のアルバムに入ってるBugglesの「Video killed the radio star」のパロディなのだがこれが抜群に面白いのである。

picon_af_regurge01_lrg.gif
(上記が「Internet killed the video star」の画像)

当時は様々なファイルがネットを通じてダウンロードされはじめたころで作品の中盤にでてくる一節「Gate's didn't like it」のあたりがおかしくて幾度もみていた。こうした作品であればコマーシャルフィルムとしても受け入れられるし、特定の場所にいくとプロモーション仕様で無線配信されるなど単純で初期的な仕掛けの方がマーケティングされる側としては案外うれしいものである。

マーケティングやプロモーションの基本は遊び、感情の刺激だと痛感するのであった。(上記の作品はマーケティング・プロモーションを目的としたものではないけれど)

投稿者 TKM : 11:26 | コメント (0) | トラックバック

2004年11月04日

速報:極秘製造された巨大Zガンダムが実在していた!

数年前、ビデオが発売されたのを期にZガンダムを通して視聴した。初代ガンダムに比べニュータイプのコミュニケーション特性が色濃く打ち出されており、演出も俊逸であった。アシモフのロボットシリーズ、ファウンデーションシリーズも最後の方ではコミュニケーションの可能性が物語の核になっている。人の世界におけるコミュニケーションの未熟と可能性が人を引きつけるのはなぜなのだろうといつも思うのだが。

そんなわけでZガンダムについては最終回直前の数話がつくりだすドライブ感が印象的だった。そのZガンダムが岡山に存在するとの情報をネットでみつけ、早速アクセスしてみた。

驚いたことにZガンダムは実在した。
しかも下半身は油圧稼働し、コクピットには人が乗り込むことができる。

まずは先入観なしに下記のサイトへアクセスしてもらいたい。
岡山コロニー・反連邦軍秘密基地

このようなものが実在したとは驚愕である。

ウェブを読み進めるとこのZガンダムが藤田さんという方が7年の歳月をかけて作成されたものだとわかった。なんと個人製作のガンダムだったのだ。

Zガンダムは藤田さん宅の庭に設置されていたのだが2001年より岡山県久米町にある『道の駅 久米の里』に設置されている。Zガンダムが紹介されているウェブページをみると藤田さんがコクピットに乗り込む写真などが掲載されている。人とガンダムが並んでいる写真をみるといまさらながらスケール感に打ちのめされる。実物のもつ強烈な情報量に圧倒される感じだ。

にしてもこのような機体をたった一人でつくりあげる人がいるとはいやはや驚きであるとともにやればできるものなのだなと感心しっぱなしであった。下記はZガンダムin岡山を見学にいった方々の驚愕のレポート集です。

◆巨大Zガンダムレポートサイト
岡山コロニー・反連邦軍秘密基地
ヤツが来る! 「岡山巨大Zガンダムレポート」
BAN-BAN.COM Zガンダムin岡山県
ガンダム見学

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投稿者 TKM : 14:33 | コメント (10) | トラックバック

2004年10月23日

人間ペットボトルロケットに悶絶する

人間ペットボトルロケット

やられました。
ネットみてて爆笑してしまうとは。
もとの動画はTVの番組だと思うけれどこうしてみるとこれは面白い。2時間これが続いたらみたくないが一日に3分くらいならこういう動画はウェルカムだ。

ネット上の動画のあり方について考えるヒントになった。
発想はおどろくほどくだらないけれど「実行」された絵がこうもインパクトが強いとは。
素材のパワーがスゴイのだろうな。

「予想していたイメージ→思いっきり裏切られる」

これが快感であり、楽しさになっている。
この構造は良好な人間関係、商品、マーケティング、食、なんでもあてはまる。
「感じる」は「楽し」なのだ。

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2004年09月09日

かなりヘビーな行程

シグマリオンで更新の予定だったが通信ソフトの都合で通信ができないことが判明。
このエントリーはタクちゃんの家におじゃましたタイミングで(30分の休憩)マシンを借りて書いている。

さてツアーだが。
かなり濃い。
とはいえ濃厚、特濃な日々。
三日目にしてすでに一週間以上の時間密度である。

さて今晩も炸裂だ。
そして海は綺麗だ。

投稿者 TKM : 16:21 | コメント (3) | トラックバック

2004年08月30日

心の友やまけんのはからいで寿司匠で無限寿司(若干ジャイアン風のタイトル)

誕生日。
日付が変わると同時にメッセージをもらう。
この気づかいがどれだけ嬉しかったことか。
そのおかげか朝から軽快に仕事にとりかかれた。
悪くないスタートである。

その後かなりハードに仕事をこなし、昼食。
その店には太がかなり惚れていた女の子がいるのだがはたしてその子は今日もいた。
彼女とは時々話すので次回名前を聞いて太に教えてやろう。近年まれにみる素直な子で太もいっていたが守ってやりたくなるような可憐さのある女の子である。

その後、祝いのメールが届く。
さすがに素晴らしい人たちである。
不覚にもグッとこみあげるものを感じた。
こうした気づかいは本当に尊敬する。
この人たちこそ幸せになるべき人々である。
みんなありがとう。

スパートをかけて仕事をしていたら夕刻にやまけんから電話。
この男に関しては何もいうまいタイミングがベスティングである。
お互いに仕事を終えて魚仁で会合。
魚仁にいく前にスパムバーガーを攻めてくるあたり食い倒れ党党首の真骨頂といったところである。

二人でマグロを食していると父から祝いの電話。
両親と話す。悪くない。

そうこうするうちにタケも合流。
タケは具合が悪そうだったが次第にタケ節爆発。
その後、匠から電話。
ヤマケンのナイスはからいで寿司をごちそうになる。
と、ここからが怒濤であった。
おそらく一人40貫以上は食べたのではないだろうか。
おまかせのコース3週はしていた。
高校を卒業してすぐに太の父(我が親友、信一パパ)に寿司をごちそうになったときに

「あにい、何でも好きな物を食べろ」
「いやー、あまり食べたことないので名前しらないんです」
「わかった。じゃあ右か左どっちがいい」
「じゃあ右」
「大将、右から全部握ってあにいにお願い」

という伝説の歌舞伎寿司の夜、以来の無限寿司であった。
それにしても昨夜のあれは凄まじかった。
とはいえ味は最高。好きなだけ美味い寿司を食べてもいいという状況に直面すると普通に食べにきているお客さんに申し訳なく思ってしまうが存分にやらせてもらった。あまりものわんこ寿司っぷりにラストのラストの巻物でやまけんにヘルプを求めた。
ブラックホールYけんは流石にポンポンと口に放り込んでがーっと飲み込んでいたがあの量は…。さらに大将のカトウちゃんの計らいで土産にガッツリ酢飯もいただいてしまった。明日の朝はこれでオムライスか梅チャーハンにするようにとの指示。さらに「今晩は肩、折らないでね!」とやさしい声に見送られ夜の門仲を帰る。

匠の無限寿司の祝いとは。
ヤマケン、カトウちゃん、ごちそうさまでした。
これからも祝福に恥じないバカヤロウ街道を驀進していきます。

++++++

幾度か死にかけたことがあってその度に人の奥の奥をみた気がする。
そこは愛だとか感傷だとかとは無縁の世界であった。
簡単にいうとダイナミズムと虚無が共存する世界だった。

日常に埋もれていると時々、その世界のことを忘れてしまう。
けれど人の本質や生命の本質はあそこにあると思う。
自分は笑われても、バカにされても、そこに向き合いたいと思っている。
ぶつかることを避けては何も得られない。

そういう意味でいえばこれまでの生のほとんどの時間はなまくらであったし、まだなまくらだ。自分が本当に自分の持つ精神力の全てを使い切るのを実感することは少ない。

それでも時々、年に2度くらい自分の本性と向き合うときがある。先週も自分の心の奥底と向き合う機会があった。それは偶然にもたらされた戦慄であり危険をともなっていたけれど、あそこで対峙した生と生の躍動を相手も自分も感じていたはずだ。ゼロとイチが共存していた。はたからみれば馬鹿げたやり方かもしれないがそのギリギリの心の攻防を通じて自分は己の生命の躍動を感じた。

