2004年10月18日
翻訳コンニャク
ドラえもんに「翻訳コンニャク」という道具がでてくる。
食べるとどんな言葉でも話したり理解できるようになるという夢の道具である。
子供ながらになんて素晴らしい道具だろうと羨望のまなざしで画面をみつめていた。いつかこういう機械ができるのだろうなと漠然と思っていた。同じように欲しくて仕方がなかったのが「暗記パン」。
見た目には普通の食パンなのだがパンを本に押しつけるとそこにページが写し取られる。パンを食べるとコピーされたテキストが全て暗記できるという道具である。
「すげーこれがあったら暗記しなくてすむ、でも何枚くらい食べなきゃいけないんだ?」
友達とそんな話をしていた。あれから20年がたつけれどいまだ暗記パン、翻訳コンニャク両方とも発明されていない。
翻訳コンニャクに話を戻そう。
僕の友人の何人かはバイリンガルで日本語と英語を流暢に話す。バイリンガルにもタイプがいくつかある。幼少の頃から海外で生活し勉強することなく自然と外国語を身につけた人もいれば、高校生くらいから外国にいって結構勉強して習得した人もいる。
大学時代、学内には二カ国語を流暢に扱う学生がわりとたくさんいた。そのせいかグループワーク(受講している生徒を5~6人のグループにし、そのグループ毎に課題をこなしレポートや発表させるというもの)なのでは会話の端々に英語が混じることがあった。
普段の生活をみていても図書館などで普通に「What's up?」と話しかけている人もいた。これは極めて奇妙な光景であった。
日常の学生生活でも英語を多用するタイプの人々は共通してアメリカ的な雰囲気を漂わせていた。行動、服装などにその傾向が顕著であった。
彼らの多くは中学・高校時代に米国への留学していたそうである。
一方で「実は小学生の頃までは海外にいたんだ」とか「5年前に日本に帰ってきたんだよ」という人たちにも何人かあった。彼らは英語の方がネイティブな人々ともいえる。ところがこのタイプの人たちは概して「アメリカっぽさ」がほとんどない。
会話していても外国語で話さなければならない時以外は丁寧な日本語を使う。
雰囲気も「自己主張」というノリではなくあたりも優しい。
個人的な印象だが英語ネイティブな人ほど必要な場所以外では英語は使わないようにみえる。
この違いをアイデンティティの自覚によって説明していいのかどうか。
適当なことを言ってしまうと外国語ネイティブな人々はそこに自分の個性を感じていない。だから必要とされないかぎり英語力を誇示する必要がない。
ここで昨日の蕎麦打ちの高橋氏の言葉がよみがえる。
名人と呼ばれる人がいうのだ。
「たかが蕎麦じゃないか」
と。同じく昨夜の番組の話。大リーグでシーズン最多安打記録を塗り替えたイチローがこれからの希望をきかれて答える。
「うーん、ここで止められたらいいんだけれどそうもいかないからね。ハハハ。(中略、真剣なまなざしにかわって)野球が上手くなりたいですね。もっともっと上手くなりたい。それだけなんですよ。」世界で一番野球が上手な選手の一人であるイチローの言葉である。
ロバート・ホワイティングの近著「イチロー革命」を読んだ後だったのでなおさらこの言葉が重みをもって迫ってきた。
本当のプロは謙虚だし誇示もしない。
相対的な評価に対して無関心ということではないのだろうけれどより感覚的な価値基準へと向かっていく。それらは分野によって技能・能力の面では異なる。しかし、エネルギー、あるいはレベルという部分で共通している。
外国語のケースも同じように思う。
外国語を流暢に話してもそれがそのまま『言葉力』を示すことにはならない。
高橋氏の言い方をまねれば
「しょせん言葉じゃないか。そんなに偉いものなのか?」
となるだろうか。
本質はその後ろにある。言葉の本質は言葉の後ろに隠れている。
以前、江藤先生と外国語について話したことがある。
「なるほどこのキャンパスにも流暢に話す人もたくさんいる。でもね、その人の言葉というものは『書く』時に一番あらわれるんじゃないかな。私も頼まれて外国の雑誌、新聞に書く時がある。その時に感じるんですよ。外国語で書くというのは難しいことだと。」
江藤先生も外国の大学で授業をしていたこともある。
英語の読解力はあたり前だが「プロ」である。
それでも書くのは難しいのだという。
野球でも外国語でもピアノでも料理でも問題はその先である。
観てわかるものやことのその先はやっている本人にしかわからない「域」がある。
家庭料理とプロの料理の違いはそれほど大きくない。ひとつひとつは微妙な違いでしかない。見た目には全く同じようにつくることもできるだろう。しかしその微妙な違いが積み重ねられていくことで味は変わっていき「違う」という実感がつくりだされる。
翻訳コンニャクが万能でもこの本質部分を翻訳することはできない。
本質とはおそらく翻訳不可能な実感なのだ
++++++
しかし、その手前であったとしてもそこまでつれていってくれるなら、と考えると無限ともいえる可能性の広がりを感じる。
世界中の人々と話ができたら、本が読めたら、世界は一変するだろう。
自分にとっては世界中の本が読めるということになったら、これはほとんど夢である。
それとこれはどうでもいいのだけれど何故「コンニャク」だったのだろう。
「翻訳」と「コンニャク」のとりあえわせはミスマッチというかズレているのだけれど子供の頃からそれで刷り込まれているので違和感を感じることはない。また、いまだに「翻訳」ときくと「コンニャク」を連想してしまう。そういえばやまけんは「コンニャク」が苦手であった。
++++++
翻訳コンニャクに言及しているサイトを検索したら下記のサイトをみつけました
◆「機械翻訳は実現できるか?」翻訳家 夏目大のTexpert
翻訳についての実体験に基づくコラムがあります。リンクしたコラムの他に「せいうち訳者のシュールな日乗」という日記があり、こちらを読んでおもわず「そうだよ」とつぶやいてしまいました。忘れないように引用しておきます。
お気づきの方もいるだろう。要するによほどの「おたく」か「生きるか死ぬか」の状況に置かれた人でなければ、外国語など身につかないのである。もし「自分はそのどちらでもない」と思ったら、外国語は趣味と割り切り、時間をほかのことに振り向けた方が賢明である。それでも、日本人としての価値はまったく下がらないし、ヘタな「英語おたく」より、はるかに価値の高い人間になれるはずだ。 (上記コラムより引用)
投稿者 TKM : 17:33 | コメント (1) | トラックバック
2004年10月17日
ゴカイと三平の竿
カワマタ君と釣りにいく夢をみた。
レース用のバイクに乗っているというのでみせてもらう。
マウンテンバイクのフレームを太くしたような骨組みの上にボディーがかぶせてある。エンジンは14CCと超小型だが最高速度は40~60kmまでいくらしい。
カートのようなバイクである。
練習場が近くにあるというので車にのせてもらい海に向かう。
トランクをあけるとゴカイが入ったバケツやら竿やらがあってそれを持って堤防に向かう。湾の中をのぞくと海水は透明だ。綺麗な青である。
堤防は内側がくりぬかれて家のようになっており、そこに降りるには4mほどの高さを飛び降りるしかない。飛び降りると竿やらケースがそこら中にちらばった。
カワマタ君はすでに向こう側にわたっていて
「これから3度目の潮になるから」
とはやばや布団の中に入ってしまった。堤防の内側に畳敷きの部屋があることに違和感を感じないのはそれが夢の世界の出来事だからなのだろうか。針に餌をつけようとゴカイを掴むとエイリアンの幼生のようにウネウネと手をつたってくる。
一度に一匹全部を針に通すには大きすぎる。
はさみで切断するとゴカイは巨大化し容積以上の体液をだしながら息絶えた。しかし、切断された残りの部分はいつまでも動き続けている。
仕掛けを海に投じまわりの人々に目をやると30cmくらいの魚影と格闘している人の姿が目に入った。
釣りキチ三平のおじいさんがつくる竿は国宝級の逸品で何巻だったかわすれたが呪われたウキ編の時は先調子竿を使っていた。
隣の人物が使っている竿も先調子竿だが僕がもっているのは何だったけ。
その刹那おおきく竿がしなった。
竿は中調子、胴調子竿の竿であった。
投稿者 TKM : 18:36 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月16日
FAXの音 音の未来

電話の音で目覚める。
受話器をとると電子音が流れている。
FAXの受信がはじまりジージーと紙をはき出している。
先日、ICCのイベントにいった。
久保田先生やアタウさんはじめ数人のアーティストによるコンサートが催された。
会場では暴力的な音がうなりをあげ床を揺らしている。
オペラシティは建物全体がホール状の吹き抜けになっている。
会場と外は一枚のガラス板で仕切られただけなので音は会場を抜け出し、
全館にノイズミュージックが鳴り響く。
これは「美」とは異なる体験なのだろうか。
心地いいだろうか?
時折、心地よく感じる。
面白いだろうか?
確かに面白い。
聴くというよりもこれは体験である。
そこにあるのは音と音楽の狭間である。
文字でいうならば擬音のようなもの、と言えるだろう。
ギャーという文字は意味を持たない。
けれど別な文脈で使われるならば意味を持つかもしれない。
擬音は文字と音の狭間にある。
ではコンピュータミュージックは?
