2004年06月26日
[格闘技] ハリトーノフ戦 ~くたばれプロ野球~
ハリトーノフ戦の録画をチェックすると何故かハングルの番組。
ぬかった。
悔しさがこみ上げる。
しかし時すでに遅し。
野球中継の延長による放送時間の変更である。
激怒とまではいかないが金輪際、野球は観たくないと思った。
もともと野球は嫌いではなかったのだが。
嫌いになった最も大きな理由は放送時間が延長されることによって以降の放送スケジュールにしわ寄せがくることだ。
自分はこうした放送システムに対して強い憤りを感じる。
ニュース専用チャンネルが成立しているんだったら、野球専用チャンネルをつくれと言いたいがオーナーが自分のチームの試合を流しているのだからどうにもならない。
いろいろな物事が雁字搦めで既得権益層に媚びを売っているようにしかみえない。
という見方しかできないのは自分の立ち位置に問題があるのだろうか。
どこまでも信号の国である。
そういえばスタジアムに野球を見に行くと応援団というのがいる。
彼らは試合を見ない。
球場に背を向けている。
ハリトーノフ戦。
残念である。
おそらく15分くらい延長になったのだろう。シュルトにマウントになったあたりで録画は途絶えた。サバイバル物の映画で現場に残されたビデオを再生するとまさに事件が起こる直前で映像が途絶え恐怖を煽る場面がある。自分がおかれた状況はあれに酷似していた。
シュルトはあの後どうなるのか。
試合結果を知っていても関係ない。
自分が格闘技を見る時に大切にしているのは結果に至る過程である。
ファイティングアートの領域は勝ち負けとは別な場所にある。
別な行程では発現不可能な域。
それがみたいが為に自分は格闘技を見る。
投稿者 TKM : 03:46 | コメント (1) | トラックバック
2004年06月25日
[格闘技] 今晩のSRSで「ハリトーノフ戦」完全放送
今晩のSRSでは先日放送されなかった「ハリトーノフvsシュルト戦」が放送される。スカパーで試合を観戦した友人からの報告によれば先日行われたPRIDEのベストバウトだったそうだ。
ハリトーノフは現役のロシア軍兵士である。かの国では兵士がリングにあがるのだ。
Numberにヒョードル戦についての記事があった。
試合について述べる前に問題のバックドロップのシーンをもう一度みてもらいたい。
こうして静止画像でみてみるとランデルマンのバックドロップがいかに危険な角度でヒョードルをリングに叩きつけているかがわかる。前のエントリーでも取り上げたが僕が問題としているのはこの後のヒョードルの動きである。
この投撃を受けた直後にヒョードルは体を入れ替えランデルマンの膝蹴りの防御に入っている。何故それができたのか?不思議でならなかった。Numberの記事を読むとランデルマンの投撃の後、ヒョードルが落ちていたのではないかという指摘があった。
しかし落ちていたにせよヒョードルがランデルマンに完勝したのは事実だ。スポーツナビのインタビューでヒョードルは次のように答えている。
更にランデルマンvsヒョードル戦にはこんな偶然もあった。
ランデルマンの父が亡くなったその日。
ヒョードルは交通事故に遭遇した。
偶然と言えば偶然なのだが六爻占術でいう「外応」を感じてしまうのは自分だけだろうか。
投稿者 TKM : 18:49 | コメント (0) | トラックバック
2004年06月23日
[格闘技] UWFとの再会
■一冊のパンフレット
岸崎さんが鞄から取り出したブツに目を見張った。かなり初期のUWFの試合パンフである。
第1次UWFの試合はTVで放送されることはなかった。僕がUWFの試合を初めて目にしたのはもう10年以上も前のことだ。
神奈川県藤沢市六会のTSUTAYAのスポーツコーナーの外れにみかけないビデオシリーズがあった。気になったので借りてみることにした。
画面をみて驚いた。
若き日の前田や佐山が殺伐とした雰囲気の中でガチガチのファイトを繰り広げていた。