決してもう一度繰り返したいとは思わない。
しかし上手ではなかったがそれは理解のパラダイムが転換するきっかけであったと思う。
げんに精神的にギリギリのたちまわりを演じた後、自分の心が開く感覚を感じた。

あれはなんだったのだろう。
奇跡の時間とはあの時間をいうのではないか。
包み隠さぬ自己と向き合うことは鞘のないむき身の刃を持つことでもある。
鋭利で強力だが相手も自分も極度の緊張と危険にさらされる。
しかしその緊張の果てに落下寸前のタイトロープを経てほどける自己と理解を感じた。

痛みと同時に生きていることを実感した。
生きていて良かった。
あの時、あの時間、本当にそう思った。
あれは確かに生の悦びであった。

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2004年08月17日

幸せの黄色いTシャツ ~バシパワー全開~

週末はハマースタジアムこと荒濱さんの自宅でPRIDE観戦会がおこなわれた。

午後3時。
3人は予定通り津田沼駅に集結。
当然ながらバシ師匠の姿はない。
パルコで買い物を終え地上にでると荒濱さんが車で迎えにきてくれていた。

熱い抱擁、はしなかったがナイスな挨拶をかまし、ハマースタジアムへと向かった。
初対面のヤマシンを紹介すべく、

「こっちが和製ニコラス・ケイジのやましんです」

といったらバケウケだったが、すかさずヤマシンに

「最近はジーコやねん」

と返された。

ハマースタジアムは一軒家である。
一軒家に遊びに来るのは久しぶりだ。
途中、バシ関係のバカ話で盛り上がる。
本人がいなくてもこれだけ周りを盛り上げるのだからバシ師匠の存在意義はでかい。

玄関のドアが開いて奥さんとハマージュニアことケイタ君(2歳)が出迎えてくれる。このケイタ君が異様にカワイイ。髪の毛は栗毛色できめ細やかな肌が外国人のようである。荒濱さんも幼少の頃はマグドナルドのCMなどで活躍されていたのだがその才能はしっかりと受け継がれたようである。

PRIDEの中継が開始され場のテンションがあがりはじめる。と、そこでバシが到着したとの連絡があった。ここでバシが何故おくれたのかを解説しておかなければなるまい。前日のメールでは本人から「午後3時に集合して買い物をしてからみんなでいきましょう」と提案があった。更に午前中の電話では「タクシーに分乗していきます」との宣言もあった。ところが…。1時30分。突然電話があった。

「あ、カガヤ君、高橋です」
「あ、バシ師匠。どうしました。もう出てます。いまどこらですか?」

「あ、うん。いや。その。髪を切ろうかと」

「は?!なにもいまいかなくても」
「いや、速攻。すぐに切り終わるから大丈夫っしょ。」
「いやー、無理でしょう。でも閃いたならいった方がいいですね。まあ先に買い物いってますよ。」

と何故かバシ師匠に唐突に「散髪願望」がわき起こり、以後、いつものように「ハイドウモー」とマイペースでの登場とあいなったのであった。当然ながら「散髪」に関する議論はこの日、一日を通して幾度も言及されたのだが詳細は面白すぎるのでまた別な機会に譲るとしてとして、連絡があってからしばしバシ談義をしていると急にビジョンが見えた。

「赤か黄色のTシャツであらわれそうな予感がする」

僕はそう予言した。

バスを降りたとの連絡が再度あったので奥さんとケイタ君と3人でバシを迎えにいった。
歩きながら「バシとあうのは久しぶりじゃないですか?」と話していると奥さんが

「あッ!!」と声をあげた。

以後は一堂、爆笑である。

200m以上はなれているが明らかにそれであろう黄色い物体がうごめいている。
やはりやってくれた。

バシ、黄色Tシャツで登場。

この時点で3人とも爆笑しているのだがバシ師匠は自分が何故うけたのかわかっていない。が、テンションは高い。遠くの方でこちらを伺うそぶりをみせたり、膝をカクカクさせたり、芸達者っぷりを披露している。あいかわらず最高である。彼以上にあれだけ見事に黄色を我がモノとして着こなす男にはあったことがない。あの絵だけで「黄色T=バシ」が成り立つ。それほどまでに世界でも希有な黄色T着こなしマンである。

こうして素晴らしい日曜日の午後がはじまったのであった。

追伸:バシ師匠の子供への影響力は多大、甚大。この後、ハマースタジアムでもその才能はいかんなく発揮され爆発そして暴発を繰り返した。2歳児VSバシという漫才ともいえるやりとりはそれをみるためだけにお金を払ってもいいと思えるほど成熟した芸の域に達していた。バシ魂をそこにかいま見た。バシ王。恐るべき男である。

投稿者 TKM : 06:17 | コメント (1) | トラックバック

2004年08月15日

前夜祭で痛飲

さて花火大会直前である。
月島の町に人の波が…。

凄まじい人である。
どこから集まってくるのであろうか。
蟻あるいは虫の群れのようだ、と書いて気づいたが今晩の映画は「スターシップトゥルーパーズ」ではないか。

通常は晴海の本会場に2時間前から入ってひたすら打ち上げを待つ。家からしか観たことがないので本会場での観戦は体験していないのだがいった人の話だと体力的には結構つらいようである。飲み物・食べ物の運搬となにしろ人混みがスゴイのでそれでやられるそうだ。

東京湾花火大会の場合、ここからだとスターマインなど高度のない花火は見えないのだがしだれ柳系のデカいめの花火は見えるのでかなり快適な花火観戦環境だ。友人と語らいながら部屋からのんびりと夏の花火を見上げるのは結構気持ちがいい。

今夜はタケとその友人とヤサカ御大が参戦の予定である。
気づいた人が来ればいいかと思っていたのでこれといって声をかけていなかったのだが装備だけは万全にした。ドリンク、フード、共にベストをそろえてある。

といっても屋台料理だが。

とここまで書いたらタケが登場。
ヤサカ御大とヤマケンも参戦。
深夜までみんなで飲んだあたりまでは覚えているが。
以後は記憶がない。
男の飲み会というのもいいなと思った。
女の人がいると華やかで楽しいがこうは酔えない。

強者共が夢の後。

久しぶりに飲った。
そして今日が本番である。
PRIDE GPだ。
我々はハマースタジアムで観戦だがタケの友人でベトナムで精肉店を営むコタニさんはなんとVIP席、前から4列目で観戦とのこと。

熱い男達の祭りが今日行われる。

投稿者 TKM : 12:02 | コメント (4) | トラックバック

2004年08月13日

最後のロメ王・岩竹先生の思い出

肉体改造進行中。
今日も走る。
太陽に焼かれた路面が熱放つ。
川沿いのテラスを走りながら創造学ってもありだな、と考えたら30cmくらいの大きな魚が水面に飛び跳ねた。なんとも幸先がよいではないか。

明日は東京湾花火大会である。
月島の街はお祭ムードが漂う。
人々が賑やかだ。
花火にあわせて

「タケザワ、撃てー」

といったら笑えるだろうなあ、とイメージしていたらまた魚がはねた。

明日はパンチ、いや、(若干似合いそうではあるが)パンチアウト・タケザワともしかしたらやまけん&バシも登場するかもしれない。そのあたりはアバウトだ。タイミングのあう人が集えばいい。

トレーニングの成果は上々で今日もいい感じに落ちている。
そしてこれが驚きなのだが食べたいものが段々と変わってきた。
更に味覚も鋭くなってきて、オリジンの総菜を食べたら何が使われているか細部までイメージできた。というか味の段階がそれまでは10刻みくらいだったとしたら50刻みくらいまで細分化された感じである。これは結構面白い。

こういう感じで味以外の部分、例えば、ビジネスとか金融とか人間の心などについても感覚が鋭くなっていけばどうなるのだろう。

岩竹先生ならば

「うーん、それはー…、面白くなる」

と一言で片づけるだろうなあ。

場所はNTTドコモの人たちとの会議。
久保田先生(現在は多摩美の教授)から総括を求める質問があった。

「岩竹先生、こうしたテクノロジーとネットワークの発展によってコンピュータミュージックはどのような発展をしていくのでしょうか?」

20人くらいの識者やお偉いさんが見守る。トーリュー(岩竹先生)はかなりの考える人ポーズで思考に時間を割く。我々、助っ人のスタッフも固唾をのんでその言葉を待った。そしてトーリューの口から出た言葉は

