2004年09月09日
かなりヘビーな行程
シグマリオンで更新の予定だったが通信ソフトの都合で通信ができないことが判明。
このエントリーはタクちゃんの家におじゃましたタイミングで(30分の休憩)マシンを借りて書いている。
さてツアーだが。
かなり濃い。
とはいえ濃厚、特濃な日々。
三日目にしてすでに一週間以上の時間密度である。
さて今晩も炸裂だ。
そして海は綺麗だ。
投稿者 TKM : 16:21 | コメント (3) | トラックバック
2004年08月30日
心の友やまけんのはからいで寿司匠で無限寿司(若干ジャイアン風のタイトル)
誕生日。
日付が変わると同時にメッセージをもらう。
この気づかいがどれだけ嬉しかったことか。
そのおかげか朝から軽快に仕事にとりかかれた。
悪くないスタートである。
その後かなりハードに仕事をこなし、昼食。
その店には太がかなり惚れていた女の子がいるのだがはたしてその子は今日もいた。
彼女とは時々話すので次回名前を聞いて太に教えてやろう。近年まれにみる素直な子で太もいっていたが守ってやりたくなるような可憐さのある女の子である。
その後、祝いのメールが届く。
さすがに素晴らしい人たちである。
不覚にもグッとこみあげるものを感じた。
こうした気づかいは本当に尊敬する。
この人たちこそ幸せになるべき人々である。
みんなありがとう。
スパートをかけて仕事をしていたら夕刻にやまけんから電話。
この男に関しては何もいうまいタイミングがベスティングである。
お互いに仕事を終えて魚仁で会合。
魚仁にいく前にスパムバーガーを攻めてくるあたり食い倒れ党党首の真骨頂といったところである。
二人でマグロを食していると父から祝いの電話。
両親と話す。悪くない。
そうこうするうちにタケも合流。
タケは具合が悪そうだったが次第にタケ節爆発。
その後、匠から電話。
ヤマケンのナイスはからいで寿司をごちそうになる。
と、ここからが怒濤であった。
おそらく一人40貫以上は食べたのではないだろうか。
おまかせのコース3週はしていた。
高校を卒業してすぐに太の父(我が親友、信一パパ)に寿司をごちそうになったときに
「あにい、何でも好きな物を食べろ」
「いやー、あまり食べたことないので名前しらないんです」
「わかった。じゃあ右か左どっちがいい」
「じゃあ右」
「大将、右から全部握ってあにいにお願い」
という伝説の歌舞伎寿司の夜、以来の無限寿司であった。
それにしても昨夜のあれは凄まじかった。
とはいえ味は最高。好きなだけ美味い寿司を食べてもいいという状況に直面すると普通に食べにきているお客さんに申し訳なく思ってしまうが存分にやらせてもらった。あまりものわんこ寿司っぷりにラストのラストの巻物でやまけんにヘルプを求めた。
ブラックホールYけんは流石にポンポンと口に放り込んでがーっと飲み込んでいたがあの量は…。さらに大将のカトウちゃんの計らいで土産にガッツリ酢飯もいただいてしまった。明日の朝はこれでオムライスか梅チャーハンにするようにとの指示。さらに「今晩は肩、折らないでね!」とやさしい声に見送られ夜の門仲を帰る。
匠の無限寿司の祝いとは。
ヤマケン、カトウちゃん、ごちそうさまでした。
これからも祝福に恥じないバカヤロウ街道を驀進していきます。
++++++
幾度か死にかけたことがあってその度に人の奥の奥をみた気がする。
そこは愛だとか感傷だとかとは無縁の世界であった。
簡単にいうとダイナミズムと虚無が共存する世界だった。
日常に埋もれていると時々、その世界のことを忘れてしまう。
けれど人の本質や生命の本質はあそこにあると思う。
自分は笑われても、バカにされても、そこに向き合いたいと思っている。
ぶつかることを避けては何も得られない。
そういう意味でいえばこれまでの生のほとんどの時間はなまくらであったし、まだなまくらだ。自分が本当に自分の持つ精神力の全てを使い切るのを実感することは少ない。
それでも時々、年に2度くらい自分の本性と向き合うときがある。先週も自分の心の奥底と向き合う機会があった。それは偶然にもたらされた戦慄であり危険をともなっていたけれど、あそこで対峙した生と生の躍動を相手も自分も感じていたはずだ。ゼロとイチが共存していた。はたからみれば馬鹿げたやり方かもしれないがそのギリギリの心の攻防を通じて自分は己の生命の躍動を感じた。
決してもう一度繰り返したいとは思わない。
しかし上手ではなかったがそれは理解のパラダイムが転換するきっかけであったと思う。
げんに精神的にギリギリのたちまわりを演じた後、自分の心が開く感覚を感じた。
あれはなんだったのだろう。
奇跡の時間とはあの時間をいうのではないか。
包み隠さぬ自己と向き合うことは鞘のないむき身の刃を持つことでもある。
鋭利で強力だが相手も自分も極度の緊張と危険にさらされる。
しかしその緊張の果てに落下寸前のタイトロープを経てほどける自己と理解を感じた。
痛みと同時に生きていることを実感した。
生きていて良かった。
あの時、あの時間、本当にそう思った。
あれは確かに生の悦びであった。
投稿者 TKM : 02:12 | コメント (6) | トラックバック
2004年08月17日
幸せの黄色いTシャツ ~バシパワー全開~
週末はハマースタジアムこと荒濱さんの自宅でPRIDE観戦会がおこなわれた。
午後3時。
3人は予定通り津田沼駅に集結。
当然ながらバシ師匠の姿はない。
パルコで買い物を終え地上にでると荒濱さんが車で迎えにきてくれていた。
熱い抱擁、はしなかったがナイスな挨拶をかまし、ハマースタジアムへと向かった。
初対面のヤマシンを紹介すべく、
「こっちが和製ニコラス・ケイジのやましんです」
といったらバケウケだったが、すかさずヤマシンに
「最近はジーコやねん」
と返された。
ハマースタジアムは一軒家である。
一軒家に遊びに来るのは久しぶりだ。
途中、バシ関係のバカ話で盛り上がる。
本人がいなくてもこれだけ周りを盛り上げるのだからバシ師匠の存在意義はでかい。
玄関のドアが開いて奥さんとハマージュニアことケイタ君(2歳)が出迎えてくれる。このケイタ君が異様にカワイイ。髪の毛は栗毛色できめ細やかな肌が外国人のようである。荒濱さんも幼少の頃はマグドナルドのCMなどで活躍されていたのだがその才能はしっかりと受け継がれたようである。
PRIDEの中継が開始され場のテンションがあがりはじめる。と、そこでバシが到着したとの連絡があった。ここでバシが何故おくれたのかを解説しておかなければなるまい。前日のメールでは本人から「午後3時に集合して買い物をしてからみんなでいきましょう」と提案があった。更に午前中の電話では「タクシーに分乗していきます」との宣言もあった。ところが…。1時30分。突然電話があった。
「あ、カガヤ君、高橋です」
「あ、バシ師匠。どうしました。もう出てます。いまどこらですか?」
「あ、うん。いや。その。髪を切ろうかと」
「は?!なにもいまいかなくても」
「いや、速攻。すぐに切り終わるから大丈夫っしょ。」
「いやー、無理でしょう。でも閃いたならいった方がいいですね。まあ先に買い物いってますよ。」
と何故かバシ師匠に唐突に「散髪願望」がわき起こり、以後、いつものように「ハイドウモー」とマイペースでの登場とあいなったのであった。当然ながら「散髪」に関する議論はこの日、一日を通して幾度も言及されたのだが詳細は面白すぎるのでまた別な機会に譲るとしてとして、連絡があってからしばしバシ談義をしていると急にビジョンが見えた。
「赤か黄色のTシャツであらわれそうな予感がする」
僕はそう予言した。
バスを降りたとの連絡が再度あったので奥さんとケイタ君と3人でバシを迎えにいった。
