2004年05月20日

[私の仕事] 「引き出し屋」という仕事

今朝は眠るタイミングも起きるタイミングもズレてしまった。
そのせいだろうかなかなか気持ちがドライブしないまま一日のスタートをきることになった。こういうときは頭ではなく身体の方からスタートさせるといい。しかし外は雨。走るには少し雨脚が強い。

軽く泳いで身体を暖めるのも悪くない。
しかしこれまた雨のせいか出かけるのがどうにもおっくうである。
泳ぐこと自体への抵抗はないのだがそれまでの支度、ロッカールームでの着替え、鍵の管理、受付、などなど泳ぐまでには驚くほどタスクがあることに気づく。
そこで思ったのだが公共施設もスイカのような共通カードで管理したらどうだろう。
入場はサッとカードをかざすだけ。
ロッカーもカードで利用でき、施設内での買い物もカードでまかなえる。
これまでは人がインターフェイスとして配置されなければならなかった部分をマシンにおきかえていけばそこで解放されたヒューマンリソースを本来の「運動」の補助に回せるのではないだろうか。

プールにいくと必ず監視員がいる。
高いイスに座ってプール全体を監視しているのだが彼らと利用者との間にはコミュニケーションはない。全くの断絶である。以前、いっていた湘南台にある秋葉台のプールの場合は一週間に一度、水曜日に監視員が泳ぎを指導してくれる教室が開かれていた。
そこでクロールとクイックターンを習ったおかげで10年たったいまでもクロールとクイックターンに関しては問題ない。

公共施設の問題は物理的に老朽化が進んでいるなど施設自体の問題よりも施設を運営する職員のインターフェイスと姿勢にあると僕は思っている。プールに限らず図書館、体育館など利用者に「遊んでもらう」という視点があまりにも少ない。

特に図書館については使いやすい図書館ではなく「面白い図書館」にしていこうという視点が欠けているように感じる。

ビジネスも同様である。
「面白さ」のマネジメント・コンサルティング・アドバイスという仕事が存在していないので各分野のコンサルタントと呼ばれる人々が代行している状態である。

「面白さ」には核がある。
この核をつくることができればどのような分野であれ「面白く」していくことは可能だと僕は考える。そしてあらゆる場所に潜む「面白さ」をこちらから提示して「与える」のではなくそれぞれの場所のキャストから「引き出していく」のが自分の仕事です。

投稿者 TKM : 16:16 | コメント (2) | トラックバック