2004年05月24日
[ウェブサイト批評] 先見日記を考える
■コンセプトはいいのだが面白くない
「先見日記」というページを見つけた。
昨年みたときはあまり面白そうではなかったのでずっと忘れていたが今日みたら坂本さんもきちんと日記をアップしている。
先見日記とは7人の著者が曜日ごとに「日々の出来事の中から将来に向けてヒントになりそうなこと」を書いていくという企画である。
面白いコンセプトだと思った。
しかし実際のコンテンツは思ったほど面白くない。
何故だろうと考えてみる。
執筆者の関係性が希薄なのである。
関係性が希薄なのは「テーマ」が存在しないからである。
ブログが面白いのはある特定のテーマによって情報が編集されているからである。
それは個人のサイトでもグループのサイトでも企業のサイトでも変わらない。
明文化されていなくてもサイトにはなにがしかのテーマがある。
しかし先見日記にはそれがない。
漠然とした「将来へのヒント」というテーマの選択はテーマ性の放棄に他ならない。
編集によるコンテクストの付加という視点が決定的にかけているのである。
例えば先見日記の港千尋さんの文章を読むと綺麗で優雅だがその綺麗さは次の日の日記を読むことで全く消え失せてしまう。先見日記のそれぞれのテキストは面白い。しかしそれらが単純に曜日という拘束条件によって束ねられているため、テキスト同士が孤立し面白さを打ち消しあっている印象を受けた。
とはいえある種のメセナ(いまではもうきかなくなったが)としてこうしたサイトをつくってしまうNTTは偉いと思うのだけれど。(ICCもそうだけれど)
■どうしたら面白くなるのか?
では先見日記をどうしたらより面白くできるだろう。
ありがちなのは毎週テーマを設定してそれについて書いてもらうという方法だろう。
しかしそれでは日記の意味が薄れてしまう。
日記の集合体なのだがそこには通底した空気があり、その空気がメディアの方向性をつくっていく、というベストなカタチがあるはずだ。
同じようにいろいろな人が好き勝手に書いているイトイコムの場合はどうなのだろう。
そこでひさしぶりにイトイコムものぞいてみた。
イトイコムの場合は主催者の糸井さんのカラーが全体のトーンに統一感を持たせている。イトイコムのコンテンツは全般的にゆるいのだがただゆるいというわけではなくある種の編集がほどこされたねらいのあるゆるさである。作家性やメッセージ性はあまり感じない。
各コンテンツは記号化されたテキスト群といった印象を受ける。
広告的といったらいいのだろうか。
何かの役に立つわけでもないし、熱心に読みたいと思うわけでもないがそこには人を引きつけるカタチはある。
先見日記のコンテンツではこうしたトーンの共有がなされていないのである。
それが故にコンテンツとしての記号性が分散され印象が薄くなってしまっている。
オーガナイザー、キュレーター、編集者らコンテンツのプロデュース側が「より面白いものをつくる」という姿勢を打ち出す必要性があると僕は感じた。
コンテンツの面白さの根本にあるのは
「何をつくりたいのか」
である。それが感じられないコンテンツは綺麗であっても「面白くない」のだ。