歩きながら「バシとあうのは久しぶりじゃないですか?」と話していると奥さんが
「あッ!!」と声をあげた。
以後は一堂、爆笑である。
200m以上はなれているが明らかにそれであろう黄色い物体がうごめいている。
やはりやってくれた。
バシ、黄色Tシャツで登場。
この時点で3人とも爆笑しているのだがバシ師匠は自分が何故うけたのかわかっていない。が、テンションは高い。遠くの方でこちらを伺うそぶりをみせたり、膝をカクカクさせたり、芸達者っぷりを披露している。あいかわらず最高である。彼以上にあれだけ見事に黄色を我がモノとして着こなす男にはあったことがない。あの絵だけで「黄色T=バシ」が成り立つ。それほどまでに世界でも希有な黄色T着こなしマンである。
こうして素晴らしい日曜日の午後がはじまったのであった。
追伸:バシ師匠の子供への影響力は多大、甚大。この後、ハマースタジアムでもその才能はいかんなく発揮され爆発そして暴発を繰り返した。2歳児VSバシという漫才ともいえるやりとりはそれをみるためだけにお金を払ってもいいと思えるほど成熟した芸の域に達していた。バシ魂をそこにかいま見た。バシ王。恐るべき男である。
投稿者 TKM : 06:17 | コメント (1) | トラックバック
2004年08月15日
前夜祭で痛飲
さて花火大会直前である。
月島の町に人の波が…。
凄まじい人である。
どこから集まってくるのであろうか。
蟻あるいは虫の群れのようだ、と書いて気づいたが今晩の映画は「スターシップトゥルーパーズ」ではないか。
通常は晴海の本会場に2時間前から入ってひたすら打ち上げを待つ。家からしか観たことがないので本会場での観戦は体験していないのだがいった人の話だと体力的には結構つらいようである。飲み物・食べ物の運搬となにしろ人混みがスゴイのでそれでやられるそうだ。
東京湾花火大会の場合、ここからだとスターマインなど高度のない花火は見えないのだがしだれ柳系のデカいめの花火は見えるのでかなり快適な花火観戦環境だ。友人と語らいながら部屋からのんびりと夏の花火を見上げるのは結構気持ちがいい。
今夜はタケとその友人とヤサカ御大が参戦の予定である。
気づいた人が来ればいいかと思っていたのでこれといって声をかけていなかったのだが装備だけは万全にした。ドリンク、フード、共にベストをそろえてある。
といっても屋台料理だが。
とここまで書いたらタケが登場。
ヤサカ御大とヤマケンも参戦。
深夜までみんなで飲んだあたりまでは覚えているが。
以後は記憶がない。
男の飲み会というのもいいなと思った。
女の人がいると華やかで楽しいがこうは酔えない。
強者共が夢の後。
久しぶりに飲った。
そして今日が本番である。
PRIDE GPだ。
我々はハマースタジアムで観戦だがタケの友人でベトナムで精肉店を営むコタニさんはなんとVIP席、前から4列目で観戦とのこと。
熱い男達の祭りが今日行われる。
投稿者 TKM : 12:02 | コメント (4) | トラックバック
2004年08月13日
最後のロメ王・岩竹先生の思い出
肉体改造進行中。
今日も走る。
太陽に焼かれた路面が熱放つ。
川沿いのテラスを走りながら創造学ってもありだな、と考えたら30cmくらいの大きな魚が水面に飛び跳ねた。なんとも幸先がよいではないか。
明日は東京湾花火大会である。
月島の街はお祭ムードが漂う。
人々が賑やかだ。
花火にあわせて
「タケザワ、撃てー」
といったら笑えるだろうなあ、とイメージしていたらまた魚がはねた。
明日はパンチ、いや、(若干似合いそうではあるが)パンチアウト・タケザワともしかしたらやまけん&バシも登場するかもしれない。そのあたりはアバウトだ。タイミングのあう人が集えばいい。
トレーニングの成果は上々で今日もいい感じに落ちている。
そしてこれが驚きなのだが食べたいものが段々と変わってきた。
更に味覚も鋭くなってきて、オリジンの総菜を食べたら何が使われているか細部までイメージできた。というか味の段階がそれまでは10刻みくらいだったとしたら50刻みくらいまで細分化された感じである。これは結構面白い。
こういう感じで味以外の部分、例えば、ビジネスとか金融とか人間の心などについても感覚が鋭くなっていけばどうなるのだろう。
岩竹先生ならば

「うーん、それはー…、面白くなる」
と一言で片づけるだろうなあ。
場所はNTTドコモの人たちとの会議。
久保田先生(現在は多摩美の教授)から総括を求める質問があった。
「岩竹先生、こうしたテクノロジーとネットワークの発展によってコンピュータミュージックはどのような発展をしていくのでしょうか?」
20人くらいの識者やお偉いさんが見守る。トーリュー(岩竹先生)はかなりの考える人ポーズで思考に時間を割く。我々、助っ人のスタッフも固唾をのんでその言葉を待った。そしてトーリューの口から出た言葉は

「そうねー、便利になる。
ハハハー、
ま、便利になっていーんじゃないですかー」
肩すかしに周囲は鳩が豆鉄砲状態。さすがトーリュー、あの瞬間に惚れました。天真爛漫アーティストパワー炸裂。今必要なのはあれであすよあれ。あのセンスだね。
その後、打ち上げにいったら「なんでも好きなものを飲みなさい」と言われてみんなでガツンとギネスで乾杯しようという話になる。ところが当のトーリューは渋い顔。
「あれ、先生、どうしたの?」
「ん。いやー、うん。アルファできちゃったからさー。飲めないんだよなー。いっぱいだけならー。いやー、やっぱりだめだよなー。うん。」

「ペ、ペリエにするよ。」
その後、僕たちはギネスの夜を満喫し二次会へくりだすことに。
そしてその脇を愛車の真っ赤なアルファロメオが寂しげに走り去っていった。カッコいいのか悪いのかわからないデザインが妙に悲しげであった。(本人は「ビューティッフルだろー、エー、どうだいこの曲線美」とご満悦だったがオープンにするときに力を入れたらボキって音がして顔面蒼白であった)
投稿者 TKM : 15:27 | コメント (0) | トラックバック
2004年08月12日
最近面白かったシーン
築地の吉野屋の手前に寿司大という寿司屋がある。

(これが寿司大)
この寿司屋の前を通り過ぎようとしたら角からかなりのいきおいで自転車が走り込んできてズリズリと音をたて
タイヤをドリフトさせながら右にまがっていった。
と、これだけならばまあわかる。問題は乗っていた主である。
御歳70歳くらいの恰幅のいい男性であった。
というか爺さんだが。

(この角からいきなりヤツは飛び出してきた)
この爺さんがなんともファンキーな自転車の乗り手なのである。キーっととまったかと思うと素早い発進。それでいてクールという稀にみる熟年ライダーである。この絵ばかりは金子画伯にビジュアル化してもらいたい。ほとんど浦安鉄筋家族)な世界であったよ。
次。
一日に10分、木や川や空をみると気持ちが落ち着くということを発見したので音楽をききながら皇居の夕暮れを堪能する。でかい蜂がよってきたのに気づかず、何気なく隣をみて顔面蒼白2cmの距離でヤツと対面。その姿に半ばパニックになる。が、それも愛嬌。
眼前には「地獄の黙示録」状態で夕日が皇居の杜の向こうに沈んでいくのであった。
さてその帰り道。
再び築地を抜けて帰ろうと聖路加の方に向かう。前田さんの事務所の近くを通ったのでそういえば今回は前田マジック(前田さんの知人がPRIDEの現場監督をやっていてよくチケットを頂いたのだが今回はさすがに難しかった)はなかったなあ、そのかわり心優しき
「ひとり世直し運動家Mr.ハマー」
こと荒濱さんがスカパー入ってみんなを招待してくれたのである。しかもPRIDE GP。となれば
気分は高田信彦である。

ハマー、男の中の男だ!