「そうねー、便利になる。

ハハハー、

ま、便利になっていーんじゃないですかー」

肩すかしに周囲は鳩が豆鉄砲状態。さすがトーリュー、あの瞬間に惚れました。天真爛漫アーティストパワー炸裂。今必要なのはあれであすよあれ。あのセンスだね。

その後、打ち上げにいったら「なんでも好きなものを飲みなさい」と言われてみんなでガツンとギネスで乾杯しようという話になる。ところが当のトーリューは渋い顔。

「あれ、先生、どうしたの?」

「ん。いやー、うん。アルファできちゃったからさー。飲めないんだよなー。いっぱいだけならー。いやー、やっぱりだめだよなー。うん。」

「ペ、ペリエにするよ。」

その後、僕たちはギネスの夜を満喫し二次会へくりだすことに。
そしてその脇を愛車の真っ赤なアルファロメオが寂しげに走り去っていった。カッコいいのか悪いのかわからないデザインが妙に悲しげであった。(本人は「ビューティッフルだろー、エー、どうだいこの曲線美」とご満悦だったがオープンにするときに力を入れたらボキって音がして顔面蒼白であった)

投稿者 TKM : 15:27 | コメント (0) | トラックバック

2004年08月12日

最近面白かったシーン

築地の吉野屋の手前に寿司大という寿司屋がある。


(これが寿司大)

この寿司屋の前を通り過ぎようとしたら角からかなりのいきおいで自転車が走り込んできてズリズリと音をたて

タイヤをドリフトさせながら右にまがっていった。

と、これだけならばまあわかる。問題は乗っていた主である。

御歳70歳くらいの恰幅のいい男性であった。

というか爺さんだが。


(この角からいきなりヤツは飛び出してきた)

この爺さんがなんともファンキーな自転車の乗り手なのである。キーっととまったかと思うと素早い発進。それでいてクールという稀にみる熟年ライダーである。この絵ばかりは金子画伯にビジュアル化してもらいたい。ほとんど浦安鉄筋家族)な世界であったよ。

次。
一日に10分、木や川や空をみると気持ちが落ち着くということを発見したので音楽をききながら皇居の夕暮れを堪能する。でかい蜂がよってきたのに気づかず、何気なく隣をみて顔面蒼白2cmの距離でヤツと対面。その姿に半ばパニックになる。が、それも愛嬌。

眼前には「地獄の黙示録」状態で夕日が皇居の杜の向こうに沈んでいくのであった。
さてその帰り道。
再び築地を抜けて帰ろうと聖路加の方に向かう。前田さんの事務所の近くを通ったのでそういえば今回は前田マジック(前田さんの知人がPRIDEの現場監督をやっていてよくチケットを頂いたのだが今回はさすがに難しかった)はなかったなあ、そのかわり心優しき

「ひとり世直し運動家Mr.ハマー」

こと荒濱さんがスカパー入ってみんなを招待してくれたのである。しかもPRIDE GP。となれば

気分は高田信彦である。

ハマー、男の中の男だ!

などと悦にいっていたら

前方に黒猫が。

イカン!
こいつは横切らせちゃいけないとスピードをあげたが明らかに無理。なんとなく嫌だったので戻って猫の経路を大幅に迂回してパスすることにした。

角をまがる。
と、そこにあらわれたのは…。


<

巨大な車であった。

「まさかコイツは!」
と後ろに回って名前を確認するとそこにはデカデカと

「HAMMER」の文字が!


(コイツがハマーだ!詳しくはコチラ

こういう偶然にはかなりビビる。ひとり笑ってしまった。
で笑いながら聖路加について茶でも飲もうかと川沿いにいくと空がなんともいい感じである。これはオレにやれといってるに違いないとひとり納得し、最上階の展望室へ。

そこは別世界であった。
眼下に広がるのは蟻の世界。せせこましき些事に心をゆらす時間は過去へときえさり。未来と今が祝福の時をいまかいまかとまちわびているに違いない。

上空からみる東京の空は紅がほんのりと桃色にかわっていく無常の世界であった。素直に感動。
と、ここで異音に気がついた。

ガチン、ガチン、ワハハー!

どこからか陶器を打ち付けるような音がする。しかもたくさん。

ン?何の音?

と、視線をずらしていくとサラリーマン諸君がビヤガーデンでガチガチジョッキをならしているではないか。なんと夏期はレストランルークがスカイビアテラスなるビール好きには最高の舞台を用意して待っていたのであった。


地上200メートルにあるビアレストランはさながら天空の城であった。

が、残念ながら予約制とのことだったので片目でヤツラを牽制しつつ夕焼けを堪能。下に降りてお茶を飲んで外に出ると目の前が煌煌と明るい。

何事?!

表にいってみると今宵は消防の夜間訓練日で団員が勢揃いしている。やばいなあ、ここ通っていいのかな、とおそるおそるたずねると笑顔で

「はいどうぞー!」

なんていい人達。みんな挨拶をしてくれるのであった。が、しかし、僕が通り抜けたその瞬間、背後から

「●●準備。カカレ。ヨーォーシ!!!!!」

「ハィイイ!!!」

と怒号のごとく号令の咆吼があがった。
オオオオォォォー、こ、これは。
うちの田舎のラストサムライフェスティバルの「口上」(こうじょう)と同じだ!
かなりカッコいいのである。
おそらくみんな普段は普通の人なのだろうけれどあの訓練の号令には惚れた。
かなり惚れた。
正直、カッコいい。トム・クルーズよりもあんたたちの方が数段上だ!
日本の漢ここにあり。

暗がりにおかれた投光器の明かりが漢達を照らしている。
そして川辺にはいつはてるともなく彼らの怒号が鳴り響くのであった。

なんともダイナミックで面白いが盛りだくさんの一日だった。
そしてまだ今日は続くのである…。

投稿者 TKM : 21:28 | コメント (1) | トラックバック

近年のルーサーNo.1を発見

いきなりでなんだがこの写真かなりジョークである。
はまりすぎている。
というか友人に似ている…ような。

投稿者 TKM : 20:54 | コメント (0) | トラックバック

2004年08月02日

「この杯を受けてくれ~(中略)左様ならだけが人生さ」(勧酒より) ~このあいだ旅先である人が書いてくれた言葉である

日々は乱気流のように過ぎていく。
生きているのが不思議だ。
昨日、自動車にひかれそうになった。
あそこで人生が終わっていてもおかしくなかった。
戦慄とまではいわないが確かに風景がスローモーションのようにゆっくりと流れていった。

いや本来はあそこで終わっていたのだろう。
たまたまここにいるに過ぎない。

しばらくの間、空をみながら音楽を聴いていた。
ベンチに横になり空を見上げた。
雲ひとつない青く澄み渡った空だった。
人と人が理解しあえたらいいのにとずっと考えていた。

隣のベンチでは子供達が遊んでいる。
母親が女の子に何かを叫んでいる。

太陽がジリジリと照りつける。
夏の日差しである。
太陽のまぶしさに手をかざした。

あの一瞬、10分に満たない時間と数瞬の沈黙を境に滅していく自己を感じた。
板に頭を打ちつけて感情を散らしたのはそれほど昔の出来事ではない。

先週、ブラジル人の運転するタクシーに乗った。
彼にブラジルにいくように強く進められた。
東京駅で降りるとき。
釣り銭を渡しながら「必ず銃を持つように」念を押すように運転手はそう言った。

手のひらの火傷が少し痛む。
跡は消えたが痛みはまだ残っている。

悲観的な感覚はない。
苦々しい重みもない。
もういちどゼロからなのだと言い聞かせて支度を整えはじめる。
カーテンをあけると川の向こうに月が輝いていた。
夜風に吹かれて雲がながれていく。