それが僕とUWFとのファーストコンタクトであった。
その後、UWFは新日本プロレスに出戻りの形で参戦。新日本プロレスとの軍団抗争を経て、再びUWFが設立される。第二次UWFの誕生である。ここではじめてUWFの名前が表舞台に登場する。
■第二次UWF
第二次UWFにはそれまでのプロレスとは決定的に異なる特徴があった。
プロレスのリングではピンフォール(ワンツースリーというカウント)あるいはギブアップで勝敗が決定する。ところがUWFのリングではフォールは存在しない。
ロープエスケープやダウンをポイントに換算し、持ち点から減算していくポイントシステムによって試合の勝敗を決定するという画期的なルールを導入したのである。これによってそれまでのプロレスとは全く異なる「格闘技色」が強くスポーツ・アスリートの要素を取り込んだ次世代のレスリング興業スタイルが誕生したのである。
ここで確立された「打・投・極」というファイトスタイルは今日のK-1やPRIDEの原型といってもいいだろう。
受け取ったパンフをめくるとまだデビューまもない山崎一夫の顔がある。
まだ若くあどけない。
この山崎が後の第二次UWFでは藤原、前田、高田と並んで四強と呼ばれるまでになる。
僕が最初にみた第二次UWFの試合は船木のデビュー戦だった。
海外遠征から帰ってきた船木(パンクラス創設者)に新日本はジャッキー・チェンとのエキシビジョンマッチを提示していた。一方、師匠である藤原からは「自分は前田の設立したUWFへ行く」と暗にUWFへの参戦を打診されていた。ジェッキー・チェンとのエキシビジョンマッチは試合の是非はともかくプロレスとしえ考えるならば一生に一度あるかないかのビックイベントである。
しかし船木はこの提示を断りUWFのリングを選ぶ。
船木のUWFデビュー戦。
相手は師でもある藤原喜明だった。
黒髪に銀のジャケット、緑のリングタイツとリングシューズでUのリングにあがった船木は幕末の志士の姿を彷彿とさせた。
投稿者 TKM : 06:54 | コメント (1) | トラックバック
2004年06月21日
[格闘技] PRIDE GRANDPRIX 2004 2nd ROUND (その1)
■恐るべしヒョードルの首
ヒョードルの身体が綺麗に宙を舞った。
ランデルマンの投げが見事に決まったのである。
その瞬間、思わず声がでた。
「死んだッ」
後頭部から真っ逆さまにマットに叩きつけられたヒョードルの首は無惨に折れ曲がっているようにみえた。それはあまりにもショッキングな角度だった。
あの瞬間、自分はヒョードルの首が折れたと思った。
ランデルマンの高角度バックドロップは近年希に見る投げの醍醐味を体現していた。
死の香りさえ漂う切れ味だった。
問題はその後である。
どうしたらあの高角度からの一撃を受けた直後に身体を反応させることができるのだろう?
体を入れ替えヒョードルはランデルマンの腕を決めにかかる。
バックドロップのダメージは全く感じさせない。
ランデルマンの足の動脈が異常にふくれている。パンプアップされた筋肉が限界点まで稼働している証だ。ランデルマンの身体は全身筋肉の塊、バネである。
ヒョードルは落ち着いてランデルマンの手首をつかみアームロックの体勢をとる。
ランデルマンの腕の筋肉が震えている。渾身の力を込めヒョードルにつかまれた腕を安全圏にもどそうとしている。少し腕が伸びかけ「ああ決まるかな」と思った刹那、ランデルマンの腕が伸びきり、ヒョードルのアームロックが決まった。
ヒョードル恐るべし。
ロシアンラストエンペラーの称号は伊達ではなかった。
試合は短時間だった。
しかし全身に力が入っていたいのだろう試合が終わった頃にはこちらも疲労困憊胃していた。そのくらい密度の濃い試合だった。
全試合を振り返ってコメントをするならば僕が言いたいのは次の一言である。
「ヒョードルの首」
それこそが昨日のPRIDE全試合中、最も驚愕すべき「魅せ」であったように思う。あの投げを食らってからの瞬時の反応は人間の領域とは思えなかった。凄まじい試合であった。