などと悦にいっていたら
前方に黒猫が。
イカン!
こいつは横切らせちゃいけないとスピードをあげたが明らかに無理。なんとなく嫌だったので戻って猫の経路を大幅に迂回してパスすることにした。
角をまがる。
と、そこにあらわれたのは…。
<
巨大な車であった。
「まさかコイツは!」
と後ろに回って名前を確認するとそこにはデカデカと
「HAMMER」の文字が!

(コイツがハマーだ!詳しくはコチラ)
こういう偶然にはかなりビビる。ひとり笑ってしまった。
で笑いながら聖路加について茶でも飲もうかと川沿いにいくと空がなんともいい感じである。これはオレにやれといってるに違いないとひとり納得し、最上階の展望室へ。
そこは別世界であった。
眼下に広がるのは蟻の世界。せせこましき些事に心をゆらす時間は過去へときえさり。未来と今が祝福の時をいまかいまかとまちわびているに違いない。
上空からみる東京の空は紅がほんのりと桃色にかわっていく無常の世界であった。素直に感動。
と、ここで異音に気がついた。
ガチン、ガチン、ワハハー!
どこからか陶器を打ち付けるような音がする。しかもたくさん。
ン?何の音?
と、視線をずらしていくとサラリーマン諸君がビヤガーデンでガチガチジョッキをならしているではないか。なんと夏期はレストランルークがスカイビアテラスなるビール好きには最高の舞台を用意して待っていたのであった。

地上200メートルにあるビアレストランはさながら天空の城であった。
が、残念ながら予約制とのことだったので片目でヤツラを牽制しつつ夕焼けを堪能。下に降りてお茶を飲んで外に出ると目の前が煌煌と明るい。
何事?!
表にいってみると今宵は消防の夜間訓練日で団員が勢揃いしている。やばいなあ、ここ通っていいのかな、とおそるおそるたずねると笑顔で
「はいどうぞー!」
なんていい人達。みんな挨拶をしてくれるのであった。が、しかし、僕が通り抜けたその瞬間、背後から
「●●準備。カカレ。ヨーォーシ!!!!!」
「ハィイイ!!!」
と怒号のごとく号令の咆吼があがった。
オオオオォォォー、こ、これは。
うちの田舎のラストサムライフェスティバルの「口上」(こうじょう)と同じだ!
かなりカッコいいのである。
おそらくみんな普段は普通の人なのだろうけれどあの訓練の号令には惚れた。
かなり惚れた。
正直、カッコいい。トム・クルーズよりもあんたたちの方が数段上だ!
日本の漢ここにあり。
暗がりにおかれた投光器の明かりが漢達を照らしている。
そして川辺にはいつはてるともなく彼らの怒号が鳴り響くのであった。
なんともダイナミックで面白いが盛りだくさんの一日だった。
そしてまだ今日は続くのである…。
投稿者 TKM : 21:28 | コメント (1) | トラックバック
近年のルーサーNo.1を発見
いきなりでなんだがこの写真かなりジョークである。
はまりすぎている。
というか友人に似ている…ような。
投稿者 TKM : 20:54 | コメント (0) | トラックバック
2004年08月02日
「この杯を受けてくれ~(中略)左様ならだけが人生さ」(勧酒より) ~このあいだ旅先である人が書いてくれた言葉である
日々は乱気流のように過ぎていく。
生きているのが不思議だ。
昨日、自動車にひかれそうになった。
あそこで人生が終わっていてもおかしくなかった。
戦慄とまではいわないが確かに風景がスローモーションのようにゆっくりと流れていった。
いや本来はあそこで終わっていたのだろう。
たまたまここにいるに過ぎない。
しばらくの間、空をみながら音楽を聴いていた。
ベンチに横になり空を見上げた。
雲ひとつない青く澄み渡った空だった。
人と人が理解しあえたらいいのにとずっと考えていた。
隣のベンチでは子供達が遊んでいる。
母親が女の子に何かを叫んでいる。
太陽がジリジリと照りつける。
夏の日差しである。
太陽のまぶしさに手をかざした。
あの一瞬、10分に満たない時間と数瞬の沈黙を境に滅していく自己を感じた。
板に頭を打ちつけて感情を散らしたのはそれほど昔の出来事ではない。
先週、ブラジル人の運転するタクシーに乗った。
彼にブラジルにいくように強く進められた。
東京駅で降りるとき。
釣り銭を渡しながら「必ず銃を持つように」念を押すように運転手はそう言った。
手のひらの火傷が少し痛む。
跡は消えたが痛みはまだ残っている。
悲観的な感覚はない。
苦々しい重みもない。
もういちどゼロからなのだと言い聞かせて支度を整えはじめる。
カーテンをあけると川の向こうに月が輝いていた。
夜風に吹かれて雲がながれていく。
「左様ならだけが人生さ」
唐突にその言葉が降ってきた。
幾度か反芻するうちに何故かおかしくて笑っていた。
投稿者 TKM : 02:19 | コメント (2) | トラックバック
2004年07月05日
[俄] 夕べの再会
夕刻、考え事をしながら銀座方向から自転車で歌舞伎座前の交差点をわたっていたら
「カガヤ君!」
と声をかけられる。一瞬、ハっとした。こんな場所で名前を呼ばれることはまずない。誰だろうと思ってあたりを見回すと、どこかで見たことのある顔がこちらを向いている。
忘れるだろうか大学1年の頃に政治学で一緒だったカナイ君であった。なんとも不思議な出会いである。彼とは政治学で同じチームを組んでいたが僕が情報論、文芸思想の方向に転じて以降は疎遠であった。
笑顔で挨拶する彼は学生当時と変わらぬ、ひたむきさを感じさせた。
話してみると勤務先はうちの向かいのビルだった。このような偶然もあるのだ。
仕事の内容は詳しくはわからないが彼の勤め先はメガバンクのひとつである。
カナイ君らしいといえばらしい職業だと思った。
少し立ち話をしてから、来週、あらためて会う約束をしてわかれた。
わずかな時間だったがそれだけで気持ちがフっと穏やかになった。
人はコミュニケーションによって、場によって、その状態を変える生き物である。
人柄とは確定的なものではなく環境や状況に依存する。
一貫した人柄があるように見えるのは環境をそのようにマネジメントしているからに他ならない。人生の達人とは環境や状況のマネジメントに長けている人である
投稿者 TKM : 21:25 | コメント (3) | トラックバック
2004年06月02日
[俄] ジャイアント・ベイビー in ロシア
全然関係ないがジャイアントベイビーのニュースを見つけた。
◆ロシアの体重25kgの15ヶ月児
http://www.local6.com/video/3367897/detail.html
投稿者 TKM : 07:43 | コメント (0) | トラックバック
2004年05月21日
[俄] 食い倒れオフとやまけんの神通力
昨夜から続く雨は今朝も降り続いていた。
午前6時、外に出ると豪雨である。
雨の中の開催を覚悟しながら眠った。
お昼近くまでしばらく休んだ。
目覚めてPCをたちあげHPをチェックする。
通常はメールのチェックとRSSリーダーで各ブログの更新状況をさらっとみてから行動を開始する。
いつもみているブログに「livedoor社長日記」がある。
社長の堀江さんはTV・雑誌などへの露出も多い。
彼は数多くのアスリートが通うトータルワークアウトへ通っていてそこでの肉体改造プログラムをブログでレポートしている。その過程が面白かったのだ。
話がそれたがそんなわけでRSSリーダでチェックすると更新があったのでぱーっと堀江さんの社長日記をみていた。
するとそこに見慣れた単語があるではないか。
「やまけんの食い倒れ日記」。
よもやここで目にするとは。
これには正直驚いた。
なぜなら今日は「食い倒れオフ」開催日なのである。
昨夜も党首やまけんと今日のイベント詳細について打ち合わせをしていたところである。
こんなこともあるのだ。
びっくりしたのでさっそくやまけんに連絡を入れる。
そしてふとカーテンを開けてみた。
なんと晴れである。
しかも晴天。
天晴の晴れである。
これも党首やまけんの神通力だろうか。
昨夜までの雨があがりきれいに晴れ渡っている。
投稿者 TKM : 13:50 | コメント (0) | トラックバック
2004年05月18日
[俄] ミルコが渋谷に潜入!