これはノイズなのかそれとも音楽なのか。
いまは「音」の側面が強い。
アーティスト達も「音」をつくりだすことに夢中だ。
けれどその先がある。
コンピュータミュージックも変移する。
先日きいた「音」も10年前に聴いた「音」とは違う。
気持ちよさの方向性の違いといったらいいだろうか。
パフォーマンスはいくつかのパターンに分類される。
コンピュータミュージックという狭い分野にさえ志向の違いが明確にあらわれる。
なるほどこれは音の実験ではないのだ。
可能性の話だけれど音楽には「ココからはじまってココでおわる」。
という型がある。
しかしコンピュータミュージックが扱う「音」とその先にはその型が崩れる「可能性」を感じる。
コンピュータミュージックの面白さとはこの可能性なのだと僕は思う。
それは直接的な美とはことなる。
しかし、それもまた感覚的なものなのだ。
投稿者 TKM : 16:40 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月15日
もう饒舌はいらない -『物語時間』と『伝わる気持ち』と『プレゼン映画』-

秋晴れというのだろう。
空には雲ひとつなくひざしは温かい。
昨夜「海皇紀 」を読破した。
海洋大河ロマンマンガという分類。
あるいは冒険ロマンという位置付けになるだろう。
見開きでみると左右のページに映画シネスコサイズのように横長の四角形が4つ均等に配置されている。このような規則的なコマ割は単調で面白みに欠けるのではないかと懸念したが杞憂であった。
コマ割の持つ効果と作品の持つ物語性とは別なものなのだろう。20分ほど読み進めると物語の時間の流れに自分が取り込まれていく。
媒体を問わずこの種の物語性をつかう作品に共通する感覚である。
ある程度の時間を物語に没頭すると自分の頭の中に「物語時間」が構築される。この「物語時間」ができあがるとあとは没入するだけでいい。現実世界と物語世界の垣根が低くなっていく。自分が物語を読んでいるという感覚が薄れ、物語という「流れ」の時間に自分がとけ込んでいく。
映画をみていてもこの感覚に引き込まれることがある。
印象的だったのは実家に帰省する電車の中、iBookで「ユリイカ」を観ていた時のことだ。
モノクロの映像。
ゆっくりとした時間の流れ。
電車の中では何もすることがない。
だから最初の30分をただ観ていた。
傍観していた。
積極的に観てはいなかった。
と、そのあたりからだろう。
画面中の時間の流れ、「物語時間」にとりこまれていた。
車掌がまわってきて「切符をみせてください」と肩を叩かれるまで自分が電車に乗っていて、実家に向かっているのだ、ということを忘れていた。
ハっとして顔をあげる。
あれ、オレはいまどこにいるんだっけ?
ああそうか電車に乗っていたんだ。
そうだ切符を出さなければ。
会釈して切符をみせる。
画面に戻る。
数分後。
物語の時間の流れに引き込まれていく。
時間の感覚がズレていく。
そこで過ごしたのは3時間なのか。
それとも…。
電車という封じられた空間で画面を見つめている自分は高速で移動している。
頭の中では違う時間が流れている。
電車の速度。
頭の中の時間。
隣の人の時間。
時計をみればどの時間も同じ時を刻んでいる。
同じ3時間。
しかしそれらの「物語時間」はパラレルに進んでいる。
意識というフィルタがかかると時間は別な時を刻む。
文学でも映画でもモヤモヤとした物質と非物質の中間にある感覚を想起させる作品がある。作品を読んだり観たりするときに作品の構成要素としての自分がいる。
自分の中に物語時間ができていく過程とそれがおわるときのモヤモヤした余韻。
あの感覚は何なのだろう。
読み終わり、見終わると懐かしいような切ないようなモヤモヤした時間の輪郭が残される。数十分から数時間の没入の後にその感覚は想起される。
TVの番組では時間感覚の引き込みは起こらない。
モヤモヤ感の想起には没入が必須なのだ。
ハリウッド系の映画でもこの感覚は想起されることがない。
TVやハリウッド系の映画は「プレゼンテーション」に似ている。
意味に幅が少ないので自分からの介入は必要とされない場合が多い。
日本の映画でもハリウッド系の映画でもラストにグっと盛り上がってきた後、必ず主人公の演説が組み込まれる。俳優の口をつうじておこなわれる演説は感情や意味を「説明・解説」するのだがそれがおこなわれることによって表したい感情そのものからは遠ざかっていく。逆説的だがある種の感覚や感情はそれを固定しようとすると本質を失う。
++++++
プレゼンの場合、抽象的な表現が用いられることは少ない。
「わかるように説明してください」
と注文が入る。
ぼやけたままでトーンやモードによって企画としてしまうようなやり方があってもいいのかもしれない。TV番組もプレゼンによって伝えることではなく気配やモヤモヤ感の伝播が主体となった作品があってもいいのかもしれない。
同じように人の関係も。
例えばだけれど好きな人がいたらその人に「好きだ」という気持ちをどのように伝えるだろう。「好き」という言葉は使わないのではないだろうか。では、僕たちは「好き」や「嫌い」をどうやって伝えているのだろう。
キッペイがいうように「気持ち」が基にあってそこから行動や言葉がでてくる。
「好き」という感覚がつくりだす言葉や行動は「好き」とはダイレクトにつながっていない。気持ちというのはそういうやり方では表現できないし伝わらない。
基になる感情があってそこから生まれる行動や言葉がある。
「気持ちのいい人」というのはその人のベースにある「気持ち」があらゆる行動に反映され伝わってくるからさわやかであったり温かであったりするのだろう。
気持ちや心持ちはその人がつくりだすあらゆる音にも反映される。
イラついている人はその人が出す全ての音によってそのイラつきを伝えている。
優しい話し方もあれば怒った口調もある。
声の質や発せられる言葉の意味とは関係がない。
ちがうのはその裏側にある「気持ち」や「感情」だろう。
自分がどういう感情やどういう気持ちでいるときに幸せや充実、悦びを感じるのか。
子供の笑顔が気持ちよいのは笑顔を通じて彼らが「感情」を伝えているからだろう。
気持ちは伝播していくのだ。
投稿者 TKM : 17:09 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月13日
「面白さ」と「美しさ」 ~茂木さんの話をきいて思うこと~

久しぶりに慶應大学@三田。
東館にいったのははじめてである。
素晴らしいセミナールームだったが残念ながらイベントの構成はお世辞にも褒められたものではない。ゲストの先生方の話がかみ合っていないのと時間配分がうまくいっておらずスタッフが機材を使いこなせていない。
いくど試しても投影されないプロジェクターに段々と場が醒めていってしまう。
とはいえそれはイベントの問題点であって議論の問題点ではない。
慶應というか大学全般で「イベント運営」という授業をおこなうべきである。
アカデミックなスキルではないけれどイベントの運営ノウハウはビジネス、アカデミックな場に関わらず様々な場面で役に立つだろう。僕のは自己流だけれどそれだって結構なノウハウが蓄積されている。
++++++
CSLの茂木さんの話は早口でパパパと進んでいく。
だが面白かった。
茂木さんの話は文脈主義への反旗とでもいったらいいだろうか。
美への直感的な反応ではなく説明によって納得することで価値をつくりだそうとするメディアアート、モダンアートのあり方はおかしい。それらが作り出しているものは「美」ではない。
というところで時間。
その後に発表したフランス人のアーティストの作品などはもろに「美」ではない作品となるだろう。そこから議論が進んでいけば面白いのだが茂木さんの言葉を借りるならばイベントが「スカ」なものだから各自が発表してお開きとあいなった。
さて茂木さんの話とアーティストの話をきいていた僕が思ったのは「美」と「面白さ」はことなるのではないかということ。アーティストの二人は「面白いとおもうんです」という言葉を繰り返していた。一方で
「説明されて面白いと感じるものははたして美なのだろうか?」
というのがが茂木さんの問題提起だ。
「コンテクストがない状態で感じる美しさ。それこそが美ではないのか?」
と。そうそう、それなんですよ、それが気になっているんですよと思わずうなずく。が、ちょっと待て。茂木さんがいう「美」これはわかる。そしてメディアアート、藤幡先生がやってるような表現の「面白さ」もわかる。
ところがここからが問題である。
それらは同じく「アート」という言葉でくくられている。
けれどもそこには大きな問題があってもともとそれらは全然別なモノなのではないのだろうか。
両方を「アート」といってしまうから議論がおかしくなっていく。
「アート」であるとかないではなくそれぞれの基本にあるモノのDNA自体が別なものだとしてしまった方が変な対立がなくなっていいんじゃないだろうか。
どっちがアートでどっちがアートでなくても僕はかまわない。美しいものや面白いモノがそこにあるということが一番重要なのだ。茂木さんの指摘するように文脈主義的な作品が台頭してきてしまうと「美」の根元部分やそれを感じる力は弱まっていくのかもしれない。けれどそれは危惧であって必ずしもそうなるとは限らない。(文脈主義について少し補足しておくと作品であれ表現であれ人であれそれを評価、判断するときに「○○の○○」というとらえかたをしてしまうものを文脈的であるモノとしておく。いってしまえばオピニオンや著名人などもメディアという文脈でかたられるからそうやってなりたっているわけだが。まったくとっぱらってしまったら、例えば、アフリカなんかにいって日本で一番有名な誰かをほっぽいだしたら文脈から断絶されるから全く別な価値としてそこに在ることになる)
科学だってもとはといえば軍事目的で殺人の為にこの数十年でどんどん進歩したわけだがその恩恵をうけて僕たちはこうしてキーボードでテキストを書いて、発信したり、ネットでそれをみたりしている。
というのが僕の言いたかったことの一点。
もう一つは「コンテクスト以前の美」と「コンテクスト後の美」について自分の専門のテキストの場から感じたことがもうひとつ。
「ダヴィンチ・コード」という小説がある。随分売れたので多くの人が知っていると思うし、僕も読んだ。文句なしに面白かった。実に面白い小説だと思った。けれど
「綺麗だった?美しいの?」
ときかれたら「違う」と答える。「ダヴィンチ・コード」は面白い小説、物語ではあるがそれが表しているものはコンテクスト以前の「美」とは異なる。
一方、数日前に読んだ「日はまた昇る」は
「面白い?」
ときかれたら
「うーん…面白いというか。ちょっと違うな。いいんだけれどそれは面白いっていうのかな違う感覚だと思うなあ」
と答える。「日はまた昇る」や「海辺のカフカ」の読後感は「コンテクスト以前の生々しい感じ」といったらいいだろうか。夕日とか空とか海をみているような自分の身体のスケールとは違うところで流れている時間がふいにたちあらわれる、そんな感じなのである。
両者は同じ小説なのだけれど面白さの質が根本的に異なる。
だからそれを同じ枠組みで論じても駄目なのだろう。
そのやり方では議論は深まらない。
どちらが良くてどちらが悪いという二項対立的な判断や基準をつくろうとしてしまいがちだが違うんじゃないだろうか。別モノだという前提にたってコンテンツとして、アートや美といった観点から一度解放して考えないと美とか表現とかコンテンツというものは何もわかってこないように思う。
「何が人に感動を与えるのか」
「人は何故感動するのか」
という問題について考えることが本当に少なくなってきている。
それにしても認知を研究している先生方の研究発表が僕の心に迫ってこないのは何故なのだ?