■ノゲイラvsヒーリングに魅せられる
次に印象に残る試合といえばやはりノゲイラvsヒーリングであろう。
両者は3年前にも対戦しており、その際は僅差ながら終始グランドでリードしたノゲイラが判定で勝利を収め初代ヘビー級王者の座についた。
再戦ということもあって膠着した試合運びを予想していた。
序盤は両者スタンディングからの立合。この時、ノゲイラの胸筋が以前よりも分厚くなっているように見えた。ボクシングトレーニングの成果だろうか。二人ともグッドシェイプだがノゲイラのボディは以前よりもメリハリがありアスリートの筋肉を思わせた。
予想通りスタンディングでは互角な展開でグランドへ。ノゲイラのボディコントロールが素晴らしく終始ヒーリングをリードする。これまで全くみたことのない体勢でノゲイラがヒーリングを翻弄する。解説の高田も「(両者の身体が複雑に組みあい)もう、どこがどうなっているのかわからないですね」と唖然とした声を漏らす。
ところが。ここから予想外のファイトが展開する。
ギリギリのところでノゲイラの関節技をヒーリングが全て外していく。3年前と同じ展開だ。「あー、やばいな」そう思った次の瞬間にはスルリと腕を外して体勢を入れ替える。マウントになったかと思うすぐに二人の体が入れ替わり攻守が逆転する。希に見るスピード感あふれるグランドの攻防にしばし言葉を失い魅入ってしまう。ヘビー級の試合でこれほどまでにスピード感のあるグランドは久しぶりである。
ヒーリングはアームロック、チョーク、逆十字に対しての対策ができているのだろう。
あと一歩のところで窮地を脱している。
焦りもないように見える。
第一ラウンドは両者の身体のキレとコンディションの良さがあらわれた好試合だったと言えるだろう。
そして第二ラウンド。
やはりそうなのか。
スタンディングでノゲイラのパンチをもらいはじめたヒーリングがタックルにいったところをノゲイラがフロントヘッドロックのような体勢で受け止める。この時点ではまだ技は決まっていない。ヒーリングはその体勢でこらえようとするのだがノゲイラの腕がおかしな形でヒーリングの首にからみついている。ヒーリングの表情が苦しそうに見える。それでもまだ耐えている。
その体勢のままノゲイラがくるりと身体を捻る。
複雑に絡んだノゲイラの腕がヒーリングの頸動脈を捉えた。
スピニングチョークスリーパーが決まったのだ。
「スゴイな」
そんなコメントしかできないのが悔しいが。
そのくらいあっさりとノゲイラはこの技を決めてしまった。
はたからみていると相手の首をつかんでゆっくりと回転しているようにしかみえない。
それも練習でもしているかのようでノゲイラの身体には力みが無い。
「スゴイな」
最後のシーンを思い出してみるがやはりそんな言葉しか出てこない。
(他の試合へのコメントは次のエントリーへ続く…)
投稿者 TKM : 06:19 | コメント (3) | トラックバック
2004年03月17日
[エッセイ] K-1石井館長の独白を読む@文藝春秋
明け方のローソンで今月号の文藝春秋を立ち読みした。
パラパラとめくっていたら「ン?」と手が止まった。
真ん中より後ろのあたりだろうかK-1石井館長の独白記が掲載されているのを見つけた。
驚きのあまり一気に読み漁る。
ふむふむ、なるほど、ウーン。
興行の世界はいまだ情念うずまくドロドロの人間模様。
選手や観客の為ではなく運営者のエゴに左右される健全とはほど遠い場所だということに唖然とする。
いまだにこれなのか。
リングサイドの怪しげな面々の正体が少しわかった。
百瀬博教
氏があそこにいるのも合点がいく。(氏の著書はほとんど読んだ。格闘技ファンならば必読である。)
人界の魔界とも言える興行世界で跳梁跋扈する生霊と相対するには半分こちらも川を渡らなければならないのだ。
政界、財界、界な場所には怪がある。