 「左様ならだけが人生さ」

唐突にその言葉が降ってきた。
幾度か反芻するうちに何故かおかしくて笑っていた。

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2004年07月05日

[俄] 夕べの再会

夕刻、考え事をしながら銀座方向から自転車で歌舞伎座前の交差点をわたっていたら

「カガヤ君!」

と声をかけられる。一瞬、ハっとした。こんな場所で名前を呼ばれることはまずない。誰だろうと思ってあたりを見回すと、どこかで見たことのある顔がこちらを向いている。

忘れるだろうか大学1年の頃に政治学で一緒だったカナイ君であった。なんとも不思議な出会いである。彼とは政治学で同じチームを組んでいたが僕が情報論、文芸思想の方向に転じて以降は疎遠であった。

笑顔で挨拶する彼は学生当時と変わらぬ、ひたむきさを感じさせた。
話してみると勤務先はうちの向かいのビルだった。このような偶然もあるのだ。
仕事の内容は詳しくはわからないが彼の勤め先はメガバンクのひとつである。
カナイ君らしいといえばらしい職業だと思った。

少し立ち話をしてから、来週、あらためて会う約束をしてわかれた。
わずかな時間だったがそれだけで気持ちがフっと穏やかになった。
人はコミュニケーションによって、場によって、その状態を変える生き物である。

人柄とは確定的なものではなく環境や状況に依存する。
一貫した人柄があるように見えるのは環境をそのようにマネジメントしているからに他ならない。人生の達人とは環境や状況のマネジメントに長けている人である

投稿者 TKM : 21:25 | コメント (3) | トラックバック

2004年06月02日

[俄] ジャイアント・ベイビー in ロシア

全然関係ないがジャイアントベイビーのニュースを見つけた。

◆ロシアの体重25kgの15ヶ月児
http://www.local6.com/video/3367897/detail.html

投稿者 TKM : 07:43 | コメント (0) | トラックバック

2004年05月21日

[俄] 食い倒れオフとやまけんの神通力

昨夜から続く雨は今朝も降り続いていた。
午前6時、外に出ると豪雨である。
雨の中の開催を覚悟しながら眠った。

お昼近くまでしばらく休んだ。
目覚めてPCをたちあげHPをチェックする。
通常はメールのチェックとRSSリーダーで各ブログの更新状況をさらっとみてから行動を開始する。
いつもみているブログに「livedoor社長日記」がある。
社長の堀江さんはTV・雑誌などへの露出も多い。
彼は数多くのアスリートが通うトータルワークアウトへ通っていてそこでの肉体改造プログラムをブログでレポートしている。その過程が面白かったのだ。

話がそれたがそんなわけでRSSリーダでチェックすると更新があったのでぱーっと堀江さんの社長日記をみていた。

するとそこに見慣れた単語があるではないか。
やまけんの食い倒れ日記」。
よもやここで目にするとは。

話は少し飛ぶがアスキーのblog本担当者に教えてもらった「やまけんの食い倒れ日記」は、美味しいもの情報が満載。この日記から、お店に来店する人がかなりいるらしい。

これには正直驚いた。
なぜなら今日は「食い倒れオフ」開催日なのである。
昨夜も党首やまけんと今日のイベント詳細について打ち合わせをしていたところである。
こんなこともあるのだ。
びっくりしたのでさっそくやまけんに連絡を入れる。

そしてふとカーテンを開けてみた。
なんと晴れである。
しかも晴天。
天晴の晴れである。

これも党首やまけんの神通力だろうか。
昨夜までの雨があがりきれいに晴れ渡っている。

投稿者 TKM : 13:50 | コメント (0) | トラックバック

2004年05月18日

[俄] ミルコが渋谷に潜入!

今晩11:15からのNHK総合「ものしり一夜づけ」で格闘家のミルコ・クロコップが渋谷に潜入します。

ものしり一夜づけ  格闘家ミルコ渋谷潜入・旅館街の謎 「世界の発信基地シブヤ」 ものしり一夜づけ◇「渋谷系」「ビットバレー」「コギャル」など数多くの流行発信源となっている東京・渋谷を特集する。春から東京で新生活を始めた人々が、初夏の到来とともに繰り出す町、渋谷。この大繁華街は都心回帰の波の中、人口が増加しているという。日本胎動の象徴ともいえる渋谷の風景を通し、現代日本の動きを探る。

いったい何故渋谷なのだ?
そして何故ミルコなのだ?
謎は深まるばかり。
格闘技に命を捧ぐものとしてこの映像は必見に違いない。

投稿者 TKM : 19:13 | コメント (0) | トラックバック

[俄] べく杯メモ

べく杯とはサイコロのようなコマを回して倒れた方向にいた人がその時に出た目と同じ杯(おかめ、ひょっとこ、てんぐ、うた)でお酒を飲む、という四国のお酒をつかった遊びである。

遊び方が書いてあったので引用しよう

座興杯 可杯(べく杯)とは座興用の杯のことで、土佐を代表するお座敷遊びの ひとつです。 可杯(べく杯)は普通の盃と違い、

飲み干してしまうまでは下に置くことができません。

この三面杯には、おかめ、ひょっとこ、天狗の盃と、こまが入っています。

遊び方は簡単で、こまを回して止まったときに軸の向いている方向に座ってい
る人が、こまに書かれている絵柄の可杯(べく杯)にお酒を注いで、グイッーっ
と飲み干します。

かわるがわる「こま」を回して、杯を決めながら一気に飲む、というのが可杯
の遊び方です。

食い倒れ党では時折べくはい大会を行う。これはポイントシステムになっていて、10回コマを回して一番ポイントが高い人が試練の旅に出る。

先回、しんのすけ亭でべくはい大会を催した時は僕と党首のやまけんが試練の旅に出た。やまけんは手にカエルの人形をはめ腹話術で会話しながらユニクロで女性モノのピンクのTシャツ、しかもSサイズを買って着て帰ってくるという試練。僕は手に鍋つかみをしたままコンビニにいって店員さんに「マウスウォッシュください、シュッシュ」とシャドーボクシングをする、という試練。しかし、マウスウォッシュがなかったのでアイスクリームをレンジで温めてもらうというアドリブを要求された。

これらの旅の一部始終は策士金子によって記録されておりそれぞれは反省と自戒の念を込めて次ぎのゲームに臨むことになる。

で、毎回どんな試練を課すのかが問題になるのだが今日、新たな試練がひらめいた。

「マクドナルドにいってビックマックのピクルス、肉ぬき、チーズなしを注文する」というのはどうだろう。あるいは吉野屋で築地メニューの「肉3切れねぎだくつゆぬき」という注文というのもなかなかではないだろうか。

更に試練度を上げていくと

「ヨッタマックを店頭でつくって持ってくる」

というのがある。

ヨッタマックについては下記のリンクの記事に詳しい。

◆ヨッタマック関連リンク
ヨッタマックを作ろう!!
ヨッタマックは本当に限界か?
ヨッタマックへの挑戦
http://village.infoweb.ne.jp/~nonn/yottamac.htm
ヨッタマック

投稿者 TKM : 18:48 | コメント (6) | トラックバック

2004年05月14日

[俄] 富士山にあいたい

いつでも富士山にあえる、そんなサイトを見つけた。いいコンテンツだと思ったので紹介しておきたい。

カメラとテープができるまで雲をこんなふうに観ることは不可能だったわけで僕はそこに意味を感じずにはいられない。

ネットワーク以前にはみることができなかった風景がみえる、そんな日もくるはずだ。

投稿者 TKM : 23:33 | コメント (0) | トラックバック

2004年05月12日

[俄] PowerBookG5

PowerbookG5か。なんともこの厚さが重そうで重圧感がある。10Kgくらいだろうか。

マスダさんのページで紹介されていたのだがさすがにこれは持ち運ぶのがきつそうだ。

投稿者 TKM : 00:47 | コメント (0) | トラックバック

2004年05月08日

[俄] 世界食い倒れ党、結党宣言

昨日、やまけんから緊急招集がかかり噂の食い倒れ御免状の店にいく。

「同士、ペース配分を忘れるな」

とのやまけんのアドヴァイスに耳を貸すことなくスタートから果敢に攻めるも前菜を終え、一皿目のパスタにさしかかったあたりで暗雲が立ちこめる。

果たして、最後までいけるのだろうか?