今晩11:15からのNHK総合「ものしり一夜づけ」で格闘家のミルコ・クロコップが渋谷に潜入します。
いったい何故渋谷なのだ?
そして何故ミルコなのだ?
謎は深まるばかり。
格闘技に命を捧ぐものとしてこの映像は必見に違いない。
投稿者 TKM : 19:13 | コメント (0) | トラックバック
[俄] べく杯メモ
べく杯とはサイコロのようなコマを回して倒れた方向にいた人がその時に出た目と同じ杯(おかめ、ひょっとこ、てんぐ、うた)でお酒を飲む、という四国のお酒をつかった遊びである。
遊び方が書いてあったので引用しよう
飲み干してしまうまでは下に置くことができません。
この三面杯には、おかめ、ひょっとこ、天狗の盃と、こまが入っています。
遊び方は簡単で、こまを回して止まったときに軸の向いている方向に座ってい
る人が、こまに書かれている絵柄の可杯(べく杯)にお酒を注いで、グイッーっ
と飲み干します。
かわるがわる「こま」を回して、杯を決めながら一気に飲む、というのが可杯
の遊び方です。
食い倒れ党では時折べくはい大会を行う。これはポイントシステムになっていて、10回コマを回して一番ポイントが高い人が試練の旅に出る。
先回、しんのすけ亭でべくはい大会を催した時は僕と党首のやまけんが試練の旅に出た。やまけんは手にカエルの人形をはめ腹話術で会話しながらユニクロで女性モノのピンクのTシャツ、しかもSサイズを買って着て帰ってくるという試練。僕は手に鍋つかみをしたままコンビニにいって店員さんに「マウスウォッシュください、シュッシュ」とシャドーボクシングをする、という試練。しかし、マウスウォッシュがなかったのでアイスクリームをレンジで温めてもらうというアドリブを要求された。
これらの旅の一部始終は策士金子によって記録されておりそれぞれは反省と自戒の念を込めて次ぎのゲームに臨むことになる。
で、毎回どんな試練を課すのかが問題になるのだが今日、新たな試練がひらめいた。
「マクドナルドにいってビックマックのピクルス、肉ぬき、チーズなしを注文する」というのはどうだろう。あるいは吉野屋で築地メニューの「肉3切れねぎだくつゆぬき」という注文というのもなかなかではないだろうか。
更に試練度を上げていくと
「ヨッタマックを店頭でつくって持ってくる」
というのがある。
ヨッタマックについては下記のリンクの記事に詳しい。
◆ヨッタマック関連リンク
・ヨッタマックを作ろう!!
・ヨッタマックは本当に限界か?
・ヨッタマックへの挑戦
・http://village.infoweb.ne.jp/~nonn/yottamac.htm
・ヨッタマック
投稿者 TKM : 18:48 | コメント (6) | トラックバック
2004年05月14日
[俄] 富士山にあいたい
いつでも富士山にあえる、そんなサイトを見つけた。いいコンテンツだと思ったので紹介しておきたい。
カメラとテープができるまで雲をこんなふうに観ることは不可能だったわけで僕はそこに意味を感じずにはいられない。
ネットワーク以前にはみることができなかった風景がみえる、そんな日もくるはずだ。
投稿者 TKM : 23:33 | コメント (0) | トラックバック
2004年05月12日
[俄] PowerBookG5
PowerbookG5か。なんともこの厚さが重そうで重圧感がある。10Kgくらいだろうか。
マスダさんのページで紹介されていたのだがさすがにこれは持ち運ぶのがきつそうだ。
投稿者 TKM : 00:47 | コメント (0) | トラックバック
2004年05月08日
[俄] 世界食い倒れ党、結党宣言
昨日、やまけんから緊急招集がかかり噂の食い倒れ御免状の店にいく。
「同士、ペース配分を忘れるな」
とのやまけんのアドヴァイスに耳を貸すことなくスタートから果敢に攻めるも前菜を終え、一皿目のパスタにさしかかったあたりで暗雲が立ちこめる。
果たして、最後までいけるのだろうか?
二皿目のパスタで不安は徐々に実体化していく。柿安ダイニングの売り場にあるお皿がそのままでてきたかのような怒濤の盛りにクラクラと意識が遠のいた。隣を伺うと人間ブラックホールやまけんが全く衰えないペースでがっついている。ニッと笑顔を向けられた。
気を取り直して皿に向かう。
危ないあぶない。
++++++
今日の食い倒れ御免状は大学の同期のコザワくん(テレ東の「ガイアの夜明け」をつくってる)と同僚のウエちゃん、オレ、やまけんの4人。コザワくんとは少し話しをしたのだが大学でやっていたことの方向性が似ていることがわかった。
政治、情報論、闇の日本、などなど面倒な説明をしなくても話が通じるのがうれしい。
話をしながら自分のいま向かっている方向がレーザー化していないことを痛感する。
キュービタル化は進んでいるがレーザー化があまいので切れ味が鈍っている。
自分でも自覚できるくらいに鈍っている。
最近、やまけんと出会うまで研究室をでていら10年以上、言葉を使っていなかったせいか、思うように言葉がでてこない。頭ではこういうことというイメージがあるのにそれを的確な言葉に置き換えることができない。テキスト化することはできても言葉として発することが難しい。
ん?