それを解決するための認知科学でなくてなんの為にあるのだろう。
そんなことを考えながらノートを片づけていたら。
坂根先生が降りてきて「いやー、茂木さんの話は面白かったな!私?私は年金暮らしの老人ですよー。ハハハー」と場を盛り上げていた。今朝方の疲れがどっとでたのか先生にもご挨拶する元気がなく、茂木さんに質問するパワーもなく、ぐったりとしてしまった。
そこでやはり確信したが人は体調や身体の調子が悪いと思考もそれにひきづられがちである。健全な身体でなければならない、とは思わない。けれど力はなくても気力のある身体でいなければ駄目なのだと実感した。
にしても素晴らしいセミナールームだった。
ああした施設をオーナーとして持ちたい。
そしたら毎週、毎日、知の好奇心を刺激するセミナーをバンバン開きたい。
冗談ではなく、清田氏の話などアーティストやサイエンティストとのコラボレーションをおこなったら相当に刺激的だと思う。観念的なものごとや思考を現実世界の出来事や体験で説明されるとそこからの類似や相似がボロボロとこぼれてきて脳内で思考がパパパパパーとつながっていくようなそうした知の連鎖みたいなものが起こる。
これは種類は異なるけれど第一級のエンターテイメントだと僕は思うのだ。
※そうそう写真を見て思い出したのだが先生方は全員例外なくラップトップPCを持参していた。おどろいたことにMac率が50%くらいだった。会場のあちこちにもMacが確認できた。会場にあったPCのメーカーは驚くほど少ない。Apple、デル、IBM、パナソニックであった。壇上の先生方全員がラップトップを開いて座っている姿はかなりウィアードであった。
最近、みたプレゼンで「おお上手だな」と思ったのは八谷さんが手書きのノートをプロジェクターで映してホワイトボードのようにリアルタイムで書き込んでいたケースだ。あれなどしんのすけがタブレットPCでやろうとしていることに近いように思う。
直感的な部分で感じている非可逆さが「面白さ」の本質とどこかでかぶっている。
音楽や文学にもそれはあって、「今」を機転に前後が消えていく。
でも残ってるものがある。それは何なのだろう。
かなり直感的なものでそれを言葉であらわそうとしたらそれについて書かないことでしかあらわせないという逆説的なアプローチをとる必要がある。
反言語的な用法によってしか言語の本質はあらわせないだろう。
茂木さんがある水墨画をみて感動して2時間ほどみつめていたといっていた。それをきいてハっとした。
CGを二時間はみつめない。何故か?
その何の理由とテキストの向こうにうかびあがる場、もうひとつのテキスト空間は同質のものであると直感した。そこにある共通性は「臨界点」あるいは「相転移」な状態、秩序とそれ以前の「ゆらぎ」なのではないだろうか。
投稿者 TKM : 03:01 | コメント (5) | トラックバック
2004年10月12日
金沢の雪
金沢でCMの撮影をする夢をみた。
玄関先におかれた花をいける竹でできた容器を修理していると声がかかった。
外をみると雪が舞っている。
「雪だ」
俳優とスタッフに声をかける。彼らも外にめをやる。
雪が舞っている。
本降りの雪ではない。
春先の雪である。
畳敷きの部屋には火鉢がおかれている。
10人くらいの男女が仕事を続ける。
温かい雪国の仕事場である。
「本番では玄関先で水を絞ろうか」
と提案する。やってみると仕掛けがよくできていて予想よりも水量が多く、華が咲くかのようだ。テキストを読み返して、主役の3人と打ち合わせる。こういう仕事は気持ちがよい。緊張感がただよいながら笑顔が絶えない。
投稿者 TKM : 14:33 | コメント (0) | トラックバック
メディアから消えていった人々 ~つらつらと思うこと~
昨夜、やましん&タドと話しをしているとメディアでワーっと取り上げられる人ってネットの前と後で随分かわったよな、という話になった。
僕やタドはいわゆるデジタル系の仕事とされる仕事に従事してきたのだが大学を卒業したころは丁度ネットが段々と認知されはじめた頃でメディアに露出していたのは高城剛とか飯野賢治あたりだったと思う。そのちょっと前だとCD-ROMのタイトルで「ガジェット」(庄野晴彦)なんかだろうか。
それがヤフーやアマゾンが日本でも話題になりはじめ、トクトクとかまぐまぐとかそれまでなかった新しいサービスがはじまったころから、メディアで「デジタル」を語っていた人々が画面や紙面から消えていったように思う。パッケージ系の人々の終焉である。
この変化は構造の変化を反映していたのだろう。
その頃からゲーム産業も下降線をたどりはじめた。
僕自身、ゲームをやらなくなった。
それにあわせて常時接続環境が一般化し、その1~2年後にはブロードバンドが日常化した。この変化スピードは凄まじかった。使っているぶんには気づかないのだけれど浸透の仕方があまりにもスムーズだった。これほど違和感なく常時接続+ブロードバンドが一般化するとは思ってもいなかった。
その頃はブロードバンドになるとコンテンツのほとんどが「動画」に切り替わると思われていた。ところが予想に反して台頭してきたのはブログに代表されるようなテキストコンテンツであった。これについては日米で見識の違いがあり、結果は米国の識者が述べていた通りになったわけだ。
動画がキラーコンテンツとして機能しないのは映像をパッケージで捉えることしかできないからで既存の映像製作の考え方がパッケージの概念から抜けきっていないからである。(何故アダルトコンテンツは動画コンテンツとして機能しているのか。コンテンツを考える上でこれは考察すべき問題であろう。)
2年前まではずっと自前のフォームプログラムをつかって毎日テキストを書いては発信していた。
日記とはよばず「ジャーナル」といっていた。自分がやりたかったのは考察であって日々の記録ではなかった。出来事に対して何を感じたか何を考えたかを記録するというやり方ではなく、その場をつかって思考するというのが自分の方法だった。
時には愚痴じゃあないけれど批判めいたことを書いたり、バカヤロウと怒鳴ったりもした。それは決して褒められたものではない。当時はそうした思考や想いをテキストにして発信することが面白かった。
気持ちとしては個人で朝日コムのようなフォーマットのサイトを運営できたらいいのにと思っていた。けれど独力ではなかなか難しい。プログラムをつくるという考えもあったがそこまでプログラムに習熟していなかった。また仕事も多彩で多忙であった。
海の向こうでブログが誕生したのはそのころだったと思う。日本でもいくつかの似たようなプログラムはあったけれどあそこまで洗練されたものはなかった。正直、はじめてMovableTypeを使った時はこれほどのソフトが無償で提供されていることに驚愕した。日本でもCMSが導入され始めていたが驚くほど高額だったし導入のためのハードルも高かった。
サイボウズなんかがいろいろイントラネット用のソフトを開発していたがオープンじゃなかったし、ブログとは思想が全く違うものだった。ファイルメーカーもウェブ対応になって個人でもCMS的にウェブサイトを運営できかもしれないなと思ったがそれでももともとが企業向けの利用を前提としていたのでMT等とは全くことなる使用感であった。ようはコンテンツ指向ではなかったのだ。
ここ1年のブログの盛り上がりの波を初期から体感しているわけだけれどはじめてMTをサーバにインストールして使ったときのインパクトを超えるものはない。MTは自動日記フォーム作成プログラムみたいなものなんだけれど印象は全然違った。おそらく構造の差異に対する感覚が違ったのであろう。
当初はトラックバックという仕組みは思想的にとても面白いように思えてあうひとあうひと説明してまわった。(トラックバックは当初思ったほどに機能していないけれど)
いまのブログ業界の隆盛を考えると石井先生に頼まれて東京海上の研究所にやまけんと二人で出向いたのがわずか1年前とは驚きだ。あの時にはまさかこうなるとは思っていなかった。