二皿目のパスタで不安は徐々に実体化していく。柿安ダイニングの売り場にあるお皿がそのままでてきたかのような怒濤の盛りにクラクラと意識が遠のいた。隣を伺うと人間ブラックホールやまけんが全く衰えないペースでがっついている。ニッと笑顔を向けられた。

気を取り直して皿に向かう。
危ないあぶない。

++++++

今日の食い倒れ御免状は大学の同期のコザワくん(テレ東の「ガイアの夜明け」をつくってる)と同僚のウエちゃん、オレ、やまけんの4人。コザワくんとは少し話しをしたのだが大学でやっていたことの方向性が似ていることがわかった。
政治、情報論、闇の日本、などなど面倒な説明をしなくても話が通じるのがうれしい。

話をしながら自分のいま向かっている方向がレーザー化していないことを痛感する。
キュービタル化は進んでいるがレーザー化があまいので切れ味が鈍っている。
自分でも自覚できるくらいに鈍っている。
最近、やまけんと出会うまで研究室をでていら10年以上、言葉を使っていなかったせいか、思うように言葉がでてこない。頭ではこういうことというイメージがあるのにそれを的確な言葉に置き換えることができない。テキスト化することはできても言葉として発することが難しい。

ん?
発する、はっする、ハッスル。
今日は「ハッスル3」に参戦するのだ。

ハッスル3の舞台監督の方からチケットをいただいてやまけん、オレ、バシ、アラハマ先生と4人の馬鹿野郎どもがハッスルポーズを決めまくる。おそらく小川選手とも至近距離で遭遇することになるだろう。プロレスは遠くからみるのとリングサイドでみるのとでは面白さが全く違う。至近距離であればあるほど妙な熱気、ライブ会場のノリと同種の一体感が意識を高揚させていく。

全然関係ないが先日、Sports Graphic Numberベストセレクションの序文を読んだ。
Numberという雑誌がいかにして生まれたかを編集長が振り返っているのだが沢木耕太郎の一言がポイントになっていたことは知らなかった。いい文章だと思った。

序文を読んでから本文を読むと意味が違ってみえた。

++++++

話を食い倒れ御免状にもどそう。
三皿目のパスタを食べ始めたあたりで口笛をふかんばかりのさわやかさでガツガツと攻め続けるやまけんをみていて思った。これはある種の道である、と。

そう、やまけんは食い倒れを「道」の域まで高めつつある。
食い倒れにかかわる人々、店、客、同伴者、その全てが食い倒れの前に敵意をなくし心を開いていく。
食い倒れは人と人のコミュニケーションを加速させはしないが心を温厚にしてく、緩慢ともいえる緩さで徐々に思考が説けていく。食い倒れ感覚とは胃から脳への非戦指令なのだ、と理解した。

これはもはや一人の趣味の領域を超えている。
ある種の思想、政治思想といってもいい。
だからこそやまけんの周りには愛すべきバカ野郎どもが集うのであろう。
それは忘我の境地。
しかし決してユートピアの幻想ではない。
食い倒れとはアスリートに徹することである。
食い、そして、倒れることなかれ、それが食い倒れの思想である。
故に、己の肉体の鍛錬はかかせない。
現にやまけんは過剰なまでのトレーニング、ライガーなみの肉体をもって自らの食い倒れ道を究めようとしている。この男の知行合一への道に僕は強く惹かれ、そして、思った。

「世界食い倒れ党」

まさに今日、この日、世界食い倒れ党がこの世界に解き放たれたのだ。
党首、やまもとのもとに集いし、バカ野郎どもに目の前の皿を楽しむこと以外の思考は許されない。
それが入党の最低条件であり、食い倒れ道においての闘争は不可能とされる。
現実的にも異常な満腹状態で敵意、悪意、を抱くことはまず不可能である。
人は暇であるからこそ腹を立て、争う。

食い倒れチャレンジ中において暇を感じることは不可能だ。
誰しも食べながら別なことを考える余裕はない。
幸福と悦びへの果て無き自己鍛錬。
それが世界食い倒れ党の思想である。

この皿をたべればどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
この一箸が道となり
その一箸が道となる
まよわず食えよ、
食えばわかるさ、ありがとー!

とここに世界食い倒れ党、結党を宣言をする。
合掌。

投稿者 TKM : 13:19 | コメント (0) | トラックバック

2004年05月05日

[俄] 日本の未来/魔女の一撃

ヤマハユニークプロジェクト

こういう活動に未来を感じる。
ドンキホーテやファミレスみたいなものも否定はしないけれど本筋はこちらだと思う。
あらゆる側面、生活や仕事や感覚みたいなものがプロジェクト的、いうなれば「俄」的になっていく、と人も世界もハッピーになる。と僕は思う。

朝からこんなものを見つけてしまいハッピーである。

++++++

全然関係ないがギックリ腰のことをドイツでは「魔女の一撃」と呼ぶらしい。
いかしている。

投稿者 TKM : 06:46 | コメント (0) | トラックバック

2004年05月03日

[俄] ビーチバレーに撃沈す

友人から挑戦状が送られてきた。

「金沢文庫でビーチバレー対決」

朝っぱらから電話で「今日は寒そうなので長袖を着用」とのアドバイスを受ける。いざ出陣してみると実際に寒い。金沢文庫について砂浜を堪能するまもなく、さっそくバレー開始。15年ぶりである。

砂の上だと転んでも大丈夫なので調子のって飛び込んだり、滑り込んだりしているとあっという間に時間が過ぎる。ちょっと足が疲れた、という程度だと思っていたのだが昨年の骨折以来痛めた腰に痛みが走る。腹筋と背筋のバランスが崩れているのだ。

それでも気合いで全行程5時間弱の戦いを終えると身体は「真っ白になっちまったぜ」(by あしたのジョー)状態で歩くのがやっとだった。

ビーチバレーは誰でも楽しめるいいスポーツだと思ったがその面白さにつられ身体の限界まで動いてしまったようだ。案の定、今朝は起きるのがやっとだった。

肩、腰、腕、足、全身がギシギシいっている。
筋肉、関節の柔軟性が落ちているのだ。

やっとの思いで起きあがり、井上康生、棟田、鈴木の柔道家のドキュメントを観た。
井上の肉体に圧倒される。あのまま総合のリングに上がってもかなりのところまでいけるに違いない。身体のつくりが本物の格闘家であった。棟田、鈴木もともに素晴らしい柔道家であるが王者井上のそれは全く異質なものを感じた。


鈴木との決勝戦。
試合前、井上はいつもの闘争心が湧き起こらないことにいらだっていた。
そして井上は鈴木に敗北した。

僕が驚愕を覚えたのは井上が「闘争心」が薄れていることを自覚していたことだ。
井上は肉体、技術ではなくマインドコンディションを自覚していた。

格闘技や武道、スポーツだけでなくあらゆる活動でマインドコンディションは重要である。ビジネスの世界えいえばモチベーションコントロールと同じと考えればいい。個人が持っているヴァリュー、能力はそれだけでは十分の一も機能しない。重要なのはモチベーションである。「やる気」とも少し違う。僕は「ドライブ感」と呼んでいるが意識のノリである。このドライブ感、高揚感をうまく引き出せれば「考える」という状態を抜け出せる。この状態に入ると個人の持つ、能力や技術が「ドライブ」する。

意識的にこれをつくりだせるのか?
という検証は必要だが井上やスケートの清水はこれを意図的にできるレベルにいるアスリートのひとりだと思う。

こうしたモチベーションコントロールの手法は今後の教育や学習の基礎部分に取り入れられる必要がある。

スポーツでも勉強でも政治でも仕事でも最も重要なのは「ドライブ感」から引き出される能力の最大化・最効率化である、と僕は思っている。これはONとOFFという感覚と近いかもしれない。

投稿者 TKM : 18:35 | コメント (0) | トラックバック

2004年04月30日

[俄] キンピカ先生と忍者の名刺

志乃ちゃんの家からの帰りの電車。
タケ、やまけんと話をしているうちに仕事の話になった。

「竹中先生のボディーガードとかいいなあ。いきのいい若い衆ついてるらしいよ。とか言われるとか。なんつーか、ロードオブザリングとかみてるとさあの人らヒーローなのかもしれないけれど仕事してないよね。あれって何なのかなと気になってるんだよね。だからさ、例えばなんか名刺とかだした時に忍者とか書いてあったらよくない。とりあえず、なんだそれって。そういうのがいいんだよね。」

