2004年05月26日

[食い倒れオフとやまけんの意味論] (その1)まずは前哨戦、マジックはやまけんだけに起こったわけではなかった

■食い倒れオフ(その1) 前哨戦/ジョッキがグラスに変わること~それは錬金術ならぬ錬酒術

先週、私の人生の師であるやまけんが主催するHP「食い倒れ日記」のオフ会が開催された。幹事を頼まれていたのではやめに会場に向かった。

新宿駅につくともうひとりの師(こちらは酒の師匠)であるバシ師匠から連絡がはいった。すでに笹塚に到着しているとのこと。この日バシ師匠は7時に到着の予定であり、6時には幹事の僕とやまけんの二人が無二路に向かっている予定であった。ところが何故かバシ師匠は6時に笹塚についていた。受付が一人ではきついなあと思っていたところに電話があったので

「バシ師匠、これも何かの縁です。できれば受付を手伝ってもらえませんか。確か駅をでてすぐのところに本屋があるのでそのあたりで待っていてください。」
「あー、いいよー。じゃ、笹塚でまってます。」

さすがアニキ、バシ師匠。
一分の迷いも感じさせずに快諾であった。

バシ師匠はゲストである。
今日のオフ会には決して安くはない会費を払っての参加である。
お手伝いをお願いしていいものかと一瞬考えた。
しかしバシ師匠の声はそれを受け入れ許容しなおかつ楽しむであろう心の豊かさを感じさせた。
これこそがバシ師匠が師たる所以である。

笹塚についてすぐにバシ師匠に電話をした。

「あ、加賀谷くん、いまね。出たところの脇にあるバーキタザワにいるから。」

いつもの師匠とは異なり妙に落ち着きのあるさわやかボイスが飛び込んできた。
何故か妙にはまっている。
納得がいかない。
あのムンムンパワーの師匠が何故に「さわやか」。
そして何故に「バーキタザワ」?。

予想は的中であった。
さすが我が師。
いきなりジョッキで銀河高原ビールをあおっている。
入り口からちょっと入ったテーブルにバシ師匠は座っていた。
満面の笑みである。

やまけんが到着するまであと10分強はある。
僕もグラスで一杯だけつきあうことにした。

やまけんのページでは「食い倒れオフのマジック」について触れられているが実は裏方の僕たちにも様々なマジックはおこっていた。

店の女性がビールを運んできた。
ところが何を間違えたのか彼女はジョッキでビールを持ってきた。

「あれグラスって言わなかったっけ?」

と言ってはみたが「覆水盆に返らず」あらため「生ビール、サーバに返らず」である。
バシ師匠は間違えて運ばれてきたジョッキをみてうなずく。
当然、満面の笑みである。

「加賀谷君、いーんだよ。」

語らずとも師の表情はそう語っていた。
今は無き、もうひとりの酒の師匠(本当は文学の師匠なのだが)江藤淳先生の教えに従いここは気持ちよくいただくことにした。(江藤先生の教えはシンプルだった「もらったものはうけとりなさい」。そして今朝は我が人生の指針たる一言も記さなければいけないだろう。「加賀谷君、とりあえず生き残れ」それが師の最後の教えであった)

予定ではもう店に向かっているはずの時間である。
ところがこれも偶然なのだがやまけんが10分くらい遅れるとのことである。
いま振り返れば会がはじまるまでのわずかな時間に凝縮されたいくつかの偶然がその後の運命を決定づけたのかもしれない。

カオス理論が示すように非線形力学においては初期の微細な差異が時間を経るにしたがって現象全体に多大な影響を与える。我々が暮らす世界とは相互依存の網の目で出来ていてあらゆるものは単独では存在できない。香港に舞う一羽の蝶の羽ばたきがめぐりめぐって台風を引き起こすように。

そしてこれからはじまるマジックもグラスで注文したはずの一杯のビールがジョッキに変わったことが原因で引き起こされた奇跡なのである。

「酒の席にノーはない」を信条とするバシ師匠が2敗目のジョッキを飲み干しグラスをテーブルにおいたその時、やまけんから

「はいエブリワン。笹塚つきました。」

と連絡があった。
軽妙とも神妙ともとれる食い倒れヴォイスであった。

投稿者 TKM : 10:15 | コメント (4) | トラックバック