そのやまけんのブログもいつのまにか有力コンテンツのひとつとしてポジションを築きあげつつある。あと1年もすれば料理番組や雑誌よりも浸透力・説得力のある媒体としてメディアパワーを発揮するであろう。僕が企業のオーナーだったらいまのうちにやまけんサイトをスポンサードするだろう。媒体価値の上昇はやまけんが健在である限り続くだろうから。
1年前に僕、やまけん、しんのすけの3人がMTをインストールしてサイトをブログ化した。そこでまず3人がつながった。ほどなくはじまったフリーのブログサービスを利用して友人達もブログサービスを利用した日記をつけはじめた。たったこれだけの共通項なのだけれど現実世界でもこの仲間のつき合いが密接になっていった。この関係性のできかたはこれまでの日記サービスとブログサービスの大きな違いである。
ブログの持つフォーマットとアーカイブ力。
それらの相乗効果によって作り出される関係性。
それがブログをブレイクさせた要因だと僕はみている。
メディアに露出する人の変移についてメモしようとしたら、ブログの話になってしまった。
いまデジタル業界でメディアに最も露出しているのはライブドアの堀江社長だろう。その堀江社長もやまけんとブログを介してつながっており、二人は友人でもある。こうした関係の広がりは不思議だ。
やまけんに誘われて藤幡先生の個展にいったときに先生と話していたらあちこちに共通の知り合いがいてなんなんだろなという話なった。先生いわく「先端にいくと狭いんだよ」ということだが。それもおかしな話だなと思った。
そういうのを取り上げてメディアは「二極化」と単純化し感情にうったえようとする。
確かに「業界」で動き始めるとみんなどこかでつながっていたりして「狭い世界だな」と思うときもある。この場合の業界というのはTVやメディアということではなくいろいろな業界のことでどの業界であっても奥へ奥へと踏み込んでいくと2~3人を介したあたりでいきなりメディアで見知った人と関係してくる。
なんでなんだろうと考えるのだが答えはない。
やまけんの言葉をかりれば「面白いことをやっていると段々とつながっていくんだ」ということになるのだろう。まあそれもある、とも思う。この10年でほんとにいろんな人と交友した。よくTVでみかける人もいたし、途方もない大金持ちの人もいた。死んでしまった人もいるし、どこでなにをやっているのかもう知らない人もいる。
いまメディアにガンガンにでまくっている人々も数年後には別な人におきかわってしまうのだろう。ハリー・ポッターは1000万部以上売れたけれど3年後に「賢者の石」(第一巻)を読む人はどれくらいいるのだろう。あれもガーっと売れたけれどあとは何も残っていない。
最近、文学作品をいくつか読んだ。最も印象的だったのは「海辺のカフカ」。評論家は描写がどうのこうのとか構造がどうこうとかもっともらしいことをいう。僕はそんなものはクソくらえだと思ってきたし、いまもそう思っている。
あの小説の本質は「情報感覚」と「気配」だ。(僕にとっては)
時代がどうこうとか暗喩がどうこうというのはどうでもいいことでその奥を感じることが重要だろうと僕は思う。言葉が指し示す内容、あるいは物語性を論じても本質にはたどりつけない。これは脳細胞のつながりをどこまで綿密に調べていったところで意識へはたどりつけないのと似ている。
評論家という人種は自分もふくめてそうなのだけれどようは他者の作品をつかって自己表現をしたいだけなのである。ある作家が何かを書いた。そこで自分はこう感じた、その感じた何かが自分なのだ。
と言ってしまえばいいのだけれどあまりそうは言いたがらない。
つらつらと書いてるがこういうことならばいくらでも書けそうだ。
ネットやデジタル、コンテンツと人と社会とか経済とかそういうものについては自分が当事者なので書いていても面白い。
というわけだから僕のは「AはBなのだ」と論じるというやり方ではない。
ほとんどは感想みたいなものだ。
けれどコンテンツとしては感想の方が面白いことが多い。
評論家の文章は説明的で疲れる。ところが作家が別な作家について書く文章や言葉というものはきわめてユニークで面白い。論じるというよりも好き嫌いを好き勝手にいってるだけ、感想をいってるだけなのだけれど論じられたモノよりずっとわかりやすい。きっと本質とはいろんな意味でシンプルなのだろう。
++++++
人と人が知り合い関係性ができていく。
この関係性の後ろには「先端」とか「面白い」とは異なる何かがある。
それは「気配」ではあるけれど「これ」といった形ではない。
メディアに出る人がうつりかわっていくのと流れていくものものや僕たちの思考。
でも、それらに注目しても形はみえてこない。
言葉と意味の関係。
脳組織と意識の関係。
場所と存在、時間と場所。
僕はただ知りたいと思うだけでそれが何を意味するのかは考えない。
「知りたいと思う」それだけだ。
高橋克彦じゃないけれど「薬を一粒のんだら一年間は食べなくてよい」という薬があったらそれでもいいとも思う。たとえばの話だけれど死んでしまった人にはあえないが(イタコは別かもしれないが)、この時代に生きてる人だったら話そうと決めて会おうと思ったら会うことはできるはずだ。
世界をぐるっとまわる鉄道なり道路もつくることはできるはずだ。
世界をぐるりと東西と南北にめぐるリニアモーターシステムだって不可能ではないだろう。
それができないのは人の世界のシステムに理由がある。
昔から思うのだが何故それができないのか。
機械がないころでも万里の長城やピラミッドをつくる根気はあったのだからできないことはないと思うのだ。そのあたりが不思議なのだ。こうしたらいいだろうなということがあって、いや、たぶんある。
世界の人々に共通した基本やベースのようなものはあると思うのだ。
食べるとか眠るとか身体とか。
なんでそっちに向かわないのだろうかと不思議に思う。
「幼年期の終わり」のようになってしまうけれど構造的な何かなのだろうか。
どこに向かってるのか、あるいは向かうのか。
政治を治す。
経済を治す。
国を治す。
人を治す。
社会を治す。
それはいい。
けれどその先はどこにいくのだろう。
拡張拡張拡張というSFな世界観もある。
それにしたってどこかには向かってるのだろうし。
かといって内側に開いているという宇宙論を論じられてもエッシャーのだまし絵やメビウスの輪というオチはいただけない。
裕福になって、食べ物の心配がなくて、「買う」に関しては全部OKだとして、それで夕日をみて星をみて地表をみて、人と会って、それで死んでいく、みたいなイメージには「夢がない」と思うのだ。そんなのが人の世界の最後だったらなんてつまらない世界であろうか。
気になるのだ。
何かが抜けてるような気がしてならない。
構造から「時間」がぬけている。
時間の正体ってわかってるのだろうか。
「いま」っていったいいつなのだろう。
いろんな人が説明はしてくれるだろう。
わかりやすいのもそうでないのもある。
でも言葉からではなく感覚的にこれをわからないといけないはずだ。
この世界の根本部分には「時間」が関わっている。
けれどこれがすっぽりと抜けおちている。
あるいは「時間」を勘違いしている。
とらえかたそのものに何かが抜けている気がしてならない。
それが構造全体へも影響していて、言葉やいろいろなもののありかたが「→」な概念によって成立しているのだけれどここに疑問を感じるのだ。
たとえば音楽はどこを聴いてるのだろう?
ココからココ?
それは音の断続だけれどなぜ「→」な構造になっているのだろう。
音楽と音の違いはそれほど大きくない。
これとテキストの後ろにうかびあがるテキストのイメージは似ていて。
それ自体ではないものによってそれを表すという、点と線が同時に存在している状態。
が、それが何なのかはわからない。
ただ、そういうものが「気配」として感じられる。
これが世界とか国とか社会とか関係性とかの背景にある気がするのだ。
ある小説が面白いとする。
文学ということではなく小説として面白い、エンターテイメントとして面白いといったときその面白さの本質とはなんなのだろう。
物語性?