名刺と忍者というカップリングがあまりにもズレていたので3人で爆笑してしまった。しかし、100年ちょっと前までは忍者もいたわけで。職業としても成り立っていたんだよな、そういうのって何なのだろうな、と、興味深く思いつつも3人で「ハッスル、ハッスル」をやりながら通り過ぎていく大江戸線の駅のホームをみていた。

大門を過ぎた。
降りる駅が近づいてくる。
この時間も今日は終わりなのか。
通り過ぎていくホームと駅名を眺めていた。

++++++

志乃亭はおどろくほどに優雅な空間だった。
久しぶりにゆったりとしたホームパーティを楽しんだ。料理もワインも良かった。パンにつけて食べたクリーム・ソースとビーフシチュー、生牡蠣。格別だった。
しかし、何がよかったかってMARUに案内され最初に家に一歩踏み入れた時の心地よさは格別だった。なんだか気持ちよくなってしまった。

夕方。
空が少しづつブルーに染まっていく。
この時間が好きだ。
この時間の空が好きで電気工事のバイトをやっているときも工事中の家の二階にあがって空を観ていた。そしたら怒られた。

ベランダにでるといい感じに風が舞っている。
唐突にビールが飲みたくなり冷蔵庫にあったビールをもらって飲んだ。
空をみながら飲むお酒はビールが一番美味しい。
寒空でも熱帯夜でもそれはかわらない。

ベランダの角で風に当たっているとタケが顔を出した。
部屋にもどってMARUと神経衰弱をやったのだがあっさりまけたスコアは15対5くらいだった。酔いのせいでイメージ記憶がボロボロだった。

やまけんがつくってきた生パスタができあがっていた。
志乃ちゃんが用意した生牡蠣にカニがついてきたのでカニのパスタになった。
料理人のやまけんは自宅からイタリアっぽいフライパンを持参してきていた。
こと料理に関してはやることがカッコいい。
カニをさばいている時のやまけんは山岡志郎であった。

やまけんが到着する前に「そういえばやまけんてキンピカ先生のコスプレ似合いそうだな」という話なった。キンピカ先生、確かにやまけんと感じは似ている。

夜は更け、MARUは眠ってしまった。
場所をソファーに移して、実演タケザワのホスト講座がはじまる。
面白い。
タケはそっちの才能があるに違いない。
いけている。

そんな話を延々と続けているうちにいい時間になった。
居心地の良い志乃亭を後にして、外に出た。
風が少し冷たくて気持ちいい。
4人で青山から外苑前までを歩いた。

外苑前で店長と別れ3人で青山一丁目まで歩く。
しばらく歩いてCORNESのショールームの前あたりでおもむろにやまけんが叫んだ。

「おおおおお、coco壱番だ!」

ひきづられるように道路をわたった。
強制的にカレーでの締めと相成った。
イブクロライター恐るべし。
オレもトライはしたがハーフサイズでついていくのがやっとであった。

大江戸線月島駅のホームでタケと二人「ハッスル!ハッスル!」と小川のハッスルパフォーマンスでやまけんを見送った。やまけんも笑いながらハッスルポーズをかえしてきた。電車の中でパフォをやるとホームを過ぎたあとにいきなり醒めるので若干の恥ずかしさが残る。
僕たちの姿が見えなくなった後、やまけんは急にまじめな顔になった、と思う。

帰りの電車で決めたこと。
3人で「忍者」の名刺をつくることになった。

帰り道にタケと決めたこと。
やまけんの得意技は「すいとんの術」ということになった。

投稿者 TKM : 01:56 | コメント (4) | トラックバック

2004年04月28日

[俄] ラブスコール 64' ~そんな気分の朝~

朝一番でいきなり電話がなる。

「声がききたいと思って」

と愛の告白と間違えるような最高のセリフで切り出されたのでかなりドキドキする。心臓はバクバクである。オレはこういうノリに弱い。久しぶりに外国人と話した気分だ。外国の人ってなぜか感情表現がおおらかで話すと気持ちよくなる。日本人でこの感じになる人は数人しかいない。

「ハロー、メーン元気」

とイブクロライター兼コンサルタントのYけんである。
二人で朝っぱらからマシンガンバカトークを繰り広げる。
いきなりテンションが最高潮になる。

Yけんの実力爆発。
Yけんの場合、仕事の力量というよりも人間量の絶対値が全然違う。
もちろん、それについていくあるいはリードするオレの絶対値もかなり柔軟性と無限のポテンシャルをもっているのだが。にしても朝からのいきなりラブスコール。オレは買いだ。これをやれる男は少ない。はっきりいってオレはYけんに惚れるね。(いや、案外、愼之介もやってくれそうだが。なにせこの間、偉いさわやかボイスでMARUにコマネチを伝授してたからなあ)

さて二人であーでもないこーでもないとトークバトルをやって、明日の打ち合わせをして、携帯を止められたという友人の合コン話を勝手に捏造し、などなどとやっているとヤヴァイくらいに脳が乗ってきた。

やはり俄マインドの力は絶大である。
更にいってしまうとコミュニケーションの力は大きい。
話す、やりとりするという言葉や感情の交換によって得ているものは想像以上に大きい。人の気持ちは自家中毒のように内面でうねうねさせるとどうしても感情に毒がでる。しかし、人とのコミュニケーションによって生じる感情はプラスである。

なるほどコミュニケーションは強力な感情清浄機のようなものだ。
人はコミュニケーションによってしか幸せや悦びを得ることはない。
これは断言してしまいたい。

トークに意味があるかどうかなど実はどうでもいいことなのだ。
問題はそのコミュニケーションによって気持ちがドライブしているかどうか。
気持ちが清浄化されているかどうか。
そういう部分で計られなければならない。

感情の経済性といったらいいのだろうか。
人はより清浄で心地よく流れのある感情をつくりだせる人とコミュニケーションすべきだし、する性向でなければならない。

生きる上でそれはもう鉄則のようなものである。
自分が気持ちよくなれる人。
自分が自信を持てる人。
それはおそらく相手に理由があるわけでもなく、自分に理由があるわけでもない。
相手と自分とのポジショニングによってつくりだされる関係性にポイントがある。

そうしたポジションを自然にとれる相手。
それを「ウマがあう」とか「気が合う」というのだろう。

自分も常にそうあるわけではないがいつも今朝のような気持ちでいられたら間違いなく幸せだし、何をやってもうまくいくのだろう。外部で何が生じようと重要なのはそれを受け入れる自分という装置である。

物事は起こるし、常にいろいろなことがある。
それはもう一生、永遠に変わらない。
ポイントは自分という装置である。
事象がどうあれそれを「俄化」することはできる。

それは自分のマインドの問題である。
常に物事を「俄」にもっていく力。
それを「俄力」と呼びたい。
人にはこれを鍛える力がある。

「面白い」をつくりだす力。
「ロマン力」とか「切な力」とか様々な力があるだろうけれどそれらも全部ひっくるめて世界をコンテンツ化する総力を「俄力」とする。

自分はなんの人でなくてもいいが「優しさ」と「俄力」その二つだけあればいい。
それが自分の理想だ。

※エントリーをアップしたら本当にスコールが降ってきた。これこそ俄。最高である。おそらく数時間したら異様に晴れ渡るであろう。こういうのを俄雨というだっけか。

++++++

・ラブ(豊かさ)ベースで思考する
・おおらかに振る舞う
・俄マインド
・パンルーマインド
・この世界は俄みたいなものだ、映画ライクに「生きるをつくる」のがベスト

投稿者 TKM : 10:26 | コメント (1) | トラックバック

2004年04月23日

[俄] オブジェクト久保と和服で西田敏行風のYけんがかぶる

久しぶりに久保君のブログを観た。
73歳の棟梁と飲みに行った話が書かれていた。

久保君と棟梁という取り合わせがまたなんともレアでいかしている。
「まあ、久保ちゃん飲め飲め」と言われて「ハイ」と飲んでいる久保君の絵が思い浮かぶわけだがオブジェクト久保の通り名でしられる久保君と大工の棟梁というカップリングはそれ自体が「俄」であり希有なコンテンツである。

