2004年09月24日

燃える男/A.J. クィネル

「燃える男」読了。

先日、本屋に平積みされているのをみかけた。
表紙にデンゼル・ワシントンの写真をみつけたので手にとってパラパラと最初の10ページくらいを斜め読みする。

そういえばこの本が面白いと言われていたっけと思い出した。「燃える男」を間違えて「熱い男」と覚えてしまったと伝えると笑われた。
翌日、借してもらって読み始める。イタリアが舞台なので風景はイメージで思い浮かべるしかない。けれどもストーリーはダイレクトに伝わってくる。村上龍の言葉をかりると「穴に落ちてはい上がる物語」となるのだろう。

物語は人と人の関係を描くところからはじまる。その時間が長いため自然と感情移入していた。劇世界に意識が浸っていく。
しかし自分がこの世界で最も忌むべき存在だと考える「弱者に対する暴行」によって物語は急転する。それは唐突に訪れる。

映像という表現を用いる映画とは全く異なる。
肩すかしをくらったかのような唐突さが逆にリズムをつくりだしている。
良くも悪くも。

物語への感想はいろいろといえるが自分は作品の中心に据えられているもう一つの柱として「男性からみた理想の女性像」の存在を感じた。女性からみてああした女性像は可なのか不可なのか知りたいものだ。

※映画版では「マイ・ボディーガード」と改題されている。またストーリーも少し異なるようだ。原作テキストがみせる心情と心象風景の描写を映像で表現することは難しい。というのもそれはテキスト化されていない「間合い」だし、映像化してしまえば消えてしまうからだ。小津安二郎が自身の映画の中で「涙」や「泣く」の映像を使わないのと同じと言えばわかりやすいだろうか。

燃える男
A.J. クィネル, A.J. Quinnell, 大熊 栄

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投稿者 TKM : 03:19 | コメント (0) | トラックバック