発する、はっする、ハッスル。
今日は「ハッスル3」に参戦するのだ。
ハッスル3の舞台監督の方からチケットをいただいてやまけん、オレ、バシ、アラハマ先生と4人の馬鹿野郎どもがハッスルポーズを決めまくる。おそらく小川選手とも至近距離で遭遇することになるだろう。プロレスは遠くからみるのとリングサイドでみるのとでは面白さが全く違う。至近距離であればあるほど妙な熱気、ライブ会場のノリと同種の一体感が意識を高揚させていく。
全然関係ないが先日、Sports Graphic Numberベストセレクションの序文を読んだ。
Numberという雑誌がいかにして生まれたかを編集長が振り返っているのだが沢木耕太郎の一言がポイントになっていたことは知らなかった。いい文章だと思った。
序文を読んでから本文を読むと意味が違ってみえた。
++++++
話を食い倒れ御免状にもどそう。
三皿目のパスタを食べ始めたあたりで口笛をふかんばかりのさわやかさでガツガツと攻め続けるやまけんをみていて思った。これはある種の道である、と。
そう、やまけんは食い倒れを「道」の域まで高めつつある。
食い倒れにかかわる人々、店、客、同伴者、その全てが食い倒れの前に敵意をなくし心を開いていく。
食い倒れは人と人のコミュニケーションを加速させはしないが心を温厚にしてく、緩慢ともいえる緩さで徐々に思考が説けていく。食い倒れ感覚とは胃から脳への非戦指令なのだ、と理解した。
これはもはや一人の趣味の領域を超えている。
ある種の思想、政治思想といってもいい。
だからこそやまけんの周りには愛すべきバカ野郎どもが集うのであろう。
それは忘我の境地。
しかし決してユートピアの幻想ではない。
食い倒れとはアスリートに徹することである。
食い、そして、倒れることなかれ、それが食い倒れの思想である。
故に、己の肉体の鍛錬はかかせない。
現にやまけんは過剰なまでのトレーニング、ライガーなみの肉体をもって自らの食い倒れ道を究めようとしている。この男の知行合一への道に僕は強く惹かれ、そして、思った。
「世界食い倒れ党」
まさに今日、この日、世界食い倒れ党がこの世界に解き放たれたのだ。
党首、やまもとのもとに集いし、バカ野郎どもに目の前の皿を楽しむこと以外の思考は許されない。
それが入党の最低条件であり、食い倒れ道においての闘争は不可能とされる。
現実的にも異常な満腹状態で敵意、悪意、を抱くことはまず不可能である。
人は暇であるからこそ腹を立て、争う。
食い倒れチャレンジ中において暇を感じることは不可能だ。
誰しも食べながら別なことを考える余裕はない。
幸福と悦びへの果て無き自己鍛錬。
それが世界食い倒れ党の思想である。
この皿をたべればどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
この一箸が道となり
その一箸が道となる
まよわず食えよ、
食えばわかるさ、ありがとー!
とここに世界食い倒れ党、結党を宣言をする。
合掌。
投稿者 TKM : 13:19 | コメント (0) | トラックバック
2004年05月05日
[俄] 日本の未来/魔女の一撃
こういう活動に未来を感じる。
ドンキホーテやファミレスみたいなものも否定はしないけれど本筋はこちらだと思う。
あらゆる側面、生活や仕事や感覚みたいなものがプロジェクト的、いうなれば「俄」的になっていく、と人も世界もハッピーになる。と僕は思う。
朝からこんなものを見つけてしまいハッピーである。
++++++
全然関係ないがギックリ腰のことをドイツでは「魔女の一撃」と呼ぶらしい。
いかしている。
投稿者 TKM : 06:46 | コメント (0) | トラックバック
2004年05月03日
[俄] ビーチバレーに撃沈す
友人から挑戦状が送られてきた。
「金沢文庫でビーチバレー対決」
朝っぱらから電話で「今日は寒そうなので長袖を着用」とのアドバイスを受ける。いざ出陣してみると実際に寒い。金沢文庫について砂浜を堪能するまもなく、さっそくバレー開始。15年ぶりである。
砂の上だと転んでも大丈夫なので調子のって飛び込んだり、滑り込んだりしているとあっという間に時間が過ぎる。ちょっと足が疲れた、という程度だと思っていたのだが昨年の骨折以来痛めた腰に痛みが走る。腹筋と背筋のバランスが崩れているのだ。
それでも気合いで全行程5時間弱の戦いを終えると身体は「真っ白になっちまったぜ」(by あしたのジョー)状態で歩くのがやっとだった。
ビーチバレーは誰でも楽しめるいいスポーツだと思ったがその面白さにつられ身体の限界まで動いてしまったようだ。案の定、今朝は起きるのがやっとだった。
肩、腰、腕、足、全身がギシギシいっている。
筋肉、関節の柔軟性が落ちているのだ。
やっとの思いで起きあがり、井上康生、棟田、鈴木の柔道家のドキュメントを観た。
井上の肉体に圧倒される。あのまま総合のリングに上がってもかなりのところまでいけるに違いない。身体のつくりが本物の格闘家であった。棟田、鈴木もともに素晴らしい柔道家であるが王者井上のそれは全く異質なものを感じた。
鈴木との決勝戦。
試合前、井上はいつもの闘争心が湧き起こらないことにいらだっていた。
そして井上は鈴木に敗北した。
僕が驚愕を覚えたのは井上が「闘争心」が薄れていることを自覚していたことだ。
井上は肉体、技術ではなくマインドコンディションを自覚していた。
格闘技や武道、スポーツだけでなくあらゆる活動でマインドコンディションは重要である。ビジネスの世界えいえばモチベーションコントロールと同じと考えればいい。個人が持っているヴァリュー、能力はそれだけでは十分の一も機能しない。重要なのはモチベーションである。「やる気」とも少し違う。僕は「ドライブ感」と呼んでいるが意識のノリである。このドライブ感、高揚感をうまく引き出せれば「考える」という状態を抜け出せる。この状態に入ると個人の持つ、能力や技術が「ドライブ」する。
意識的にこれをつくりだせるのか?
という検証は必要だが井上やスケートの清水はこれを意図的にできるレベルにいるアスリートのひとりだと思う。
こうしたモチベーションコントロールの手法は今後の教育や学習の基礎部分に取り入れられる必要がある。
スポーツでも勉強でも政治でも仕事でも最も重要なのは「ドライブ感」から引き出される能力の最大化・最効率化である、と僕は思っている。これはONとOFFという感覚と近いかもしれない。
投稿者 TKM : 18:35 | コメント (0) | トラックバック
2004年04月30日
[俄] キンピカ先生と忍者の名刺
志乃ちゃんの家からの帰りの電車。
タケ、やまけんと話をしているうちに仕事の話になった。
「竹中先生のボディーガードとかいいなあ。いきのいい若い衆ついてるらしいよ。とか言われるとか。なんつーか、ロードオブザリングとかみてるとさあの人らヒーローなのかもしれないけれど仕事してないよね。あれって何なのかなと気になってるんだよね。だからさ、例えばなんか名刺とかだした時に忍者とか書いてあったらよくない。とりあえず、なんだそれって。そういうのがいいんだよね。」
名刺と忍者というカップリングがあまりにもズレていたので3人で爆笑してしまった。しかし、100年ちょっと前までは忍者もいたわけで。職業としても成り立っていたんだよな、そういうのって何なのだろうな、と、興味深く思いつつも3人で「ハッスル、ハッスル」をやりながら通り過ぎていく大江戸線の駅のホームをみていた。
大門を過ぎた。
降りる駅が近づいてくる。
この時間も今日は終わりなのか。
通り過ぎていくホームと駅名を眺めていた。
++++++
志乃亭はおどろくほどに優雅な空間だった。
久しぶりにゆったりとしたホームパーティを楽しんだ。料理もワインも良かった。パンにつけて食べたクリーム・ソースとビーフシチュー、生牡蠣。格別だった。
しかし、何がよかったかってMARUに案内され最初に家に一歩踏み入れた時の心地よさは格別だった。なんだか気持ちよくなってしまった。
夕方。
空が少しづつブルーに染まっていく。
この時間が好きだ。
この時間の空が好きで電気工事のバイトをやっているときも工事中の家の二階にあがって空を観ていた。そしたら怒られた。
ベランダにでるといい感じに風が舞っている。
唐突にビールが飲みたくなり冷蔵庫にあったビールをもらって飲んだ。
空をみながら飲むお酒はビールが一番美味しい。
寒空でも熱帯夜でもそれはかわらない。
ベランダの角で風に当たっているとタケが顔を出した。
部屋にもどってMARUと神経衰弱をやったのだがあっさりまけたスコアは15対5くらいだった。酔いのせいでイメージ記憶がボロボロだった。
やまけんがつくってきた生パスタができあがっていた。
志乃ちゃんが用意した生牡蠣にカニがついてきたのでカニのパスタになった。
料理人のやまけんは自宅からイタリアっぽいフライパンを持参してきていた。