では物語性とは何か。Aがこうなってこうなった。それが出来事、意味だとして、それが面白いのは何故か。面白さの核、本質はそこに書いている何かではなく、その後にある形にあらざる形、感覚や気配ではないのか。物語は出来事を「→」に固定する。それが面白いのは、点ではなく線あるいは「→」ではなく、固定できない別なもの。
人は音楽と音を聞き分ける。しかし音楽と音はどこが違うのだろう。
人を場所や経済や衣食住からときはなたっていったら人は何をするのだろう。
いわれるように無気力に向かい文明は消えるだろうか?
音楽のない世界より音楽のある世界がいいな、と思う。
しかし、音楽しかない世界も疲れる。
自在に暮らしていた人々がいたけれどそれが消えたのだとしたらそこには理由がある。
打ち込みの音と演奏の音は似ているが異なる。
時間も一定では進まず、変則的で遍在している、ようにも思う。
物語の後ろの気配や音楽と音の違い、「ゆれ」のようなもの。
それが形をつくるのではないのか。
(休憩・つづく)
投稿者 TKM : 06:02 | コメント (1) | トラックバック
2004年10月09日
メールを書いてて思うこと
ここ半年のことなのだけれどメールに返信するのが負担になってきているなと感じることがある。以前は来たメール来たメール全部に速攻で返事を書いていたのだけれどここ最近は顕著にそれができなくなってきている。なんかいつかデジャブでみたな。
メールの数が増えたせいでもない。
問いがないメールが多いというわけでもない。
友人へのメールは返すわけだし、自分の怠慢が原因でもないのだろう。
一番の理由は逆説的だけれど常時接続と全てが自由な仕事の形態にある。
ほとんど拘束がなく、自由自在なネット接続環境。
いつでもできるものだからありがたみがなくなって逆にやらなくなってしまう。
あとはノートではなくデスクトップがメインマシンという環境だろうか。
これはいまになってわかることだけれど僕のような職業の人間にとってデスクトップマシンがメインの環境というのはネガティブな要素だ。家にいる時間がながければながいほど力を使わない方向にいってしまう。わかってはいてもこれを自力で律するのは大変だ。が、大変なだけに面白いともいえる。いずれは人々がこうした形態へと向かっていく。ちょっと先を体験しているわけだ。また、そこで何が必要となり何が価値を持つのか、がわかった。
先のエントリーで「日はまた昇る」が示す男女の関係について触れた。同じことは男女に限らず人対人の関係にもあてはまる。
あれがこうだったからこの人とはこう、とかそういう関係性のつくりかたはどこか違う。損をとることができる重要性というか、それもこれもあり、というか。音楽的あるいは「俄的jなあり方もOK」が基本なのだと思う。人間なんて酔っているときと酔っていないときで随分ひとが変わる。けれど人はそういうものだとも思う。その時点でのその人でいいと僕は思う。ガーっと思考や考えを自由にほどいていって拘束を前提としない人と人のありかたみたいなものをつくっていったらいい。
時間の意味はそういうところにあるのだと思う。
投稿者 TKM : 07:24 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月07日
「岡村靖幸・Me-imi」 ~岡村靖幸を聴いていたら思い出したこと~
岡村靖幸の「モン・シロ」の終わり近くに流れるギターの音が好きだ。
おかしなものでどうでもいいようなちょっとしたところが気に入ってしまう。
高校生の頃、友人のヨシミツが岡村のテープを貸してくれた。なんでも夜にビデオクリップをみたらやたら変なのでとにかく聴いてみろ、とのことだった。聴いてみたらなるほどはやっていた曲とは全く違う独特の世界観が押し寄せてきた。
大学時代の友人のひとりはおしつけがましくてあつ苦しくて嫌いだといっていた。
僕は違う印象をうけた。
「モテない男の音楽」とは本人の弁だがわかる気がする。
行き帰りの電車でCDをきいていたら歌詞の意味が少しづつわかった。
受験生の頃、学校をさぼって勉強していた。
「Out of Blue」という曲をよく聴いていた。
よほどの進学校でない限り地方の公立高校での勉強では受験にとって不利だ。
馬鹿げた話だけれどそれが現実だ。その頃からだろうものをみる視点が少しづつできてきたように思う。
当時とんねるずの番組がはやっていた。
「仮面ノリダー」というコーナーが人気だった。
ヒーロー物の番組や刑事物のドラマなどをみていると考えることがあった。
ショッカーの適役の端役の人々は何者か知らないけれどこの人たちも生きていて家にかえったりするのだろう。だとしたらここで死んでいくこの人たちのお葬式もあるわけでドラマのつくる世界観に違和感を感じていた。
刑事物のドラマもそうだ。かならずキーになる人物なり情報なりがあって、全然どうでもいいくらい重要でない人も同じ情報を握っていたりする。これがここで伝われば全て解決なのにそれがなかなか伝わらないのは何故なのだろう。すれ違いが反復増幅されつくりだされる物語ってなんなのだろう、といつも考えていた。
以前、読売ランドの仕事で岡村靖幸を使うという話があった。
僕はいかなかったが友人のスタッフがいったらえらく巨漢になっていて別人だったと嘆いていた。
その彼もいまは復活している。
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投稿者 TKM : 17:08 | コメント (0) | トラックバック
「東京アンダーワールド」ロバート・ホワイティング ~朝のマーチとお堀端の売春街が奏でるダイナミズムの本性~
マーチのリズムで目覚める。
日曜に予定されていた運動会が雨のため延期になっていた。
子供達が校庭を駆け回るのが聞こえる。
戦後、占領下の日本の様子を克明に描いた「東京アンダーワールド」を少しだけ読んだ。僕には想像すらできないが東京がワンダーランドだった一時期が存在したことを知った。以前、宮島さんがヤミ市の活気について嬉しそうに話してくれたことがあった。なるほどヤミ市とはこのようなものであったのか。そこでは日本のカースト性がフラット化していたそうだ。
危険だっただろうし、良くないこともたくさんあっただろう。ただ、と僕は考える。文字の向こうに浮かび上がってくる自由の気配はなんなのだろう。混沌とした占領下の東京にはイノベーションを引き起こすダイナミズムを感じてしまう。いや勘違いして欲しくないのはいまの東京にダイナミズムがないわけではなく本質的な質が異なるということなのだ。この質の変移を見誤るからズレたドライブがかかってしまうケースが少なくない。安易に過去を美化しても何も生まれない。
同じ経済系犯罪ではあるけれど現在の「オレオレ詐欺」と当時の犯罪は異なり痛快さを感じさせる逸話が多い。基本的に米軍が管理する物資を販売することで利益を得るというのが当時の犯罪の構図であった。それが「無法」あるいは「いってこい」という感じでとんでもないスピードと発展性で事態が展開していく。経済規模にしてみればオレオレ詐欺の方が巨大なのだろうけれどダイナミズムの質が異なる。オレオレ詐欺はまったく痛快じゃないのだ。そこには「まいりました」という感慨はない。単なるセコさである。指向がイノベーティブではない。時代を反映しているといってしまえばそれまでだがダイナミズムの方向が逆向きのスパイラルで縮小へと向かってしまっている。
いまとなっては信じられないが。
皇居周辺が売春街だったとは。
使用済みコンドームの山が散乱し週に一度は網スコップでお堀端の掃除がおこなわれていたそうだ。
また1000人近いホステスとラスヴェガスなみのステージショーが行われていたスーパーキャバレー「ミカド」。そんなものがこの日本に存在していたのか。当時の写真をみたが圧倒された。仮に、の話だがこのダイナミズムを有した都市がこの時代にこの国に存在していたなら、と考えると戦慄を覚える。そんなのがあったらキャバクラなんて誰もいかないだろうな。
ブログだとかネットだとかテクノレバレッジな成功事例や小売り、美容などのちょっとした産業。そういったものなど一息で吹き飛んでしまうダイナミズムがこの社会の根底には存在する。巧妙に隠蔽され、ひた隠しにされているけれど混沌の持つ狂気やダイナミズムもまた人の本性である。
エネルギーである以上エネルギーの法則にしたがいどこかに向かうはずだ。見える形ではないだろうし時間のスケールが我々の認知を超えているかもしれないが本質的な部分が表にでてきていないだけでそには何かがある。
情報的といったらいいだろうか。
説明できないが「生々しさ」や「うねり」を感じるのだ。
ルールや関係性の糸がもつれている場所がある。
注目したいのはそこだ。
++++++
ものすごい歓声がきこえた。
廊下からは小学校の校庭がみえる。
紅組、白組にわかれての騎馬戦であった。
10対10で二ラウンド。
子供達の声が反響してそこいらのコンサート会場の何倍もの熱気である。
競技への本能的な反応は人の本性である。
この熱気こそダイナミズムの本質であろう。
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投稿者 TKM : 14:11 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月01日
ダライ・ラマと縁について考える~相磯先生の別荘へ~
週末、相磯先生の別荘にいくことになった。
久しぶりに友人達と一緒である。
相磯先生は環境情報学部の初代学部長で加藤寛先生とともにSFC(湘南藤沢キャンパス)を立ち上げた。学生時代はほとんど接点がない。先生自身、環境情報学以外の授業はやっていなかったということもあるが。
縁とは不思議なものである。
なんとはなしに昨年のホームカミングデイで幹事をひきうけた。