ついでにやまけんのブログも読んでみる。
今日はグァバについて書かれていた。
ところがである。
最終の段落でやまけんの文章が急展開のとんぼ返りを見せる。
「このフルーツにいはほろ苦い思い出がある」とイブクロライターがそれまでとは違った一面を覗かせる。一文を目にした刹那、僕の脳裏に唐突に西田敏行の顔がよぎった。

釣りバカ日誌の西田敏行は「はいどうもー!」的なキャラなのだがその西田が別な映画では妙に神妙な顔をする。俳優なのだから役によってキャラが変わるのはあたりまえなのだが…。このイメージと「ほろ苦い」と書くやまけんの顔が重なったのである。

「うりゃー、おっちゃん、横綱一つね」

銀座ジャポネ(ジャポネは異様な盛りをみせるスパゲティ屋である。はっきいうがパスタではない。)で勢いよく頼み、ガーっと食べて更に徒歩2分くらいの場所にある柳田さんちのカレー「辛来飯」で有名なニューキャッスルで蒲田(この店のオーダーは駅名になっている。品川からはじまって大井→大森→蒲田)を平らげる驚異のイブクロライターとしてのYけん。

シーンが変わり。場所は和室。
和服で文机に向かい、ひげをなでつけながら薄明かりの下で目を閉じつつほのかによみがえる追憶にふと筆をおくYけん。これが一連の流れとして僕の脳裏をよぎった。

最高である。
これを楽しまずに何を楽しめというのか。

まったくの「俄」である。
現実がどうかは知らないがいきなり予備動作もなく強烈に「ヤラレタ」感におそわれた。笑うべき内容は一つもないのに妄想が笑いを引き起こし、怒濤のやまけんワールドへと自分を引きづりこむのであった。

おそるべし食い倒れ。
隆慶一郎の傑作時代小説「吉原御免状」の主人公。
永遠のヒーロー松永誠一郎もこの「俄」感覚にはかなうまい。

時代は「俄」を求めている。
痛切にそう感じるお昼であった。

投稿者 TKM : 12:40 | コメント (1) | トラックバック

2004年04月22日

[俄] ボンバーテイストのリンゴジュースをつくる

帰宅してからリンゴジュースをつくった。
スーパーで売っていたリンゴを剥いて小さめに切ってからジューサーに放り込む。

ガーガーガーガー。
ガリガリガリ。
ゴーゴーゴー。

リンゴのゴツゴツした形が徐々になめらかな液体状になっていく。
いい感じである。
しばらくそうやっていたらいい加減いけそうになったのでころあいを見計らってグラスに注ぐ。

トロトロトロ。
注ぐリンゴ液がなんともいえず「モノ」の存在感を訴えてくる。

OK。やってやるよ。
まっとけ。
気分昂揚、まずはひとくちやってみる。

グビリ。

ン?
もうひとくち。

グビリ。
ン、ンンン?

さらに。
ゴクリ。

ハ?!
この食感は。
この喉ごしは。

まさに「大根おろし」。
ほぼまったくまるっきりの大根おろしテイストのリンゴジュースがそこにあった。
今宵の天空の星がどのようなチャートをしめしているのかしらないがこんなことはあってはいけない。

これじゃまるで食の錬金術である。
何故に「大根おろし」なのか。
リンゴじゃなかったのかお前?

全くもって不明である。
どこでどうまちがえてこの味になったのか。
ジューサーにかけるまでは確かにリンゴテイストのリンゴであった。

ジューサーに魔法でもあるのか?
不明すぎる。

不明だが理性はそれがリンゴであることを肯定しようと数分前にそこにあったリンゴの形状をデータベースから引き出そうと躍起になる。しかし、過去の映像とこの味の関連性の糸はぷっつりとぼっきりと断絶である。

もはやソフトウェアでは修復不能。
リンゴは数分のジューサーの旅路の果てにリンゴ風味の大根おろしへと物質転換を起こした。

しばし、眺めるも。
決断の時は迫る。
リンゴ味の大根おろしか大根おろし味のリンゴか。
迷い迷われ惑い惑わし。
2秒の沈黙を経てグラスを手に取り。
飲み干すも。
その味はやはり「大根おろし」。

そして冷蔵庫にはリンゴがもう一つ。

投稿者 TKM : 00:29 | コメント (4) | トラックバック

2004年04月19日

[俄] 神出鬼没の量子人間「Yけん」の衝撃

全然関係ないサイト「Weblogツールを使っているイラストサイト」というページから二つほどリンクを辿っていってページをスクロールさせていたら見慣れた顔がいきなり唐突にこれでもかというくらい無防備にドンと登場した。

Yけん

である。かなり衝撃。(注:昨日の金子との会合以後、我々の間では「やまけん=Yけん」でいくことにした)
何故にこのリンクからこうなるか。
視界の左斜め上の方でピカピカと光が点滅しているが気にしないことにしよう。
ウェブの世界のまか不思議を体験した気分である。

◆やまけんまでの道のり

Weblogツールを使っているイラストサイト

カタトランタン

たわごとのあわたけ

松浦晋也のL/D

Yけんのパーマリンクは下記
http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2004/04/3.html

みてもらうとわかるがかなりスクロールをしていって、それでもスクロールをしていって、そのまたスクロールの下あたりにいきなり「Yけん」が登場する。二日酔いという単語が目に入ったので最後までスクロールしよう、そう思っていた矢先の衝撃である。出し抜かれた感1000%である。一言言いたい。Yけん=神出鬼没。

そして上記のサイトでのYけんの描写がふるっているので抜粋。

「所属した研究室には、小柄ながら分厚い胸板と太い腕を持ち、やたらと声のでかい威勢のいい男がいた。やまけんだった。」(「松浦晋也のL/D」よりYけんをあらわす素晴らしい一文)

投稿者 TKM : 22:03 | コメント (4) | トラックバック

[俄] 南米の風

午前5時30分。
朝に目覚める。

夢の中。
かちどき橋のたもとで慶應のキャンプ。
学生が呼んでくれた。
二つのグループがキャンプを張っているが片方はピクニック。
毛布を借りて寝ころんで空を見る。
足下が冷たい。


寒さに身をよじるとそこは現実だった。
布団から足がはみだしていた。
カーテンをあけてそとを眺める。
曇り空。

川向こうの公園のブランコでカップルが話している。
午前6時前。
公園には二人しかいない。
二人はゆらゆらとブランコに揺られながら時折向き合う。
男の子は高校生だろうか。
からだをゆらすとブランコが振り子のように大きく揺れた。

午前6時の街には人の世界がある。
iTuneはランダムで再生されている。
「Inutil Paisagem」というジョビンの曲が流れている。

洗濯機の回る音。

今朝も朝一番にサーキットトレーニングをやった。
眠りの時間は相変わらず短い。
ここ数日長い時間眠れない。

昨夜、道をあるいていたら眩暈がした。
学生時代にラグビーの練習中にボールを持って走っていたら手足が無限に広がるような感覚にとらわれたことがある。その感覚に似ていたのでいよいよ常時ナチュラルハイかと思ったがそうではなかったらしい。

いろいろなことがある、というわけではない。
物事はそこにあるわけではない。
自分がいないならそこには何もない。

iTuneはソフトである。
ソフトは恐ろしいことをする。

今朝は「Oratio super oblata/Utrecht Gregorian」の次に「Push Upstairs/Underworld」という驚愕のつなぎをみせてくれた。これには恐れ入った。世界が一変した。この世界は俄だ。環境はそれを伝えたがっている。

ブログも面白いし、ネットワークも面白い。
つまらないのは人の世界のルールだ。
そもそも何のためのネットワークだったのか。

感覚のドライブ。

それが自分の生涯のテーマである。
感覚がドライブしない生活は生きながら死んでいるようなものである。

一昨日の夜。
やましんと川崎のペルー料理屋にいった。
その晩に何があったわけじゃないのだけれどここ半年で一番の幸福を感じた。

それはおそらくコミュニケーションから生じていた。
ペルー料理屋にいくと驚くほどの盛況で僕たちが入った後はずっと人が並んでいた。皆ペルーの人である。店の中はさながら南米。9割はペルーの人である。その空気が凝り固まった意識をほぐしていくのだろうか。