こと料理に関してはやることがカッコいい。
カニをさばいている時のやまけんは山岡志郎であった。
やまけんが到着する前に「そういえばやまけんてキンピカ先生のコスプレ似合いそうだな」という話なった。キンピカ先生、確かにやまけんと感じは似ている。
夜は更け、MARUは眠ってしまった。
場所をソファーに移して、実演タケザワのホスト講座がはじまる。
面白い。
タケはそっちの才能があるに違いない。
いけている。
そんな話を延々と続けているうちにいい時間になった。
居心地の良い志乃亭を後にして、外に出た。
風が少し冷たくて気持ちいい。
4人で青山から外苑前までを歩いた。
外苑前で店長と別れ3人で青山一丁目まで歩く。
しばらく歩いてCORNESのショールームの前あたりでおもむろにやまけんが叫んだ。
「おおおおお、coco壱番だ!」
ひきづられるように道路をわたった。
強制的にカレーでの締めと相成った。
イブクロライター恐るべし。
オレもトライはしたがハーフサイズでついていくのがやっとであった。
大江戸線月島駅のホームでタケと二人「ハッスル!ハッスル!」と小川のハッスルパフォーマンスでやまけんを見送った。やまけんも笑いながらハッスルポーズをかえしてきた。電車の中でパフォをやるとホームを過ぎたあとにいきなり醒めるので若干の恥ずかしさが残る。
僕たちの姿が見えなくなった後、やまけんは急にまじめな顔になった、と思う。
帰りの電車で決めたこと。
3人で「忍者」の名刺をつくることになった。
帰り道にタケと決めたこと。
やまけんの得意技は「すいとんの術」ということになった。
投稿者 TKM : 01:56 | コメント (4) | トラックバック
2004年04月28日
[俄] ラブスコール 64' ~そんな気分の朝~
朝一番でいきなり電話がなる。
「声がききたいと思って」
と愛の告白と間違えるような最高のセリフで切り出されたのでかなりドキドキする。心臓はバクバクである。オレはこういうノリに弱い。久しぶりに外国人と話した気分だ。外国の人ってなぜか感情表現がおおらかで話すと気持ちよくなる。日本人でこの感じになる人は数人しかいない。
「ハロー、メーン元気」
とイブクロライター兼コンサルタントのYけんである。
二人で朝っぱらからマシンガンバカトークを繰り広げる。
いきなりテンションが最高潮になる。
Yけんの実力爆発。
Yけんの場合、仕事の力量というよりも人間量の絶対値が全然違う。
もちろん、それについていくあるいはリードするオレの絶対値もかなり柔軟性と無限のポテンシャルをもっているのだが。にしても朝からのいきなりラブスコール。オレは買いだ。これをやれる男は少ない。はっきりいってオレはYけんに惚れるね。(いや、案外、愼之介もやってくれそうだが。なにせこの間、偉いさわやかボイスでMARUにコマネチを伝授してたからなあ)
さて二人であーでもないこーでもないとトークバトルをやって、明日の打ち合わせをして、携帯を止められたという友人の合コン話を勝手に捏造し、などなどとやっているとヤヴァイくらいに脳が乗ってきた。
やはり俄マインドの力は絶大である。
更にいってしまうとコミュニケーションの力は大きい。
話す、やりとりするという言葉や感情の交換によって得ているものは想像以上に大きい。人の気持ちは自家中毒のように内面でうねうねさせるとどうしても感情に毒がでる。しかし、人とのコミュニケーションによって生じる感情はプラスである。
なるほどコミュニケーションは強力な感情清浄機のようなものだ。
人はコミュニケーションによってしか幸せや悦びを得ることはない。
これは断言してしまいたい。
トークに意味があるかどうかなど実はどうでもいいことなのだ。
問題はそのコミュニケーションによって気持ちがドライブしているかどうか。
気持ちが清浄化されているかどうか。
そういう部分で計られなければならない。
感情の経済性といったらいいのだろうか。
人はより清浄で心地よく流れのある感情をつくりだせる人とコミュニケーションすべきだし、する性向でなければならない。
生きる上でそれはもう鉄則のようなものである。
自分が気持ちよくなれる人。
自分が自信を持てる人。
それはおそらく相手に理由があるわけでもなく、自分に理由があるわけでもない。
相手と自分とのポジショニングによってつくりだされる関係性にポイントがある。
そうしたポジションを自然にとれる相手。
それを「ウマがあう」とか「気が合う」というのだろう。
自分も常にそうあるわけではないがいつも今朝のような気持ちでいられたら間違いなく幸せだし、何をやってもうまくいくのだろう。外部で何が生じようと重要なのはそれを受け入れる自分という装置である。
物事は起こるし、常にいろいろなことがある。
それはもう一生、永遠に変わらない。
ポイントは自分という装置である。
事象がどうあれそれを「俄化」することはできる。
それは自分のマインドの問題である。
常に物事を「俄」にもっていく力。
それを「俄力」と呼びたい。
人にはこれを鍛える力がある。
「面白い」をつくりだす力。
「ロマン力」とか「切な力」とか様々な力があるだろうけれどそれらも全部ひっくるめて世界をコンテンツ化する総力を「俄力」とする。
自分はなんの人でなくてもいいが「優しさ」と「俄力」その二つだけあればいい。
それが自分の理想だ。
※エントリーをアップしたら本当にスコールが降ってきた。これこそ俄。最高である。おそらく数時間したら異様に晴れ渡るであろう。こういうのを俄雨というだっけか。
++++++
・ラブ(豊かさ)ベースで思考する
・おおらかに振る舞う
・俄マインド
・パンルーマインド
・この世界は俄みたいなものだ、映画ライクに「生きるをつくる」のがベスト
投稿者 TKM : 10:26 | コメント (1) | トラックバック
2004年04月23日
[俄] オブジェクト久保と和服で西田敏行風のYけんがかぶる
久しぶりに久保君のブログを観た。
73歳の棟梁と飲みに行った話が書かれていた。
久保君と棟梁という取り合わせがまたなんともレアでいかしている。
「まあ、久保ちゃん飲め飲め」と言われて「ハイ」と飲んでいる久保君の絵が思い浮かぶわけだがオブジェクト久保の通り名でしられる久保君と大工の棟梁というカップリングはそれ自体が「俄」であり希有なコンテンツである。
ついでにやまけんのブログも読んでみる。
今日はグァバについて書かれていた。
ところがである。
最終の段落でやまけんの文章が急展開のとんぼ返りを見せる。
「このフルーツにいはほろ苦い思い出がある」とイブクロライターがそれまでとは違った一面を覗かせる。一文を目にした刹那、僕の脳裏に唐突に西田敏行の顔がよぎった。
釣りバカ日誌の西田敏行は「はいどうもー!」的なキャラなのだがその西田が別な映画では妙に神妙な顔をする。俳優なのだから役によってキャラが変わるのはあたりまえなのだが…。このイメージと「ほろ苦い」と書くやまけんの顔が重なったのである。
「うりゃー、おっちゃん、横綱一つね」
と銀座ジャポネ(ジャポネは異様な盛りをみせるスパゲティ屋である。はっきいうがパスタではない。)で勢いよく頼み、ガーっと食べて更に徒歩2分くらいの場所にある柳田さんちのカレー「辛来飯」で有名なニューキャッスルで蒲田(この店のオーダーは駅名になっている。品川からはじまって大井→大森→蒲田)を平らげる驚異のイブクロライターとしてのYけん。
シーンが変わり。場所は和室。
和服で文机に向かい、ひげをなでつけながら薄明かりの下で目を閉じつつほのかによみがえる追憶にふと筆をおくYけん。これが一連の流れとして僕の脳裏をよぎった。
最高である。
これを楽しまずに何を楽しめというのか。
まったくの「俄」である。
現実がどうかは知らないがいきなり予備動作もなく強烈に「ヤラレタ」感におそわれた。笑うべき内容は一つもないのに妄想が笑いを引き起こし、怒濤のやまけんワールドへと自分を引きづりこむのであった。
おそるべし食い倒れ。
隆慶一郎の傑作時代小説「吉原御免状」の主人公。
永遠のヒーロー松永誠一郎もこの「俄」感覚にはかなうまい。
時代は「俄」を求めている。
痛切にそう感じるお昼であった。
投稿者 TKM : 12:40 | コメント (1) | トラックバック
2004年04月22日
[俄] ボンバーテイストのリンゴジュースをつくる
帰宅してからリンゴジュースをつくった。
スーパーで売っていたリンゴを剥いて小さめに切ってからジューサーに放り込む。
ガーガーガーガー。
ガリガリガリ。
ゴーゴーゴー。
リンゴのゴツゴツした形が徐々になめらかな液体状になっていく。
いい感じである。
しばらくそうやっていたらいい加減いけそうになったのでころあいを見計らってグラスに注ぐ。
トロトロトロ。
注ぐリンゴ液がなんともいえず「モノ」の存在感を訴えてくる。
OK。やってやるよ。
まっとけ。
気分昂揚、まずはひとくちやってみる。
グビリ。
ン?