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投稿者 TKM : 08:22 | コメント (0) | トラックバック
2004年02月25日
[K-1]山本“KID”徳郁の「気」がはじけた瞬間
山本“KID”徳郁の身体に驚愕を覚えた。中量級の大会なので170cm前後の選手が多い昨夜のK-1Max。その中でも163cmと出場選手のなかで特に小柄な山本だが身体はNo.1にインパクトがあった。
「バキじゃんこれ」
思わずそう叫んでしまった。山本の身体を覆う筋肉の鎧は決してゴツゴツしていない。全盛期の佐藤ルミナを彷彿とさせるが更に強化され、しなやかさを付け加えたようなこれまでみた格闘家の中でも類を見ない強さと美しさを感じさせた。
試合スタイルも変則的であった。
自らの「強さ」に対する絶対的な自信がそうさせるのか優勝候補の村浜に対してもノーガードで思い切り踏み込み渾身の一撃を放っていく。山本もイルマッツ(トルコの侍の異名を持つテコンドー出身の戦士)もナチュラルな「気」が飛び抜けて強い。
昨夜の小比類巻には「運」を感じた。
トーナメントにおいて最も大切なのはおそらく「運」であろう。
しかし「気」では山本、イルマッツがダントツに他者を上まっているように見えた。
昨夜の興行に関してだがK-1に限らずトーナメントの脆さを感じた。
一日に3試合を勝ち抜かなければ優勝できないワンデイトーナメント形式の場合はアクシデントによるケガでカードが流れてしまうことがよくある。昨夜のケースだと「山本vsイルマッツ」がそうだ。二人とも一回戦のインパクトがあまりにも強かったので、勝ち上がった二人の名前をボードに観たときは
「ホントかよ。この二人の試合をみれるの?」
と、どうしようもなくワクワク感が高まった。
会場の緊張感、高まるボルテージ。
これも格闘技の一つの魅力である。
それだけに山本が右手第2中指骨を骨折したため棄権との報は残念であった。
正直なところ自分の中に張りつめていた糸がプツンと切れていくのがわかった。もちろん、小比類巻が弱いということではないのだがあの時点で自分が観たいと思うもの全てを昨夜の山本vsイルマッツは持っていた。「さあこれからだ」と期待していただけに「あろうべき未来」が目の前でパッと姿を消してしまう喪失感は予想よりも遙かに大きかった。
山本“KID”徳郁。
昨夜観たかったもの全てが山本“KID”徳郁の試合にはあった。
格闘技は一人では成立しない。
相手があってはじめて試合がなりたつ。
両者が互いの潜在能力をどれだけ引き出せるか。
いい試合とはその一点にかかっている。
人の持つ能力の極限値を超える瞬間の美しさは他の競技には存在しない。
格闘技の持つ魅力。
自分が格闘技を見続ける理由は極限状態のその先にかいま見る人の力の覚醒にある。
「神の遺伝子」を持つと自ら語る山本は生まれもってこの極限状態のその先を引き出す空気をまとっている。彼自身だけでなく相手の潜在能力をも覚醒させるナチュラルな「気」の強さ。そして華やかさ。
今後も山本の戦いからは目が離せない。
投稿者 TKM : 10:27 | コメント (3) | トラックバック
2004年01月01日
「チキン&ポーク」は名言である
2003年最終日は埼玉スーパーアリーナ。
いただいた席はリング正面のとても良い場所だった。
双眼鏡は必要なく5面あるオーロラビジョンを利用したキュービタルアイでの観戦。
TVを意識した進行だった為、現場では観客とリングのリズムが微妙にずれる。
それが試合にも影響を与えているように見えた。
ベストマッチは試合ではなくゴールドバーグと小川・橋本の対峙。
さらにベストモーメントを言うならば小川・橋本をリングに呼び寄せる時の高田の一言。
「おい、チキン&ポーク、いるなら出て来いヤァァー」
この一言はかなりのヒットだった。
高田への評価が200ポイント、アップした。
場数を踏むことで高田のトークは段々と独自の芸風と風格を備えつつある。
人はこうも変わるのかと感心した。
人の力とは素晴らしい。