その席でやまけんと出会い、意気投合し翌週、K-1 World Maxを我が家で観戦した。そのやまけんの紹介で石井威望先生を紹介していただき、大いにインスパイヤされた。
幹事仲間のシンノスケ、タケ、志乃ちゃんらとは以後、月に一度は顔を合わせバカ話にはなをさかせる。HCDで再会した金子とはその後のインタビューを通じて親交を深め、いまは一緒にプロジェクトを進めている。
その金子の縁でこの週末は相磯先生のところに遊びにいく。
そもそもいま月島にいるのだって特別な理由があったわけではない。友人のタドコロにつれられてなんとはなしにバイトの話を聞きにきたらいついてしまった。
ビジネスのポジションで強烈に縁を築きあげていくという人もいるだろうし、自分のようになんだか知らないうちに段々と人の縁ができていくというパターンもある。まだはっきりとはしないのだけれどこの「縁」というものには何かしらパターン、形があるのではないかと思う。
いや、直感なのだがおそらく形があるのだ。自分たちがイメージするのとは違った意味での形になるだろうけれど。例えば時間の過ぎ方や流れのような不定形なのだがそこに存在するという意味での形。
先日の沖縄での人の縁や出会いもそうだと思う。彼らと何故知り合い、何故語りあったのか。彼らと僕たちが過ごした時間は確かにそこにあってさわったりもってきたりすることはできないのだけれどそれは確かにあった。
++++++
自転車の後輪のギア部が壊れたようなので修理に出してきた。
有楽町から歩いて帰ってくる途中、かちどき橋をわたっていたらダライ・ラマのナイススマイリングフェイスが浮かんだ。
人の特性、社会的な背景、財力、体力、身体、知力、そういうものがたくさんあってそれらの中で何でも好きなものをあげるよと言われたら何が欲しいだろう。
パッと思いついたのがダライ・ラマのスマイリング能力であった。
今夜も徹夜になりそうだが。
旅の前の日はなぜかいつもそうなるのが不思議だ。
投稿者 TKM : 23:31 | コメント (2) | トラックバック
2004年09月29日
問題は常に関連し続ける

仕事をしているとやまけんから電話があった。
昼にメールのやりとりをして、もし僕が夜、家にいるようならばジーマミー豆腐を渡す約束になっていた。さてどうデザインしようかと思案していると電話がなった。
「いまかちどき橋をわたっているところ」
しばらくしてベルが鳴った。
ドアをあけると驚くことに「さわやかバージョンのやまけん」がそこにいた。いつもは黒かネイビーのTシャツなのだが今日は紺地にボーダーの入ったポロシャツであった。やけに爽やかである。パっとみたかんじ3~5歳くらい若返った感じだ。
忘れるといけないのでまず桂家から預かってきたジーマミー豆腐をやまけんにわたす。(まちがえて預かってきたやまけんをジーマミー豆腐に渡すと書いてしまって読み返して笑ってしまった)
結構な量である。ついでにうちに忘れていったお茶の筒をわたす。中には高級なお茶の葉が入っているのだが僕はお茶を入れないのでそのまま残っている。
ライブドア社長日記にやまけんのページが紹介されていたのでアクセスはどのくらいふえただろうね、と話していたらじゃあみてみようかという話になり、やまけん愛用のThinkPadにイーサケーブルをつないでチェックしてみると5000アクセス強。いつもよりグッと増えている。
この調子で党員も増えてくれれば更に食い倒れ情報が集まりやすくなる。しばらくして、「かぼすを貰う約束になっているので魚仁で待ち合わせよう」という話になり、議員秘書をされているモロイさんを紹介される。
「モロイさんはプロサッカー選手を目指してブラジルにわたり活躍していたんだよ。背が高くて190cmくらいあるんだぞ」
と話をしつつ待っているとモロイさんが到着された。確かに長身である。きけば192cmとのことで思わず「猪木と一緒だ!」とわけのわからないところで感心していた。
その後、三人で政治について語り合う。
モロイさんはさすがに現場の方だけあって話のひとつひとつに「リアル」がある。僕が政治について話すことは自分の視点での議論であって現場がどうなっているかはまったくわかっていないのだと思った。
やまけんは農業について、モロイさんは現在の政党政治と今後の動向や問題点などについて話してくれた。きいていると様々な分野、部分で政治に関わる問題には共通項があるのだ思った。
既得権益層が老害化していること。メディアの問題。法の問題。視野の問題。活気の問題。様々な問題が浮かび上がる。政治システムが現実に対応できていないことも原因のひとつだし、様々な要因が関連しあって問題が問題化している。これらを何か一つの解法で解決することは難しいだろう。
別な位相で問題を捉え治す必要があるのだろう。
問題意識の欠損という問題もある。かといって教育だけですべてが解決するのかといったらそうではあるまい。
重要なのは問題が単独で存在しているのではなく、それらは構造的・関連的に問題同士が連鎖し、そして相互依存の過程と結果としてそこにあるということだ。逆にいえば一点をとらえ解決することができればそれは全体にも伝播していく、ということであるのかもしれないが。
僕自身、日々感じているのは緊張感の欠損である。しかしそれを悪しとするのもどうかと思う。それが憂鬱の先端であるのだとしても、常に成長していなければならないような国のあり方というものには疑問を感じる。かといって停滞が奨励されるわけでもない。ようはバランスなのだろう。バランスが崩れたから反発してこの何十年かがあって、だとしたらまたバランスが傾きかけているならそこから揺り戻す逆の力も生じるのではないだろうか。
これは私見だが。
国益みたいな考え方が現実から離れてしまっているように思う。
世界中に国は分散して存在しているけれど全体では個というか群に向かってるように思う。
それは大きな流れだ。
どこを押すとどういう作用があるのかを予測することは難しい。
いきなり石油がいらなくなったらアラブ諸国の王様達の生活は変わるのだろうか。
急には変わらないのかもしれないし、全然かわらないのかもしれない。
なんといったらいいのかな。
物事は単独では存在しておらず、必ず何かしら関連してるのだ。
僕が思うのはこの考えを大前提にした政治の考え方である。
政治に勝ち負けなどあるのだろうか。
誰か、あるいはどこかの国や地域が負ける(負けるといのは勝負にという意味ではなく何らかの失敗をする、そして被害を被る)ならそれは人類全体にとってマイナスだと思う。勝った、負けたと一喜一憂するがそこに勝ち負けが成立するならその時点ですでに僕たちはシステム的に負けを宿命づけられていることになる。
野球の問題もどこかしら相似していて、どの人や団体がどう勝とうが負けようがその構造が成立してしまっている時点でマイナスが発生している。これは視点の問題だ。うまくいってるようにみえることや正しいと思うこと。そういうのが危ないのだ。
時間の要素が入り込むと意味はぐるぐる回転してしまう。
ある一点で世界が停止するならそんなことはないけれど残念ながら世界は回転している。時間も止まらない。
政治にかぎったことではないがベストの人がベストの方法で選出されベストの働きをすることがベストの政治だと思う。けれどそのベストはどの時点でのベストなのか。どの視点でのベストなのか。それを考えはじめると「人は何のためにこの世界にあるのか」という哲学的な問題にかえってくる。
答えは一定ではなくつねに揺らいでいる。
それをみていると「コレ」とか「ソレ」といったものではなく幅のある確率のようなもの。パターンのような、そういうイメージなのかもなとも思う。
この分野、政治という分野もかわっていくのだろう。
形はよそくできないが視点のドライブが生じることを僕は願う。
++++++
明日は人として尊敬するバシ師匠と前田さんにお会いする。
楽しみだ。
投稿者 TKM : 04:13 | コメント (2) | トラックバック
2004年09月27日
雨の日はザギンでグーフー
カーテンをあけると外は雨である。
パラパラという梅雨時の雨ではなく。
本ぶりの雨である。
友人のやまけんはデートにいって雨に降られたことがないと豪語する究極の晴れ男である。確かに一緒にいるとあたりが雨でも間一髪で雨を逃れるということが多い。
そういうこともあるのかもしれないなと思いつつ今朝の雨を眺めた。
僕は雨の日が嫌いではない。
静かに部屋で仕事をすることができる。
本に集中することができる。
気持ちが落ち着く。
など案外たのしいことも多い。
キャンプやバーベキューのような屋外イベントには向かないが一人で、あるいは誰かと過ごす雨の日は悪いものではない。
雨の日と晴れの日をうまく楽しむことで気持ちに余裕ができ、遊び心がドライブしはじめる。どちらか一方に偏れば偏屈になっていく。
どんなにうまい寿司でも毎日食べていたら嫌になる。
「バランス」とはうまい言葉をつくったものだ。
陰陽の図、太極を示す図がある。
リアルタイムで自分の太極のバランスがどうなっているのかを教えてくれるサービスがあれば人はもう少し賢くなれるのだろうか。
夕方は銀座で打ち合わせである。
昔、編集王というマンガがあって第一巻かな、漫画雑誌の編集者が「ザギンでグーフー?あるいはヤーキニークでもいいぞ」というセリフがある。あんまり型どおりの「さかさ言葉」だったのでおもしろがって使っていたら仲間内で定着してしまった。
まだ20代前半。
僕は湘南から月島に引っ越してきたばかりの頃だ。
越してきた次の日に散歩にいったら歩いて銀座にいけることにびっくりした。
湘南から出ることが少なかったのが夜は銀座につれていってもらうことが増えた。
とはいえつれていってもらうだけで店なんかほとんどしらない。
そのころのタドの日記のタイトルに「ザギンでグーフー」という回があって、その言葉だけやけに明瞭に記憶している。
メールに返事を書こうとしたらふと思い出した。
投稿者 TKM : 13:10 | コメント (1) | トラックバック
2004年09月25日
老害は信号機か?