もうひとくち。
グビリ。
ン、ンンン?
さらに。
ゴクリ。
ハ?!
この食感は。
この喉ごしは。
まさに「大根おろし」。
ほぼまったくまるっきりの大根おろしテイストのリンゴジュースがそこにあった。
今宵の天空の星がどのようなチャートをしめしているのかしらないがこんなことはあってはいけない。
これじゃまるで食の錬金術である。
何故に「大根おろし」なのか。
リンゴじゃなかったのかお前?
全くもって不明である。
どこでどうまちがえてこの味になったのか。
ジューサーにかけるまでは確かにリンゴテイストのリンゴであった。
ジューサーに魔法でもあるのか?
不明すぎる。
不明だが理性はそれがリンゴであることを肯定しようと数分前にそこにあったリンゴの形状をデータベースから引き出そうと躍起になる。しかし、過去の映像とこの味の関連性の糸はぷっつりとぼっきりと断絶である。
もはやソフトウェアでは修復不能。
リンゴは数分のジューサーの旅路の果てにリンゴ風味の大根おろしへと物質転換を起こした。
しばし、眺めるも。
決断の時は迫る。
リンゴ味の大根おろしか大根おろし味のリンゴか。
迷い迷われ惑い惑わし。
2秒の沈黙を経てグラスを手に取り。
飲み干すも。
その味はやはり「大根おろし」。
そして冷蔵庫にはリンゴがもう一つ。
投稿者 TKM : 00:29 | コメント (4) | トラックバック
2004年04月19日
[俄] 神出鬼没の量子人間「Yけん」の衝撃
全然関係ないサイト「Weblogツールを使っているイラストサイト」というページから二つほどリンクを辿っていってページをスクロールさせていたら見慣れた顔がいきなり唐突にこれでもかというくらい無防備にドンと登場した。
「Yけん」
である。かなり衝撃。(注:昨日の金子との会合以後、我々の間では「やまけん=Yけん」でいくことにした)
何故にこのリンクからこうなるか。
視界の左斜め上の方でピカピカと光が点滅しているが気にしないことにしよう。
ウェブの世界のまか不思議を体験した気分である。
◆やまけんまでの道のり
Weblogツールを使っているイラストサイト
↓
カタトランタン
↓
たわごとのあわたけ
↓
松浦晋也のL/D
Yけんのパーマリンクは下記
http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2004/04/3.html
みてもらうとわかるがかなりスクロールをしていって、それでもスクロールをしていって、そのまたスクロールの下あたりにいきなり「Yけん」が登場する。二日酔いという単語が目に入ったので最後までスクロールしよう、そう思っていた矢先の衝撃である。出し抜かれた感1000%である。一言言いたい。Yけん=神出鬼没。
そして上記のサイトでのYけんの描写がふるっているので抜粋。
「所属した研究室には、小柄ながら分厚い胸板と太い腕を持ち、やたらと声のでかい威勢のいい男がいた。やまけんだった。」(「松浦晋也のL/D」よりYけんをあらわす素晴らしい一文)
投稿者 TKM : 22:03 | コメント (4) | トラックバック
[俄] 南米の風
午前5時30分。
朝に目覚める。
夢の中。
かちどき橋のたもとで慶應のキャンプ。
学生が呼んでくれた。
二つのグループがキャンプを張っているが片方はピクニック。
毛布を借りて寝ころんで空を見る。
足下が冷たい。
寒さに身をよじるとそこは現実だった。
布団から足がはみだしていた。
カーテンをあけてそとを眺める。
曇り空。
川向こうの公園のブランコでカップルが話している。
午前6時前。
公園には二人しかいない。
二人はゆらゆらとブランコに揺られながら時折向き合う。
男の子は高校生だろうか。
からだをゆらすとブランコが振り子のように大きく揺れた。
午前6時の街には人の世界がある。
iTuneはランダムで再生されている。
「Inutil Paisagem」というジョビンの曲が流れている。
洗濯機の回る音。
今朝も朝一番にサーキットトレーニングをやった。
眠りの時間は相変わらず短い。
ここ数日長い時間眠れない。
昨夜、道をあるいていたら眩暈がした。
学生時代にラグビーの練習中にボールを持って走っていたら手足が無限に広がるような感覚にとらわれたことがある。その感覚に似ていたのでいよいよ常時ナチュラルハイかと思ったがそうではなかったらしい。
いろいろなことがある、というわけではない。
物事はそこにあるわけではない。
自分がいないならそこには何もない。
iTuneはソフトである。
ソフトは恐ろしいことをする。
今朝は「Oratio super oblata/Utrecht Gregorian」の次に「Push Upstairs/Underworld」という驚愕のつなぎをみせてくれた。これには恐れ入った。世界が一変した。この世界は俄だ。環境はそれを伝えたがっている。
ブログも面白いし、ネットワークも面白い。
つまらないのは人の世界のルールだ。
そもそも何のためのネットワークだったのか。
感覚のドライブ。
それが自分の生涯のテーマである。
感覚がドライブしない生活は生きながら死んでいるようなものである。
一昨日の夜。
やましんと川崎のペルー料理屋にいった。
その晩に何があったわけじゃないのだけれどここ半年で一番の幸福を感じた。
それはおそらくコミュニケーションから生じていた。
ペルー料理屋にいくと驚くほどの盛況で僕たちが入った後はずっと人が並んでいた。皆ペルーの人である。店の中はさながら南米。9割はペルーの人である。その空気が凝り固まった意識をほぐしていくのだろうか。
混んでいるのでなかなかお店の手が空かない。
女性が注文を取りに来たので、
「すみません、メニューをいただけますか」というと。
「ごめんなさい~!持ってきてなかった」と最高の笑顔を見せてくれた。
開けた笑顔だった。
店は混んでいるがひとりとして嫌な顔をする人はいない。
客も店の人もタイ風にいうならマイペンライである。
この開けた感じは驚くほど気持ちいい。
二人で飲み、食べ、満足した。
それなのに料金は格安であった。
そっか、こういうの満足、あるいは気持ちいいっていうんだな、と二人で話した。
飲食店経営がどうこう、成功店云々、という話はどうでもいいなと思った。
およそ9割の店はコンビニと大差ない。
そうではないのだ。
おいしい、満足、もっと払いたくなる、これの方がいいに決まっている。
それから川崎の街を案内してもらった。
道を歩いているとアジア系の人が「こんばんは!」と声をかけてきた。
やましんも「あ、こんばんは」と応える。
きけば知り合いのタイ人だそうだ。
「へー、川崎でよくあうの?」
「いや、はじめてあったわ。川崎に住んでるっていってたんやけど。はじめてあったわ。」
気持ちが開けるとこういうことがよく起きる。