混んでいるのでなかなかお店の手が空かない。
女性が注文を取りに来たので、
「すみません、メニューをいただけますか」というと。
「ごめんなさい~!持ってきてなかった」と最高の笑顔を見せてくれた。
開けた笑顔だった。

店は混んでいるがひとりとして嫌な顔をする人はいない。
客も店の人もタイ風にいうならマイペンライである。
この開けた感じは驚くほど気持ちいい。

二人で飲み、食べ、満足した。
それなのに料金は格安であった。
そっか、こういうの満足、あるいは気持ちいいっていうんだな、と二人で話した。

飲食店経営がどうこう、成功店云々、という話はどうでもいいなと思った。
およそ9割の店はコンビニと大差ない。
そうではないのだ。
おいしい、満足、もっと払いたくなる、これの方がいいに決まっている。

それから川崎の街を案内してもらった。
道を歩いているとアジア系の人が「こんばんは!」と声をかけてきた。
やましんも「あ、こんばんは」と応える。
きけば知り合いのタイ人だそうだ。

「へー、川崎でよくあうの?」
「いや、はじめてあったわ。川崎に住んでるっていってたんやけど。はじめてあったわ。」

気持ちが開けるとこういうことがよく起きる。
しばらく街を歩いてからミスタードーナツでお茶を飲んだ。
終電まで話し込み有楽町に帰った。

なんてことのない時間なのだが豊かさにあふれていた。
その翌日。
午前から横浜で金子と打ち合わせ。
メキシコ料理屋でストーリーについて話し込む。
料理のチョイスはパーフェクト。
完璧であった。
二人で「満足度高いよな」と繰り返す。
南米、アジア、人が開けると世界はまわりだす。

投稿者 TKM : 06:45 | コメント (0) | トラックバック

2004年04月17日

[俄] 新井さんとイタリアでパルテノン

朝っぱらからやまけんの出張食い倒れ日記を読む。

昨夜はタイ料理であったようだ。
やまけんはパッタイが好きなようでこのお店のパッタイを絶賛している。
オレの好物はカオマンカイと牛肉を煮込んだものをご飯にかけた料理。名前は忘れたが日本ではおめにかかったことがない。カオカームーだったかな。


久しぶりにタイ料理の写真をみた。
上方にボリューム感のあるパッタイはなかなかの雰囲気である。

コメントをみると無類のタイ料理好きやましんからのコメントもある。

「やまけん・やましん」とならべてみるとこの二人、1文字しか違わない。
しかし二人の内容は天地ほども違う。
やましんは知的所有権のプロフェッショナルでやまけんの方は食い倒れのプロフェッショナル。いや、日本No.1の大食漢系農産物物流コンサルタントである。この二人のジョイントも面白いかもしれない。ということでタイツアー決行ということがオレの内面ではほぼかたまりつつある。

はっきりいってかなりのアホ道中が見込まれる。
やまけん、オレ、タケ、やましん、昨夜の夢で登場していたのでこれにタドを加えてもいい。全員同じ大学というあたりがかなり怪しい。この歳になって学生旅行みたいだがここでのセリフは最近はまっている堀之内九一郎のナイスな「稼いでいったらいいじゃないの」である。

このセリフは最近多用させてもらっている。
あるTV番組で堀之内が「あたし出す。あたしお金だす。借金?!一億? いーじゃないの。稼いで返したらいーじゃないの(スマイル)」というシーンがあってかなり新日本プロレス時代の健介ばりにヌケたセリフで気に入ったのである。

これを応用して様々なシーンで使わせてもらっている。
例えば昨夜だとこうである。

バシ「やりたいこと。本書きたいんだよね。でも、そのテーマだとなかなか…」

オレ「本、書きたいの?(ニヤリ。肩をたたく)バシ師匠、稼いで書いたらいーじゃないの」

バシ「(しばし唖然)そ、そうだよね」

という感じである。

はっきりいって

「行きたいヤツは全員連れてってやるよ。あ、なんだっていいよ。やってやるよ」by 佐々木健介

という気分だ。
そうだ今朝方の夢はこんなだった。

++++++

新井さんがラオスで僕に携帯を手渡す。
携帯にはUSBメモリースティックを差し込むことができる。
再生するとメッセージであった。
それもかなり高度にMTV化されたビデオクリップである。
完成度が高い。
しかし内容は馬鹿である。
忘れたが高校時代の友人の山田が登場して100mダッシュしているというような内容である。

ラオスの宿で新井さんにその映像を返そうとするのだがいくらやっても新井さんの携帯に転送できない。乾電池が外れているのだ。


オレ「新井さん、電池外れてますよ。勘弁してくださいよ。」

新井「あれ。そうだ!これは!」

意味不明である。
そうやって二人でパルテノン神殿を歩いていると携帯に着信があることに気づく。ライトメール。着信。メール。留守電。と画面は着信を示す表示で盛りだくさんである。

上から順番にいく。
ライトメール。
呼び出しの知らせ。
着信。
山田から。

山田?!
謎である。
親友からの連絡とは。

急いで折り返すといきなり

相手「オーラ!ノン アッラビアルティ ペル クエステ ショッケンツェ」

オレ「なんだこれ。イタリア語じゃん。アプロポジート ヤマダヤマダ」

相手「アー、タカユキ。アッテンダ イン リーネア プレーゴ」

しばし間が空く。

相手「ハイ、タカユキですけれど」

おー、懐かしきヤマダである。

オレ「おー、山田。いまイタリアからかけてんだよ。セイ リーベラ スタセーラ!!!」

山田「あー、カガヤ。何やってんの久しぶり!! いまね。イタリアねカーニバルなんだよ。」

オレ「そうかー。いまからいくから。あ、青木にかわる」

とそこで電話を隣にいる青木に渡す。
夢の中は実に便利だ。
一瞬で青木が登場してくれる。

青木が話しているのを隣でみていると田中一光さんに中国にとりにいくから一緒にいってくれと言われた。
わかりましたとついていく。
土手を歩いて中国にいく。

ついてしばらく二人でライオンをみていた。

一光「じゃあそろそろ出来たでしょ」

相手「?ALFJL+KSFJOIAWU?」

我々は二人とも中国語はわからない。
しかたがないのでしばらく待つ。

オレ「さっきできるっていったよね」

相手「できます」

オレ「できてないよね」

相手「できます」

なるほど。これが一度「できる」といったらあとはそのメンツをキープしようとする中国拳法の奥義か、と一人納得。田中氏をうながし、これが中国メンツキープですよ、と伝えるとなるほどと二人でなっとく。

土手を歩いて帰ることにする。
帰る途中で再度、立腹する。

「しかし何故、そうなのだろう。ライオンの意ができるといったはずなのに」

時代はうつり時は流れ、街も流れ、風も流れる。
とまあそういうことなのだと思いますよとかなんとかいって河原を歩く。
緑色の草が風になびいていた。

しばらく歩いていたらお腹がすいた。

++++++

なんて夢であった。
昨日、速読法の本を数冊かりてきた。
来月にはパワーアップして分速1万字。
一冊6分までいけるだろうと勝手に決めつける。
決めつければ案外できるものだ。

ついでに速書の方も鍛えることにする。
が、しかし、こちらはがんばっても一時間に2000字がいいところだ。
これではいけない。
全くもって使えない。
一時間に2万字を生産する方法があるはずだ。
生産力10倍。

しかし物理的にはかなり厳しい。1文字を1秒でつくったとしても10分で600字。一時間で3600字が限界点である。原稿用紙換算。そうそうこの原稿用紙換算は馬鹿である。いまどき原稿用紙に書くのはカッコつけかPCスキルのない人だろう。僕らの世代でPC以外で書いている人間はいないだろうに。いまだに出版は原稿用紙換算。時代錯誤である。だいたい英語の世界には原稿用紙なんてねーっつーの。

++++++

電車の中で金原ひとみの「アッシュベイビー」を読んでいた。
帰ってきて続きを読もうとしていろいろやっていたら午前3時で早々に眠った。

今朝は午前8時に目覚める。
今日からアップルシード公開だったことを思い出す。

銀座は11時45分からである。

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