この間、道を歩いていてふとおもったこと。
「年配の人を敬いなさい」「目上の人を敬いなさい」といわれる。
なるほどそうだよなと思うのだがちょっとまって欲しい。
その前に大前提として彼らは「敬われるにあたいする目上の人、年配の人」である必要があるはずだ。
はたしてどれだけの人が敬われるにあたいする大人あるいは年配、年上の人であると言えるであろうか。
さらにもうひとつメモ。
「日本停滞の一因は老害によって引き起こされている」とする議論。
これも至極イメージしやすい問題提起である。
適切な意思決定ができない老人が組織の上の方にいつまでもいることが組織にマイナスとなり、それが日本のいたるところで「信号」として機能してしまっている、という見方はたしかに説得力がある。
組織とか日本という場の停滞とか構造問題というのはまあわかりやすい理由ではある。
けれどそれらは些細な問題でヤバイのはありきたりすぎて僕らが気づかないところにある危機だ。
現在、人が活動できるステージは世界に広がっている。
日本だとか中国だとかアメリカ、ヨーロッパ、アジアという枠でとらえるから堅苦しくセコくなり思考が縮小してしまう。けれど実際には笑ってしまうくらいにエキサイティングな状況にあるんじゃないだろうか。
にもかかわらず問題をローカルに還元して考えようとしてしまうからおかしくなり、その姿勢がセコい考えを導いてしまう。
この際、誰が悪くてもそんなことはかまいやしない。
気にくわなければ何もウジウジと地元の悪口やグチなどいっておらず、新しいグローバル文化をつくっていったらいい。(おっさん二人が月島西仲商店街の主らしくイベントのグチを延々と話しているのをきいていたらそう思った。よく思うのだが話し合いというのは無駄話であることが9割ではないだろうか)
なんなら国をつくってもいい。
とさえ思う。
野球の問題にしても何にしても視点が狭すぎる。
いつまでも国家がいまの形であるという前提はグラングランに揺れている。
地球儀にひかれた線に人はこだわるけれどそれもここ数百年の出来事でしかない。
星にいけるようなったら線の価値はだいぶかわるはずだ。
触れることのできる範囲でいいから現実を見る。
メディアは基本的にきらびやかなネオンのようなもの。
あれも一つの「信号」である。
※ここで僕が使っている「信号」はシグナルという意味での信号ではない。昼間の都市部を自転車で歩くときに体験する不必要に多い信号機とブレーキ頻度という意味での信号である。
投稿者 TKM : 23:37 | コメント (6) | トラックバック
2004年09月24日
タイトロープと間合いの取り方
目覚めると午前11時であった。
2時間半くらい眠ったのか。
あまり眠った気がしないが頭は起動しているようだ。
何かに集中したあとは眠りが浅くなる。
夢の中でも思考が継続しているのだろう。
中高生の頃に上級生から呼びだされることが幾度もあった。
対決に向かう放課後までの時間は今日はどうなるだろうかとずっと考えていて気もそぞろであった。ああいうとき人の意識の重みは変化し身体に影響を与える。内蔵が重くなるような感覚があってあればかりは対立の前後にかならず直面しなければならない痛みだ。
バトル・喧嘩自体は大したことはないのだがその手前の重い空気が苦手だった。
じきに慣れていったのだろうけれど楽しくはなかった。
彼らが何故、絡んでくるのかはなんとなくわかった。
その大部分はコミュニケーションへの欲求の裏返しだ。
無視していたわけではない。
チャンネルが違ったのだろう。
およそ人と人の関係にはそういうタイトロープな時間が存在するものだと理解している。人と人が正面から向き合えばどうしたって対立は避けられない。
ではどうすればいいのか。
もう一歩進んでつばぜり合いの距離までつめよるのも一つの解法であろう。
その逆でもいい。
相手と自分が拮抗するポイント。
弛緩ではなく適度な緊張。
ようは間合いなのだ。
これは親密さとは別の問題でどのような関係にある二者も間合いを間違えれば「クリティカルな一撃」を与え合う位置に立つことがある。
自然と同じく人も絶えず変調しており、常に同じ状態にはいない。
そうした変化を感じ取り相手との間にベストの間合いをつくることができるかどうかが問題だ。ベストの間合いとは相手が最も「活きる」間合いである。
これができれば人に関する問題は減っていく。
タク、キッペイと名護の夜に話したのは言い換えればそんなことだったと思う。
投稿者 TKM : 11:39 | コメント (0) | トラックバック
「冨永 愛」という技
「英語でしゃべらナイト」の録画をみる。
久しぶりに冨永 愛をみた。
相変わらずのナチュラルな話しぶりは健在である。
この間合いはどこかでみたなあと頭の中で検索してみる。
以前、合気道の高岡氏のところに撮影でお邪魔したことがあるのだがその時、高岡氏がいっていた「かかる」「かからない」という言葉がぴたりと合致した。
冨永 愛は「技」である。
富永愛が「かかる」と人はガチっと引き寄せられる。そういう時、彼女は力をつかわずにサラリとやってのけるのだろう。逆にかからなけれければ相手は反発するか素通りする。そういうことなのだと理解した。勝手な解釈だが自分の中では至極合点がいったのですっきりした。
それまで彼女のような存在感をうまく解釈できていなかったがなるほど彼女は技なのだ。そう考えるとなるほどなあとひとり感心した。
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投稿者 TKM : 03:55 | コメント (2) | トラックバック
2004年09月23日
夜の散歩と宮古島の空
友人の送別会で渋谷へ。
会をはやめに抜けて渋谷を散策する。
昨夜の渋谷の街は少し静かでゆきかう人々には怒気がなく穏やかにみえた。
電車で帰るつもりだったのだが合流したいとの連絡があったのである店で待つがなんだかバラバラに。結局、渋谷の街にとりのこされる。
どうということはない。歩いて帰ればいいだけだ。
久しぶりに渋谷から月島まで歩いて帰る。
二時間弱あれば着く。
夜の散歩である。
帰り道は思索の時間である。
お酒もさほど飲んでいないので素面である。
考えることといっても大したことではない。
何故、自分は歩いているのだろうとか。
人との関係についてとか、仕事についてとか。
つらつらと考えているうちに皇居までたどり着く。
皇居がみえるといつも安心する。
皇居から月島までは40分~50分ほど。
道がわかっていると気分も明るい。
楽しいわけではないけれど暗くなる必要もないし感傷的になる必要もない。
たんたんと歩く。
「底」の状態でこそ人の本質が現れる。
最近はどうということはない。
底にいるときこそ心のゆとりと温かさを持たなければならない。
親切にされたり大切にされたから優しくしたり温かく接するというのは出来てあたり前のことである。そんなあたりまえのことができたところで面白くもなんともない。自分が底にいるとき、荒れて当然という時に温かさや優しさ、ゆとりを持つのは難しい。が、難しいことをやるからやりがいがあるし何かが得られるのだろう。
そんなことを考えながら歩いた。
そして部屋に帰ってきてシャワーを浴びて慄然とした。
考えに至ったのはいいが自分は2時間あまりの思索の時間、全くそんなことばかり考えるだけで何一つ夢や遊びについて考えていなかった。
世の人々が心で動かなくなってしまったのは信号のせいだが自分もそれに従う必要はまったくない。
仕事もひっくるめて基本的に生きてること自体が大きな俄である。
信号の為じゃない。
これもあれも俄なのである。
日比谷にさしかかるあたりでふと子供について考えた。
信号理論にやられた大人といる子供はかわいそうだ。
彼らは相手の気に入るように生きねばならない。
子供は親の為に生きてるわけではあるまい。
そうだ、二日前のお昼過ぎに月島小学校の角で幼稚園児をつれた奥さんたち3人くらいが自転車を降りて談笑していてその中の一人がこれまであったことがないくらいにカッコよく温かいお母さんであった。ああいう人を素敵な人というのだろう。
自信があふれているというか横顔にオーラが輝いていた。
子供への信号のおしつけはなく、この人だったら無人島でもこの笑顔でやれるんだろうなと思った。女性をみてそのくらい感心したのは久しぶりであった。
町中にも素晴らしい人がいるものだ。
++++++
昨日、沖縄の友人からメールが届いた。
メールには宮古島の写真が貼付されていた。
携帯で撮影された写真だったが白い砂浜と淡いく透明なブルーがきれいでしばしみとれた。図書館の新刊書コーナーで「ガジュマルの樹の下で」という本をみつけた。読んでいたら沖縄の人たちの言葉を思い出して懐かしく思った。
メールによれば彼女達は明日から宮古島にいくそうだ。
天気がいいとよいね。
写真楽しみにしてます。
投稿者 TKM : 04:42 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月22日
営業マン特集と時間泥棒

久しぶりに「ガイアの夜明け」をみる。
営業マンの特集であった。
ヤマダ電機、積水ハウス、プルデンシャル生命の営業マンを追ったドキュメントである。
ドキュメントもつくりものとはいえ演出のしすぎなのでは、と思うシーンが多かった。
気になったのはプルデンシャル生命の営業マンを追ったパート。
プルデンシャルでは週に三つの契約を取ることを「3W」と呼び、それを50週続けたワタナベさんが会社で表彰されるシーンがある。
オフィスのホワイトボードには営業成績を示すのだろうかブルーと黄色の丸い磁石がグラフのように並べられている。マネージャー格の男性が入社1年目のライフプランナーワタナベさん(33歳)を称え、
「特別にメッセージが届いています」
部屋の後方にあるスクリーンにはワタナベさんの奥さんの映像が映し出される。
おめでとう、あなたはスゴイ人だと思ってました。仕事がんばってください。というメッセージが流れる。ワタナベさんは感極まって少し涙ぐむ。
ふと僕は考える。
保険とは一体何者なのだろう。
それは何かを生産しているのだろうか。
顧客から保険金として資金を集め、集めた資金を種銭に投資事業を営む。
それが保険会社のビジネスだと理解しているがだったら保険そのものはあまり意味はなく単なる集金の手だてということなのだろうか。
プルデンシャルでの営業はいわゆる王道の営業スタイルとされる「口コミ・紹介」がメインである。上にいけばいくほど収入が大きくなる。
しかし全員に売り切ってしまって、入る人がいなくなったらどうするのだろう?