しばらく街を歩いてからミスタードーナツでお茶を飲んだ。
終電まで話し込み有楽町に帰った。
なんてことのない時間なのだが豊かさにあふれていた。
その翌日。
午前から横浜で金子と打ち合わせ。
メキシコ料理屋でストーリーについて話し込む。
料理のチョイスはパーフェクト。
完璧であった。
二人で「満足度高いよな」と繰り返す。
南米、アジア、人が開けると世界はまわりだす。
投稿者 TKM : 06:45 | コメント (0) | トラックバック
2004年04月17日
[俄] 新井さんとイタリアでパルテノン
朝っぱらからやまけんの出張食い倒れ日記を読む。
昨夜はタイ料理であったようだ。
やまけんはパッタイが好きなようでこのお店のパッタイを絶賛している。
オレの好物はカオマンカイと牛肉を煮込んだものをご飯にかけた料理。名前は忘れたが日本ではおめにかかったことがない。カオカームーだったかな。
久しぶりにタイ料理の写真をみた。
上方にボリューム感のあるパッタイはなかなかの雰囲気である。
コメントをみると無類のタイ料理好きやましんからのコメントもある。
「やまけん・やましん」とならべてみるとこの二人、1文字しか違わない。
しかし二人の内容は天地ほども違う。
やましんは知的所有権のプロフェッショナルでやまけんの方は食い倒れのプロフェッショナル。いや、日本No.1の大食漢系農産物物流コンサルタントである。この二人のジョイントも面白いかもしれない。ということでタイツアー決行ということがオレの内面ではほぼかたまりつつある。
はっきりいってかなりのアホ道中が見込まれる。
やまけん、オレ、タケ、やましん、昨夜の夢で登場していたのでこれにタドを加えてもいい。全員同じ大学というあたりがかなり怪しい。この歳になって学生旅行みたいだがここでのセリフは最近はまっている堀之内九一郎のナイスな「稼いでいったらいいじゃないの」である。
このセリフは最近多用させてもらっている。
あるTV番組で堀之内が「あたし出す。あたしお金だす。借金?!一億? いーじゃないの。稼いで返したらいーじゃないの(スマイル)」というシーンがあってかなり新日本プロレス時代の健介ばりにヌケたセリフで気に入ったのである。
これを応用して様々なシーンで使わせてもらっている。
例えば昨夜だとこうである。
バシ「やりたいこと。本書きたいんだよね。でも、そのテーマだとなかなか…」
オレ「本、書きたいの?(ニヤリ。肩をたたく)バシ師匠、稼いで書いたらいーじゃないの」
バシ「(しばし唖然)そ、そうだよね」
という感じである。
はっきりいって
「行きたいヤツは全員連れてってやるよ。あ、なんだっていいよ。やってやるよ」by 佐々木健介
という気分だ。
そうだ今朝方の夢はこんなだった。
++++++
新井さんがラオスで僕に携帯を手渡す。
携帯にはUSBメモリースティックを差し込むことができる。
再生するとメッセージであった。
それもかなり高度にMTV化されたビデオクリップである。
完成度が高い。
しかし内容は馬鹿である。
忘れたが高校時代の友人の山田が登場して100mダッシュしているというような内容である。
ラオスの宿で新井さんにその映像を返そうとするのだがいくらやっても新井さんの携帯に転送できない。乾電池が外れているのだ。
オレ「新井さん、電池外れてますよ。勘弁してくださいよ。」
新井「あれ。そうだ!これは!」
意味不明である。
そうやって二人でパルテノン神殿を歩いていると携帯に着信があることに気づく。ライトメール。着信。メール。留守電。と画面は着信を示す表示で盛りだくさんである。
上から順番にいく。
ライトメール。
呼び出しの知らせ。
着信。
山田から。
山田?!
謎である。
親友からの連絡とは。
急いで折り返すといきなり
相手「オーラ!ノン アッラビアルティ ペル クエステ ショッケンツェ」
オレ「なんだこれ。イタリア語じゃん。アプロポジート ヤマダヤマダ」
相手「アー、タカユキ。アッテンダ イン リーネア プレーゴ」
しばし間が空く。
相手「ハイ、タカユキですけれど」
おー、懐かしきヤマダである。
オレ「おー、山田。いまイタリアからかけてんだよ。セイ リーベラ スタセーラ!!!」
山田「あー、カガヤ。何やってんの久しぶり!! いまね。イタリアねカーニバルなんだよ。」
オレ「そうかー。いまからいくから。あ、青木にかわる」
とそこで電話を隣にいる青木に渡す。
夢の中は実に便利だ。
一瞬で青木が登場してくれる。
青木が話しているのを隣でみていると田中一光さんに中国にとりにいくから一緒にいってくれと言われた。
わかりましたとついていく。
土手を歩いて中国にいく。
ついてしばらく二人でライオンをみていた。
一光「じゃあそろそろ出来たでしょ」
相手「?ALFJL+KSFJOIAWU?」
我々は二人とも中国語はわからない。
しかたがないのでしばらく待つ。
オレ「さっきできるっていったよね」
相手「できます」
オレ「できてないよね」
相手「できます」
なるほど。これが一度「できる」といったらあとはそのメンツをキープしようとする中国拳法の奥義か、と一人納得。田中氏をうながし、これが中国メンツキープですよ、と伝えるとなるほどと二人でなっとく。
土手を歩いて帰ることにする。
帰る途中で再度、立腹する。
「しかし何故、そうなのだろう。ライオンの意ができるといったはずなのに」
時代はうつり時は流れ、街も流れ、風も流れる。
とまあそういうことなのだと思いますよとかなんとかいって河原を歩く。
緑色の草が風になびいていた。
しばらく歩いていたらお腹がすいた。
++++++
なんて夢であった。
昨日、速読法の本を数冊かりてきた。
来月にはパワーアップして分速1万字。
一冊6分までいけるだろうと勝手に決めつける。
決めつければ案外できるものだ。
ついでに速書の方も鍛えることにする。
が、しかし、こちらはがんばっても一時間に2000字がいいところだ。
これではいけない。
全くもって使えない。
一時間に2万字を生産する方法があるはずだ。
生産力10倍。
しかし物理的にはかなり厳しい。1文字を1秒でつくったとしても10分で600字。一時間で3600字が限界点である。原稿用紙換算。そうそうこの原稿用紙換算は馬鹿である。いまどき原稿用紙に書くのはカッコつけかPCスキルのない人だろう。僕らの世代でPC以外で書いている人間はいないだろうに。いまだに出版は原稿用紙換算。時代錯誤である。だいたい英語の世界には原稿用紙なんてねーっつーの。
++++++
電車の中で金原ひとみの「アッシュベイビー」を読んでいた。
帰ってきて続きを読もうとしていろいろやっていたら午前3時で早々に眠った。
今朝は午前8時に目覚める。
今日からアップルシード公開だったことを思い出す。
銀座は11時45分からである。