思想や細部は違うのだろうけれど海外で行われる大仰な社内表彰イベントや涙を誘う演出など宗教系の集金術やネズミ講やマルチと姿がかぶる。とはいえマーケットは存在するわけでそれがなくなるまでは続くのだろう。
僕は国保以外には保険というものに入っていない。
タイで出会った村人も保険には入っていないだろう。
1000年前の人々も保険には入っていなかったと思う。
200年くらい前の日本人も保険には入っていないはずだ。
つらつらとそんなことを考えていると数十年後に保険というものそのものが存在しなくなっていてもおかしくないなと僕は思ってしまう。
保険というものは役に立たないことが最も価値を持つ特性を持つ変わった商品だ。
もし保険が役にたったらその時は負けである。
保険会社は保険が貯蓄の変わりになるというが貯蓄と保険は異なる。詭弁というか煙にまくというかうまい集金口実をつくってくるものだ。それともともとシンプルだったはずの保険がライフプランナーとされる専門家がバリバリに専門知識で解説しないとベストの保険商品を買うことができないところまで複雑化しているのはどう考えても不自然だ。
もちろん不自然な複雑さにはわけがあり、仕組みの複雑さが商品価値とすり替わる。
こうなってくるとほとんど制度や法律と同じだ。
便利さや快適さを保証するはずが逆転して負荷になってしまう。
同じ番組でやっていたヤマダ電機の営業研修も結構なものであった。
自分だったらあの接客で迫られるよりはネットで買うな。
お客様の為といってはいたけれど結局は売り上げなわけで。
あたりまえといえばあたりまえだけれど「よりよい商品」と「相手が求めている商品」は違うわけで。僕は大手量販店にいってもあまり店員さんにきいたりはしない。大体の場合は店員さんに相談する必要なんかなく。最初から質問の答えは知っているけどちょっとだけ背中を押されたくて質問するんだと思う。
売れ、売れ、売れってのはやっぱりどっか不自然だよ。
逆に無理して売らなくてもいい世界にすべきだと思う。
問題の根本は偏りや歪みにある。
エネルギーだけでもフリーになったらだいぶ事情は変わってくるはずだ。
「それじゃあ働く意欲がなくなってしまい怠惰を助長するだけだよ」という意見もあると思う。けれど世の中のコンテンツなんてのはそのほとんどが怠惰からしか生まれてこないんじゃないだろうか?
実際に現場にいるとわかるけれどコンテンツに関しては競争しようにも無理だ。
競争からはいいアイディアなんてのはうまれないし具体的な競争相手がいるわけでもない。
それにコンテンツは基本的に水物である。
鋼の錬金術師のセリフじゃないけれどコンテンツに等価交換の法則はない。
コンテンツが存在しなくても人は生きていける。
しかし恋愛がなくなったら子供は消えてしまうわけで、恋愛って何かといったらそれはやっぱりコンテンツなわけで補完関係じゃないけれど生きるモチベーションがあって手段が必要になってきてと物事は関連し循環しているんだと思う。
そういえば昨夜はじめてミヒャエル・エンデの「モモ」を読んだ。
1973年の作品だが読んでいてゾンワリとした。
いまではしっかりと時間泥棒の世界が実現されている。
「モモ」についてはまた改めて。
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投稿者 TKM : 11:06 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月18日
船木誠勝の叫び -抑制された情報の澱-
土曜日、午前8時。
目覚める。
メールをチェックすると30通のスパムメール。
「明日からまた生きるぞォォォー!!!」
と叫ぶパンクラス設立者・船木誠勝を思い出す。あの試合で船木はバス・ルッテンの掌底を真っ正面からもらい幾度もダウンした。ダウンする度に会場には重い空気が流れた。観ている誰もが「船木、もういいよ。もうわかった。だからもう立たなくていいよ」そう思った。ルッテンの打撃はそれほどに壮絶であった。
船木の鼻は形が変形していた。
顔もグチャグチャになっていた。
それでも倒れる度に船木は立ち上がった。
当時、パンクラスではポイントシステムが採用されており、自分の持ち点が無くなるまで試合は継続された。
船木は『負けっぷり』の選手である。
ヒクソンとの試合(結果的に引退試合となる)も壮絶な負け試合であった。
勝ったのはルッテンであり、ヒクソンだった。
しかし、観ている我々の記憶により強く印象づけられるのは負けていった船木の姿だ。
ルッテンとの試合の後、船木は叫んだ。
「明日からまた生きるぞォォォォー!!!」
その叫びは自分の心に深く響いた。
あそこには確かに生々しい『生』の姿があった。
「ハハハ」と笑ってすませすことのできない得体の知れない闇と光の境目があった。
僕たちはあのドロリとした感覚を意図的に封印して生きている。
しかし我々の本質とは船木があのリングで叫んだ言葉に共鳴してしまう生の躍動にある。
それは確かに我々の内部にある沸々としたエネルギーである。
ネットに溢れるブログやホームページ、人々の言葉をみていたらこみ上げてくる想いがあってそれは焦燥に近い感覚でもあるし、捕らわれた獣がオリの中で咆吼をあげるような悲痛さでもある。そういう感覚を抱くのは自分だけなのだろうか?
僕たちが日々接している情報環境、情報社会はあの日の船木の叫びとは大局にある。
それは遍在する言葉であり、抑制された情報の澱だ。
傷つくことはないが心に迫ることもない。
無害だが無能な情報の蔓延である。
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投稿者 TKM : 08:24 | コメント (0) | トラックバック
2004年08月31日
風の音とエネルギーと変化について
目覚めると台風の風で窓がガタガタいっている。
外の風にはどれだけの力があるのだろう。
どのように大きな予算をつぎ込んでもこの台風ほどの力をつくりだすことは難しい。
先日、友人と核というエネルギーについて話をした。
「物がここにある」という力を引き出すことで膨大なエネルギーの暴走が生じるのだと解釈しているがベランダにでて台風の風を浴びているとこのエネルギーって何なんだろうと思う。風は何かの為に吹いているわけではなく相互作用の結果としてここに集約されている。
人の世界にも風のようなものがあって一人一人の相互作用の結果、大きな流れができていく。それは時々刻々と姿を変える空の雲のようなもの。それを運と呼ぶならば運を感じることはできるはず。
我があるからこそ自分と他の違いを感じることができる。しかし我とは停止や固定である必要はない。環境そのものが絶え間なく変化する流れであるならばその変化を感じ、流れを読みリズムをつかむことは生きる上で重要なスキルだと僕は思う。
風はまだ強いが外をみると青空がのぞいている。
曇りの日も嵐もいつかわ晴れるのだ。
投稿者 TKM : 08:56 | コメント (0) | トラックバック
2004年08月29日
蜜柑と人の心 ~32年を生きて思うこと~
肌寒さに朝早く目覚める。
気温をみると20℃を切っている。
先週の日曜から一週間しかたっていないのに季節が変わったかのようだ。
今朝はロシア産の蜜柑を食べる夢を見た。
食べながらやまけんにくれてやろうと思った。
その蜜柑はキノコのように樹に生えていた。
不思議な蜜柑の植生にみとれていると蜜柑の木を守る老人が
「こちらの木をみなさい。この木には最盛期に200個の実がなったこともあるのだよ。ほら。


もだえて悶々。




